なぜ俺が……
言った通り投稿します。
「ようやく俺達か……」
「何の話ですか?」
「いやなんでも」
途中こけたが何とか追いついた女は俺の背中にピタリとくっついたまま離れない。
今は森の中。先程の平原をある程度進めば森なのでその中に入っただけ。
このまままっすぐ行けば村に着けるか…? などと考えながら歩いていると、「さっきのお話の返事をしてくださいよお師匠様!!」と女が言ったので立ち止まる。
「おい」
「いたっ。急に立ち止まらないでくださいよー」
「俺がいつ、お前を弟子にしてやると言った?」
「してくれないんですか?」
「当たり前だろ。お前頭大丈夫か? 何人殺しの俺を師匠にしようとしてる訳?」
「私も殺してみたいからでギャッ! い、痛いですぅ……」
もうこいつはダメかもしれん。救いようのないバカだ。病院へ行っても処置の施しようがないと言われそうだ。
俺にげんこつされた場所を抑えながら涙目になった女は、「お師匠様酷いですよー」と再び戯言をぬかすので今度はナイフを取り出す。
「誰がテメェの師匠だ」
「あなたです! ……あ、ごめんなさい。すいませんだからさっきと同じところを殴るのはやめてください!!」
「……はぁ」
息を吐いて調子を戻す。
なんていうか、完全に調子が狂う。こいつと一緒に居ると自分のペースが悉くぶち壊されていく。
返り討ち覚悟でこいつの事殺そうかなと考えていると、「……うぅ。お兄ちゃんたちを見返せるチャンスだったのに……」と漏らしていた。
ここで返事すると付け込まれるよな絶対……と思った俺はナイフをフードの中に戻して先へ進むことを選択した。
「あ、ちょっと待ってください本当に!! ここで置いて行かれたら私……!!」
正直に話を聞くんだったらこんな行動しないっての。
さっさと森を抜けだした俺はそのまま進もうと考えたが、不意に隠れた方がいい気がしたため近くにあった岩場の陰に隠れた。
そのわずか数十秒後。
ガサガサという音が近くで聞こえ、「どこ行ったんですかお師匠様ーー!!」とあの女の叫び声が聞こえた。
聞こえたのは隠れた場所の反対側。先ほど俺が抜け出てきたところ。
このままなら見つからないかもしれないな…と呑気に思いながら地図を広げてこのままだったらどこへ向かうんだったかと調べていると、「キャァァァ!!」と言う叫び声が。
人間の性かしらないが咄嗟に岩陰から飛び出した俺が見た光景は、誰もいないというものだった。
とりあえず地図を折りたたんでしまった俺は、周囲を見渡してからとりあえず進んでみる。
「助けてくださーい!」
聞こえたが……一体どこにいるんだあいつは? 下の方から聞こえるから穴かなんかに落ちたんだろうが。
探しているが見当たらない。そんなの聞いたこともないが……。
「こっちですよこっちーー!! どこ探してるんですかー!!」
そう言って声の方を見ると、ジャンプしてこちらを見ているあいつの姿が。
「大丈夫そうだな」
「あー待ってください! 抜け出せないんですよぉ!!」
「自力で脱出できるだろ。じゃぁな」
「本当に待ってください!!」
ドン! という音が響いたと思ったら息を切らしたそいつが俺の後ろにいた。
やっぱり大丈夫じゃねぇかと思いながらも一体どうやったら抜け出したんだと後ろを向くと、とんでもなく大きな穴が出来ていた。
「……あ?」
一瞬理解が追い付かなかった。なんでこんな大きな穴ができているのかということに。
それがこいつのやったことだというのに気付いたのはそのすぐ後。
まだ息を整えているこいつに対し、俺は素直に感心しつつ思ったことを口にした。
「やっぱり自力で脱出できただろ。俺はもう行くぞ」
「あ、あの……!」
俺を呼び止めようと声を発したと思ったらドサリという音が聞こえた。
普通に振り返ると、そいつはうつ伏せに倒れていた。
「……」
疲れたから寝てるのかどうか知らないが、もう関わらなくていいだろう。
すぐさまそう考えたのだが、俺の中に残っているらしい良心がほっとけないと訴えているために行動が阻害されている。
本当に悩ましいと思いながら考えた俺だったが、倒れた状態で無邪気な笑みを浮かべているそいつを見ると――
「……ったく。俺もヤキが回ったな畜生」
今は夜。
結局、こいつが起きるまで傍にいてやることにした。
たき火をたいて自分の夕食の準備をしながら、本当にこれからどうしたものかとため息をつく。
今殺そうと思えば殺せる。が、こいつに対し一度恐怖を覚えたからか殺す気が起きない。
そもそも俺が殺そうと思っている理由ですら衝動的だ。故に一時的な殺人衝動が過ぎてしまえば次に来るまで殺す気は起きない。
自分でもなんでこんな風なのか悩んだことはあるが、まぁ殺害現場を見られたことはないしあまり印象に残らないように生きてきたので問題ないだろう。
持参している鍋の中に竹筒に入れていた水を入れ、焚火の上に置く。
沸騰するのを待ちながら固い干し肉を噛み千切って食べていると、こちらに近づいてくる気配を感じた。
「……」
黙って気配の方に視線を向ける。もちろんナイフを持つのを忘れない。
段々と近づいてきたその気配は、やがてその姿を焚火の灯りに映した。
女だ。それも、夜だというのに黒い傘をさした。
その女の顔立ちはとても整っていて、艶っぽい。スタイルの良さや雰囲気も相まってか、どんな奴でも一瞬で骨抜きにされるんじゃなかろうか。俺みたいに色気より先に恐怖心を感じる奴以外は。
姿を見て瞬時に悟った。下手な行動をしたら、もしくは気まぐれで俺は死ぬと。
力を抑えているのは明確だが、それでも俺にとって恐怖でしかない。
なんで俺がそこまで分かるのかというと、まぁ修羅場を潜り抜けてきたからだな。基本油断してた奴らを殺しまくった人生だけど、色々魔物と遭遇したからな……。
家族殺して俺の死体偽造して家に火をつけて当てもなく歩いていた時から結構死にかけたよな…と脇道に逸れた思考中、その女は傘を回しながら妖しげな笑みを浮かべて訊いてきた。
「あなたに任せようかしら?」
どう返事したものかと我に返った俺は考え、「……なぜです?」と聞き返す。
「その子があなたの事を気に入ったみたいだからよ。頑張ってね、『殺人鬼』さん」
「!」
いきなり言われたことに驚いた俺は思わずフードを脱いだが、その女は闇夜に紛れて気配ごと消えた。
聞こえるのは焚火の音と鍋に入っている水が沸騰する音。
少し見つめていたが気配がないことなど明白だったのですぐさま食事を再開した。
……あの人はあいつの親だろうが、一体何のために来たのだろうか?
適当に煮込んだスープを一人ですすりながら不意にそんな疑問が浮かんだが、それだとこいつを同行させることに抵抗感がないということになってしまうため、その考えを慌てて振り払って俺は夜通し起きることにした。
まぁ襲われたら大変だからな、俺が。ついでにこいつも。