第3話
ゴブリンに包囲されていたグランを救出し、傷の手当を済ませた僕(神楽真人)は、ゴブリンの集落を目指して走っていた。
ある程度近付いたところで、ゴブリンに気付かれないように気を付けながら進む。【身体強化】で強化した視覚で集落全体を確認できる南側に移動し、集落の規模を測る。
ざっと見渡したところ、集落にいるゴブリンの数は大凡30体。今日倒したゴブリンを斥候と考えると、集落にいるゴブリンの数は意外と少ない。斥候の数から推測すると、最低でも2倍は居るものと思っていた。
念の為、伏兵がいないか周囲を見渡すが、見える範囲にそれらしき影はない。集落の北側には小さな山があり、その山肌を削って浅く奥行きの無い洞が作ってある。
その洞の最奥に、女性と思われる人影を2人確認できた。間違いなく攫われた人だろう。村長さんに聞いた話だと1人だったはずだが、もう1人は誰だろうか。いずれにしても、やる事は決まっている。
もう一度集落を一望し、今度はゴブリンの配置を確認する。洞の奥に3体、その手前に20程固まっている。他には3組のグループが3体ずつまとまって食事をしている。
1体でも逃がすと厄介だ。異常なまでの繁殖力をもってすれば、2か月後には同等の規模の集落が出来ていても不思議ではない。その間も相当な被害が出る事だろう。
真人は覚悟を決めて、『ゆっくり』と走り出した。気配は隠さず、速度も上げないまま『身体強化されていない人間が走っているように』移動している。
無防備を装い、集落の中央にいる3体のゴブリンに接敵する。1体目のゴブリンの棍棒を躱し、抜刀して首を刎ねる。落下する頭部を前方にいる20体の集団に向かって蹴りこんだ。
同時に最奥の女性の方に指を向け、女性達が射線上に乗らないように注意して【ファイアブレット】を1発だけ放つ。
断末魔の声を上げる間もなく1体の頭部が弾けて倒れた。残り2体がこちらに敵意を露わにし、武器を掲げて走ってくる。
囚われた女性たちには気の毒な事をした。ゴブリンとはいえ、目の前で頭が弾け飛んだのだ。気分の良いものではないだろう。後で謝罪する事を決意し、次の標的を見据える。
2体目のゴブリンが振りかぶった腕を水平に薙いで斬り飛ばすと、切り離された腕は惰性で僕の後方に転がった。返す刃をのどを裂いて止めを刺す。
敵意むき出しのゴブリンを1体残したまま、右手の方で食事をしていた3体のゴブリンの方へ走り出す。丁度ゆっくり立ち上がったゴブリンがこちらへ駆けてくるところだった。
僕はその内の1体だけ袈裟切りで切り伏せる。残りの2体は敵意に満ちているが、その視線を受け流して北上した。
走りながら【ファイアアロー】を1発だけ左手に向かって放つ。そこにいた20体のゴブリンの内1体に当たり、筆舌に尽くし難い奇声を上げて焼死した。19体に減った狂気の塊は、猛然と僕を目指して走り出す。
この時点で全てのゴブリンが僕を追いかけていた。予定通りだ、挑発に乗ってきた。僕はゴブリンを引っ張ったまま左手の狂気を迂回して囚われた女性の元へ。女性たちのケアは後回し。僕はゴブリン達へ振り返り、左手を前に着きだして強めに魔力を込める。
戦術の成功に思わず頬を緩め、しかし一切の隙を見せずに1つ言霊を唱える。
「【ファイアボール】」
込めた魔力の量に比例して火勢を強める魔法で、着弾と同時に爆発を起こして周囲を炎で飲み込む。見事に一塊になったゴブリンは、着弾の爆発に漏れなくさらされた。
僅かに窪んだ地面は今も高く火柱を上げており、その中央に折り重なるようにして多数のゴブリンだったものが横たわっている。
炎がゴブリンを焼く音に混じって、背後から息を飲む音が聞こえた気がした。
(ただの【ファイアボール】・・・しかも無詠唱でこの威力とは・・・)
囚われていた2人のうち1人が驚愕を露わにしているが、一旦彼女達をそのまま残し、周囲を探索する。残党が1体も居ないのを確認し、再び女性たちの元へ戻った。
