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銀鈴の異邦人  作者: 月兎
2/13

第2話

今回はかなり残酷な描写を含みます。

苦手な方は覚悟をして読んで頂くか、読み飛ばしてくださいませ。

森で遭遇したゴブリンを討伐した真人(まこと)は、近くの村にそれを知らせる為先を急いでいた。共に隣を駆けるのは、村の住人であるエルフの少女「カティア」だが・・・なにやら時折ちらちらとこちらを伺っている。


「どうした?」


「えと、この辺じゃ見ない恰好だなーってね。ずいぶん遠くから来たのかな?」


「そうだなあ・・・」


曖昧(あいまい)な返事をして、並走するカティアを見る。

(あさ)のチュニックにロングパンツを合わせ、チュニックの上からなめした皮革(ひかく)の胸当てを着込んでいた。また、腰の辺りは革紐で()んだベルトを結んでおり、足には少し深めに作られたモカシンのような靴を履いているようだ。足首あたりで革紐を括り付けて固定している。いずれも染色はされていない。


「特にその靴・・・隣を馬でも走ってるのかと思ったわ」


この世界では皮革を割いて編みこんだサンダルか、革を張り合わせたモカシンが一般的で、どちらも靴底(ソール)なんてない。旅慣れた冒険者でも、せいぜい革を張り合わせて補強している程度だ。


対して、僕が履いているのは、(元の世界の)旅行先で偶々(たまたま)入ったミリタリーショップで購入したコンバットブーツだ。少し赤味の強いダークブラウンの合成皮革(ごうせいひかく)が独特の光沢を放っており、その存在感に一目惚れして購入に踏み切った。

元々予算にゆとりがない旅だった為、大幅にお土産の品質(クォリティー)を落として親友の(とおる)をがっかりさせたものだ。

僕のブーツは(かかと)が地に触れる度に重い音を響かせている。カティアは(ひづめ)の音に似ていると言いたかったのだろう。


僕が着ている服といえば、自然に色落ちしたジーパンと太ももあたりまで丈がある白いチュニック。チュニックを選択したのは尻尾の穴を隠すためだ。天照(アマテラス)さんに手伝ってもらって尻尾穴を開けたのは良いが、ジーパンと同じ生地を確保できず、穴の上からかぶせる布の取り付けを断念していたのだ。

どれもこちらの世界の物より生産技術が高いのは間違いない。服の布なんて材質でさえ別物だ。


「服や靴についてはあとでゆっくり見てもらうとして、村に入ったら少し相談したいことがあるんだ」


「了解よ。私も聞きたいことがあるわ・・・魔法の事とかね。まずは森に居たゴブリンについて村長に相談しましょ? 一緒に来てね」


「うん、了解だ」


そうこうしている間に2人は村の入口に到着した。遠目では判らなかったが、村は木の丸太で組み上げられた柵が周囲を囲っている。柵の高さは以外と低く、村の入口にいる守衛(しゅえい)の腰あたりまでしかない。これでは魔物どころか野獣も簡単に入り込めるだろう。


「おかえり、テア(カティア)。随分急いでるようだがどうしたんだ? それと、そっちの()は?」


村に到着早々、守衛の第一声がこれだ。長年の(女性扱いを受けた)感というやつが、今の何気ない言葉に反応して眉根を震わせた。カティアもそれに気付いたようで、乾いた笑いが聞こえてくる。


「あはは・・・ただいま、ヨークさん。こちらはマコト。こう見えても男の子だそうですわ。気にしてるみたいなので苛めないで上げてください。」


「始めまして、ヨークさん。僕はマコト=カグラ。ごらんの通り銀狐です。」


「こいつは驚いたな。この村一番の美人に育ったテアと並んでも遜色(そんしょく)ないぞ。それに銀の毛並の狐とは珍しい。オレも冒険者をして色々見て回ったが、一度も会った事はないぞ。」


