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銀鈴の異邦人  作者: 月兎
11/13

第11話

少々強引な調整と辻褄合わせをしていたら規模が大きくなってしまいました……


 ── 翌朝



 朝食を済ませた後、宿をチェックアウトしてギルド2階のカフェに来ていた。昨夜巴から聞いた内容を結衣に報告する為だ。入店してしばらくすると、結衣がスタッフルームから出てきた。


「真人さん、おはようございます」


「おはよう。今日は例の件の報告に来たんだけど、ギルドの会議室は使えないか?」


「あ、はい。少しお待ちください」


 1階の受付の方へ確認に行ったようだ。ギルドは早朝にも関わらず人が多い。異世界の話は他人に聞かれたくはないのだが、会議室を確保するのは難しいかもしれない。


「お待たせしました。1部屋取れましたのでご案内します」


「取れたんだ。こんなに冒険者が居るのに、無理しなかった?」


「いえ、この時間はあまり大きな依頼をする人は居ないようですので、会議室は使われないみたいです。もう少ししたら会議室を使われる方も増えてきますよ」



 早朝は生活にゆとりの無い冒険者が多く、ゆとりのある者は遅く集まる傾向にあるようだ。経済的にゆとりがなければ、夜は寝るしかないし、その分早く起きる。生活にゆとりがあれば娯楽に興じるものが多く、その分朝遅くなる傾向にあるそうだ。


 会議室を確保した結衣に案内され、部屋に入った。その部屋は簡素な作りだが気密性が高く作られており、10人程入れるように作られていた。



「昨日の夜、やっと神獣銀狐様に会えたよ。しばらくこの世界を留守にしてたから会うのに時間が掛かっちゃったみたいだね」


「神獣…… 四神ですか?」


 四神というのは四方を司る中国の神で、青竜・朱雀・白虎・玄武の事だ。風水では四神に対応する地形に囲まれた土地に(みやこ)を築くのが基本で、これを四神相応(ししんそうおう)というらしい。確か京都も四神相応となる土地に築かれたはずだ。


「お、良く知ってるね。でも四神とは違うよ。巴ちゃん…… 神獣銀狐様の名前なんだけど、彼女は僕たちと同じ日本出身だよ。大昔人間に乱獲された狐の最後の生き残りで、偶然居合わせた神様に拾われたらしい。

 ……巴ちゃんは、昨日まで日本に行ってたんだ。」


「え、日本に行ってた? じゃあ帰れるって事ですか?」


 真人は夢の中で受けた説明を、解釈できた範囲で話し出した。結衣は説明を黙って聞いていたが、話が進むにつれて帰る事ができない事を理解してきたようだ。


「巴ちゃんが取った方法が唯一日本に帰る方法だったけど、神様でも数日間身動きが取れなくなるようなダメージだ。帰郷して他の方法も調べてもらったみたいだけど、結局みつからなかったそうだよ。」


「はい……。今朝真人さんの顔を見た時、なんとなくそんな気はしてたんです……。

 でもこれで諦められそうです。自分でもびっくりするくらいすっきりしました。それに、私なんかの為に痛いのを我慢して調べに行ってくれる、素敵な神様がいる世界なんですね。」


 本当に巴ちゃんはお人好しだな。自分の一族を根絶やしにした人間に、ここまで尽くしてくれるのだから。思えば恨み言の1つも聞いた事が無い。人を怖いとは思っているようだが、恨んではいないのだろうか。真人がもしその立場だったら……家族や友人を皆殺しにされたら、恨まずには居られないだろう。


「マコト殿?」


「なに?」


「今の話は神獣銀狐様の…… 創造神が神と成る前、つまりこの世界ができる前の話か?」


「うん、そうだね。天照(アマテラス)さんに拾われた後どのくらいで神格化したのかはわからないけど、こっちの世界に渡る前の話だよ」


「創世秘話なら教会で聞いた事があるが、創世前の話なんて初めて聞いたぞ。人族に乱獲された狐の末裔といったか…… とんでもない話だな」


「ああ、でもその話は他ではしないでくれよ? 異世界の話抜きじゃ説明なんてできないんだから」


「うむ、解っている」



 それにしても人間に乱獲されていたという事だから、巴ちゃんが神格化したのは既に人間がいる時代……早くても数万年前のはずだ。仮にこちらの世界を作ったのが同じ頃だとしても、たった数万年で銀河・恒星・居住可能な惑星が誕生し、人類が誕生してここまで進化したのだろうか。流石にそれは考えにくい。惑星云々の話を抜で既に霊長類が存在したと仮定しても、地球の数百倍は早く進化した事になる。