一人は黒く染めた服に身を包んだ女性で、頭部に白い猫耳が生えていた。肩を脱臼した左腕が縄に固定されており、身動きが取れない状態だ。右膝と右腕にそれぞれ切り傷がある。
もう一人は一般的な村の女性の恰好をしている。衣服は引き裂かれており、多少の残骸はあるものの殆ど原型を留めていない。既に穢された痕がありありと伺える。両腕は荒縄で丸太に固定されているが、今はそんな拘束の意味もなく身動きすらする様子が無い。
「さっきはすまなかった。ゴブリンとはいえ、目の前で頭が弾けるのは見てて気持の良いものじゃ無かっただろ? 僕は村から救出に来た、マコト=カグラだ。今朝ゴブリンに拉致された人で間違いないか?」
しまった・・・。拉致された人の名前くらい聞いておけばよかった。ぶっちゃけ拉致された人の救出は二の次だったから、完全に見落としていた。
2人の拘束を解きながら、自分の失態に人知れずため息を着くと、僕の質問に黒衣の猫耳女性が答えてくれた。
「となりの娘が貴方の言う拉致された者だ。私はエナーシャ。冒険者ギルドの斥候部隊員で、今朝ギルド支部長の命令でゴブリンの偵察に来ていた。」
「まずはこの場で応急処置をしよう。その間にエナーシャさんの知っている事を話してくれ。」
エナーシャさんの上体を起こし、背中に膝を居れて左腕をつかむ。右肩に手を添え、一息に関節を嵌める。
「っ!・・・っつぅ」
涙を浮かべて顔を顰めるエナーシャさん。白い猫耳が愛らしくぷるぷる震えている。やっぱり猫耳はまた違った趣があるなあ。・・・いかんいかん。治療に専念しよう。
「【ヒール】」
自然治癒能力の向上を図り、肉体の活性化を促す事により急速な回復を行う魔法で、水属性と火属性の両方に適正がなければ習得できない。初級魔法にしては効果が大きく使い勝手も良いのだが、火と水の属性に適正がある者が少なく、必然使い手が少ない。
脱臼した肩の腫れだけでなく、手足にあった切り傷もみるみる塞がっていく。エナーシャさんの隣にいる女性を一瞥するが、未だに動く気配はない。目を見開いて力なく俯いている。
「エナーシャさん、何でも良いから教えてくれ。
まず僕の方から言わせてもらうと、ゴブリンの斥候と思われる数に対して集落のゴブリンの数が少なかったと思う。これに対する回答は持ち合わせているか? 他に何か危惧する事を掴んでないか?」
「すまない。そして、まずはありがとう。
残念ながら、私は君の質問に対する有用な情報を持っていない。本来ゴブリンはあまり賢いものではないのだ。斥候の数と本隊の数の差に違和感を持つのも、私にしてみれば納得のできる状況だ。その他に危惧する事も特にこれと言ってないな。」
殲滅が先になってしまったが、まずはギルドに情報を集める事が先か。そこで他の斥候の情報と併せて検討するのが無難だな。
「了解した。彼女は任せても構わないか?近くに人を待たせてるんだが、そっちも怪我人でね。合流して一度村に引き返そう。」
「わかった。任せてくれ。」
立たせた二人に【清浄化】をかけ、未だに一言も発しない女性にインベントリから取り出したバスローブを着せる。続いてエナーシャさんに背負ってもらった。
エナーシャさんはバスローブを取り出した時も驚いていたが、そのさわり心地に驚愕していた。騒がないように注意を促し、グランの待つ西側の森境を目指した。
「なんという柔らかい肌触りだ。こんな服は聞いたことすらないぞ。」
「秘密の製法で作られた生地でね。世に出回る事のない品だ。他言すると暗部の連中が来て不幸になるからお勧めはしないよ。」
「う・・・」
「腰が引けるのは察するけど、その女性を落とさないでくれよ。」
きつめに釘を刺しておく事にした。なんだか隙が多いし、初見の男に対して無防備すぎる。ああ、女性に見間違われてる可能性はあるな。うん、解ってるさ。それはこの際どうでも良いが、心情が表に出すぎだろ。出会った時にはゴブリンに捕まってる始末だし。この人斥候として大丈夫なのか・・・?
