邂逅と
前回言った新作です
さて。これから語られる物語は勇者が魔王を倒して世界を救うものでもなく、転生したものが成り上がりや英雄になるまでの道筋でもない、テンプレートと呼ぶには些か不思議な組み合わせが主役の物語である。
俺こと殺人鬼と、魔王候補から外されたが魔王になりたいと息巻く魔族が主役という変わった物語を。
諸君はどうせ殺人に関して悪いイメージしか抱いていないだろう。
まぁそれは当たり前の事なのだから別にいいが。今更変えろとか強制するわけでもないし。
なぜそんなことを訊くのかというと、俺が殺人鬼だからだ。
……。まぁ、自分から名乗っているわけではなく、その上、俺が殺人鬼であるという認識はされていない。
なぜなら、見られたことがないからだ。殺す現場を。
簡単に言うなら路地裏に連れ込んで殺したり人気のない場所で殺したり、見られてないと判断できる場所で殺したり、目撃者も殺したり。
とにもかくにも殺しまくったおかげなのだが、誰にも見られていないことが幸いし噂だけが先行した結果、『死神』や『伝説の殺し屋』などと巷では騒がれているそうだ。
正直言うが俺は殺人鬼だという事を申告しているわけではない。他人がそう言っているだけである。
まぁ自分から名乗りを上げる殺人鬼というのはいないだろう。常識的に考えて。
改めて自己紹介をすると、俺の名前はコール。もっともこれは自分でつけた名前で親からもらった名前などではない。
それはなぜか。簡単だ。俺が自分の手で殺したからだ。
その理由は単純に自由になりたかったからだと今にして思うが、あの生活を思い出したくないので語る気はない。
で、経緯をざっくり説明すると、今まで何の感情もわかずに人を殺して生きてきた。以上。
所要時間二秒もかからないで説明が終わる俺の人生を裏付ける供物が目の前にいるので証拠になってもらおう。
俺達がいるのは平原。随分見晴らしがよく、魔物や魔族たちに見つけてくださいと言ってるような場所。
俺が歩いていたらなんか進路上に大きい男がいた。その前に誰かがいるらしい。
まぁ関係ない。邪魔だと思った俺はフードを深くかぶって近づき、そのまま背中にダガーを刺す。
男がうめき声があげ俺を見てきた。やはり大きいのはタフだな。
「なにしやがるテメェェ!!」
背中の傷を無視して腕を振り下ろしてきた男。それに対し俺はまずナイフで腕を切り落としてから腹を切りつけ、最後に首を折ってから顔面をぐちゃぐちゃに切り刻んだ。
さて次の奴を殺すか。そう思い視線を向けた先にいたのは、女だった。
しかも、目を爛々と輝かせて。
…………。
なんだこいつはと思う一方で今までたくさんの奴を殺してきた経験が、こいつはヤバいと告げていた。
俺が殺しに行ったら間違いなく返り討ちにあって死ぬ。その状況が明確に想像できてしまう程に。
自然とナイフを持つ手が震える。冷や汗がだらだらと流れていく。心臓の鼓動が速くなる。
対峙するだけでこの気配。一体何者なんだ。そんなことを考えながらどうしたものかと思案していると、その女がへたり込んで座っていた状態から立ち上がってこう言った。
「私をあなたの弟子にしてくれましぇんか!?」
「…………」
「…………」
カァァッとその女の顔が急速に赤くなる。その理由に思い至った俺は指摘する気もなく意味を理解するために質問した。
「なぜだ?」
「え? なぜ、と申されますと……?」
「この状況に遭遇してなぜ弟子にしてと頼んできたお前は」
そう訊ねるとそいつは急に視線を逸らした。
というかこいつは状況を正しく理解しているのだろうか。俺は邪魔だったからあの男を殺し、見られたからお前を殺そうとしていたんだぞ(実際には勘が働いてできそうにないが)? 家族かどうか知らないが、仇討とか考えるのが普通だろうに。
そうなったら普通に殺しに行って逆に殺されるかもしれねぇけど。そこまで想像が出来た俺は頭を振ってからもう一度同じ質問をした。
「目の前で人殺されて、それでなぜ弟子になりたいと言ってるんだお前は?」
それに対しそいつは目をぱちくりとさせてから可愛らしく首を傾げて「おかしい事ですか?」と聞いてきた。
「普通は逃げたり足がすくんだりするんじゃないのか?」
「そうなんですか?」
「まぁ大体経験談だ」
そう言えば目撃情報がないのに噂になるというのはどういう事なのだろうか。今更ながらに矛盾を覚えた俺は過去を振り返る。
噂話を立ち聞きした内容などを思い返しながらそう言えば死体だけ目撃され、伝説上の名をとられたんだったなと思い出した。
まぁ別にどうでもいい。俺であることを知られてないのなら。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「それでお返事の方は……」
恐る恐ると言った感じで聞いてくるそいつを見てそうだったなと思い出した俺は「……とりあえずこの場を離れるか」と言って歩き出すことにした。
「あの、待ってください!」
なんか普通についてきたことには別に驚かず、どうしたもんかなぁと空を仰いで考えた。
