第1話 旅立ち
初投稿の処女作です。この作品は剣と魔法のオーソドックスな冒険譚になる予定です。文才もなければ知識もないので作品の不出来はご了承ください。
迎える年の平安を願い、期待を込めて柏手を打つ・・・
年が明けた翌日、神楽真人 は近所の神社を訪れていた。
切れ長の瞳にどこか人を寄せ付けない雰囲気を持ち、僅かに幼さの残る中性的な容姿。また、全体的に線の細い作りの身体は一見女性と見誤る人も少なくないだろう。交友関係は広く、人当たりの良い性格は老若男女を問わず受け入れられていた。
その隣を歩くのは、真人の親友である高木徹。幼少の頃指南を受けていた剣術道場の同門であった。
2人は共に師範から才能を見いだされ、必要以上の地獄のような鍛錬を共に支え合い、競い合った仲である。中学2年の頃師範が老衰で死去されたが、その数日前には自ら形見を分けるように手ずから一振りずつ刀を頂いていた。当然登録証付きなので銃刀法違反にはならない。
新明無限流免許皆伝・・・現代において継承されている数少ない古武術の一つで、抜刀術の奥秘を受け継いでいる。夢の中で神様から抜刀術の指南を受けたという始祖の流派から、数多に派生した内の1つである。
参拝の列に並ぶこと数十分、漸く先頭に立つ事ができた。あらかじめ握っておいた賽銭を放り、安全祈願を望む。一通りの恒例行事を終えた徹は隣に立つ真人の様子を伺う事しばらく、1分近く手を合わせたまま微動だにしない。寒い中後ろで待たされている参拝客の列から不穏な空気を感じ始めたころ、漸く真人が参拝を終えた。
「なにをそんな なげー事祈ってたんだ?」
毎年恒例の行事となっている為、信仰を持たないとはいえ初詣には参列していた。そんな徹でも神の御前といえる境内で真人にリバーブローをぶち込むのは躊躇われた。参拝客の敵意を受け流して待つ事しかできなかったのである。多少の皮肉くらい言いたくなるのは当然だ。
「無病息災。安全祈願。」
「そんだけか?」
「・・・『今年こそ男に告白されませんように』を20回」
「望み薄じゃね・・・?」
毎年各種イベントの時には「男女問わず」例外なく告白されている。男が男から告白されるというのはどれほど精神的なダメージを受けるのか、こればかりは本人でない限り想像もできない。想像もしたくないしな・・・。
「今年は大丈夫だ。去年より10回も多く祈ったしな!」
「まあなんだ・・・強く生きろよ」
お前も無神論者だろうが、現実をみろ!と言いたかったが、イベントの度に疲れ果てる真人をみていると、それを言うのも酷なことだろう。まさに藁にも縋る心境というやつだろうからな。
(どうせまたその話題で悩まされる事になるんだ。今日くらいは忘れねえとな。)
神社で振る舞われた甘酒と清酒を煽り、多少気が紛れたところで別れて各々帰路につこうとしていた。
その頃、境内の社の上には美しい銀色の艶を纏う一匹の狐の姿があった。
体長5mを超える体と銀色の毛並は圧倒的な存在感を放っているはずだが、誰もその姿を気にしている者はいない。
絶えず押し寄せる参拝客の波を眺めていた狐は、帰路につくべく友人に別れを告げている真人の姿に目を止めた。
(きれいな女性・・・。でも、あれ?この匂いは・・・?)
視覚では女性と判断したが、嗅覚から得た情報が男性である事を裏付ける。どこかちぐはぐな印象を受けて興味を持ってしまった。
先ほどから誰の目にも止まらない狐は、大昔の日本に存在していた獣の末裔で、とある神により神格化をとげた霊獣である。
久しぶりに恩師を訪ねて帰郷したが、初詣の時期と重なってしまった為か天界は慌ただしかった。恩師の邪魔になるまいと、暇つぶしを兼ねて地上に降りてきたのは良いが、神社の結界から出られず 人の波を漫然と見て過ごしていた。
(貴方に祝福を。私の加護を授けましょう)
銀狐の霊獣から加護を得た事など露知らず、神社を後にする真人とその姿を見送る銀狐。この時の加護が、真人の人生を大きく変えることになるのだが、今はまだ誰も気付かない。
夢を見た・・・
青い空。やさしく照らす太陽。無限を思わせる広い草原に吹くやさしい風。
傍らには銀色の美しい毛並を持つ、巨大な狐らしき獣が体を横たえている。
その顔はどこか微笑んでいるかのように見え、なぜか安らぎを感じた。
僕を護るように体を横たえているそれに体をあずけ、ゆっくりと瞼を閉じた・・・。
(・・・変な夢・・・)
あんなに大きな獣が近くに居たら普通逃げるだろ。
と、自分の夢にどこか冷めたツッコミを入れつつ、僅かな違和感を感じて臀部に触れる。
「んんっ!?」
寝ぼけた頭が瞬時に覚醒した。体とベッドに押しつぶされていたその部分には、あるはずのないものが生えていた。
(尻尾・・・?)
