第8話
雑貨屋の2階で僕と同じ服を仕入れたのだろうか、所謂ペアルック姿で登場したカティアさん。シュミーズから覗く胸元はコルセットに押し上げられる形になっており、少し目のやり場に困ってしまう。
どこから話を聞いてたのか判らないが、エナーシャからのパーティー勧誘に乱入してきた。
「私もパーティーに参加する!」
「えーっと、テア? 聞いてたかどうか知らないけど、僕は特に目的「ちゃんと聞いてたわ!」・・・そうデスか」
カティアさんは『ちゃんと盗み聞き』してたらしいです。清々(すがすが)しい程にきっぱりと言われると、盗聴行為に後ろめたさを持つ僕の方が非常識なんじゃないかと疑いたくなる。あとでこっそりエナーシャに確認したが、やはり盗み聞きは褒められた行為ではないという事だった。
「でも仕事はどうするんだ? 定期的にギルドにポーションを納めるんだろ?」
「それは・・・確かにそうだけど、その契約はギルドの管理費を免除して貰う為のものよ。契約解除しても、私が管理費を払うようにすればギルドに不都合はないはずよ。」
「定期的に届くギルドの補給物資にもポーションが含まれていたはずだ。テアが契約解除した場合、本部へ発注するポーションの量が増えるだけだろう。」
なるほど、ギルド職員のエナーシャがそう言うのであれば問題ないだろう。ただ、昨日エナーシャにも確認した事だが、やはり周りの人間が反対したら連れて行く気にはなれない。
「村長さんはどうなんだ? 冒険者として生きていく事に反対はしないの?」
「もう冒険者として登録はしてるのよ?ランクだってそこそこあるし、今更反対はしないと思うわ」
「いや、冒険者登録した時と、これから旅に出るかもしれない冒険者について行くのでは状況は違うんじゃないかな。テアがポーションを作って生活してる事情は判らないけど、冒険者じゃなくて調合で生計を立てる理由があるんだろ?」
冒険者として登録した理由も、冒険者としては攻撃魔法が得意じゃなかった分リスクが高かったというのもある程度は理解できる。ただ、それはそれだ。今の安定した生活を捨てて冒険者になる事を家族が良しとするのか否か、あるいは反対されても押し通すだけの意思があるのかどうか、まずは考えるべきだろう。
また、心配してくれる家族がいる以上は話しておくのが筋だと思う。まあこれについては他人の事言えないけど・・・。『神様のうっかりミスで狐になっちゃいましたー』なんて、獣耳が生えた姿で面と向かって言える訳がないしな。
「・・・ずるいわ。」
「へ?」
「エナーシャさんにはそんな事聞いてないじゃない! 私にだけそんな事言うなんて酷いよ!」
「私だって聞かれたさ。そもそも私は先に家族の了解を得てからマコト殿にパーティーの話を持ち出したんだ。」
「ウソよ。今そんな話してなかったじゃない!」
(ここ最近エルフの知的なイメージが随分ボロボロになったな。それにしてもテアってこんな子だったっけ。最初に会った時は見た目よりもずっと大人に見えたけど、村に戻る頃には年相応の雰囲気になってたな。
エルフが知的なのは年相応に成熟しいる反面外見が若々しいからだと思うが、今のテアは実年齢よりもずっと小さな子供のようだ。一体どうなってるんだ?)
