第6話
ギルド登録して初仕事もしない内から金貨9枚の大金に怯んだ真人は、ついうっかり10人まで無料で技術提供する約束をしてしまった。多少後悔しつつ、満面の笑みでうなずく好々爺から報酬の金貨9枚を受け取り、今はカティアが待つギルドの受付へ戻ってきている。
討伐の経験からランクアップしても問題ないと判断し、受付ですぐにEランクに上げてもらった。これでDランクまでの依頼を受ける事ができる。もっとも、試験さえ受ければ更に上を狙っても問題なさそうだが、異世界デビューして間もない真人は冒険者の常識も置き忘れてランクアップすることを躊躇った。
「テア、まだ時間あれば、宿取った後に約束を果たそうか。」
「やったっ。あ、でもそろそろお夕飯の準備しなきゃ。」
「そっか。ごめんな、遅くまでつき合わせちゃって。」
「いいよいいよー。そのおかげで約束思い出してもらえたし。じゃあ、明日付き合ってもらえる?」
「了解。明日エレンちゃんのところに寄った後でいいかな?」
「あ、それなら一緒にいくよー。私も気になるし。明日の朝迎えにくるね。」
「うん、じゃあまた明日。」
ご機嫌なカティアを見送った後、宿を取るべくギルドを出た。冒険者ギルドの隣に提携している宿があるらしい。
「今日から何日かお世話になりたいのですが、部屋は空いてますか?」
「ああ、空いてるよ。シングルでいいかい?」
「はい。」
「料金は1泊銅貨4枚。朝夕食事つきなら銅貨5枚を先払いだよ。」
この世界の通貨は、金貨,銀貨,銅貨,銅半貨の4種類の硬貨がある。金貨1枚が銀貨10枚、銀貨1枚が銅貨10枚、銅貨1枚が銅半貨10枚と等価だ。
ギルドの支部長の話だと金貨2枚が新米騎士1か月分の給与という事だから、1か月の給与を大凡20万円と考えて金貨1枚が10万円。最も価値の低い銅半貨が1枚100円相当だ。
(1泊銅貨4枚は4000円くらいで、2食付きで5000円。1食あたり500円になる計算だな。)
「じゃあ食事つきで4日間お願いします。」
そう言いつつ金貨を1枚女将に渡す。ギルドで受け取った報酬は金貨9枚。銅貨なんて持ってないから先に小物でも揃えて銅貨作っておくべきだったかな。
「あんた宿に泊まるのは初めてかい?」
「ええ、何かまずかったですか?」
「宿に泊まる時はどの街の宿でも身分証明品を見せるもんなのさ。」
(早くも常識の壁に躓いたな)
苦笑しつつ出来立てのギルドカードを渡す。もちろん、【ステータス】も【アビリティ】も消してある。
「失礼しました。こちらをどうぞ。」
「ギルドランクFなら料金は半額にできるけどどうする? 半額にした分依頼の報酬から多少引かれるらしいけどね。」
「あ、資金には余裕がありますので、通常料金でお願いします。」
女将が頷いてカードを返してくれる・・・と思わせて、もう一度カードを見直している。
「あんたまさか家のエナーシャを助けてくれた旅人かい?」
「はい。という事は貴方がケイトさんですか?」
「やっぱり、そうだったのかい。あんたのおかげで娘が命拾いしたよ。本当にありがとう。
そうだ、料金はタダで良いからさ。遠慮せずに泊っておくれ。」
感謝されるのは正直嬉しいと思う。元の世界ではこんな頻度で感謝される事は無かった。ただ、どうも過剰にお礼されているようで居心地が悪いのだ。
「お礼はギルドから十分にもらってますから。それに・・・行く先々で感謝される経験が無かったので、ちょっと居心地が悪くて・・・。」
「あっはっは、それは悪かったよ。せめて夕食は腕に撚りをかけて作るから期待してておくれ。」
「はい、ありがとうございます。」
食事は日が出てから2時間と日が沈んでから3時間の間に出してくれるらしい。食事にありつけなくても返金不可。昼間出かける時は宿に部屋の鍵を預けておくと、その間に部屋の掃除とベッドのシーツを変えてくれるとのこと。