……なんかイラッと来るぐらいの快晴だったが。
――――――――
ここはとある城――の謁見の間。
玉座に座り肘をつきながら集まっている男女を一瞥した男は、こめかみに青筋を立てて低い声で言った。
「誰だ」
ビクリ、とその場にいた全員が肩を震わす。
そこにいるのは顔立ちの整った男女三人。男一人女二人という構図。
その誰もが沈黙を貫いているので、玉座に座っている男は長い溜息を吐いてもう一度たずねた。
「エレナをこの城から出したのは誰だ?」
「「「…………」」」
またもや沈黙。心当たりがあるのかそれとも連帯感があるのか分からないが、かれこれ三十分ほど沈黙している。
無駄に押し問答をするほど時間があるわけではないらしい玉座に座る男は、一番近い場所にいた男から順に聞いた。
「ラルガ。お前じゃないのか?」
「! そ、そんなわけないじゃないか父さん! エレナがいくら出たがっていたからってやるわけないだろ!?」
「……ニア」
「違いますわお父様。いくら姉妹だからといってなんでも願いを叶えるわけではありません」
「……ミア」
「違うよお父さん! 私じゃないって!! ラルガお兄ちゃんじゃないの!?」
ラルガと呼ばれた男はミアの言及に反論した。
「バカな! いくら可愛い妹の頼みだからって父さんの命令を無視するわけないだろ!? それに、最近エレナに会ってないからそろそろヤバいなぁと思ってた矢先なんだ!!」
「……うわぁ。ラルガお兄ちゃんひくわぁ」
「真性のシスコンね」
「ラルガ。お前……」
「え!? ちょっと待ってよ! 僕よりニアの方がやばいでしょ!? 写真見て鼻血出してたとか!!」
「ラルガ!? あ、あんた何言ってるの!?」
「僕はちゃんと見てたよ!! なんかニヤニヤしてるなぁと思ったらいきなり鼻血噴き出してさ!!」
「ち、ちがっ! あ、あれは……!!」
「うちの兄妹でまともに見えるのはミアぐらいか」
「ちょっと待ってお父さん。それって私もおかしい分類だよね?」
「……本題に戻るぞ。エレナを外に出した奴は誰だ?」
暴露大会になりかけたことを察した玉座に座っている男は強引に集めた理由をもう一度質問する。
それに対し言い争っていた男女は黙り、また、抗議していた女も黙る。
心当たりがないのかそれともなんて考えながら待っていると、クスクスと笑い声がこの空間に響いた。
「エレナを外に出したのは私よ、あなた」
続いて座っていた男の前に露わになる姿。その姿は女性で、傾国の美女を思わせる顔立ちとプロポーションをしていた。
その姿を見た男は座りながら頭を抱えつつ叫んだ。
「何やってるんだお前は!」
「なにって、母親として娘の願いをかなえてあげただけよ」
「それが問題なんだ! あいつが行ったのは人間界だぞ!?」
「そうね。私が送ってあげたわ」
「ライラァァァァァ!! 本当に何してくれたんだぁぁぁ!!」
ついに蹲る男。それを見たライラと呼ばれた目の前にいる女性は「大丈夫よ。あの子見た目は私に似てただの人間にしか見えないから。魔法で正体を隠さなくたって」というと、「そう言う問題じゃないだろ……」と恨めしそうに男は顔を上げて言った。
「下手すると人間界と結んだ条約が破棄されるぞ!? そしたらまた戦争だ! 今からそんな準備するのは無理だ!! というかやりたくない!」
「安心しなさいよ。私達の娘なんだから、きっとそこら辺は弁えてるはずよ」
諭すように語りかけるライラ。それを聞いた男は嫌な予感しかしない……等と思いながら「こんなことなら外すんじゃなかった」と呟いた。
「あら? やっぱり外したの?」
「ああ。あいつに任せたらどうなるか分からないからな。……人気だけはあるからな、本当」
「あなたが力の使い方を教えないのが悪いのよ」
「あんなの見せられたら制御より封印の方が先に思い付くわ。それに、運よく人間のお蔭で封印されたことにすら気づかずに過ごせていたんだ……どうすりゃいいんだよ!!」
何かを想像したのか床を力いっぱい叩く男。その際城が揺れたが、周りにいた奴らは全くといっていいほど驚かなかった。
まるで日常のように。
ライラが言った。
「なら探せばいいじゃない。私は見守る方に一票入れるから」
「あ、おい」
「それじゃ、また旅行に行ってくるわねー」
「おい!」
男を置いてそのまま消えるライラ。その消えた先を手を伸ばしてみていた男はそのまま固まった――と思いきや。
「……ああ畜生! こんなんやってられるか面倒だ!!」
そう叫んで立ち上がったと思いきや三人――ラルガ、ミア、ニアに向けて叫んだ。
「連れ戻したい奴らで勝手に探せ! お前達には連れ戻すことも条件に入れる!!」
「え!?」
「ひどいよお父さん!」
「横暴よ!!」
「黙れ! こっちは胃痛と業務の板挟みなんだ!! 魔王に成りたきゃこのぐらいの理不尽こなしやがれ!!」
そう言って一瞬で消える男。
残された三人はあまりの横暴ぶりに、そりゃねぇよ……と思った。
――――――
明日も投稿します。字数は少ないですけど。