「マコト殿に話を持ち掛けたのは昨日だ。その時には間違いなく聞かれたさ。嘘じゃない。」
「そんな・・・。だってマコトはそんな事一言も・・・っ!」
(んー・・・? どうも雲行きが怪しいなあ。)
カティアの表情からは動揺がありありと伺える。パーティーを組む事について、真人から相談が無かったのが余程ショックだったのだろうか。
(パーティーの知識は一応持ってるし、相談する事でもなかったと思ったんだけどな。)
「まだエナーシャさんに話を聞いただけの段階だったしね。もちろん話がまとまったらテアに知らせるつもりだったんだよ?」
まだ何か不満があるようで、柳眉を逆立てて訴えている。エナーシャさんもどことなくお疲れのようだ。
「テアも冒険者になるなら、せめて村長さんに話だけは通してね?」
「むー・・・」
(参ったな・・・どうすればいいんだ)
「どうしたんだテア、君らしくもない。そもそも村で生活する足掛かりとしてギルドと契約したんだろう? それをこのタイミングで冒険者に転向・・・つまり村での生活を捨ててまでマコト殿について行く理由は何なんだ?」
「・・・」
「まあ、なんとなく察しはついているのだが・・・。
ちなみに私の切っ掛けは、部署移動の打診があったからだ。その時にはマコト殿に興味があったのでな。彼のスタイルに合わせて、共に冒険者として生きていくのも悪くないと思ったのが理由だな。テアはどうなんだ?」
「あ・・・うう・・・」
「ふむ、なるほど。つまりマコト殿が好k「ちょーっ!何言いだすのよ! ////」ちゃんと言っておいた方が良いんじゃないのか?」
(本当に雲行きが怪しいな・・・。エナーシャさんも落ち着いた態度を捨てて2人で大はしゃぎし始めたし。我が事ながら話に入り辛い話題な上、口を挟める程女性2人のテンションに付いて行けてない。)
「ちょっとマコト(殿)!何とか言って(よ)(くれ)!」
(どうしろっていうんだ!・・・)
「女3人寄れば姦しいとは良く言ったもんだが、オメーら流石にはしゃぎ過ぎだ。」
この状況で第3者の介入は正直嬉しかった。止めに入った時のセリフも、場の空気を読んで当たり障りないように選ばれたものだった。そう・・・1つの勘違いさえなければ。
「グランくぅん?・・・今何て言った?『女3人』だ?」
そこにいた第3者はグランだった。
既に女性2人はテンションMAX。真人の方はストレスで磨り減った精神が丁度限界を迎えるところだった。
そんなところに乱入したグランが、哀れにも3人の鬱憤の捌け口としてイケニエになるのは当然の流れだ。3人はそれぞれグランに対峙し、一斉に怒りをぶつけた。
「邪魔よっ!」
「邪魔だ!」
「僕は男だ!」
「「「えええええーーーー!!??」」」
カティア、エナーシャ、真人の順にイケニエ君に牙を剥いたが、真人の声にだけは食事していた冒険者達とグランから疑惑の大合唱。本人だけはカミングアウトしたつもりはないので納得いかない。
「何なんだよ一体・・・。僕は男だ。見ればわかるだろ? って言うか判れ!」
「いや、わかんねーよ!」
「よし解ったグラン。それは喧嘩を売ってるんだな?買うよ?今すぐ買うよ?
先制の一手は『グランの冒険譚』ディレクターズ・カット版。実演付きでクライマックスの雄姿を再現するか!」
「ちょっと待て! それは反則だー!」
ゆっくりとグランを追い詰めながら、両手の平を上に向けて物を抱えるようなポーズをとる。ついでに黒い笑みを見せたらグランが背を向けて逃げ出した。
「(何逃げてんだよあいつ。俺ならあんな美人とお近付きになれたら男だってかまわんぜ!?)」
「(お前どんだけ変態だよ。男はやめとけ、襲うつもりが襲われたらトラウマになるぞ。)」
食事していた冒険者だろう。声を潜めているようだが、幸か不幸かはっきり聞こえてくる。いい加減男に言い寄られる事は避けたいんだが・・・。それに襲うってなんだよ!