あと、残念な事にお風呂は無いらしい。王都や大きめの街なら高級宿に湯殿があるらしいが、一般的な宿には無いのだそうだ。宿の裏手にある井戸で水を汲んで体を拭くならタダだと言ってくれたが、せっかく魔法でお湯が作れるのだから桶だけ借りる事にした。
さっそく鍵を借りて宛がわれた部屋に向かう。インベントリがある為態々下ろす荷物もない。目立つ事を避けるならインベントリに頼り過ぎるのもよくなさそうだ。
夕食までまだ少し時間がある。少し道具を買い揃える事を決め、一度外へ出る事にした。
「ケイトさん。買い揃えたいものがありますので、少し出てきます。服と道具が揃う店はこの辺りにありますか?」
「それならここを出て広場を挟んで真正面に道具屋があるよ。服はその店の2階で売ってるから見ておいで。しばらくしたら夕食ができるから、あまり遅くならないでおくれよ。」
「解りました。ありがとうございます。」
ケイトに鍵を預けて道具屋に行き、まずは2階に上がった。2階には服が所狭しと積みあがっていた。その奥には綺麗に並べられた服もあるのだが、この扱いの違いはなんだろう。ワゴンセールか?
そう思っていたら、奥から店員らしい女性が寄ってきた。
「いらっしゃい。服を探してるのかい?こっちの棚のは新品、そっちに積んであるのは古着だよ。」
(なるほど、中古品だったのか。)
「あんた変わった服着てるね。生地もずいぶん良さそうだけど、その服に見合ったものは家には置いてないよ?」
僕が着てるジーパンもチュニックもこちらでは目立つか。下着だけ買うつもりだったけど、一式そろえた方が良いかもしれないな。
「この服は故郷でも特別な衣装でね。帰郷するまで悪くする訳にもいかないから、買い揃えようと思ってね。よかったら僕に似合いそうなものを見繕ってくれます?」
新品の棚から下着も含め、冒険者向けの服を一式選んでもらう事にした。こちらのファッション事情なんて分からないので、専門の人に聞いた方が無難だろうと判断した結果だったが・・・。
「これでどうだい? 襟を革紐で絞るタイプのものだから、あんたも安心すると思うよ。下はパンツかキュロットか悩んだんだけどねえ。あんたならキュロットも似合うだろう。」
そう・・・この店員が選んだのはキュロットスカートだった。襟を革紐で絞って安心するのはボディタッチの事か。次からは先に性別を言ってからにするべきだな・・・。
とりあえず性別の誤解を解いて改めて選んでもらう事にした。「私より綺麗なのに理不尽な」等とぶつぶつ呟きながら奥の部屋に消えていったがちゃんと服は選んでもらえるのだろうか・・・。
しばらくすると奥から店員が戻ってきた為、直前の不安だけは杞憂に終わった。
「これにしてくれない?私の自信作よ。」
持ってきてくれたのは白いシュミーズという服で、何処となく現代のワイシャツに似たもののようだ。下に合わせたのは光沢のある黒革のレギンスで、長さは膝にかかる程度。太ももの外側にスリットが入っており、革紐が靴紐のように通されていて、体に合わせて調整できるようになっている。腰回りは前と後ろそれぞれに切れ込みが入っており、前は2cm間隔でボタンがついている。後ろは腰の部分で『和服の前合わせをするように』重ねて、左右それぞれボタンで留めるらしい。尻尾の位置さえぴったりはまれば全然見える心配はなさそうだが・・・。
「(これは狙って持ってきたのかな。)」
細かい服の作りは一度忘れて想像してみてほしい。膝までの黒いスパッツに、ゆったりしたワイシャツを着た姿。着せる相手がカティアなら諸手をあげて大賛成だ。だがしかし、これを着るのは僕なの・・・か?