就寝用のゆったりとしたパンツに隠れていたソレをつかみ、引き出してみると、銀色の毛に覆われたふさふさとした尻尾が生えていた。
(そういえばいつもよりも雑音が耳に響くような?)
確認するように耳に手を当てるべく、「側頭部」ではなく「頭上」に手を当てる。そこには、人間らしからぬ耳が生えていた。
「!?」
あわてて体を起こし、部屋の隅にある姿見鏡を確認する。頭頂部から左右対象の位置に、狐を思わせる銀色の獣耳。さらにその周辺の頭髪が一部銀色に変色していた。また、黒かった目は淡い水色に変色しており、瞳孔がわずかに縦長になっている。
(夢の中に出てきたあの狐のようだ・・・。あ、これも夢か?)
無意識に夢の中の出来事と結び付け、溜息を一つついて再びベッドに潜り込む。目を閉じると、完全に覚醒したはずの意識は、不自然なほど強烈な睡魔によって刈り取られようとしていた。
(やっぱり夢だったのか・・・)
そう思いつつ、心地よい眠りに身を任せて意識を手放した。
青い空。やさしく照らす太陽。無限を思わせる広い草原に吹くやさしい風。そう、またあの草原にいた。
(夢か・・・?)
夢の草原で眠りについた後、狐の耳と尻尾が生えてきた夢を見て再び眠りについた真人。どうもその先も夢だったようだ。風変わりな初夢に首を捻りつつ、ここで眠りについたらどうなるのかと取り留めのない事を考えていたとき
『みつけた・・・』
背後から女性の声が聞こえた。
歳はおそらく20台半ば。まだ伸び代を残した美しさをもつ女性で、微笑みを浮かべた表情からはどこか日差しの暖かさを思わせた。体を包む衣装は不思議と重さを感じさせない着物・・・羽衣というものだろうか。
『あなたがそうなのね』
(・・・なんの事だ。意味が分からん)
『あ、ごめんなさい。私は天照。私の子・・・銀色の狐の姿をしているのだけど、その子が昨日神社で加護を与えた人を探していました。』
(夢の中に出てきたあの大きな狐のことだろうか)
『大きな銀狐に会われた方・・・間違いないようですね。貴方を探していました、神楽真人さん。』
ここまで僕は一言も口を開いていないのに、会話が成立しているかのような感覚に少し背筋が寒くなる。
「僕の思考が読まれてる・・・?」
『ごめんなさい。少し不作法でしたが急いで確認する必要がありましたので、ご気分を害されたと思いますがお許しください。』
胸元が若干開いた着物で頭を下げられて、反射的に顔を背ける・・・努力はしてみたが、うっかり視線を置き去りにしてしまった。
不埒な思考も読まれているだろうことを思い出し、無理やり先程の会話の内容を思い返す。天照と言ったか・・・。天照といえば天照大神しか思いつかない。ほとんど名前しか知らないが、日本神話に登場する太陽の神だったっけ。
(ずいぶん腰の低い神様だな・・・)
『高圧的に接するばかりでは、時に勤めに支障がでてしましますので。物事を円滑に進める為ですが、特に今回はこちらの不手際でご迷惑をおかけしたようですので・・・』
はて、ご迷惑と言われましても・・・。
僕は無神論者だ。日本人なら大多数の人間がそうだと思う。当然の事だが、神様に面識どころか縁すらない。
考えても答えが見えないので、早々に自問を中断して聞いてみることにする。
「なんのことでしょう・・・?」
『昨日神社に初詣にいらした時、私の子が貴方に加護を与えました。その影響で体が一部変異してきています。』
夢での出来事なのか現実なのか定かじゃないが、思い当たる節はある。
「もしかして、獣の耳と尻尾の事でしょうか・・・?」
『はい。既に変異が完了している為、元に戻すことができなくなってしまいました。申し訳ありません。』
神様が頭を下げている・・・。どうも現実感がない為夢を見ている感覚が抜けない。夢にしては前後の内容が綺麗に繋がっていて真実味を感じるが、目の前に神様がいるあたりは夢としか思えない。
『今は貴方の夢の中にお邪魔していますが、貴方の現実の身体が変異しているのは夢ではありません。』
また思考を読まれていたらしい・・・怖いわ神様。
目の前の女性の話を信じると、2度目に見た夢と思っていたアレ(耳と尻尾)は現実か。夢のような話に実感がないのは否めないが。
となると、もう昨日まで抱えてた悩みが霞んでしまうレベルだ。男に告白されたくないとか言ってる場合じゃないな。人前に姿を見せられないじゃないか!