「(ほう、流石経験豊富なベテランはいう事が違う。そっちも経験済みか?)」
「(アホぬかせ。見ろあの邪悪な笑みと怪しげな手の動き。きっとやる気だぞ)」
「(ああ、なるほど。居るよな、美人だけど残念なやつって。)」
「うるさいよ、お前ら! どっちが残念だ変態どもがー!!」
変態すぎる会話のせいで、もうグランなんてどうでも良くなっていた。即座に目標を変態冒険者2人組に変更したのだが・・・。
「あっ?なんだこれ。新感覚? 美人の罵倒ってこんなにイイものなのか?」
「ああ、お前もか。俺は常々(つねづね)上に上がれる冒険者は被虐趣味集団だと思ってきたが、お前もその資質があったようだな。」
2人そろって何かに目覚めてしまったようだ。まさか喜ぶとは思ってもみなかったので、その状況を見て一気にクールダウンしてしまった。
「何なのこいつら、気持ち悪い・・・。」
「「っ!・・・男の娘サイコー!」」
真人は意識してなかったが、後にこの時の事をカティアはこう語った。『伏せた耳を震わせる姿は、女の私でも抱き付きたくなる可愛らしさだったよ』・・・と。
妙な空気が漂う中、ゆっくりと追い詰める変態2匹と逃げる真人。この窮地に終止符を打ったのは、意外な事にいがみ合っていた女性2人だった。
カティアが真人と変態の間に割り込む。その隙にエナーシャが隠密技術を駆使して変態の背後に回り込み、奇襲を仕掛けて意識を刈り取った。
今は最後に加わったグランを含めて4人でテーブルを囲んでいる。女性2人も既に落ち着いており、皆一様に疲れた顔をしていた。
「パーティー結成後の初仕事があれとは・・・少し先行きが不安だな。」
「パーティー組んだのか?」
「ああ、正式な手続きはこれからになるが、マコト殿と私はパーティーを組む事にした。あと、テアはエルドア殿から許可を頂ければ加わる予定だ。」
(エルドア?・・・ああ、村長さんか。今更だが初めて名前を聞いたぞ。)
「そうだったのか。」
「ところでグランは何か用があったんじゃないのか?」
何も用がなければ、実家にいるはずのグランが食事時に宿に来る理由は多分ない。何か用事があったと考えるのが妥当だったが、先程の騒動ですっかり聞く機会を失っていた。
「ああ、実はマコトに頼みたい事があってな。」
「・・・なんだ?」
マコトはまだ先程の騒動を引きずっていた為、若干気構えてしまった。まさかグランまで『男でも構わない』と言い出さないかと。
「俺に剣を教えてほしい。お前は魔術師なんだろ?あれが何の魔法かは知らないが、オーガを一発で仕留めてたじゃないか。
森での事はあまり覚えてなかったが、俺はその魔術師に剣でも勝てる気がしねぇ。」
グランに言われて思い出したが、真人はこの世界の住人と比べて、魔法への適正が高いらしい。だが、真人には新明無限流を修めた矜持がある。剣士と魔術師のどちらだと聞かれれば、迷わず剣士と答えるだろう。
しかし、刀は長く使い続けられない武器である為、戦闘では魔法に頼る場面も多くなる事だろう。刀の代わりとなる武器を仕入れたといっても、魔法も得意であれば使わない手はない。それでも魔法を使い始めてまだ数日しか経っていない為、魔法への知識が足りないと感じているのだ。
剣士としては武器の問題で検討の余地を残しており、魔術師としては知識が不足している。要するに今はどちらともいえない、どっち付かずの状況なのだ。マコトのスタイルを確立する為にも、今は問題点について対策を検討する必要がある。
「俺は強くなりてぇ。魔術師に剣で負けたままでいる訳にはいかねーんだ。だが、俺が見た中じゃ恐らくお前が一番剣の腕が立つ。・・・頼む、俺に剣を教えてくれ!」
「自分で言うのもなんだが、確かに僕の剣術は既に完成されていると言っても良い。少なくとも、そのお墨付きは貰っている。だが、グランと僕とでは剣の振り方1つとっても全く別物だ。僕が教えると、今まで築き上げたスタイルを全て捨てて、1からやり直すくらいの覚悟が必要になるぞ?