「えーっと、申し訳ないけど他n「それにしてくれない?私の自信作よ。」・・・本気で?」
「当然よ♪」
って、満面の笑顔で言われても!
これ以上 男の娘要素増やすと大変な事になりそうだ。こっちの世界には冒険者とか盗賊もいるし、粗暴な男はたくさんいるだろう。あっちの世界では野郎から告白される程度だったが、こっちだと本当に最悪のケースも想定しておかないとマズイ。
・・・想像するだけで精神が持たない気がする。ここは折れる訳にはいかない。いや、逝けない!
「とりあえず一般的な男性向けの服を・・」
「ダメよ。」
「そこをなんとか。」
「無理。あ、ちなみに村ではここ以外服は揃わないから。」
・・・詰んだ。
あっちでの経験(もちろん異世界の話は出さず)を熱弁し、なんとか普通の服を売ってくれるように交渉してもダメだった。冒険者や盗賊に注意するのは村娘なら当然の事で、エアリスやカティアのような美人は特に気を使っていると突っ撥ねられた。
だがこの店員、説得する言葉とは裏腹に終始ニヤニヤと口角を上げてSっ気全開だ。間違いなく楽しんでる。
交渉する間に日が沈み、そろそろ閉店だそうだ。真人も夕食の時間なので帰らなければならず、結局選んでもらった服一式を2組と下着を5枚、鉄製のリング状のバックルが付いたベルトを1本で、合計を銀貨2枚と銅貨3枚で買った。いや、買わされたが正解か。
しかも試着室でそのまま着替え、ファッションショーまでやらされる始末。逆らうと下着が買えない事を盾に取られて最後まで頑張って付き合った。ここで泣いてはいけない。それはもう試した。このドS店員笑顔満開だった・・・。
元の服に着替える事を許されず、買った服を着て帰る事になった。服が手荷物になるので1階の道具屋でダッフルバッグを銅貨2枚で買い、それに服を詰め込んで宿屋に戻った。
「ただいま帰りました。」
「ああ、おかえり。丁度良かった。今夕食ができたところ・・・。
これまた可愛らしい恰好になったもんだねえ。」
「服屋の女性店員がこれしか売ってくれなくて。なんとか交渉してみたんですが、一般的なチュニックとパンツは最後まで売ってもらえませんでした・・・。」
「あー・・・あの人はまた悪い病気にかかったのかねえ。カティアや家の娘たちも、あの人の趣味に振り回されたから。たぶん今頃あんた専用の奇抜な新作を気合込めて作ってるんじゃないかねえ。」
うわー・・・嫌過ぎる。コスプレなら他を当たってほしいな。こうなったらグレンに服を買ってきてもらうとか考えた方が良いかなあ。それか、いっそクール路線の注文をしてみるか。
「まあその内熱が冷めるさ。この村の者なら誰でもあの人の趣味は知ってるし、悪い人じゃないから気にせず気長に付き合ってやればいいさ。」
ひとまず下着は手に入れたから良しとしようか。どうしても馴染まなければジーンズに逆戻りだな。それにしてもこんな辺境まで日本の特産品の影響が来てるのか? 神様勘弁してくださいよー・・・。
とりあえず食事で気分を変える事にしよう。せっかく気合を入れて作ってくれたようだし、先程から肉が焼けるいい匂いが漂っていて、腹の虫が自己主張を訴えてくる。
ケイトから部屋の鍵を受け取り、服の詰まったダッフルバッグを部屋に置くと鍵をかけて食堂に降りた。
食堂は既に他の冒険者で賑わっている。宿泊客以外も食事に来ているらしく、その様子を見るだけで夕食に対する期待が高まった。
「お待たせ致しました。本日1食限りのスペシャルメニュー、レッドグリズリーの串焼きと・・」
「レッドグリズリーのたたきだ。料理の食材としては高級宿に並ぶ物だから満足してもらえると思う。君を近い内に招く予定だったから、エレンの治療の後狩りに行ってたんだ。」
食事を持ってきたのはエアリスとエナーシャだった。テーブルに料理を並べると2人は厨房の奥に消え、木製のジョッキを3つ持って戻ってきた。1つを真人の前に置き、エアリスとエナーシャが1つずつ手に持っている。
「一緒に飲ませてもらってもいいか?」
「ええ、どうぞ。ただ、お礼はもう受け付けませんよ?」
2人は互いに笑みを溢し、真人の座る円卓を左右に分かれて座った。こうして並んだところを見ると、2人はやっぱりよく似ている。顔の作りもそうだが、白い毛質と頭頂部から覗く耳の雰囲気、白く細い尻尾の形や揺れ具合。あ、これはいかん。今はカティアが居ないから、催眠誘導に嵌ったら抜け出せない自信がある!