 自然に考えれば、巴ちゃんがこの世界に来た時から既にある程度進化した人類がいたと考えるのが妥当だが、人為的に……と言って良いのか判らないが、神が進化を促したのかもしれない。もしかしたらそれが創世秘話というやつなのかもしれないな。


 しかし、それは良く考えれば今と何も変わらない。現に神は日本からの文化を受け入れ続け、それが世界に影響を与え続けている。不自然に一致する日本語や一部の食文化。教育施設や制服の概念も恐らく持ち込まれたものだろう。

 エナーシャは創生秘話という言い方をしたが、これはまさに今も続く神の恩寵なのだろう。まあ余計なお世話だとか言いたい事もあるだろうが。



「さて、それじゃ僕たちは学院へ行こうか」


「学院? 入学したんですか?」


 彼女には学院に行く事は話してなかった。可能性があれば帰郷するかもしれない相手に、そんな話をしても仕方がないと思っていたところもあったのだ。


「ああ、言ってなかったね。僕たちは4人とも学院に入学するんだ」


「そうなんですか。学校かー……」


「といっても日本の学校みたいなものじゃないよ。魔法とか戦闘技能、後は生産技術やなんかを専門的に教えてくれるみたいだ。

 ……学校、行ってみたい? こっちで生きていく事を考えると、行っておいた方が良いとは思うよ。僕たちみたいな異世界出身者は基礎知識が足りないからね。」


「はい。行ってみたい……とは思いますけど……」


 行く意思があるのなら、出資してでも行かせるべきかもしれない。彼女は真人と同じ上位世界出身者だ。上位世界の者が下位世界の者より魔法適正が高いという話が本当であれば、彼女の素質は期待できるはずだ。

 今は生き方に選択の余地が無いようだし、選択肢を広げる為にも学院に通う方が彼女の為だろう。何も選べないまま不幸になってもらっても後味が悪い。


「学費の事なら、同郷の(よしみ)で出して上げても構わないよ?」


「本当ですか!?」


 カティアとエナーシャが渋い顔をしている。他人の為に大金を使うというのは、やはり気に入らないのだろうか。グランも2人と同じかと思えば、こっちは2人を見てにやにやしている……。


「ただ、入学手続きの受付期限は過ぎてるから、今期で入学できるかは判らないな。身分証明品が必要だけど、冒険者ギルドの登録だけはしてるんだよね?」


「はい、本当に登録しかしてませんが……」



見せてくれるというので確認してみる事にした。ただ、登録した時説明が耳に入ってなかったようで、ステータスとアビリティを表示できる事ですら知らなかったようだ。表示方法を教え、開示してもらって改めて確認してみた。



 ───────────────────────────────

 氏名:栗原(くりはら)結衣(ゆい)

 

 種族:ヒューマン

 性別:女

 年齢:16

 

 ギルドランク:F

 

 HP:65 / 65

 MP:8653 / 8653

 ST:89 / 89

 

 状態:正常

 

 STR:22

 VIT:34

 DEX:38

 INT:221

 MND:43

 AGI:25

 CHR:23

 LUK:41

 

 金 貨:0

 銀 貨:0

 銅 貨:0

 半銅貨:0

 

 ▼習得技能

 

 ▼固有技能

 

 ▼適正属性

 火,水,風,土,光,闇

 

 ▼備考

 

 ───────────────────────────────



(やはりと言うべきか、この子もMPとINTが明らかに突出している。だが、僕の感覚だと他人に見せられない程の異常性はないな。)