それに、僕の方にも都合がある。これでも本格的に魔法を使い始めてそう長くはない。だから魔法に対する知識が足りないんだ。勉強したいとも思ってるし、他にも課題を残している。当然冒険者として依頼を熟して生活を維持する必要もあるから、それ程長い時間付き合える訳じゃない。」
検討課題は山積みだ。魔法の知識に剣の選別、あるいは戦闘スタイルの変更と調整。また、こちらに持ち込んだお気に入りのブーツだって、いつまで持つか判らない。自分で作る事ができれば良いのだが、まずはソールだけでも交換できるように素材を探さなければならない。
魔法と武器の問題が解決に向かえば、剣を主とするのか、魔術師として剣は補助とするのか決めなくてはならないだろう。他にも興味本位でやってみたい事は数えきれない程ある。
「えっと、それならお金を貯めて学院に入学するというのはどう?実は私、学院に行きたくてお金貯めてたのよ。今はマコトのパーティーに参加する事を優先したいから諦めたんだけど。
学院に入学すれば魔法については教えてくれるし、授業以外の時間は基本的に自由に過ごす事ができるわ。自由時間を使って研究する人もいれば、ギルドの依頼をする人もいるそうよ。」
生徒になる20歳以上の短命種族はそれほど多くない為、エナーシャが若干難色を示した。十分に10代で通用する容姿をしている為、カティアがフォローした事もあって入学に依存はないそうだ。
グランは強くなれるなら何でも良いらしい。このお気楽な性格は、元の世界に置いてきた親友の徹と似通ったところがある。
学園は全寮制となっている。全6クラスがあり、下からF,E,D,C,B,Aとなっているようだ。3か月毎に考査があり、それに合格していれば上のクラスへ移動する権利を得る。ただ、1年毎に上のクラスへ上がるのが一般的のようだ。
学院に卒業というものはなく、どのクラスまで上り詰めたかが社会的なステータスになるそうだ。
また3か月毎に学費を前払いしなければならない。3か月の学費は一律金貨5枚という事だから、日本円に換算すると年間200万円くらいだ。入学するのであれば、2年分の学費は確保しておきたいから、少なくとも1人金貨40枚。4人全員入学するなら、合計金貨160枚にもなる。とてもじゃないがすぐに用意できる額ではない。
「やはり学費の用意が難しいか。準備に何年かかる事か・・・。」
「そうね、直ぐには無理だよね・・・。」
「時間を掛けずにという事であれば、1つだけ当てがある。と言っても、またマコト殿頼りになってしまうのだが。」
「何すれば良いんですか?」
「マコト殿、その話の前にそろそろ敬語は止めてもらえないか? 仲間になったと言うのに疎外感を感じて寂しいぞ。」
何やら白猫さんが拗ねてらっしゃる。こういう姿をされると、実年齢よりもずっと幼く見える。年下と言われても違和感がないな。
「そう・・・だな。ごめん、仲間に敬語は変だよな。」
「ああ、その調子で頼むよ。話を戻すが、マコト殿はギルドに買取窓口があるのを知っているか?」
「確か受付の隣にあったね。誰かが持ち込んだものを買い取っていたのを見た事があるよ。」
「そう、その窓口なんだが、実は情報も扱っている。」
「情報?」
「情報と言っても様々だ。魔物の出現情報や薬草の群生場所といったもの受け付けている。もっとも、この手の情報は非常に安い。ギルドが無償で情報提供するからな。半銅貨10枚にもなれば良い方だろう。」
「つまり、ギルドから売る程価値が高い情報なら高く買い取って貰えると?」
「うむ。ここからが本題なのだが、マコト殿が使った魔法は開発した魔法だな?それを売る気はあるか?」
流石ギルド職員だ。ギルドという組織の上手い利用方法を良く知っている。それに良く見ている。エナーシャの前でオリジナルの魔法を使ったのは2回だけ。それも遠目に見ただけのはずだ。
「オーガを倒したあの魔法は、威力の割に周囲への影響が極端に少ない。それに応用できる幅が広いから、恐らくかなりの額で取引できるだろう。
それと、実は国に魔法を売る方が高く売れる。だが、これは国家間のパワーバランスを崩す事にも成り兼ねないから、できれば国に所属しないギルドに売って欲しいとは思う。」
1体倒せば金貨3枚になるBランクのオーガを、たった1発で貫いたのだ。有用性についてもギルドに上がった報告から証明済みなので、買取を渋られる事はないそうだ。
今の自分が持つ最強魔法の内1つを不特定多数に広める事に多少抵抗があるが、学院で勉強すれば【ファイアランス】を超える魔法の習得もできるだろうし、開発すら可能かもしれない。
「支部長に報告した時の印象だが、あの魔法には随分と興味を持っているようだった。売るならば直接支部長と交渉した方がスムーズに事が進むと思うぞ。」
4人の学院入学については方向性が固まった。資金確保については明日支部長と交渉する事にして、今日のところは解散となった。
翌日、早朝からエナーシャと2人でギルドへ赴き、支部長と取引する事にした。エナーシャと一緒に来たのは、ギルドからの退職とパーティーに加わる事を伝える為だ。
「よう来てくれたな。エナーシャ、彼とパーティーを組む事になったのかね?」
「はい。マコト殿に迎え入れて頂きました。ご迷惑をお掛けするばかりでしたが、これまで大変お世話になりました。」
「いやいや、お前さんは良くやってくれたよ。マコト君、エナーシャの事はよろしく頼むぞ。」
「はい、承知しています。
ところで、今日はその件とは別にもう1件ご相談があって伺いました。」
「ほう、君から相談されるという事は技術提供の件かね? 君は10人まで技術提供を無償にしてくれると言っておったが、それも憚られるので用意はさせとるぞ?