「うぐぅ・・・」


いや、ほんと勘弁してください。守衛のおっちゃんの目に悪意はないが、その視線に耐え続けていられるほど今の僕の心は頑丈ではない。


「ヨークさん、(おだ)てても何もでませんよ。それより、マコトの事も含めてお爺様に相談があります。通して貰っても良いですか?」


「テアが連れてきた者なら大丈夫だと思うが・・・。

見ず知らずの者を村に迎える場合、身分を証明する物を見せて貰う必要がある。それはこの村に限った事ではない。それはテアでもよく知ってるだろう。」


現代(元の世界)における入国審査と同じと考えれば良いだろうか。あっちではパスポートと荷物のチェックをしていたが、こちらでは荷物のチェックはされないようだ。身分証明さえできれば良いらしい。あとは国単位ではなく、村や街の単位で審査がされているというところが違うか。


「ええ、判ってますわ。それでも今は通して貰いたいの。それに、今ここで時間を潰してる訳にはいきません。すぐ近くにゴブリンが出て・・・」


「なんだと?」


ヨークさんの顔に緊張が走る。走って戻ったのだからそれなりの理由があるとは思わなかったのだろうか。この村が平和である(あかし)かもしれないが、少し危機感が足りないような気がするな。


「テア、怪我はないのか?」


「ええ。マコトがゴブリンを全て倒してくれましたから、私に怪我はありませんわ。マコトも大丈夫みたいですね。」


「ほう・・・。色々聞きたいところだが、まずは長に報告して然るべき対策をするべきだな。

特例として村に入る事を認めよう。本当は一人見張りを付ける必要があるんだが・・・村の中でもテアが一緒ならこのまま入ってくれて構わない。それでどうだ?」


思ったよりずっと柔軟な人みたいだ。それにテアを信用している。こんな人達がいる村なら過ごしやすそうだなあ。この村の住人として生きる事も視野に入れても良いかもしれない。


「テアさえ良ければ僕はそれで構いません。テアは?」


「私も問題ないわ。ヨークさん、通らせて頂きますね。ありがとうございます。」


「いや、村の一大事だしな。四の五の言ってられんだろう。」


「ありがとうございます」


僕もカティアに続いて頭を下げて村に入った。この機会に、村の柵が低いと危険ではないのかとカティアに聞いてみたところ、村の中心にある結界石で魔物や獣は侵入できないようにしているのだそうだ。盗賊の侵入は防げないので、その為の柵であるらしかった。ちなみに柵の方にも魔法がかかっており、柵の上を通り抜けようとすると風圧で押し返されるらしい。



まずは村長のところだろうな。カティアもそれを承知しているだろうから、黙って後ろを付いていく。程なくして、2階建ての住居に着いた。どことなく古めかしい・・・味のある佇まいだ。


「お爺様、ただいま帰りました。」


あれ、黙って付いてきて失敗した?・・・村長に会いに行くんじゃなかったのか。


「テア、村長に会いに行くんじゃなかったか?」


「あ、言ってなかったわね。私のお爺様がこの村の村長をしているの。」


間違いではなかったか。


「なるほど、そういう事だったか。そっかー、テアはお嬢様だったんだな」


「お嬢様って・・・村長なんてそんな良いものじゃないのよ?(てい)の良い雑用係りよ。」


・・・確かに管理職なんて要は雑用なんだろうけど、ぶっちゃけ過ぎじゃないか。おじいちゃん可哀そうだぞ。


「おお、帰ったかテア。心配したぞ。そちらはどなただね?」


お爺様と呼ばれていたが、エルフであろう彼の見た目は30歳にも満たない。当然足腰もしっかりした気丈夫な青年に見える。衣装は(おおむ)ねカティアと同じだが、胸当てはしていない。


「『彼』はマコト。薬草を摘みに行った森で会ったの。それより問題があって・・・」


カティアはゴブリンに襲撃された規模と場所、ゴブリンの特徴と撃退した時の様子を説明した。ゴブリンは個体差はあまり出ないが、装備品に多少の違いが出る。人族が着ていた防具や武器を剥ぎ、自分たちが身に着けられるように多少加工して使うらしい。

今回の相手は越布一枚と棍棒しか持っていなかった為、装備品はそこまで充実していない事が判る。ただし、集落が形成されていた場合、そこに住む別の個体が良い装備品を身に着けていないとは限らない。