「はぁ・・・まいったね・・・」
仮にも神様らしき美女に当たり散らすわけにもいかず、ため息交じりにストレートな感想を皮肉交じりに吐き出した。
これからどうやって生きていこうか。親友に頼る手もあるといえばあるが、終始他者との窓口をしてもらう訳にもいかない。とは言え、他者に姿を見られれば、晒し者にされるかモルモットにされるか・・・いずれにしても明るい未来は望めない。
BLフラグを折りたくて神頼みに出向いてみたら、絶対に立っちゃならん珍種フラグが天から降ってきた?
どーしてこうなった・・・。皮肉の一つも言いたくなるってものだ。
『うう・・・今ある生活を維持する事は難しいと思いますので、代替案を用意させて頂きました。
他にも妖怪のみなさんに交じって生活するという案もありますが、こちらは貴方の性格上良い結果に繋がらないようですのでお勧めしません。』
妖怪と一緒に生活か・・・。存在すること自体驚きだけど、見てみたいとは思わないな。という事は、一緒に生活とか確かに無理そうだ。
「それで、代替案というのは?」
『あの子の世界に移住するというものです。』
・・・気のせいだろうか。もう一本フラグが立ちそうです。正直お腹いっぱいです。
『銀狐の神格・・・名は巴と申しますが、今では別の世界を管理する神々の一柱となっています。そちらの世界には、今の貴方のような容姿を持つ獣人族が多く暮らしております。』
「隠れたりしなくても、普通に生活できるんですか?」
『はい、問題ありません。あちらの文化レベルはこちらに比べて低いですが、代わりに魔法で一部補っています。
あ、言葉は現代の日本語に近いものになっているようですので、コミュニケーションに苦労する事は無いと思います。』
「魔法・・・だって?」
日本人なら男女問わず誰でも憧れたことがあるはずだ。某格闘アニメの気を操る闘法や、魔法少女的なアレ。それが実際に使えると聞けば、中二病なんて簡単に再発する・・・はずだ。
ただ問題はこちらの世界にいた人間が、あちらで魔法を使えるようになるのかどうかだな。
実際今の僕が魔法を使えるわけじゃないし、あちらに行ったからって魔法が使えるようになるとは限らない。
『はい、あちらには魔法が存在します。こちらの世界でも元々は魔法を使えました。
こちらの世界の人間は最高神の子として産まれましたので、実は魔法に対する適正が非常に高いのです。
それに危機感を覚えた神々により、この世界で全ての生物が魔法を使えないように呪詛が掛けられています。
貴方の場合、あちらの世界に渡ればその呪詛が解ける事になりますので・・』
「つまり僕でも魔法が使える・・・と?」
『はい。間違いなくあちらの世界の住人よりも高い適正があります。』
やばい・・・ワクワクしてきた!
とはいえ、いきなりあちらに行って生活が成り立つのか不安なところもある。何せここは日本。お金が無くては何もできない国なのだから、その感覚に慣れているとどうしても不安になってくる。
「あちらに住む事になるとして、最初から生活が成り立つかどうかは不安ですね。その辺サポートはしてもらえるのでしょうか?」
『・・・神とはいえ規律があります。さすがに神が直接生活を支えるのは難しいですね。
ですので、貴方にいくつか贈り物をしようと思っています。具体的には
「インベントリ」「3ヶ月分の食料」「あちらの一般的な知識の教与」「一般生活魔法の教与」
最後に私「大神:天照の加護」です。』
(インベントリってアレ・・・だろうねえ。)
『インベントリは、正確には亜空間発生器と対の腕輪型入出力インターフェースの総称になります。
亜空間に荷物を出し入れしますので、持ち運ぶ時に嵩張りませんし重さも感じません。』
某ドラ○狸のとんでもポケットってことか。3カ月分なんて膨大な食糧を持ち歩かなくても、必要な時にだけ取り出せるのは便利だなあ。生活に必要な知識と一般レベルでも魔法を教えてもらえるなら、その間に職を探せるか。
「ところで、食料って賞味期限はあるんです?」
『はい。半年は十分に持つはずです。
貴方もご存じのインスタントラーメンと言うものをご用意いたします。』
・・・なるほど。インベントリがある以上、嵩張る事に配慮しなくていいから選択肢としては最も正しいと思うんだけど・・・代替案蹴ったらその3ヶ月分の食糧を活用してヒッキーになっている自分が容易に想像できる。これは脅しか?