人員の選定も直に終わるでの。もう少し待ってくれんかね?」
無償にした筈の技術提供料を勝手に用意してるとは思わなかった。それを受け取れば入学金の足しにはなるかもしれないな。だが、あくまで保険としておこう。足りなければ技術提供する人数を増やしてもらっても構わない。
「いえ、そちらのお話ではなく・・・。実は、僕とエナーシャさんとグラン。カティアはまだ確定ではありませんが、王都の学院に入学しようと思っています。その資金を得る為に、こちらで僕が開発した魔法を買い取って頂こうと思って参りました。」
「マコト君の魔法というのは、オーガを仕留めた魔法かね?
エナーシャと現場を検証した職員の報告では、周りに全く被害を与えずにオーガの胸部を破壊したとあった。だが、それ程の魔法を君以外の魔術師が扱えるのかね?」
支部長は真人のチートっぷりを知っている。だからこそ固有魔法の類・・・つまり真人以外には使えない魔法ではないかと思っていたようだ。
「僕が使うよりは多少威力が落ちるかもしれませんが、習得自体に問題はありません。僕が開発した魔法が他人でも使える事はテアで証明できています。
それに、オーガを倒した魔法は【ファイアボール】をベースに改良したものですので、習得ランクも魔力コストも低いはずです。」
「なんじゃと?【ファイアボール】は初級魔法じゃぞ? そんな魔法でBランクのオーガを仕留めたというのか・・・。その魔法が浸透すれば、肩身の狭い魔法職の力関係が引っくり返るやもしれんぞ。」
パーティーに加わる魔術師は、基本的には初級魔法を駆使して戦闘を行うらしい。中級以上の魔法になると周囲への影響を考慮して使わざるを得ず、無理に使えば前衛の邪魔になるそうだ。それにダンジョン内では大規模な破壊を行う訳にもいかない。
結局のところ、魔術師が持つ中級以上の魔法は、フィールド上にいる魔物の群れに対しての先制攻撃や、別の群れに対する牽制にしか使い道がないようだ。
これについてはソロも同様になる。一般的に複雑な詠唱が必要になる中級以上の魔法を、戦闘中に誰の援護もなく使う事は難しいからだ。故に魔術師は必然的にパーティーに所属する事を余儀なくされ、パーティーに依存する結果となってしまうのだ。
「前衛を気にせず威力の高い魔法が使えるのは、魔術師にとって革命的な事じゃ。それ程の魔法を売ってもらえるのは嬉しいのじゃが、君はそれでいいのかね?魔術師としては破格のアドバンテージじゃろう。」
「多少悩みはしましたが、これから学院に通う事を考えればそれを補うだけの力を付けられると思っています。それに、僕が開発した魔法はそれだけではありませんので。」
「・・・そうじゃったか。君がそう言うのであれば、もう止めはせんよ。魔法の売買に関しては専門の職員が王都におる。その職員に魔法の解説と実演、提供をしてから価格を査定する事になる。数日中に職員が来られるよう手配をしておこう。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「それにしても君はどこまで強くなるんじゃろうなぁ。老婆心から忠告しておくが、学院へ行くのなら気を付けた方がよいぞ。生徒の中には必ず嫉妬する者が出てくるじゃろうからの。」
「はい、ご忠告ありがとうございます。」
その後、無事エルドアさんから許可をもらったカティアを交え、グランを含む4人でギルドへ向かった。リーダーを真人として、パーティー結成の申請を行う為だ。申請すると言っても特に細かい手続きがある訳ではない。パーティーとしての活動で得た財産を、リーダーによって分配する同意書にメンバーがそれぞれ署名するだけだった。