「なるほど、了解した。君がゴブリンを討伐してくれたのか・・・マコト君だったかね?」


「はい、運良く怪我もなく切り抜けられました。」


「運だけで勝てる魔物でもあるまい。

それよりも、テアが世話になったようだね。マコト君が居なければ、テアは犯され殺されていたかもしれない。ありがとう。」


「いえ、僕も一緒に襲われたので自分の身を護っただけです。それに、テアはゴブリン4体くらいなら遅れをとらないでしょう」


まだ出会って数時間程度だが、身のこなしからそこそこ動ける事は判っている。会話から魔法が得意である事、ただし火属性は苦手としているので、攻撃手段があるかどうかは判らない。勝とうとしなければ危険を冒さずとも逃げる事は簡単だろう。攻撃手段さえあれば、勝つことも可能だったはずだ。


「だそうだが、そうなのかね、テア?」


「買被り過ぎよ。お爺様は私が攻撃魔法を得意じゃないのは知ってるでしょう?討伐する事は難しいですが、逃げる事ならできたわ。」


出しゃばり過ぎたようだ。カティアに睨まれてしまった。まあ、魔法については教える約束をしているからそれで許してもらう事にしよう。


「そこは約束だからね。攻撃魔法については一緒に考えようか」


「ふふふ。ありがと」


カティアの態度はずいぶんやわらかくなってきたな。こっちが地なんだろう。


「では私はギルドに行って対策を検討するとしよう。君たちは・・・一緒に来て欲しいところだが、今は無駄な混乱を避けた方がよさそうだね。マコト君は身分証明品を持っていないのだったね?」


「はい、それについては後程説明させて頂きたいとは思いますが・・・。今はゴブリンの対策に着手して頂く方が先決でしょう。」


集落を築く程の知性がある魔物。それが相手であれば、勢力の把握は急務だろう。その為には複数の斥侯を立てての偵察が必要だ。

また、既に囚われた人が居ないか、最近姿を見かけない住人が居ないかの確認を行わなければならない。村長はこれから激務に追われるはずだ。


ゴブリンは母体を受胎(じゅたい)させる能力には飽きれる程優れている。更に受胎から出産までの期間が恐ろしく短い。人族の場合は元の世界と同様、10ヶ月もの時間をかけてゆっくりと肉体を構築する。対してゴブリンは(わず)か1ヶ月で生まれてくる。

成長過程は人族と同様、その養分は母体から得る。生後すぐに成人男性と同等の膂力(りょりょく)を示す事から、養分の需要量は人族の比ではないだろう。加えて10倍以上の速度で成長するのだ。当然母体自体がそれに耐えられる訳がない。

普通に食事をしても追い付かない栄養補給をどう補うのかというと、受胎後1週間を過ぎた頃から、泥と肉の混ざった得体の知れない栄養価の高い物を延々と口に突っ込まれるのだそうだ。それに耐えられなくなって精神が崩壊し、1か月を過ぎる頃には腹を内側から喰われて出産となるらしい。母体がそのまま最初の食糧となる。


故に母体の救出は遅くとも受胎後1週間以内でなければならない。それでも腹の中のゴブリンと母体が共に栄養失調か飢餓(きが)で共倒れになる数日間を生きられるだけだ。今の技術では、母体の腹にいるゴブリンだけを殺す手段がない。(さら)われた女性を『無事』救出するのであれば、受胎前に救出する他ないのだ。


「そうだね。君の言う通りだ。昼過ぎには戻ってくるから、しばらくここで休むといい。

テア、後は頼んだよ。」


「はい、お爺様。行ってらっしゃい」


テアと2人で村長を見送り、共に椅子に腰を下ろす。この頃には既にテアにすべてを打ち明ける覚悟はできていた。

知識だけでは実感できなかったが、こちらの世界とあちらの世界は余りにも違いすぎる。着ている服だけ取ってもこれ程の違いがある。その内認識や価値観にも祖語(そご)が生まれる事だろう。