 念の為、他のメンバーにも確認してもらったが、能力は突出しているものの他人に見せて問題になる事は無いようだった。

 早速入学手続きに向かおうと思ったが、結衣は冒険者ではなく雇われている身だ。先に雇い主に話しておくのが筋だろう。会議室をでて受付に行き、支部長に取り次いでもらう事にした。ちなみに王都でも冒険者が集まるギルド支部には支部長がおり、ギルドマスターは別の拠点で事務をしているらしい。


 幸い既に早朝の慌ただしさはなく、受付には直ぐに話を聞いてもらう事ができた。


「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 フォーラ村と同じ要領で『支部長に会いたい』と言っても流石に受け付けてもらえなかった。王都となると支部長は多忙だろうし、受付嬢に対して面識がある訳ではなかった。


「失礼しました。マコト=カグラと申します。今日はギルドで雇われている人をお借りしたくて、支部長に相談しに参りました。お取次ぎをお願いできますか?」


「まあ、貴方がマコト様でしたか。実は支部長から、マコト様がこちらに立ち寄られたら執務室へ通すように指示されております。直ぐにご案内しますので、こちらへお越し下さい」



 ただ指示されていただけとは思えない反応だった。聞いてみると、堕胎手術の件でギルド内では真人の名前が広まっているらしい。


 また、ギルドで提供を始めていた【ファイアランス】が、一昨日あたりから使える者が出てきたようだ。高ランクの冒険者からの受けもよかったが、特に低ランクの冒険者からの反響が大きかった。低ランク冒険者の中から採用した数人のモニターが、オーガを討伐した話が広まったらしい。



「失礼します。マコト=カグラ様をお連れしました」


「入ってもらってくれ」


「失礼いたします」


「少し待っておってくれんか。直ぐに済むのでな」



 机の上に積みあがった書類の束は、フォーラで見た時とは規模が違う。受付にある依頼の数も多かったが、街の規模に比例して案件が増えるのだろうな。


「待たせたな。私はドミアト。王都のギルド支部長を務めておる。君がマコト=カグラだね?」


「はい。受付で伺ったのですが、僕に何かお話がありましたでしょうか」


「ああ、いやいや。一度会ってみたくてな。フォーラのドゥリン(支部長)からも良くしてやってくれと言われておるし、堕胎手術の技術を無償提供した事や、新魔法の件もあって私も君に興味があったのだ。どんな人物なのだろうとな。」


「そうでしたか。」


 真人の能力だけではなく、性格が期待されている? 手術に関してはグランに乞われてやった事で、無償提供は真人の腰が引けただけだ。新魔法については経済的な理由から売ったに過ぎない。ここで『手ごろな駒』認定されても困ると思い、それを言い出そうとするが


「何を言っておる、ちゃんとドゥリンから聞いておるぞ。例え最初は乞われたのだとしても、ギルドに職員を貸してくれと頼みに来たり、その後のケアも自主的に動いていたのだろう? それに、その時の職員が退職を覚悟してまでパーティーに勧誘したと聞いたぞ。それは君の人となりに惹かれての事ではないのかね?」


 どこまで筒抜けなんだ……。


「まあそんなに警戒せんでも悪いようにはせんよ。時々頼み毎はするかもしれんがな。」


「はあ……。ところで、今日は僕の方から相談させて頂きたい事があって参りました。」


「ほう、なんだね?」


「ギルドのカフェで従業員をしております、結衣という者を学院に入れる許可を頂きたいのです。」


「理由を聞いても良いかね?」


 フォーラの支部長とは親交があるようだが、念の為異世界に関連しそうな話はしない方が良いだろう。


「彼女に秘められた能力の大きさ故にでしょうか。カフェで働くのも良いのですが、別の選択肢も与えてあげた方が良いと思いまして。」


 言い訳としては穴があり過ぎるな……さすがに苦しい。


「同郷の異世界出身者だからとは言わんのだね。ああ、大丈夫だ。秘密にしておるよ。」


 やっぱり漏れてたか。まあ、あの好々爺(フォーラの支部長)が信頼しているのであれば問題ないか。


「ご存知でしたか。ですが、能力が高いというのも本当の事です。僕たち異世界出身者……といっても、どの世界から来たかによって違うようですが、この世界に生きる人達よりも高い能力が発現するらしいのです。