『しかもカップタイプですので、生活魔法でお湯を用意すれば他に必要なものはありません。
世の中便利になりましたよね~』
美人のおねーさん、最高の笑顔ごちそう様です。さすが太陽神眩しすぎる・・・。インスタントラーメンはやっぱり脅しなのかと邪推してしまいそうだ。
「ところで僕に余計なことしてくれた当の本人・・・巴さん?はどこに行ったんです?」
『申し訳ありません。真っ先に貴方のところに謝罪に伺わせるつもりだったのですが・・・。
多方面の神々にご迷惑をおかけしたので、今はそちらの謝罪に回っています。今頃は閻魔さんあたりに折檻されてそうですが・・・。』
どんな迷惑かけたのか知らないが、閻魔の折檻とか怖すぎる・・・。
というか、その問題児が管理する世界に行って大丈夫なのか?・・・不安になってきたわ!
『た・・・ただいま戻りました、母上様・・・あ、真人さ~ん!』
おっと今度は誰だ。銀髪の少女に抱き着かれて悪い気はしないが・・・あ、銀髪に獣耳?
『巴・・・先に真人さんにご挨拶と謝罪をなさい!』
(巴って・・・まさか?)
『あう・・・ごめんなさい。真人さん、私が君に加護をあげた銀狐の巴です。ごめんなさいっ』
薄く涙を溜めた目で見上げ、元気なく萎れた獣耳が微かに震えている。
うん、決めた。僕君に付いていく!獣人がこんなにイイものだとは思わなかったよ!
マニア? HENTAI? やかましい!
「いやいや、もういいんだよ。君の世界に連れてってくれる?」
『ホントに? 来てくれるの? ありがとー!』
まあ本当のところ色々言ってやりたい事はあったんだけど、謝罪は天照さん経由だけど聞かせてもらった。代替案なんて、こちらからお願いしたくなるような提案だ。もう怒る気なんてさっぱりないですよ。
・・・決して愛くるしい獣耳に堕とされた訳ではない。だからそんなHENTAIを見るような目で睨まないでください天照さん・・・。
『お話を受けてくださりありがとうございます。では直ぐに渡界の準備に取り掛かります。
まずは先程の贈り物をお渡ししますので、そろそろ起きて頂きましょう。』
そう言うや否や意識が暗転する。
目覚めた時には見慣れた部屋にいたが、枕元には天照さんが座っており、巴ちゃんが僕に馬乗りになって抱き着いていた。天照さんの手には継ぎ目のない金環が乗せられている。
「ではこちらをどうぞ。
その腕輪を身に着けてカバンを開くイメージができればインベントリを開くことができます。加護と教与はお目覚めになる前に掛けさせて頂きました。教与は術により行いましたが、お体の方に問題はないでしょうか?」
そういいながら天照さんは巴ちゃんの首根っこをつかんで無造作に後ろへ放り投げた。部屋の入口まで飛んでった巴ちゃんが気になったが、若干目の座ったおねーさん(天照さん)が怖かったので努めて気にしない事にした。
「はい、特に問題はなさそうです。」
渡された金環に右手を通すと金環の輪が縮まり、肌に密着したところで金環が消えた。
「その腕輪は普段不可視の状態にあります。可視、不可視の変更と、取り外す時はそれをイメージして頂ければ意志通りに変化します。」
その言葉に一つ頷き、これから行く世界に思いを馳せる。教与された知識の確認だ。
あちらの世界には、獣人・エルフ・竜族・魔族等多様な種族が存在し、またこちらの世界の人間に近いヒューマンと呼ばれる種族も存在している。
ヒューマンは繁殖能力は高いが他の種族と交配した場合は高確率で多種族の遺伝を継承する子供が生まれる。その為、現在ヒューマンはごく少数しか存在していないらしい。種族間では多少の争いはあるものの、概ね関係は良好。現状戦争の危険もないらしい。
共通言語はなぜか日本語。巴さんを含むこちらから渡った神により創生された世界故か、その時から日本語が共通言語として広められている。こちらと違う文化や風習が発展したのなら、相応に言葉使いくらいは変わっているだろうと思いきや、定期的に巴さんが日本に合わせて軌道修正しているらしい。度々帰郷する為、こちらの言語と合わせておきたいんだとか・・・我が儘なお話である。
魔法は火、水、風、土の基本属性があり、上級属性として光と闇がある。周知の属性はこの6つであるが、無属性魔法というものがあり、この属性については存在すらほとんど知られていないそうだ。使い手もいない。ここでは魔法を使えないという話だったので、試すのはあちらに行ってからだな。
「そういえばあちらの食事事情って割と野性的というか・・・基本的に「狩った獲物の肉を焼いて食う!」って感じみたいですが、料理は一般的じゃないんです?」