これを1人で是正(ぜせい)するのは難しい。協力者が居れば、打開する(すべ)が見つかるかもしれない。たとえ見つからなくても無難(ぶなん)な妥協案くらいは捻りだせるだろう。

・・・色々理論(りろん)武装(ぶそう)はしているが、正直なところ一人で抱え込むには問題が大きいのだ。さらにぶっちゃけると、ぼっちのままでは寂しいのだ。気を許してくれている今の流れに乗って、秘密を共有する友人としての立場を確立しておきたいという裏の思惑もあったりする。


「テア」


「なに?」


「少し休んだらテアの魔法の練習に付き合おうと思うんだけど、その前に話しておきたい事がある」


「村に着く前に言ってた相談?」


「うん、それに関係する話だな。多分信じられないような話だから、納得も理解も難しいかもしれない。だけど、その話を聞いてもらった上で相談しておきたいんだ」


何せ神様と出会って異世界に飛んできた話だ。荒唐無稽(こうとうむけい)にも程がある。だが、理解はできなくても状況は把握してもらいたい。僕は真摯(しんし)な気持ちをぶつけた上で、覚悟を決めて語りだす。

僕が異世界(元の世界)で生きてきたことを。新年を迎えた年に初詣という行事に参加したことを。そこで加護を受けてからこちらの世界に来るまでの経緯を、何一つ隠すことなく打ち明けた。

ただ静かに聞いていたカティアは、時折首を捻り、また目を見開いたりと様々な反応を見せてくれたが、最後まで真剣に聞いてくれた。


「・・・という経緯であの森に居た訳なんだけど、そこからはテアも知る通りだよ。」


「・・・どこからが本当の話?」


「もう一度全部説明させる気デスカ?・・・」


「全部本当の話なのね・・・」


冗談にしか聞こえないよな。僕でさえまだ夢心地が冷めない。ゴブリンが死んでいく様を見た時は、悪夢かと思ったけどな・・・。


「全て証明できる訳じゃないけど、いくつかは証拠を見せてあげられるよ。」


僕の話が真実である証拠。異世界から来たという決定的な証拠にはならないが・・・。

まずはインベントリから物を出し入れしてみせる。取り出したアイテム・・・特にガスコンロなんて絶対この世界には無いだろう。案の定目を見張っているが、安全な物だと説明しても触る気は無い様だ。

後は、冒険者ギルドで登録してギルドカードを作り、詳細情報を見せる方法。


「なるほど!それはそうね。

私なんかが神様に会って確認できる訳ないけど、ギルドカードの印字なら私でも確認できるわ。」


ギルドカードは、普段は個人の証明情報とギルドランクしか表示されない。ただし、カードに魔力を流しながら開示の意志を込めている間だけ、詳細な情報を表示することができる。主に、個人の能力(スペック)をランク別けしたステータスと、取得している技能等だ。

巴ちゃんと天照さんから加護を貰っている真人であれば、詳細を開示した時にそれが確認できるはずだ。


「うん、それと・・・巴ちゃんは『絶対また会いに行く』って言ってたから、もしかしたら近い内に会えるかもしれない。」


「巴ちゃんって・・・神獣銀狐様よね?そんな不遜(ふそん)な呼び方して大丈夫なの?」


「ああ、そういえば天照(アマテラス)さんをからかって遊んでた時からずっとそう呼んでたな。特に本人も気にしてないみたいだし、今更変えようにも印象が邪魔して無理だと思う。」


「神獣様のお母様をからかうとか、本当に信じ難い話ね。」


どう受け取って良いか決め兼ねているのだろう。カティアの困った顔に苦笑しつつ、脱線(だっせん)した話を軌道(きどう)修正(しゅうせい)する。


「この話は秘密にして欲しい。

ただ、長老さんには話しても良い。後は会ってみないと判らないけど、ここのギルド支部長には話しておきたい。もちろん人となりを見て判断するけど・・・。それ以外の人にはひとまず秘密で。」