 例に漏れず、彼女もまた高い能力を持っていました。同郷の者だからというのも勿論ありますが、このまま埋もれさせてしまうのも勿体ないと思いますし、学院へ入学させる事を許可して頂けませんか?」


「うむ、良いだろう。連れて行くと良い。だが、学院の一般受付は既に締め切っておろう。当てはあるのかね?」


「いえ、実はこれから受付に交渉しに行こうかと思っていたところでした」


「それでは受け付けて貰えんだろうな。

 どれ、私が紹介状を書いてやろう。君には無償で技術提供を受けているのだ、それくらいしてもよかろう」


 ドゥリンさんと親交があるようだが、この人もドゥリンさんに似ている。組織の上に立つ者としてはあまり褒められたものではないと思うが、個人的には好感が持てるタイプの人だ。


 礼を言って紹介状を受け取ると、入学手続きの為に学院へ向かった。




「おはようございます。

 実は一人入学させたい人を連れてきました。ギルド支部長の紹介状があるのですが、手続きをお願いできますか?」


 真人は後ろに控えていた結衣を受付の前に立たせ、受付担当に紹介状を渡した。担当は紹介状を受け取ると、内容を確認して了承してくれた。


 結衣は受付担当にギルドカードを渡し、手続きを進めてもらっている。真人たちの時と同様に説明を一通り受けていたが、どうも腑に落ちないようだ。


「あの、本当に私が入学しても良いんですか?」


「問題ないよ?」


「その…… 後で体で払えとか言いませ「言いませんよ?」」


 なるほど、そっちの心配をしちゃってた訳だ。普通に考えれば善意で大金出しますって言われても胡散臭いだけだよな。気にするなと言われてもそういう訳にもいかないだろう。


「大丈夫、言わせないわ」


「言っても止めるさ」


(……僕はうちの女性陣に信用されてないんだろうか)


「おめーら少しは余裕持たねーと、マコトに愛想尽かされ……っ、ごふっ!」


 哀れグラン……。カティアとエナーシャにそれぞれレバーと鳩尾(みぞおち)を撃ち抜かれ、床に転がってぴくぴくしている。完璧に急所を撃ち抜かれたが、息してるか?……


「と、とにかく、資金には余裕があるから大丈夫だ。実はそんなに苦労して得たお金でもないから、遠慮しなくてもいいよ。それに、僕にメリットがない訳じゃないんだ。

 僕は自分の力がどの程度あるのか、どの程度の成長が見込めるのか判らないんだ。その比較対象は多ければ多い方がいい。君のように僕と同郷という立場も、成長率を測る為の試験とでも思って貰えばいいよ」


 ステータスなんてただの数字だと思う。HPやMPには明確な差がでるが、その他のスペックに関してはそれ程大きな差が無いんじゃないかと思ってたりする。

 それは【ファイアランス】を審査してくれた職員が、【ファイアランス】を使って見せた時にも感じていた。明らかにINTが埒外(らちがい)に達している真人と比べても、ステータスが示す程威力に大きな差が出なかったのだ。勿論この考えが間違っている可能性もある。


「そうですか。じゃあすみませんが、よろしくお願いします」



 科目は今日中に選ばなければならないという事だったので、その場で決める事になった。結衣が選択したのは『魔法全般』と『生産全般』の2つだ。荒事は苦手のようで、『戦闘全般』だけは取りたくなかったようだ。

 結衣の為に用意する寮の一室は、掃除と家具の搬入が出来ていないので30日の昼頃まで待って欲しいという事だった。真人たち4人は寮へ向かう予定だったが、それは一先ず後回しにして受付を離れた。結衣の制服を購入する為、販売店へ向かうのだ。


 販売店では、まずは4人の制服を受け取った。制服2着分と靴のセットは思いの外嵩張(かさば)る。だが、裏打ち加工と靴の仕込みにミスリルを選択したお蔭か、鉄製の防具を持っている程の重量感は感じなかった。