「冒険者の基本知識を教与したから、抜けてる知識も所々ありそうだね~。もちろんお料理を食べさせてくれるお店もあるし、ある程度生活できてる人ならお料理するよ?」
投げ飛ばされた巴ちゃんが戻ってきて、僕の膝の上に腰を下ろした。顔を見上げてくるので、頭を撫でてみると満面の笑顔で答えてくれた。
「なるほど・・・。少し一般常識が抜けてるようですね。
生活はある程度豊かにしたいので、こちらの料理の知識とか雑学、あとできれば医学知識やなんかも可能なら教与して頂きたいのですが・・・」
使える手札は多いに越した事は無い。何せ異世界だ。何が起こるかわからない。
自分の常識が通用する範囲でも対処できるすべを用意しておくべきだろう。
「ごめんね。私にこっちの知識があまりないからできないの・・・。」
そう言いつつ耳がまた萎れる。「怒ってないよ」とでも言うように、笑みを向けながら頭を撫でるとすぐに笑顔を取り戻した。
「それなら私が知る範囲で教与しましょうか?」
「よろしければお願いします。」
「では目を閉じて頭を空に・・・可能な限り無心で居てください。」
目を閉じてすぐに頭に鈍い痛みが走ったが、すぐに痛みは治まった。
「もう目を開けて頂いて結構です。身体に変調はありませんか?」
しばらく目を閉じたまま、津波のように押し寄せた知識を整理していた。
(料理や医学、刀の鍛錬方法に武術の知識、すさまじいな・・・教与って本当に便利だ。歌や楽器の知識、果ては聖地アキバの・・・なんで?)
「あっ・・・それはっ ////」
また思考を呼んでたな、おねーさん・・・。夢の中じゃなくてもできるのね。
「それも日本が誇る文化ですし、とある方面から頼まれてる事もあるので情報を集めることがあるのです」
「とある方面?」
「・・・あちらの神々が所望するのです。伝手のある巴が、帰郷を兼ねて時々こちらに遣わされては、アニメやゲーム等の品々をお土産にしているのです。だから私の方であらかじめ選別する為に市場調査をしてたりするのです!」
わずか数時間で神様のイメージがずいぶん崩壊したなあ。逆に親しみを持てそうだ。天照さんも結構地が見えてきたし。
「なるほど、そういう事ですか。しかし、巴ちゃんの見た目じゃR18なゲームは買えないんじゃないです?でもこの知識の中にはそこそこその手の知識が・・・」
「そーっ・・・そそそれはっ。ほらアレですよ。二次作品とかあるじゃないですか。そういうものに感銘を受けた時にですね、原作を見ない事には作品の本当の良さを理解できてない気がしまして!」
「それでエッチなゲームをしてみたと。」
「っっ・・・!」
本当に親しみやすい神様だなあ。しかし、いじわるもここまでにしておかないとまずそうだな。仮にも神様だし、神様の怒りに触れたくはない。
調理道具と着替え等あちらで使いそうなものを一通りインベントリに放り込み、交流のあった人に手紙を残す。
両親と親友の徹には直接連絡するか迷ったが、引き留められると決心が鈍りそうなので止めた。
準備の仕上げに外出用の服に着替えようとして手を止める。尻尾はどうするんだ・・・ジーパン履いたら痛そうだぞ。
「巴ちゃん。あっちの獣人の人って、パンツ履くとき尻尾はどうしてるの?」
「尻尾はみんな外に出してるよ~。尻尾を出すところは色々デザインがあるんだけど、大き目の穴を開けておいて、尻尾を通した後にその上から別の布をかぶせるのが普通かな~」
「ほらほらこんな感じ~」と言って自分の尻尾の付け根にある布を上下に揺らしている。なるほどね・・・って、ちょっとマテ。キミ下着つけてないじゃないかっ。
「あっちの世界って下着ないんだっけ?」
冷静な演技はできただろうか・・・。その確認の為に天照さんの表情を伺うが、先程のやり取りですっかり縮こまったまま頬を赤く染めて俯いてらっしゃる。こちらのお話は聞いてらっしゃらないようだ。
「下着ってなぁに?」
「えっと、下着っていうのはね・・・」
ここで天照さんに振る勇気はない。どうしてその話になったか説明するのが怖すぎる。
「えっと、下の場合は昔は『越布』って言われてたんだけど、知らないかな?女性の場合は胸の形を支えるブラジャーも下着になるらしいね?」
「ふ~ん。私は知らな~い」
「そっか~。あちらの村か街で探してみるかな。あったら仕入れるって程度でいいか~。」