エレンの診察とグランの稽古に付き合いながら、依頼を熟す日が数日過ぎた。この数日で、達成する依頼の報酬額から生活に支障がないと判断し、早々にランクをDに上げてしまった。昇格試験はワイルドボア10体の討伐および肉の収集だったが、特に問題なく完了していた。
エレンの手術から丁度1週間後には、ギルドから11人の来客があった。1人は魔術師風の男性で、取引する魔法の査定に来た職員だ。残りは全員女性で、堕胎手術の技術提供を受ける職員だろう。全員を宿の部屋に通せる訳もないので、ひとまず場所をギルドに移すことにした。
一言【教与】による僅かな頭痛がある事を先に告げ、まずは10人の女性に一人ずつ堕胎手術に関する知識を教与した。
「今【教与】した知識について、考えや疑問を話し合ってまとめておいてください。僕はこちらの方と少し村の外へ出てきます。すぐに戻ってきますので、待っていてください。」
そう言い残して、男性職員と村の外へ出た。今度は男性職員に【ファイアランス】の教与を施す。もちろん、空力抵抗といった概念は除外してある。これを含めると、他の魔法にも簡単に流用できてしまうからだ。
男性職員の頭痛が治まるのを待って実演して見せたところ、ずいぶんと興味を持たれたようだ。直径が僕の身長の2倍はある大岩を、完全破壊する事無く貫いていた。
男性職員の方は、流石に詠唱なしでイメージを固めるのが難しかったらしく、詠唱を2人であれこれと検討しながら30分程で形にした。形になったのは良いのだが・・・。
「『わが手に集え焔の暴王。破砕を糧に、彼を穿つ槍と化せ』【ファイアランス】!」
ギルド職員は見事に【ファイアランス】を発動し、大岩に穴を開けた。僕が使った魔法と比べても殆ど見劣りはしない。オーガ程度なら難なく貫けるだろう。だが・・・我ながらなんとも恥ずかしい詠唱になったものだ。悶えそうだよ。
「素晴らしいな、この魔法は!この破壊力で魔法コストが【ファイアボール】と同程度とは!本当にこんな魔法売ってもらっていいのかい?」
「ええ、このやり取りも2回目ですし、覚悟もできてますよ。」
「判った、しっかりと査定させてもらうよ。」
「よろしくお願いします。」
そう言って、共に村へ戻った。ギルドに入って一旦別れ、男性職員は支部長の元へ、僕は待たせてしまった技術供与の続きをする為、先ほどの部屋に入った。
「すみません、お待たせしました。疑問点はありましたか?」
「手術の過程で何度か【ヒーリングライト】を使う場面がありましたが、【ヒーリングライト】の使い手はそれ程多くはありません。多分使い手のいない村も多いと思います。
そのような場合に、代わりとなる方法があれば嬉しいのですが、どうでしょうか?」
「まず、【ヒーリングライト】を使うのが最も成功率が高いとは思いますが、いくつか譲歩するのであれば代替案はあります。ご存じの通り【ヒーリングライト】は破損した正常な組織を再生・復元する事ができます。
【ヒーリングライト】を諦めると、必然的に切除した子宮が復元されません。それと、失った血液が多いと脳に障害を残す可能性があります。
他の回復魔法やポーションで代用するのであれば、その点については、事前に患者の了承を得ておいた方が良いでしょう。
あとは、衛生面については、より注意する必要があります。僕も検証した訳ではありませんので、回復魔法を代行した場合の成功率については何とも言えません。」
「『子宮』というのは、胎児と一緒に切り取った臓器の事ですね。それが復元されない場合、どうなるのでしょう?」
「子供が欲しくなっても、産めなくなるという事です。」
「なるほど・・・。承知しました。」
その後も質疑応答を繰り返し、応用に関する知識まで教えて技術提供は完了した。教えを受けた職員たちは、【教与】した時は青ざめていたものの、今はすっかりご機嫌だ。腹を切り開き、臓器を切除する知識は女性には辛かったのだろう。