そうこうしている内にグランと別れた辺りに着いたが、人の気配は感じない。
「グラン! ゴブリンは殲滅した。村の人も救助してきたぞ。出てきてくれ!」
・・・返事がない。嫌な予感がして辺りを見渡す。ゴブリンの斥候を倒した場所だ。
ゴブリンの死体はまだあるが、あの時と少し様子が違っていた。一刀両断したゴブリンの頭が踏みつぶされているようだ。その足跡は、西の出口よりやや南寄り・・・ほぼ真っ直ぐに村へと向かっている。
ゴブリンの頭蓋の粉砕具合と埋没具合から、グランがやったとは考えにくい。もっと大きな『モノ』が踏みつぶしたのだ。恐らくグランはそれから逃げたのだろう。
「ちょっとまずい事になってそうだ。二人とも急ぐよ。【ウィンドウォーク】」
僕とエナーシャさんにタップリと魔力を込めた【ウィンドウォーク】をかける。
【ウィンドウォーク】は風属性の移動補助魔法で、これも魔力量に比例したアシストをしてくれる。駆け足程度なのに馬より確実に早く走っている。僕には【身体強化】も掛かっている為、うっかり強く飛ぶと果てまで飛んで行きかねない怖さがある。
しばらくして森の境界が見えた頃、その向こうを走る大きな人型の背中が見えた。その更に先をグランが転がるように逃げている。
「オーガだっ!」
エナーシャさんが即座に正体を見抜いた。さすが斥候部隊員だ。
オーガは人肉を好んで食す魔物で、大きな人型の体を持つ。知性は低いがその肉体は岩のように硬く、腕力は岩を握りつぶす事が出来るほどに強い。骨格は鋼鉄にも勝る強さだが、知性はゴブリンにも劣る。生態はほとんど知られていないが、暗くてじめじめしたところに好んで住み着くらしい。
当然だが今のグランには荷が重いだろう。幸いなことにオーガはそれほど足が速くないため、未だにグランは健在だ。念の為周囲に危険な魔物がいない事を確認する。
「エナーシャさん達は少し迂回して村の結界に入ってくれ。僕はオーガの相手をする!」
「了解した。すぐに応援を呼んでくる。」
オーガは次第にグランを追い詰めつつある。グランは失血も多い為、体力的にもそろそろ限界だろう。
僕は意識を戦闘状態に切り替えると、鞘を握り駆けだした。2つの強化魔法で強引に風の壁を弾きながら走り、一気にオーガとの間合いを詰めた。
抜刀と同時に右足の脹脛を斬る。上手く刃を合わせた為刀身の方にダメージはなかったが、オーガの足は切断するに至らなかった。予想していたより骨が硬い。刀身のダメージを顧みなければ切り落とせたかもしれないが、異世界ライフの初日で恩師から頂いた刀を折る事は憚られた。
その勢いのままオーガが倒れるとグランを巻き込んでしまう。素早く納刀して更に加速。グランに駆け寄り声をかけ
「すまない。待たせたね。」
そのまま有無を言わせず腕を掴み「うおっ」、幅跳びの要領で大きく飛んだ。「うぎゃーーーー!」
体感だが30mくらいは飛びそうだ。世界記録の3~4倍か・・・本当に出鱈目だな。これでまだ全力じゃないところが怖い・・・全力だとどこまで飛べるんだろう。
空中でグランの腕を引き上げ、掴んでいた腕を離して背中を支える。右手は脹脛に添えて下半身を支える。・・・そう、所謂お姫様抱っこだ。
「んなっ・・・!」
(・・・グラン、すまん。)
オーガの方は、足を切り落とせなかったとはいえ骨に達する深さの傷だ。腱も切っている為、当然走っていられない。
「うがぁああぁぁ」
空気を震わせる咆哮をあげ、慣性に従って地に伏せる。オーガは顔面から地に打ちつけようが意に介した様子はない。上半身を起し、膝立ちの状態でこちらを睨み、威嚇している。
僕は長い滞空時間を終えて着地し、ぐったりしたグランを下ろす。
グランはしばらくおいておき、頑丈なオーガに止めを刺す手段について考える。動きを封じただけなので、無駄に接近して危険を冒すつもりはない。刀で切りに行くと折れそうだしな・・・。
あの硬さだと【ファイアブレット】でも貫けないだろう。少し不安はあるが、また新しい魔法を試してみることにする。