とりあえず今から履くズボンくらいは尻尾を通せるようにしておかないとまずい。裁断用のハサミを取りだし、ジーパンの尻尾にあたる部分に縦の切れ込みを入れる。切れ込みの中央から左右に切り開き、菱形の穴を開けた。
女性陣に断って洗面所に移動し、試しにジーパンを履いてみると、菱形に開けた穴が無様に広がってしまった。
ジーパンを脱いで尻尾穴の調整に四苦八苦していると、漸く天照さんが復活。手を一振りしただけで尻尾穴の大きさが調整され、穴の周りは破れないように補強された縫い方さされていた。
天照さんにお礼を言い、再び洗面所で着替える。師匠に頂いた無銘の刀を手に持ち、軽く鞘を引いて刀身を晒す。頂いたその日から手入れは怠っていない為、錆どころか曇り一つない美しい輝きを放っている。
刀の状態に満足したところで刀身を鞘に納め、天照さんに準備ができたと伝える。
「では渡界の道を開きます。巴、くれぐれも真人さんをお願いしますね」
「はいっ。母上様~」
「よろしくお願いします」
天照さんが掲げた左手から光が溢れ、すぐに視界を真っ白に塗り潰した。
「いってらっしゃい、真人さん。お元気で。」
さわやかな緑と清水の匂いに気付き、目を開けてみる。白く塗り潰されていた景色から一転、真っ暗な闇の中にいた。匂いから察するに森の中だと思うが、視界がまだ闇に慣れない。しばらく身動きとれないな・・・と思っていたら、直ぐに視界がクリアになる。
左腕の重みに目を向けてみると、しがみついた巴ちゃんが見上げてきた。よく見ると先程より瞳孔が大きく開いている。
(なるほど、狐の特性か。)
瞳孔を大きくして取り込む光量を増やしたのだろう。
周囲を確認してみると、鬱蒼とした森の中にある小川のほとりに居る事が判った。周囲が多少開けていて、川の上流から吹き降ろす風を感じる。思ったほど森が怖いと感じないのは、十分な視界が確保できているからだろうか・・・。
そうこうしている間に、下流側がうっすら明るくなってきていた。
「真人さん」
「ん?」
「私これでも神様だから、地上にあまり居られないの。だから、ずっと一緒には居られないんだ~。帰ってきて早々に呼ばれちゃった。」
そういえば天照さんも言ってたっけ、規律に縛られてるとかなんとか。というか、ぶっちゃけお土産せがまれているのだろう事は深読みしなくてもわかる。うん、よくわかった。それが神様なんだな。
「はいよ、わかった。近くの街か村の場所だけ教えて。あとは何とかしてみるよ。」
教与してもらった知識を頼りに、何とかなるだろうと判断した。異世界生活デビューの第一歩に知人が居ないのは多少不安だが、こちらに来ることを決めたからには進む事に躊躇いはない。
「この川沿いを歩いていけば村があるよ~」
「下流の方?」
「うん」
「わかった、ありがとう。行ってみるよ」
「気を付けてねっ。絶対また会いに行くから~」
「うん、楽しみにしてるよ。またね、巴ちゃん。」
「うん♪」
巴ちゃんに手を振って別れ、下流へ向けて歩き出す。獰猛な獣がいないとも限らないので、念の為インベントリから刀を取り出しておく。今度は歩きがてら魔法の練習をしてみることにする。貰った知識に初歩的な魔法の知識が含まれていた為、それを試してみることに。
川の真上、森の切れ目に指を向け、火の矢をイメージして言霊を吐き出す。
「【ファイアアロー】」
30cm 程の細長い火が勢いよく飛んで行き、100m程直進したところで音もなく消えた。
「おおーーー!魔法すげぇーーーー!」
初めて使った魔法に感動しながら何度か試す。重力の影響はほとんど無い様だが、空力抵抗には逆らえないようで、弾道がゆらゆらとぶれていた。長距離だと命中率に難がありそうだ。
銃弾のように螺旋状の回転を加えればうまく直進するのではないだろうか。今度は回転するイメージを浮かべてみる事にした。
「【ファイアブレット】」
既存のファイアアローと区別する為に、イメージした銃弾から名前をとってみた。結果としては失敗した。蝋燭の火が強風に煽られたように消えてしまった。
これは考え方が逆だったか。回転で空気の壁を押し退けるんじゃなくて、空気が安定して流れる螺旋状の溝を作った結果回転するのか。流体力学?弾道学だったっけ。
今度は形状を意識してみた。六角形の鉄の杭を捩じったようなイメージ。溝を掘るのではなく、形状を変化することによって自然な溝ができるように。弾道は先程より安定しているが、まだブレが大きい。回転が遅いような気がする。