最後に皆を連れてエレンのところへ赴き、手術後の経過を確認した。突然大勢でお邪魔したにも関わらず、特に嫌がるそぶりを見せずに対応してくれた。あれからそろそろ1週間になるから、もう何も心配する事はないだろう。
「マコトさん、技術提供ありがとうございました。聞けば今回の技術提供は無償で応じて頂いたとか。これで無用な犠牲を強いる事も減ります。本当に・・・ありがとうございました。」
「いえいえ。それよりも、貴方たちに提供した技術は知識だけがあっても役に立ちません。手術に使う道具の開発と改良、衛生管理の重要さを理解させる下地作り、協力してくれる人材の発掘や育成が必要になります。
そこまで僕がお手伝いできる訳ではありませんので、今回の技術提供を生かす為にも頑張ってくださいね。」
「「「「はい!」」」」
彼女たちと別れ、報告の為に支部長の元へ向かった。事情を聴いていたエアリスさんに案内されて執務室へ通されたが、そこには1人先客がいた。先ほど別れた、王都から来た男性職員だ。
「支部長さん、技術提供の方は滞りなく完了しました。彼女たちには、手術に必要な道具や基礎知識も【教与】してありますので、道具作り等は彼女たちの意見を参考に進めてください。」
「了解した。ありがとう。それにしても【教与】とは便利な魔法じゃのう。聞けば例の魔法も【教与】で教えたんじゃろ? 彼も2,3日は掛かるつもりで来とったが、あっさり終わったので驚いておったぞ。」
「あれ程精緻なイメージは言葉で伝えるのは難しいでしょう。言葉で教わっていたら1週間は掛かっていたかと思います。多少の頭痛はありましたが、完全に理解するまで数分足らずで済むとは驚きましたよ。」
「残念ながら【教与】については教える事ができません。というよりも、これは固有魔法に該当するので、教える事はできないでしょう。もしかしたら、今回【教与】した事を切っ掛けに出来るようになるかもしれませんが。」
元々【教与】については、知識を得る為に天照さんと巴ちゃんがかけてくれたのだ。その時には【教与】の魔法を授けてくれると言った話を聞いていない。つまり、おそらくその時の事を切っ掛けに、真人自身が習得したのだろう。
「さて、マコト君。魔法の査定も無事終わった。査定価格は金貨2000枚となったがどうじゃろうか?」
「は?・・・いやいやいや、そんなに高く売れるものなんですか?」
金貨2000枚という事は・・・円換算で2億円? そんな馬鹿な・・・。
「何を言うておる、よく考えてみよ。最早火属性の必修魔法と言っても過言では無いのじゃぞ? これまでオーガの相手ができなかった中ランク層はこぞって買い求め、一気にランクアップを図ってくるじゃろう。それ故少なく見積もっても数日の内に1000人以上の魔術師に売れると見ておる。
それに、これほど使い勝手の良い魔法となると、金貨2枚で売っても誰でも買うじゃろう。例え借金をして買ったとしても、オーガ1体くらい簡単に倒せる上、それだけで借金返済してお釣りがくるのじゃ。それを考えれば、火属性に恵まれなんだ魔術師が不憫に思えるほどじゃがの。
ギルドの利益を考えると、査定価格が金貨2000枚というのは少ないくらいじゃ。想定より多く売れたらいくらか追加料金を払う事も考えておったぞ。」
そうか、ギルドの各支部で売り出すから、一気に広まる訳か。
「各支部の担当職員に教えるのに苦労しますが、1か月以内に世界中の支部に行き渡るでしょう。その後のギルドの利益はかなりの額になると思われます。2000枚という査定額を提示させて頂きましたが、支部長の仰る通りこれでも少ないくらいです。3000枚にしてくれと言われても、私個人の判断だけなら迷う事無く買い取りますね。」