そろそろ昼か、そういえばお腹が減ってきた。インベントリからインスタントラーメンを2つ取り出し、(ふた)を3割程開け、その隙間を指さしてある魔法を唱える。


「【熱湯(ボイリングウォーター)】」


2つのカップにお湯を溜めて蓋を閉じ、蓋の上にフォークを乗せる。その内一つをカティアの方に押し出す。僕は普段当然箸(はし)を使う。今回フォークにしたのは、ラーメンの食べ方を知らないカティアに実演して見せるからだ。こちらに箸を使う文化がない為、今回はフォークの方が初めてのラーメンを味わうには適切だと判断した。


「これは何?」


「僕が持ってきた携帯食料だ。結構美味しいんだよ。

このまま少し待ってれば食べ頃になるから、一緒に食べてみよう。あ、熱いから気を付けて。」


程なく3分経過し、蓋を取り去る。フォークを突っ込んでかき回していると、カティアも見様(みよう)見真似(みまね)て同じようにしている。

これを食べるのも久しぶりだなあ。フォークを麺に絡ませ、一口啜(すす)る。カティアも同じように口に含んでいるようだが、麺類が存在しないこの世界では(すす)る感覚が判らないようだ。

ラーメンを味わうならしっかりと麺にスープを絡ませて食べる方法に拘りたいし、自分のお気に入りは理解してほしいのが人の(さが)だ。頑張ってカティアに啜り方を教え込み、麺を食べ尽くす頃に(ようや)く上手く食べられるようになっていた。

2人揃ってカップを持ち上げ、スープを綺麗に飲み干したところで、どちらからともなく満足気に息を吐き出した。


「味はどうだった?」


「美味しかった・・・。お湯を注ぐだけの料理なんて初めて見たわ」


「厳密には料理じゃないんだけどな。乾燥させた食糧をお湯で戻しただけだ。

乾燥させた状態だと腐ったりしないから、保存食としては重宝するんだよ。」


防災用の食糧なら年単位で保存しておけたんだろうけど、当面の生活を支える為だけのものだからこれで十分だな。なにより旨いから良し!

自分とカティアの空いたカップと(ふた)を回収して外にでたところで魔法を使って燃やした。回収したフォークは【清浄化(クリーンアップ)】の魔法で洗浄してインベントリに放り込む。


食器を洗うならウォッシュアップでは無いのかと思ったりもするが、魔法はクリーンアップに統一されているようだ。この魔法は汎用性(はんようせい)が高く、食器から衣類や武器防具、自分や人の身体まで洗浄することができる。


ついでに刀にも【清浄化】をかけておいた。刀の歪みはどうにもならないが、血糊(ちのり)を落としたり日々の手入れであれば【清浄化】だけで事足りるのはありがたい。日本刀の手入れは意外と手間暇かかるのだ。歪みも魔法で何とかできないか、時間があれば考えてみるか・・・。


お腹も満足したところで、相談を切り出してみた。まずは僕の話の秘密を守ってもらう事。これは二つ返事で快諾してくれた。次に生活支援について切り出した。なんせこちらの通貨を持っていない。宿屋で部屋を確保するにしても、先立つ物がなければ話にならないという訳だ。そう切り出したところで


「最近冒険者ギルドで低ランクの冒険者を支援する仕組みが出来たから、それを利用してみたら?」


「へ?・・・」


初耳だ。教与してもらった知識にそんなものはない。巴ちゃんも知らない何かがあったのか?


「王都の騎士団が訓練を兼ねて討伐依頼を占有した事があってね。その後は依頼の奪い合いよ。

中級層の冒険者は依頼の余りを枯らして、依頼にありつけなかった低級層が食い詰めて乱闘騒ぎ。

騎士団へは自重するようにギルドから通告があって落ち着いたのだけど、冒険者側からの不満が(おさ)まらなかったみたいでね。」


「なるほど、それで支援システムができたのか。具体的にはどんな支援なんだ?」


「低ランク層への支援は2つ。1つはギルドが提携(ていけい)している施設の利用料金値下げ。

この支援を受ける場合は、値下げされた分の支払が終わるまで、依頼報酬の内いくらか徴収されるらしいわ。どの街や村でもギルドと提携してる宿屋が1つ以上はあるから、この支援は成り立ての冒険者には嬉しい支援よね。