 結衣の制服は4人と同様の注文しようとしたが、制服の裏打ち加工だけは授業初日までに間に合わないという事だったので、裏打ちだけ無しにしてもらった。このオプションだけは後でも付けられるのだ。

 制服は寮に移る時に合わせて取りに来る事にし、結衣とはここで一旦別れた。彼女にはまだカフェでの業務が残っている。



「まったく、マコトは本当に人が良いんだから。同郷の人だからって、そこまでしてあげる必要があったの?」


「確かにな。あまり良い顔ばかりしてると、性質の悪い者に食い物にされてしまうぞ。」


 カティアとエナーシャは憤りを隠せないようだ。真人も言われるとは思っていたが、幾ら無駄な浪費だと言われても、真人は今回譲る気はなかった。


 ただ、2人が憤っている原因は真人の考えとは別のところにある。『人が良い』という真人のパーソナリティ。それが人を惹きつけてしまう事に不安を感じているのだ。


「まあ自分でも自覚はしてるよ。でも僕のような特殊な状況だと、やっぱり同郷の人間っていうのは特別なものなんだ。例え顔を知らなかったとしてもね。」


「「(自覚してる……。特別?……)」」


 カティアとエナーシャが2人そろって悩みだした。


(この2人、妙に息が合ってきてるな。)


「まったくおめーらは……。面白いほど会話が噛み合ってねーな」


 グランの言う事は誰も理解する事はできなかった。



 昼食を済ませた後、真人たちは受付で渡された構内マップを頼りに学生寮へ向かっている。一同それぞれ手に持っているのは、旅の道具一式と、それと同程度に嵩張る制服。

 真人としては、さっさとインベントリに放り込んでしまいたかったが、この日寮に向かうのは真人たちだけではない。ざっと見渡す限りでも30人近くいるようだ。そのいずれもが手には大荷物を抱えているので、真人たちだけ手ぶらになる訳にはいかなかった。



 学生寮は5階建ての石造りで、外から見ると巨大な正方形のビルに見える。真人たちからはまだ全容を把握できないが、一辺が400m以上ある巨大な構造物の内側は庭になっており、あたかも巨大な万里の長城が正方形につながっているようだ。ただし、ここにある万里の長城は、幅が10m高さ20mに達する。

 さらにそれが3つあり、四割菱(よつわりびし)の家紋から下の菱形を抜いたような構えだ。真人たちは今、その四割菱の下から寮を望んでいる。



「すっげー! でけーな!」


「お、大きいね……」


「……」



 グランのテンションが上がりっぱなしだ。巨大なものを見ると興奮する男の子の心境だな。逆にカティアとエナーシャは若干委縮してしまっている。エナーシャは言葉もないようだ。真人はどうかと言えば、日本で立ち並ぶビル群を見慣れているので、多少驚きはしたがそれ以上の事は無い。


 3つの寮は左からそれぞれ1号棟,2号棟,3号棟となっているようだ。今真人たちの居る場所には寮棟と比べると小さいが、見事な作りの構造物が2つ立っている。片方は食堂棟で、生徒全員を一度に収容できる程のスペースが確保されている。もう片方は浴場だが、例の公共浴場のような運営のされていない入浴施設だ。警備が付いているのは変わらないようだが。


 寮棟のエントランスは四隅に用意されており、入り口から庭までは直接入れる作りになっている。外側からは見えなかったが、庭までの通路は両サイドに階段があり、庭側は渡り廊下で繋がっている。

 寮棟が集合する地点には3つの寮棟の入り口が集まり、ここを中央エントランスと呼ぶそうだ。


 真人たちは全員1号棟という事なので、中央エントランスから左側の建造物に入った。学生寮といっても、男女で別れている訳ではないようだ。エントランスには部屋を案内する担当がおり、学生証を見せて割り当てられた部屋の鍵を受け取った。


 寮棟の一辺は20室あり、中央エントランスから時計回りに部屋番号が振られている。

 真人は5階の20号室、南端の角部屋だ。その隣の19,18号室がそれぞれカティア,エナーシャとなっている。グランは南端の渡り廊下を挟んて隣の21号室だ。角部屋は台形の形をしており、他の部屋に比べて大き目に作られていた。