「他に判断する人が居るのですか?」
「ええ、評価結果を王都のギルドマスターに連絡し、そちらでも査定して頂いています。こちらで価格を交渉し、その結果をギルドマスターに報告して、了承して頂ければ取引成立となるのです。ギルドマスターの方では上限額も検討しておられるでしょうから、こちらの交渉だけで価格が決まる訳ではないのです。」
「なるほど、そういう事でしたか。」
その時、交渉を切るように執務室の奥から甲高い音が鳴り響いた。支部長が慌てて席を外し、奥の部屋へ消えていった。何事かと残された2人は共に首を捻りつつ待っていたが、今度は支部長が男性職員を連れて奥の部屋に引き籠ってしまった。
(どうすればいいのさ・・・。)
その後待つ事しばし、2人が揃って戻ってきた。2人ともなんとも言えない表情をしている。
「待たせてしまってすまんかったのう。異例の事じゃが、今ギルドマスターの方から価格交渉の提示があった。ぶっちゃけると・・・じゃ、金貨1万枚まで出して良いから必ず買い取れと仰せじゃ。」
「支部長、それを言ってしまうのはマズくないですか? 私は責任持てませんよ?」
「大丈夫じゃ。そもそもギルドマスターが異例の交渉をしてくる事で、価値が跳ね上がったのはマコト君にもわかっとる事じゃろう。多少なりとも交渉の仕方を知っとる者なら、ギルドマスターが上限額を提示した事も読めるはずじゃろう。
ギルドマスターの指示で交渉代理を告げざるを得ん時点で、商売としてはわし等の負けなのじゃ。責任はギルドマスターが追うべきところであって、君には迷惑はかけんよ。」
それはそうだろうけど、支部長さんぶっちゃけ過ぎだと思うのだが。査定に来た職員さんが引いてるじゃないか。
「という事じゃが、金貨1万枚でどうじゃろう。なに、これだけ支払ってもギルドは揺るがんよ。」
「せめて交渉らしい交渉をしてくださいよ。後でギルドマスターに睨まれるのは嫌ですよ?」
「はっはっは。それもそうじゃな。では8000枚でどうじゃ? ギルドマスターが提示した最低額が5000枚じゃから良いところだと思うがの。」
「わかりました。ではそれでお願いします。」
「うむ。互いに良い取引になったの。では、この紙を持って受付のエアリスに渡してくれ。そこで君の口座に入金処理してもらうでの。念の為、エアリスには騒がんように注意しておいてくれるか?」
「了解しました。ではお二方ともありがとうございました。」
支部長と男性職員に礼をとり、執務室を出て受付へ向かった。いつものようにそこにいたエアリスに、騒がないように言い含めてから渡された紙を預ける。その内容に随分驚いていたようだが、何とか多少飛び跳ねる程度で済んだようだ。
「失礼致しました。マコト様、ギルドカードをお預かりしてもよろしいでしょうか。」
興奮が覚め遣らぬまま、何とか取り繕ってカードの提示を求めてきた。震える手でカードを受け取り、一通りの処理を終えると、漸く落ち着きを取り戻してカードを返してくれた。
「お待たせいたしました。ご入金が完了しましたのでご確認ください。」
念の為、周囲の気配に注意しながら【ステータス】を開くと、確かに金貨8000枚が入金されている事が確認できた。
「ありがとう。確認できました。」
「ではお手続きは完了になります。お疲れ様でした。」
別に疲れてはいないが、これも挨拶だからな。挨拶を済ませてギルドを離れると、受付を離れて座り込んでいるエアリスさんが見えた。少し悪い事したかもしれない。
その夜、パーティー4人で今後の方針を固める為、全員を宿で借りた部屋に招待した。
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2012/09/20 誤字修正:「ついて良くのでは」⇒「ついて行くのでは」