左手に集めた【ファイアボール】の魔力を砲弾の形状に練り上げるようにイメージする。もちろん空力抵抗で回転するように8本の螺旋状の溝を入れる。
「【ファイアランス】」
打ち出した炎の砲弾は、空気を貫く度に回転速度を上げる。オーガの胸に着弾した密度の高い炎は、皮膚を焼きながら肉を削る。オーガの体を貫けずに速度を落とした瞬間、大きな爆発と共に更に輝きを増した。
ベースにした【ファイアボール】は着弾と同時に爆発するのだ。その爆発に伴う作用を全て推進力と回転力に変え、強靭な筋肉を焼き切り、骨を砕いて貫通した。
(おー・・・上手くいった。多段ロケットみたいだなあ)
「ガァッ・・グゥ・・・」
オーガの声に最早は力はなく、膝を折ったまま仰向けに倒れた。オーガの巨体には人1人通れるほどの穴が開いていた。
オーガを迂回して村の結界に飛び込む予定だったエナーシャは、移動しながらその光景を眺めていた。既に足は止めている。オーガを倒せるだけの人員の手配をする為に村へ戻る必要が無くなったのだ。代わりに、オーガを軽くあしらって見せたマコトを見て思案している。
普通オーガを物理手段で倒すのであれば、時間をかけて少しずつ傷を負わせて疲弊させ、急所を狙って仕留めるのが一般的な手段だ。高ランクの冒険者の中には単独でオーガを倒せるものも多くいるが、戦略は同じである。
理由は簡単、硬く厚い皮膚は貫くことが難しく、鋼鉄よりも硬い骨を断つなんて真似は、更に硬度な武器を使わねばそうそう出来る事ではないからだ。
魔法でも簡単に仕留められる訳ではない。短時間で仕留めるのであれば上級魔法以上の大火力をもって、周辺への被害を覚悟して捻じ伏せるしかないのだ。
それを今目の前に居た者は、剣の一振りで肉を安々と切り裂き、たった一発の魔法でオーガの中心をぶち抜いたのだ。魔法の方は、断ち切る事が難しいとされるオーガの骨を粉砕して貫通している。見た目は火属性の魔法であるにもかかわらず、明らかに物理的な力で圧倒している。しかも周辺に被害が及んでいない。
なによりも瞠目すべきは、終始本気を出していなかった事だ。森での件も含めて魔法は全て『初級魔法』しか使っていない。オーガを貫いた魔法も威力はともかく初級魔法であろう。
あれほど魔法に熟達しているのだ、中級魔法や上級魔法も使えると見るべきだ。そこまで考えて想像してしまう。彼が『最上級魔法』を扱えたら、一体どれほどの火力を生むのだろうかと。
エナーシャはそんな取りとめのない事を考えながら、失敗したギルドの偵察任務の代わりにマコトの性能分析を進めるのであった。
一方その頃、真人はと言えば・・・。
「いや、ほんとすまんかった。」
へそを曲げたグランに頭を下げていた。緊急事態とはいえ、既に独り立ちを済ませた男をお姫様抱っこだ。穴があったら入りたいのはよくわかる。
「さっきは緊急回避だったんだ。
オーガ斬ったら、倒れこんだ先にグランが居たからさ。咄嗟に掴んで退避したんだ。」
「それが何であんな羞恥プレイになったんだ?」
お?こっちでも羞恥プレイって言うんだ。あー・・・まあ創造神が現代日本の聖地巡礼者だしなあ。そっちの用語はどこまで浸透してるのか気になるが、もっと他に習うべき物があると思うんだがな・・・。
「勢い余って高く飛びすぎたから、落とす訳にもいかなくてさ。仕方なく抱える事にしたんだよ。」
「それこそ女じゃねえんだから。落としてくれよ!」
冷静に考えればグランも冒険者だし、危険な場所に放り込む訳でもない。落としても死ぬ訳ないか。まあそれはそれとして、言質はとった。『落とし』て欲しかったと。
「ふむ、そこまで言うなら仕方ないな。テア(カティア)に聞かせる土産話の『落ち』になって貰うか。」
「そっちじゃねえよ。ひでえな、オイ!」
突っ込みながらグランが盛大に顔を顰めた。斬られた左腕に手を添えているのを見て、傷の治り具合に確認する事にした。
「そういえば腕の具合はどうだ?手当した時はまだ痛んでただろ?」
「おう。斬り飛ばされたのが夢だったかと思うほど良く動くぞ。もうさっぱり痛まねえ。」