 各自部屋に荷物を置き、制服に着替えて真人の部屋に集まる事にして一旦解散した。真人も制服を確認し、迷う事無く着る。制服は一般的なブレザータイプで、制服セットに革ベルトが標準でついていた。尻尾の穴は着物の前合わせをするようなタイプで、腰の位置にある2つのボタンでそれぞれ固定するようだ。

 革靴はミスリルの板が仕込まれている為か、少しだけ重めのようだ。靴底はゴム製のソールで保護されている。ゴムはこの世界に来て初めてみたが、これでブーツのソールを交換する当てができた。ただ、ブーツの方は鉄板の仕込みもないので耐久性が革靴にも劣るが。


 真人が着替えてしばらくすると、グランが部屋に来た。グランも特に迷いなく着たようだが、ベルトの長さ調整の仕方が判らなかったようで、そこだけ調整を手伝った。それからしばらくしてカティアとエナーシャが来たのだが……


(コンコン)


「どうぞー」


 扉から入ってきたのは制服に身を包んだカティアとエナーシャ。こちらもブレザータイプなのだが……どこかが決定的におかしい。


「……2人共、ソレはなに?」


 白いシャツの上から付けた、ブレザーの胸元から覗く白い布地。真人の認識が正しければ付け方を間違えている。


「これか? 何と言われても私達にも良くわからないんだ。ただ、シャツよりは硬い素材で作られているようだから……」


 女性陣の胸元から覗く布地の正体は、女性のバストの形を整えるアレ……。ソフトワイヤーのブラジャーだった。これもなぜか制服とセットになっていたらしく、素材の硬さからコルセットと勘違いしてシャツの上から付けていたらしい。


(そんなバカな……)


「それは、シャツの下に着込むものだよ。えーっと、胸の形を整えるものでコルセットじゃないよ?」


「そうだったんだ。じゃあちょっと着替えてくるね」


「ちょっと待った。正しいつけ方は知ってる?」


「え、付け方が決まってるのね。マコト教えてくれる?」


(……ちょっとまってくれ。僕に女性の下着の付け方を聞くのか? 黙ってた方が良かっただろうか)


「テア、それは女性の下着だよ? それに、つける時に胸を触ったりしないといけないんだけど、その指導を僕がするの?……」


「う……」


 うん、やっぱり抵抗あるだろうね。


「だからさ、制服買ったところで付け方を聞くのが「マコト殿、私なら構わないぞ」……は?」


 エナーシャは少し頬を染め、外したブラジャーを握りしめて力説してらっしゃる。


「私がマコト殿に指導してもらって、今度は私がテアに指導する。これで問題ないだろう?」


「いやいや、問題あるよ。服買ったところに聞きに行こうよ。」


 カティアの意思を軽く折るだけのつもりだったのに、エナーシャに対しては地雷だった。思えばエナーシャの方は、最近巴ちゃんが嫉妬するほどアプローチが積極的だった。


「だがあんな人の多いところで指導してもらうよりは、マコト殿に聞いた方が気が楽だと思うのだが」


「多分店の奥に着替えられるスペースとか指導してくれる人がいるからさ。そっちに行こう?」


「マコトはへたれだなあ……」


(グラン、やかましい!)



 結局全員そろって販売店へ赴き、ブラジャーの付け方を教えてもらう事にした。予想通り店の奥には試着室と相談員がおり、服の着付け方を聞く長蛇の列ができていた。「時間が掛かりそうだからマコト殿が教えてくれ」というエナーシャの暴挙(?)を押し切り、2人を残してグランと真人は寮棟周辺の散策に出かけるのだった。




 2日後の昼、制服に身を包んだ真人たちは、昼食を済ませた後学園の受付で結衣と待ち合わせていた。結衣の寮棟は同じ1号棟で、部屋は5階の38号室だった。


結衣を学院に入学させる強引な調整を突っ込んだ為、学院生活は結局次回に見送りです。

学院生活を初めて間もなく、タイトルにある「銀鈴」の元ネタが出てくる事になります。


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