セカンドステージ30:タイムリミットまであと24時間
あんなにも荒廃していた森が元に戻った。
アマデウスとシャドウによって、圧倒的なまでに破壊しつくされてしまっていたこの土地。
事の発端は、シャドウが放った一言からだったのだが、結果としてこうしてしまったのは3人の戦いの後と言うべきなのだろう。
圧倒的な強さ、圧倒的な力、圧倒的な攻撃。
そして、発覚した俺の裏の人格……
正確に言えば、裏人格が現れたのは、この身長になったときのあの修行がきっかけである。
あの時に起こったことは、あの中にいた者だけの秘密にしていたのだが、今回はそれがバレてしまった訳なのである。
まあ、いずれ分かることではあったので、もはや何もいうべきではないのかもしれないけど、あと一言だけ言わせて貰うならば、現在の状況は危機的であるといえる。
先ほどの戦闘は実はだいぶ長い時間行われていたのである。
そして、それが何を言うかと言えば、水の大魔導士の神殿が沈むまでのタイムリミットが24時間を切ってしまっていることである。
そんなどたばたの中で、いつの間にかグランとライも到着していた。
「さっきの戦闘は危険じゃな。いかぬぞ、翔琉」
「ぶつぶつ……2重人格の方は明るい……ぶつぶつ……あっちの方が従順なのかな……いやいや翔琉じゃないとな、でもあっちの煉も……ぶつぶつ」
なんか1人ダメな子がいるけど、取りあえず今は無視。
現在は夜中の0時30分。残り時間は23時間30分。
「とにかく、水の大魔導士の神殿に急がなきゃいけないな」
とボルは、ライとグランにはここで起こった出来事を、ムラサメには急ぐ理由をそれぞれ説明した。
そして、急いで水の大魔導士の神殿へと向かうのであった。ムラサメはこの森で、俺たちが帰還した際にすぐに休めるように、色々と片付けてもらうために残ってもらった。
現在時刻は、午前1時13分。海上都市:海狼横丁の入口に到着。夜中にも関わらずに、町は祭りムードである。しかも、この場所は他の場所と違って、月が見える。
即ち、暗雲が覆っていない町であるという、特殊な場所である。
このことについて、考えられるのは水の大魔導士リュウの癒しの力が関係しているのではないかと推測される。
リュウは水属性のエキスパート。光属性と同様に並ぶことのできる、絶対的な癒しと浄化の魔法の使い手である。その特別ともいえるほどの力の前には、流石のロギウスと言えど浄化の力を封じる事は出来ないようだ。
上空の月を見て、多くの狼族は遠吠えをしている。
その中で、俺たちはフードを被ってこそこそと隠れながら……なんてことはしないで、堂々と正面から町へと入って行った。
「狼族ばっかだな……」
と俺がぼそりと言うと、その近くにいた1人の狼族の青年がつかみかかってきた。
「てめぇ……文句あんなら町からでろや。俺たちは、今機嫌が悪いんだよ!」
「すみません。この町に来るのも、狼族を見るのも初めてだったもので……それより、何故皆さん機嫌が悪いんですか?」
「当たり前だろ! この町は現在、水の大魔導士の神殿にいる謎のタコ野郎に支配されてて、んでもってこの町の設立者であるリュウ様を嫁にして、明日には沈んじまうんだぞ! 楽しい気分なわけがないだろう!」
あっちいけ! と突き飛ばされ、その場に軽く倒れる俺を見たライが、青年に向かっていこうとしたが、ジンライとボルがそれを止める。
しかし、青年は立ち止まり再びこちらに近づいてきた。
今度は何されるんだろう……
「あんたたちもしかして、天野翔琉と大魔導士様たちか?」
え? なんで知ってるの? 指名手配でもされてるのかな?
