問題が増えた
どうやらこのゴーレムの製作者はルノアの知り合いらしい。
なんか非常に嫌な予感しかしないが、とりあえず小太刀を構えてから「俺がコールだが」と言うと「ふむ。お主がか」と生身の声が近くで聞こえたので後ろを向くと、エレナの後ろに腰が曲がっていないのに杖を突いているひげを蓄え、黒髪を伸ばした青年がいた。
そう。いた。気配が増えたことに今の今まで気付けなかったのだ。この俺が。
自慢するわけではないが、気配には敏感だ。そんな俺が気付かないとなると、こいつは……。
警戒心を最大にして殺気を放っていると、「そう殺気立つでない」と言われたので八つ当たり気味にゴーレムを本気で切り刻む。
後ろから聞こえる轟音。それに驚いてエレナは「え、えぇーー!!?」と驚きを上げるが、俺達二人は表情すら変えない。
「ふむ。セレクターか。結構丈夫に造ったんじゃが、あっさりと壊れた上に復活する核すらも切り込んでいたとは……面白い素材じゃな」
「誰だお前」
「わしは『研狂者』。ランクオーバーじゃな。名前をウェリテル=クーロンという」
「そうか。俺に何か用か?」
そういいながら小太刀をしまうと、自らランクオーバーと名乗った彼は俺のことをじろじろと観察してから「ふむ……」と思案顔をする。
モノクルを身に着けているようだが、それほど視力が悪くなさそうだし、きっとトレードマークなものだろう。
観察しながらいつでも攻撃する準備をしていると、「『魔神』が故郷に帰ったらわしらに届く手紙を読んだんじゃよ」と語り始めた。
「手紙?」
「左様。その内容に、お主をランクオーバーに推薦すると書いてあったからの、どんな人間か直接確かめに来たわけじゃ」
「えぇ!? お師匠様がランクオーバーですか!!?」
「……」
無言。結構衝撃的な言葉であったはずなのに、俺の心に驚きが浮かんでこなかった。
むしろ、なんでこうも厄介事ばかり降りかかってくるのだろうかという疑問を抱きながら黙っていると、「まるで驚かないとは……心当たりでもあったのかな?」と見当違いな言葉を投げかけられたので反論しておく。
「今のところランクオーバーになる気はない。だからそんな有難迷惑にうんざりしていただけだ」
「ほぅ……? なかなかに珍しい考え方のようじゃの」
「そうか? ただ厄介事に発展する火種は少ない方がいいと思っているだけだ」
「なるほどの……」
俺の説明に考え込んでしまったらしい彼を見ながら面倒なのでもう無視することにし、なにやらがっかりした表情を浮かべているエレナを見る。
「どうした?」
「お師匠様ー、本当にランクオーバーになる気はないんですか?」
「今のところはない。お前が放置できるようになったら考える」
「今でも放置してますよね!?」
「他の奴らが見守っているだろ。つぅか、さっさと戻るぞ」
「それは少し待ってもらえぬかの、コールよ」
唐突に話題に入ってきた挙句待ってほしいというルノア。いつから来たのか知らんが、どうしてそういうのかは不明。
と、ルノアに気付いたのか思案していた男は顔を上げて「フェッフェッフェ。小さくなった姿で会うのは初めてではないか、『魔神』」と話しかけ、「ふん。お主が滅多に研究所から出てこないからではないか?」と不機嫌そうに応じる。
どうでもいい俺はルノアが使い物にならない現状にどう対処していこうかと考えようとする。
が、それより先にルノアが「そういえばコール」と話しかけてきたので中止となった。
「なんだ」
「さっきランクオーバーになる気はないと言ってなかったかの?」
「言ったが?」
「うちと一緒は嫌なのか?」
潤んだ瞳でそう言ってきたが、そもそも一緒にされても困るのだ。さらに言うと、
「嫌だな。寿命という概念がない化け物になったわけじゃないし」
「フェッフェッフェ。的を得た表現じゃのぅ。わしらは確かに寿命がない。殺されもせんし、死にもせん」
「だが俺は普通に死ぬ。死にかけたことなんて一度や二度の話じゃないからな」
「ふむ。わしらもあるぞ、それぐらい。ずいぶん昔のことじゃがな」
「食べなくて道端でぶっ倒れ、生死の境を彷徨ったこともある」
「それはないのぉ」
「というわけだ。俺はまだ人間なのでランクオーバーになれはしない」
「…………アレを身に宿しておるのに、かの?」
ルノアが拗ねてポツリと漏らしたその言葉を聞いた俺は、反射的にロングソードを取り出してルノアめがけて投げた。
しかしそれはあっさり魔法障壁にはじかれる。
だが、それぐらい予想していた俺はマントの中から漆黒に染まった、禍々しい大剣を取り出してその障壁に叩き付ける。
「!?」
パリィン……。いとも容易く壊れた障壁にルノアは驚き、迫りくる大剣を転がって避ける。
ズドォォン!! というただ大剣を叩き付けただけでは発生しない轟音と共に鳴り響く地響き。
至近でやったというのにウェリテルは平然としていた。が、普通にエレナは蹲っていた。
大剣をしまい、ロングソードも回収した俺は、背後にいるルノアに「わかっているよな?」と声を低くして尋ねる。
「……だってコールが」
「幼児退行するな。約束を守れないなら、もう来なくていい」
このままだと抑えきれなさそうなのでエレナに「お前はちゃんと戻って来いよ」と言ってこの場を全速力で駆け出した。