「お召し替えされたのですね。先程の服は凛々(りり)しくて素敵でしたが、今お召しの服はその・・・どことなく可愛らしいですね。マコト様の魅力が引き立っていると言いますか・・・。」
ケイトに話した服屋での1件について愚痴を溢しながら食事を頂いた。2人にも経験があった事なので察してくれたが、似合ってるから気にしなくていい等と気休めにならないフォローをもらった。
他愛の無い話をしながら食事を終え、2人がジョッキを空けるとエアリスはケイトの手伝いに戻っていった。
「マコト殿、1つ相談があるのだが良いだろうか。」
「なんですか?」
「私を君のパーティーに加えてくれないか?」
支部長が言っていた処分の話で、より技能を活かせる部署への移動が打診された。だが、マコトのパーティーに加わる事が出来たら辞職して冒険者になりたいと願い出たそうだ。エナーシャはギルド職員になる前に冒険者としての下積みがあったらしく、既にCランクになっているらしい。
「何で僕と?」
「自分でもうまく説明できないが、君に興味を持ったからとしか言えないな。直観みたいなものを感じたんだが、それが何なのかわからないんだ。ただ、君についていけばきっとギルドで職員として働くよりも楽しそうだと思えるんだ。」
「ケイトさんやエアリスさんは、冒険者に戻る事に反対しないんですか?」
「ああ、それなら既に話してある。君と組むなら安心して送り出してくれるそうだ。
どうだろうか。自分で言うのもなんだが、私は平均的なCランクより高い技能を持ってると自負してる。きっと役に立てるぞ。」
そういって真人にギルドカードを差し出してきた。カードの裏面には【ステータス】が表示されている。
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氏名:エナーシャ
種族:白猫
性別:女
年齢:21
ギルドランク:C
───────────────────────────────
HP:540 / 540
MP:230 / 230
ST:436 / 436
状態:正常
STR:58
VIT:51
DEX:62
INT:21
MND:26
AGI:69
CHR:53
LUK:26
金 貨:18
銀 貨:5
銅 貨:0
半銅貨:0
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(このスペックでCランクの上位だって?)