「だったらどうする?」
とグランが言う。
すると青年は、路地裏に俺たちを誘導して、細々とした声で言う。
「俺の名前はウル。リュウ様の一番弟子だ。あんたたちの事はリュウ様から聞いていた」
「それはどういうことだ?」
「リュウ様は世界最強ともいえるほどの癒しの力の持ち主。変な輩に何かをされた場合のために、常にご自身にいくつも魔法をかけていらっしゃる。その中の1つが”洗脳系の魔法の完全耐性”つまり、リュウ様には洗脳魔法は効かないということだから、今もなおご自身の意識が残っているのだ」
「流石はリュウ。水の大魔導士の称号は伊達じゃないな」
「皆様方には、リュウ様の救助とあのタコを倒す助力を頼めと、リュウ様から……」
「なるほどね。分かったよ。と言うか、最初からそのつもりだったからね。タコを倒せばこの場所は救われてリュウも助かるって言うやつだろ?」
「はい。では、水の大魔導士の神殿までご案内します!」
とウルが俺たちを案内しようとしたとき、グランがそれを止めた。
「ウルとやら……リュウの弟子なのに失敗したな。つけられたようだな」
「え?」
そういった瞬間に、フードを被った謎の集団に包囲されてしまった。
「オマエラハココデ捕縛スル」
「ソレガ指令ダ」
なるほどなるほど……久しぶりな感じがするけど、こいつら時限亡者の上級か……
「なんか、シャドウと戦ったせいか、あんまり力が……」
と俺がぐらついてると、ジンライがそれを支える。
そして次の瞬間には時限亡者は消えた。
正確に言えば、グランとライとボルが魔法を使った瞬間に消えた。
「翔琉ばかりに戦わせるのは、負担がデカすぎるからな」
そういって一瞬のうちに敵を倒しつくしてしまった。
すげえな。
「流石ですね皆さん!」
そういって感心するウルに対して、グランは怒りの表情を浮かべている。
そして次の瞬間には、とびかかってしまおうとしたが、ライはそれを止める。
「貴様! 状況を考えてものを話せよ! お前の油断が全員の危険につながるってことを考えて行動しろ。 そうじゃなかったら、リュウの弟子など名乗るな!」
そういってグランは怒りの表情のままに、ライの腕を振りほどき、遠くを見据えた。
ウルはきょとんとした顔でその場に立ち尽くしている。
次の瞬間には泣いてしまいそうな顔だった。
しかし、現状はその泣くということも許さない。
刻々と時間は迫っている。
海の底へと沈む町の最後の戦いが幕を上げる。
~その頃、水の大魔導士の神殿では~
「放しなさい! この変態タコ野郎が!」
中央でウェディングドレスを着た状態で、手と足に枷を付けられ、その上触手のようなもので色々なところを触られている女がいた。
この女こそ、天野翔琉たちが探し求めている仲間の一人であり、世界最強の癒しの魔法を扱える水の大魔導士のリュウである。
「ヌヒュヒュヒュヒュ~。 そんなこと言っても、もう遅いでやんすよ! 今からお前は、俺様の花嫁として深海の底で永遠に暮らすんでやんす!」
そういって、タキシード姿で、足から大量のヌルヌルした触手を出し、顔が何故だかイケメンな男こそ、ポセイドンである。
「なんで、微妙に顔がイケメンなのよ! 腹立つわ! まあ、でも翔琉ほどでは無いわね。 あんたなんか翔琉に比べたら雑魚よ!」
そういうリュウに対して、ポセイドンは笑みのまま触手でリュウの腕に絡みつく。
「そんなこと言って、俺様の神経を逆なでするなんて……やはり、君こそが俺様の花嫁に相応しい……」
「うるせーな。タコ。だから、あたしはあんたの花嫁になんかならないよーだ!」
「さてさて、いつまでそんな口がきけるかな?」
プスッっと、リュウの腕には何かの薬品が撃ち込まれた。
「え? 何したの?」
「今度の薬は、神経毒かな~。俺様たちみたいな海の生物は強力な毒を持っているからな~それを少し改良して、強力な催眠系の神経毒だ。これで君は、俺様の永遠の傀儡だ!」
ぐっ……とリュウは苦しそうな表情を浮かべたかと思えば、すぐに平気そうな顔をして
「残念でした! 前にも言ったとおり、あたしには毒なんて効かないし催眠系の魔法とかそういうのも無効化されまーす。残念でした! 無意味無意味!」
その瞬間に、ポセイドンの顔からあの笑みが消え、どす黒い感情が飛び出しているようであった。
「ヌヒュヒュヒュヒュ……このくそ女が!」
「なあに? また逆切れ? いい加減にしてくれる? この流れをここに来てから、100回以上やってるんだけど。 もう飽きたから、そろそろ部屋に戻るよ」
そういってリュウは枷を外して、触手をちぎり、ウェディングドレスを脱いでいつもの服装に戻って、その場所から出ていった。
その光景を見ていたポセイドンは、ぼそりと呟く。
「やはり……あの女の思い人である、天野翔琉を完全に殺す必要があるな……天野翔琉……お前には最高の苦しみを与えてやる。そしてその瞬間をあの女に見せて絶望の中、俺様に傅かせてやるぜ! ヌヒュヒュヒュヒュ!!!!」
まさしく、下種のような声が神殿内に響くのであった。