今度は円錐に対角線上8本の垂直の溝を作り、その円錐を捩じったような形状をイメージする。(ソフトクリーム・・・とはちょっと違うか)すると、今度のは大成功だ。発射後、空気の抵抗を受けてすぐに高速回転を始めた火の弾は、空気との摩擦熱で更に威力を増した。空気の壁を貫きながら熱量を赤い光に変え、きれいな軌跡を残して直進した。
飛距離はファイアアローと同じようだ。ファイアアローは複数同時に撃てるようなので、慣れてきたところでファイアブレットも複数同時射出を試してみる。複数だと弾の数に比例して命中精度が若干落ちているような気がする。3発くらいなら殆ど精度は落ちないが、要は使い方次第か。
余り遊んでいる訳にもいかないので、満足したところで移動を再開する。小一時間程歩いた頃には、既に日が昇っていた。さらに歩を進めていたところ、森の中に人影が見えた。まだ僅かに朝霧が残る森を人影の方に進むと、こちらに気付いた人影が振り向いた。
歳は10台半ばといったところだろう。発光しているかのような神秘的な白い肌と整った容姿をもつ女性。肩口から背に流した淡い金髪の隙間から、人のそれより長く尖った耳が覗いている。
「どちら様・・・ですか?」
当然だけど警戒されてるなあ。街道沿いでもないし、旅人を名乗るとさらに警戒されそうだな。さてどうするか・・・。
「自分でもよくわからないんだけど、気付いたら森の中にいたんだ・・・」
考えながら口を開けたら、しれっと口から出まかせが・・・
それはないだろーーーー。旅人より怪しいじゃないかっ(泣)
自分のうっかり発言に泣きながら、異世界初の友達候補としては絶望的となった女性の反応を伺う。
何故か目を見開き、口を少し開けたまま固まっている。てっきり疑いを濃くするか逃げられるか、最悪捕まるか・・・嫌な予感しかしなかったが、どうもその様子はなかった。
「・・・それは大変よね。私の村にくる?」
「ああ、出来ればそうしたい。ここがどこかもわからないし、今後どうするかも考えたいから・・・」
この世界の住人は疑うことを知らないのだろうか。あんなに怪しい言葉を鵜呑みにしてくれるなんて・・・。
ひとまず事態は好転したと考えて、好意に乗ってみることにした。
「私はカティア。親しい人からはテアって呼ばれてるわ。見ての通りエルフよ。」
「僕はマコト=カグラ。マコトって呼んで。狐の獣人で・・・念の為言っておくけど男だよ。」
「男の子だったのね。こう言っては失礼かもしれないけど、女の子かと思ったわ・・・。」
「よく言われるけど、何人もの男に言い寄られて心的外傷になってるから、その事には触れないようにしてもらえるとありがたいな・・・」
第一印象だから真っ先に話題に上がるだろうとは予測済みだ。ただし、最初が肝心。ここでその話題の危険性を刷り込んで、彼女の村に行ったときの防波堤になってもらおう。と密かに黒い事を思っていた。
「ところでカティア・・・テアでいいのかな。ここで何してたの?」
「この辺りで薬草を摘んでいたの。そろそろポーションの在庫がなくなってきてたから・・・」
話を聞いてみると、錬金術でポーションを作って生計を立てているという事だった。最近森に住む魔物の様子がおかしかった為近付かないようにしていたが、生活の為に森に入らざるを得なかったようだ。
「薬草採るの手伝おうか?」
「あ、大丈夫よ。もう必要な分は摘んだから、一緒に村に戻りましょ」
・・・笑顔が眩しい。怪しい初対面の男をどうしてこれ程信頼できたのかさっぱりわからん。とにかく、彼女の村に案内してもらう事にした。歩き始めて20分程経った頃、川の下流に木製の壁で囲った村が見えてきた。あと10分も歩けば到着するだろう。そこで今後の生活について検討しだした頃、森の中を走る人影が見えた。
テアの知り合いかと思い彼女に確認しようとするが、表情が強張っている。
「どうした?」
「ゴブリンよっ・・・」
近付いてきた人影は4つ。濃く濁った緑色の肌を持ち、四肢は細く節が隆起している。腹だけがぽっこり膨らんでいる様はどこか不自然で、口元に並んだ鋭い歯の奥から不気味な笑い声が聞こえてくる。
(なるほど、これがゴブリンか・・・)
教与で得た知識を参照・・・まだ「馴染んで」ないから、直ぐに教与の知識に結びつかないな。
ゴブリンとはこの世界に広く生息する魔物の一種で、どの種族に対しても例外なく敵対的である。身体能力は一般的な成人男性とほぼ同等で、常に群れを作って集落を形成するのが一般的。また基本的に男しか生まれず、多種族の女と交配して子を産ませる。食事は森の獣を狩って肉を食べるが、集落の近くに人がいる場合は、人の荷物から食糧を奪い、また人も捕食対象となる。