他の人のステータスも見てみないと判断できないな。明日テアにお願いして見せてもらって参考にしようか。さすがに僕のステータスと差があり過ぎて何とも言えない。
「ふふ、驚いたか? 【アビリティ】の方を見てもらえばもっと驚くぞ。」
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▼習得技能
【魔法医術見習い】【属性魔法:Lv.4】
▼固有技能
【獣化】
▼適正属性
風,闇
▼備考
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(おお、属性魔法をLv.4まで習得してるのか。)
「どうだ?上位属性の闇に適正がある冒険者はなかなか居ないんだぞ?あ、でも君は光属性の適正があったんだったな。」
(・・・そっちだったか。魔法の習得レベルよりも、上位の属性の方が価値が高かったんだな。技能に関しても価値観が食い違ってる。どこかで是正しないと、一人じゃなにも決められない子になりそうだ・・・。)
「まだ冒険者になったばかりで、何も方針を決めてないんですよ。今後どうするかも考えてないですしね。一先ず1日考えさせてもらって、明日の夕食時に返事させてもらうって事でどうでしょう?」
「了解した。それで構わない。急な話ですまないな。」
それからは冒険者の先輩として色々話を聞かせてくれた。パーティーを組んでオーガやリントヴルム(土竜種)を討伐した話や、行商の護衛で数日野宿した話。護衛中に遭遇したワイルドボアを狩ってみんなで食べた時の話。
話に聞く冒険者生活はとても魅力的で、まるでアウトドア・アクティビティの話を聞いてるかのように楽しそうに語ってくれた。ただ、それと違うのは命のやり取りが存在する事だが、だからこそ楽しむ時には誰に遠慮することなく全力で楽しんでいるようだ。
真人は日本人として安全の保障された枠の中で生きてきたし、国の庇護の下でこれからも生きていく事に疑いを持たなかった。それに不満を感じた事は一度もない。
だが、エナーシャから聞く冒険譚は、いつか諦めた童心の夢を掘り起こすに十分なものだった。夢見る年頃を過ぎても、諦めきれない葛藤を旅する事で諌めた事は1度や2度ではないのだ。
それに冒険に伴った仲間の話。どうも意図的に誘導した感が否めないが、仕事を達成した時に信頼できる仲間と喜びを分かち合った感動は忘れないものだそうだ。
これは日本でも似たような感覚を味わえると思うが、ほとんどの人間は決められたレールの上で生き、当たり前の仕事を当たり前のようにこなしていくのが一般的だ。そこにはオリンピックで優勝したアスリートのような、一握りの人たちが味わえる高いレベルの連帯感や感動、達成感はまず得られないだろう。
冷静に考える為、達成感といった副産物はひとまず考えないとしても、信頼できる仲間は早い段階で集めるべきかもしれない。一人ではできる事は限られるし、それが命の危険につながる事も考えられるからだ。
食事を終えた後、ケイトから桶を借りて部屋へ戻る。【熱湯】と【ウォーター】を1対1で混ぜて桶を満たし、インベントリからタオルを取り出して体を拭いた。さっぱりした後【清浄化】をかけて仕上げ、ベッドにもぐりこんだ。
堕胎手術の疲れからか急激な睡魔に襲われ、抵抗する間もなく深い眠りについた。
眠りに落ちたら、そこはいつか見た夢の中の草原だった。隣には巴ちゃんが座っている。今度は狐の姿ではなく、現実で見た少女の姿だった。
「真人さん、おはよ~。と言ってもまだ夢の中だけどね♪」
「おはよう、巴ちゃん。」
相変わらずピクピクと踊る耳が愛らしい。思わず頬が緩んでしまうよ。それにしても、また夢の中に出てこられると未知のフラグが立ちそうで警戒してしまう。
「今日はどうしたの?」
「森で別れた時に言ったでしょー。また会いに行くーって。」
「ああ、なるほどね。夢の中に出てくるとは思わなくてさ。現実でなら一緒に遊んだり友達紹介したりできたのかと思ったんだけど・・・。」
「うーん、あまり人前に出たくないんだよ~。真人さんは大丈夫なんだけど、まだ人に見られるのが怖くてさ~」
元々人間に狩りつくされた種族の末裔だった為か、神格化を遂げて圧倒的な力を持った今でも苦手意識が抜けないらしい。
「僕は大丈夫なんだ?」
「うん、真人さんは平気だよっ。なんでかな~」
「理由は解らないけど光栄なことだよね。」
天照さんとの出会いや天界での修行、この世界を作った時の話や、つい最近起こした不始末で神々に折檻された話を語ってくれた。
齢数千年になる神としては些か落ち着きがなく、終始身振り手振り時々尻尾も振るサービス付きで話をしてくれた。
「ところで、僕が習得した技能の中に【九尾】って言うのがあったんだけど、これって【獣化】の上位技能なの?」
「えっ?・・・『きゅうび』って、9本の尻尾と書いて【九尾】なの?」
なんだか巴ちゃんも驚いてるが、どうやら僕が習得した技能までは把握してなかったようだ。それにどうも【九尾】自体にも問題がありそうだ。
「九尾の狐って言うのは、日本にいる妖怪の族長の一人だね~。玉藻って人なんだけど、昔から絶世の美女って言われて人間社会で振り回されてたみたいだよー。うんざりしたとか言って、腹いせに殺生石を身代りにして隠遁したんだとか。」
(・・・狐になってそっち方面で磨きが掛かってないだろうな。CHRがぶっ飛んでたのはもしかしてそのせいなのか?)