もう1つは、ギルドからの資金援助。

金額は大凡(おおよそ)1か月分の生活費と支度金(したくきん)ね。返済は1か月ごとに1割の返済が求められるけど、ギルド側が事情を把握している場合は返済期限が延長される事もあるそうよ。」


思ったより仕組みがしっかりしてるな。資金援助にしても利子が無いのは、冒険者のランクが上がれば必然報酬が増える。報酬が増えればギルド側が間引く金額が増えるから、長期的に見てマイナスになる事は無いのだろう。

これなら元手が無くても覚悟さえあればやっていける。完済しないうちにギルドから脱退した場合どうなるか考えたくもないが・・・。


「なるほど。それなら元手が無くても、冒険者ギルドに登録すれば生活はできそうだなあ。」


「ええ、そうね。最初に支度金を援助してもらえば生活できるし、マコトならすぐに返済できるわ。」


「そういう事なら早速冒険者ギルドに登録に行った方がいいか。」


「あ、先にお爺様に相談してからにしましょ。証明部位は忘れてきたけど、ゴブリン4体の討伐はギルドの調査で証明されると思うし、ギルドから何らかの報酬があるかもしれないから。

それに、お爺様の事だからゴブリンの対策で手伝って欲しいと思ってるようだし、その話を断るのか連携するのかは早めに決めておいた方が良いと思うの。」


まあ、村長の去り際の一言からもそんな気はしてたんだけどね。村長としてはゴブリンに対抗できる戦力は一人でも多く欲しいだろう。僕が村長の立場でも似たような対応をしたと思う。

魔法の練習でもしながら村長さんを待とうかという話になり、庭に出ようとしたところで村長さんが帰ってきた。表情は芳しくない。


「おかえりなさい、お爺様。どうでしたか?」


「実はもう一件、同じような報告があってな。ゴブリンの襲撃を受けたそうだ。3人の内1人が拉致され、2人は無事村の結界まで逃れてきておった。私がギルドに着いた頃、丁度逃れた2人が報告しておってな、それを聞いたグラン君が飛び出して行ってしまったのだ。」


「なんですって!?」


グランは守衛(しゅえい)のヨークさんの息子で、カティアの幼馴染だそうだ。ヨークさんと同じ狼人族で、去年冒険者になって独り立ちしているらしい。敵勢力も把握せずに独断専行している・・・とは思いたくないな。


「斥候として敵情視察に行った・・・とは考えられないですよね。」


「残念ながらその線は考えにくい。彼は冒険者であって、ギルドの職員ではないのでね。」


ギルドの依頼は主に2種類存在する。ギルド外部の者がギルドに依頼する場合と、ギルド自体が依頼主となる場合。前者は言わば個人的な悩み事で、後者は街や村の運営に支障が出るような問題だ。後者はギルドが依頼主となるが、報酬は国庫(こっこ)が開かれる。冒険者ギルドは国の軍隊ではないが、国の治安維持に協力するよう各国との取り決めがされている為、治安維持については国の経費で賄われるのだ。そういう意味では、国が依頼主と言っても間違いではない。


今回のケースは後者に当たるが、この場合はまずギルドの斥候部隊(せっこうぶたい)によって敵勢視察を行い、勢力分析の上で依頼のランク分けをする。これに応じた報酬金額をギルド支部長が設定し、王都のギルドマスターへ依頼内容と報酬金額の申請が行われる。これに対して申請が通ると、報酬の支払い許可と依頼に番号付けがされ、どの支部でも報酬が受け取れるように一斉に通達される。

ここまでの処理が終わって(ようや)く正式に依頼として張り出すのだ。

申請と通達は専用の魔法具を使う為迅速に行われるとは言え、依頼として張り出されるまで最低でも半日はかかるのだ。ちなみに報酬の支払いはギルド支部の金庫から支払い、その後ギルドマスターへ申請する流れだ。