グランは大げさに腕を振りまわし、切断されていた辺りを容赦なく叩いている。
後遺症にまで作用するのか?その辺は見た目で判断できないから確認しようがないな。自分の腕をぶった切ってまで検証しようとは思わないしな。
グランに断って腕を見せてもらう。切断されていた箇所は全く分からない。切断された痕跡すら残っていない。
見た感じグランは思ったより元気だし、失血した血液まで補填できてるのだろうか。そう考えるとどこまで万能なんだ魔法ってのは。
そうこうしてる間に、エナーシャさんが合流した。
「エレン!」
グランがエナーシャさんが背負った女の子に気付いた。彼女は救出した頃から呆然としていたが、グランの声に漸く目が焦点を結ぶ。
「グラン・・・さん? っ・・・グランさん。あたし・・・は、うぅぁああぁ・・・」
グランの姿を見てエナーシャさんの背から飛び降り、泣き付いてしまった。本来ならこれを回復の兆しと見て喜ぶべきところだろう。だが彼女はゴブリンに母体としての『洗礼』を受けてしまっている。正確にはまだ判らないが、既に受胎している可能性がある。手放しで喜べないのだ。
「グラン、この子知り合いか?」
「ああ、実家の隣に住んでる子だ。それよりあの服は・・・?」
「話は後だ。無事合流した事だし、村に戻ろう。みんな心配してるだろうからな。」
今ここで話す訳にはいかないだろう。拉致された上無理やり貞操を奪われたのだ。しかも相手はゴブリン。今は余計な事を話してストレスを与えるべきではないだろう。
泣きじゃくっていたエレンはグランが改めて背負う。【ウィンドウォーク】を掛け直し、一行は並んで村の西門を目指した。ほどなくしてヨークさんが守る西門が見えてきた。
「グラン、マコト!」
「無事だったか。」
村に到着すると、そこには守衛のヨークさんとカティア、村長の姿があった。皆一様に安堵の笑みを見せた。
「良く無事に戻ってきてくれた。それにエレンも無事なようだね。エナーシャも、ケイトが心配していたよ。」
村長の言うケイトというのは村の宿屋の女将らしい。エナーシャはケイトさんの長女だそうだ。
「エナーシャは事態が収束した事だけギルドに報告してきてくれるかい?マコト君には後でギルドに行って貰うから、その時に報告をしてもらう方針で。
グラン君はそのままエレンを送って休ませてあげなさい。」
「了解しました。」「了解です。」
それぞれの目的の為に、一行はここで解散となった。エナーシャは冒険者ギルドへ、グランはエレンの家へ向かい、僕と村長、カティアは村長宅へ帰った。
「さて、マコト君。まずは村長としてお礼を言わせて貰うよ。
今朝のゴブリン討伐に続き、拉致されたエレンを助けてくれて本当にありがとう。」
謝辞の挨拶で切り出した村長の言葉に、「いえ」と一言断って答えた。今回の事は自己満足だ。礼を言ってもらうには及ばない。だが、他の冒険者にとってはどうだろうか。正式な依頼になるまで待ち、その依頼を糧にしていた事だろう。拉致されたエレンを配慮するかはその人次第かもしれないが。いずれにしても礼よりも文句がでるのではないだろうか。
それに自覚は無かったが、急に手にした力を使いたくて動いていたように思わなくもない。カティアの為だとか勝手に都合良く建前に使って利用していたような気がする。それに関しては若干罪悪感さえ覚えるのだ。
「すみません、なんだか周りの皆さんをかき回してしまって。」
「いやなに、流れの冒険者はともかく、この村の者は感謝しておるよ。何しろ人的被害が全くなかったのだ。書類仕事に忙殺されていようと感謝は忘れないさ。」
「・・・そういえば、報告がまだでしたね。まずは順を追って報告します。」
僕が村を出てからの事を話した。村の北西でグランの痕跡を見つけ、その痕跡を追ってグランに追いついた事を始めに、オーガ討伐に至るまで詳細に報告した。グランの御姫様だっこは除外したが。
「不憫な事だ、既にゴブリンに犯されておったか。」