「『白面金毛九尾の狐』って言ってね。日本を代表する大妖怪の1人で、力だけなら神に匹敵するって母上様が言ってたよ。真人さんの事は妖怪の妖狐と同じように考えて良いのか判んないけど、妖狐は強くなると尻尾が増えるんだって。」
妖狐と同じように考えると、【九尾】を使ったら能力は神様クラスか。これは迂闊に使えないな。
「使ってみれば判るんじゃないかな~?」
「いやいや、あまり目立つのは避けたいし、村の人たちにも迷惑かかるかもしれないしさ。」
「ここで使うなら問題ないよ~。眠ってる身体には何も影響ないしね~。
あまり無茶すると目覚めた拍子に能力が解放されたりするから注意は必要だけど。」
なるほど、そういう事なら試してみるかな。一度は試しておかないと、本当に必要な時にリスクを考慮したり出来ないし。
念の為、危険と思ったら巴ちゃんに止めてくれるようにお願いして試してみる事にした。
「じゃあやってみるよ・・・。【九尾】!」
急に全身から力が抜け、意識もしてないのに丹田に力が集まってくる感覚がある。その感覚に身を任せること数秒、突然丹田で爆発したかのように真っ白な光が弾けた。
弾けた光はすぐに腰のあたりに集まり、真人の後方に流れていった。その過程で尻尾の付け根を囲むように白い光の長い帯が8本残る。実際に肉と骨のある8本の尻尾が生えてくる訳ではないようだが、光の帯は狐の尾特融の質感が見て取れる。また、8本の尻尾は自在に操る事もできるようだ。
最初に感じた倦怠感は既になく、全身から溢れ出るほどの全能感を感じる。
「すっごーい!綺麗~!」
後方に流した尻尾は全長3mに達する。その尻尾を僅かに持ち上げた姿は、光の翼を広げた天使を思わせる。また全身が僅かに発光している姿は、神を前にしても全く遜色のない神々しさを放っている。
「玉藻さんもこんな感じなの?」
「ううん、妖狐の人達は本物の尻尾が生えてくるし、オーラはみんな赤黒いんだよー」
「妖狐とはまた違うんだね。」
内心妖怪じゃなくてよかったと思いながら、実は既に人間じゃないから大差ない事に気づく。それでも育った環境のせいか、妖怪にあまり良いイメージは持ってないから同列に扱われるよりは精神的に楽になったのは事実だった。
気が付けば巴ちゃんが光の尻尾に触ろうと飛び回っていた。実体のない尻尾には触れる事ができず、少女の手は光の尾をすり抜けるばかりのようだ。それでも飽きもせず戯れる姿に、真人は一人頬を緩めるのだった。
そろそろ時間という事でその日はお開きに。【解除】して【九尾】を解除し、巴ちゃんに手を振ったところで意識が途切れた。
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2012/09/09 属性魔法の等級表記をレベル表記に変更しました。
2012/09/13 一部記述を変更しました。
「光の翼を広げたようにも見える。」⇒「光の翼を広げた天使を思わせる。」
2012/09/16 エナーシャさんの固有技能に【獣化】を追加。