「グランは直情径行(ちょくじょうけいこう)な所があるから、単独で救出に向かったと思うのだよ。敵勢力の情報収集を急ぐようギルドの斥候部隊が総出で動いておる。」


今のところ冒険者は関係者でない限り動く理由がない。まだ斥候が動員されている段階なので、当然依頼は張り出されていない。冒険者が動かないのは報酬の問題という面もあるが、勢力分析が終わらない状態では魔物の規模が把握できていないのが大きいのだ。また、勢力分析は専門家に任せた方が確実に早い。理性的に考えれば、どうしても待つ他に無いのだ。

救出に向かったグランは孤立したままだろう。グランがどの程度の腕か分からないが、ゴブリン側の勢力次第では危ういかもしれない。


「僕も救出に向かいます。」


正直に言えば行きたくなかった。今朝ゴブリンを斬った時の感覚がまだ生々しく手に残っている。魔物を殺す事に罪悪感こそ無かったものの、命をやり取りする空気は好きになれない。剣術の指南を受けていた時は()(まで)試合だ。新明無限流(しんめいむげんりゅう)は実践剣術とはいえ、真剣に(のぞ)みさえすれば命を落とす事はない。骨折くらいはあったが。

また、今朝のゴブリンがまき散らした血の匂い。濃厚な鉄の匂いが、鼻腔(びこう)にへばり付いているような気がして、思い出すだけで吐き気がしてくる。


「よいのか?君はこの村のものではない。まだ冒険者ですらない上に依頼が出てない以上、報酬すら期待できない。この事態に協力する義務は無いのだよ?」


「確かに義務はありません。でも義理があるのですよ。」


カティアに目を向ける。まだ出会って数時間とは言え、ずいぶん親しくなった『友達』だ。事態を放置すれば彼女が被害に会わないとも限らない。教与で得た知識では、ゴブリンに拉致された女性の末路はあまりにも凄惨だ。この世界に来て初めてできた友達を、そんな目にあわせたくない。


「テアにはずいぶんと良くしてもらいました。もし今日の討伐が失敗すれば、せっかくできた友達が被害に会うかもしれない。

僕は聖人君子(せいじんくんし)ではありませんので、他人事(ひとごと)なら見過ごしたかもしれません。ですが、今回に限って言えば義務が無くても動く理由はあるのです。

グランが向かった先を教えてください。」


「私も行くわ。これでも治癒魔法と支援には自信があるの。」


「今回はダメだ。まずはグランの確保を優先するから、我慢してヨークさんと一緒に待っていてほしい。ヨークさんだってグランが心配なはずだよ。彼を説得して、村の守りを固めておいてほしいんだ。」


カティアはまだ納得していない様子だ。隙あればついてくるかもしれないが、そこはヨークさんに頑張って引き留めてもらうとしよう。

村長さんから大凡(おおよそ)の予測地点を聞き出し、急いで守衛(しゅえい)のヨークさんのところへ向かう。ヨークさんにカティアの事をお願いして村を出た。


「ヨークさん、テアをお願いします。テア、気持ちはわかるがここで待っててくれ。

身体強化(フルブースト)】」


「まっt・・・」


カティアが何か言っていたが、既にもう聞こえない。膂力(りょりょく)と各種感覚の鋭敏化、自然治癒能力を一度に向上するこの魔法は魔力量に比例して無制限に強化される。大量に魔力をつぎ込んだので、今は文字通り飛ぶように走っている。


わずか30秒で森の入り口に到達し、一度足を止める。近くを通ったはずのグランの痕跡(こんせき)を探すべく、魔法で強化した視覚・聴覚・嗅覚をフル活用する。

人間から狐になってからまだ1日も経っていないので、匂いの探し方とか辿(たど)り方なんて解るわけがない。必然、僕に出来るのは目で草を踏みしめた跡を探すか、足音を聞き取るしかない。そう割り切って、森の境界を北上しながら慎重に、しかし足早(あしばや)に探していく。程なく森の中から微かに草を踏みしめる足音が聞こえた。


再び走り出してから間もなく、前方では争う音が聞こえる。おそらくグランだと思われる人影は、濃厚な気配を放っている。既にかくれる事を諦めたようだ。僕は急いでグランの支援をするべく、森の中を急いだ。