「ええ。エナーシャさんは免れた様ですが、エレンちゃんの方は残念ながら間に合いませんでした。」
「それでも本当に良くやってくれたよ。君の足でなければグラン君は間に合わなかっただろうし、ゴブリンの殲滅とオーガの討伐を含めて2時間で帰ってくるなんて事は誰にでも真似できる事ではないんだ。
エレンの事は残念だが、こればかりは仕方が無いことだ。それに、まだ受胎したと決まった訳ではない。」
最悪の場合、切開して堕胎させる方法も検討しておいた方が良いだろうか。この世界では体にメスを入れる医療はない。ここで僕がやったとして、どのような影響が考えられるだろうか。元の世界でも体を切る外科治療というものは、異端視されて弾圧された歴史があったとか。そこには宗教的な事情があったらしいが、元々無神論者な僕としてはその感覚が判らない。こっちの事情は更に判らない為、何が起きるか見当もつかないのだ。
「エレンの事ですが、彼女が受胎していた場合どうなりますか?」
「その場合は・・・受胎から1週間経つと急激に成長するからかなり苦しいらしいのだ。残念だが助ける手段は無いから、できるだけ苦しくならないように死なせて上げるしかないね。」
「例えばですが、彼女の腹を開いて受胎したゴブリンを切除するという事は可能だと思いますか?」
「!・・・それはわからぬ。過去にそれを試みたという記録が文献にはあったが、自分の腹を切られる事に耐えられなかったり、出血量が多くて助からなかった例が少なくない。今ではその方法は現実的でないので、安楽死させるのが通例となっておるのだ。
ただ、信憑性のない記録だったが、過去には腹を切り開いて助かった例があったらしい。今その方法が判らないのが悔やまれるがね・・・っ。」
「そう・・・ですか。」
切開する事については前例があるか。仮に宗教的な問題があったとしても、多少良い訳は立つかもしれないな。
「とにかく、今日は本当にご苦労だったね。君の『秘密』の事もあるので、ギルドの方には私から報告をしておこう。今日はここで休んでいきなさい。」
「あ、『秘密』の事はテアから?」
「西門でテアを見つけた時にね。大丈夫、ヨークには聞かせてないよ。」
「そうですか。判りました。今日はお言葉に甘えて休ませて頂きます。」
「私が案内するわ。」
終始黙って聞いていたカティアが案内を買って出た。彼女の表情にも少し悲壮感を感じる。エレンの事を慮ってのことだろう。
僕はカティアに案内され、村長宅の2階にある客室へ通された。部屋は家具を含めて良く磨かれている。ベッドは既に整っており、客を迎える準備がされていた。聞けばカティアが僕の為に準備していたのだそうだ。
「ありがとう、テア。」
「こちらこそよ。今日はゆっくり休んで。お夕飯ができたら呼びに来るわね。」
部屋に一人残された僕は、疲れた体を休めるべくインベントリに刀を放り込み、ブーツを脱ぎ棄ててベッドに横たわった。
(今日は本当に疲れた。狐に生まれ変わって神様と会合。異世界に来て早々にゴブリンとの命のやり取り。その後、たいして間を開けずに全力疾走でゴブリンの拠点を陥落し、拉致された人の救助。その帰りにオーガの討伐である。あ、グランの救出もあったな。)
思い返せば呆れる程濃い1日だった。今日の出来事を思い返している内に、疲れからか急激な眠気に襲われて意識が薄れていった・・・。
まだ攻撃手段が完成されていないチート君の殲滅戦でした。蹂躙書きたかったのですが、ストーリーと設定の縛りで効率よく殲滅する方向に切り替えました。
擬音や言葉にならない嗚咽や叫びというのは文章にするのが難しいですね。どこかにテンプレートないかなあ。
それに戦闘の臨場感を伝える描写はまだまだですね。書き直す度に文章が崩壊してる気がします・・・ orz
さて、次回は水に濡れた少女をいじり倒すお話になります(笑)
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2012/08/30 誤記修正しました(ナターシャさん→エナーシャさん)