「加勢する!」


背後から突然間合いに飛び込むと敵視される可能性がある為、ある程度近寄ったところで速度を落として声をかけた。灰色の頭部にある耳だけが一瞬こちらの音を拾うように振り返ったが、返答するだけの余裕もなさそうだ。おそらくこの人がグランだろう。


彼の足元には既にゴブリン2体の死体があるが、彼もまた無事ではなかった。仕留めた勢いで前へ出すぎたのか、既に5体のゴブリンにより包囲が完了しようとしている。その上、左腕の肘から先を失っていた。


「出すぎだ!囲まれてるぞ!【ファイアブレット】(x3)」


腕を失って隙のある左側の2体と、右側後方から飛び掛かろうとしていたゴブリンを炎の銃弾で打ち抜いた。続いて右側から飛び掛かったゴブリンの腹を、鯉口(こいくち)を切って抜刀せずに束頭(つかがしら)で打ち上げて納刀する。


「グギャァ!」


泡でも履くような奇声を上げたそれに狙いを定め、鞘走りで加速した剣閃で無防備な腹を切り払う。

上下に分かれた身体が別々に地に落ちたのを確認し、最後の1体に対峙する。


彼の正面にいたゴブリンが、接近した僕を威嚇しながらバックステップした。無理に追わず、【ファイアブレット】を打ち込んで仕留める。


ひとまず近辺に気配はない。遠くから・・・おそらくゴブリンの集落から微かに足音が聞こえるが、こちらに向かってくる様子はない。刀身の血糊を振り払い、鞘に納めて振り返る。


「あんたがグランか?」


「ああ、助かった。あんたは?」


「マコト=カグラだ。テアとヨークさんが心配してたぞ」


切断された時に飛んだのか、少し離れていたところにあったグランの左腕を回収する。グランはまだ意識はしっかりしているが、このまま失血が続けば程なく倒れるだろう。僕は回収した左腕の切断面を【ウォーター】で洗い、グランの左腕に合わせて深く深呼吸する。


(上手くいってくれよ・・・)


「【ヒーリングライト】」


光属性による上級回復魔法だ。魔法の知識としては初歩的なものと生活魔法しか知らなかったはずなのだが、何故かこの魔法の知識は持っていた。

この件は(のち)に巴ちゃんに確認する事になるのだが、【ヒーリングライト】が『神官クラスにしか使う事ができず、また肉体の欠損すら修復できる光属性の上級回復魔法』である事は一般的に知られているのだそうだ。習得した訳じゃないのになぜ使えるのかと突っ込んでみたが、魔法全般に対する高い適正と加護の賜物(たまもの)なんだとか。我が事ながら、何とも理不尽なチートぶりだな。


魔法を唱えて間もなく、グランの傷を覆っていた光が消えた。既に腕は塞がっており、調子を確かめるように動かしていたが、すぐに痛みを感じて顔を(しか)めた。内出血しているようには見えないから恐らく切断された後遺症だろう。

失血も多いので、しばらく戦闘は難しいだろう。となると、この先に連れて行くわけにも一人で引き返させる訳にもいかない。


「すまないが、しばらくここで待っていてくれ。僕はゴブリンを殲滅(せんめつ)し、拉致された人を救出してくる。もし魔物に襲われても、無理して立ち回ろうとせずに後退してくれ。」


「そう・・・だな。悪いが後は任せた。」


いったいゴブリンは何体居るのだろうか。今朝倒したのが4体、ここで遭遇したのはグランが倒した分を含めて7体だ。これはゴブリン側の斥候と考えるべきか。だとしたら、集落に集まるゴブリンは相当数居ると判断するべきだな。


僕は集落に集まるゴブリンを駆逐(くちく)すべく、わずかに感じた気配に向かって走り出した。

次回、ゴブリン蹂躙戦です。


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2012/09/19 誤字修正:「弧」⇒「狐」

2012/09/20 誤字脱字修正:

 「徴収されるらしいわ」⇒「徴収されるらしわ」

 「肘から先を失いっていた。」⇒「肘から先を失っていた。」

 「出すぎた!」⇒「出すぎだ!」

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