(コレを好きになる女性は居ないだろうから、女性を攫って産ませるって事か・・・)
基本的に人を襲う事でしか生活が成り立たない種族って害悪以外の何物でもない。しかも今隣にはテアがいる。女性を攫って子を産ませるとかどんだけ・・・ちょっと待て。
「まさか僕にも子供産ませようとか思ってるわけじゃないだろうな・・・っ」
「ゴブリンは若い健康な女性を選んで母体にできるか判断してるらしいから、たぶんマコトも・・・」
死刑確定。僕的に情状酌量の余地はない。
「ふ・・・ふふふ。テア、僕がやるよ・・・」
ふつふつと込み上げる黒いオーラにテアが少し引いていたが、今はそんな事どうでもいい。
「ちょっ・・・ちょっと待って。逃げるべきよ! 貴方一人じゃ・・」
「【ファイアブレット】(x3)」
初動は命中精度の高い3発のファイアブレッドを選択した。炎を凝縮した赤い弾丸を左から3体に向かって射出する。着弾を待たず腰の刀に手を掛けたまま、右端の一体に接近。抜刀と同時に腹を薙ぎ払うと、両断した上半身だけが少し浮き、再び元の位置に戻った。
最初に放ったファイアブレットは既にゴブリン3体の腹部に拳大の穴を開けて貫通しており、貫かれたゴブリンは血泡を履きながら着弾の衝撃で転がっていた。
刀身に付着した血を一振りして払った頃、胴を両断したゴブリンが下卑た笑みを張り付けたまま前方へ一歩踏み出した。しかし下半身は前へ・・・上体は空を仰ぐように傾き、分断した腹を境に折れて崩れ落ちた。
「ふぅ・・・」
突然の脅威が瞬く間に消えた様をみて、テアはまだ呆然としている。
知性のある動物(?)の命を奪うと罪悪感が湧くものだと思っていたけど、特に何も感じなかったな。怒りのせいなのか、殺すべきものだと認識していたせいだったのか判らないが、良心の呵責に苦しんで動けなくならなくてよかったと思う事にしよう。
「す・・・すごい! 一瞬で終わっちゃったわ。」
「子供の頃から修練は欠かさなかったからな。魔法はまだまだだけど、剣の腕ならそこらの大人にも負けないつもりだ。」
なんと言っても新明無限流免許皆伝である。師匠が亡くなってからも鍛錬は怠っていないし、中学生男子に見られがちな病が災いして恥ずかしい技の数々を編み出したりもした。っとここで思い出した・・・こっち異世界じゃん。あっち(元の世界)じゃ兎も角、こっちで剣の腕通じるか判らんのにとんだ大法螺吹いたかもしれん・・・。
「魔法はまだまだって・・・さっきの詠唱してるようには見えなかったけどファイアアローでしょ?ゴブリンのお腹を貫通するなんて・・・しかもあんなに大きな穴を開けるファイアアローなんて聞いたこともないわよ!?」
「詠唱は破棄してる。概念の基本は【ファイアアロー】なんだけど、今は僕のオリジナルで【ファイアブレット】って名付けてる。【ファイアアロー】の威力と貫通力、それと真っ直ぐ飛ぶようにして命中精度を上げてるんだ。」
「無詠唱に新魔法? それでまだまだって・・・自信無くしそうだわ・・・」
テアがややうなだれており、エルフ特有の長い耳もどこかしょんぼりしている。長い耳は獣だろうとエルフだろうと垂れ下がると可愛く見えるのか?あえて苛めるような事はしたくないか、他の人に会うのが楽しみになってきたなあ。
「発想が上手くいって強くなっただけで、新しく魔法を作った訳じゃないよ。テアもできると思うしな。それより、こんなに村の近くでゴブリンが出るのってこの辺じゃ普通なのか?」
「っっ・・・そうね。ちょっと異常だわ。もしかしたらこの辺りにゴブリンが拠点を作ったのかも。早く村に知らせないと!」
「そうだな。テア、走れるか?」
「ええ、急ぎましょう!」
緊迫した表情で頷き合い、既に見えている下流の村に向かって走り出した。
「後で魔法教えてくれる? あ、でも私火属性は苦手だわ・・・」
「それならテアの魔法属性を教えてくれ。ファイアブレット以外の魔法を教えられるかもしれないし、そうでなくても強化するアイデアがあるかもしれない」
「是非おねがいするわ!」
既に先程までの緊迫感はなく、互いにこれから出会う新しい刺激に期待して笑みを浮かべていた。カティアは新たな魔法の可能性に、真人は新しい生活と出会いに。
(それにしても、異世界に到着して早々異常事態に巻き込まれるとは・・・女神の加護は効いてるのか疑問になってくるなあ。)
新年を迎えてから現在に至るまで理不尽に巻き込まれた不遇に少し溜息を洩らしつつも、魔法のあるこの世界で過ごす期待に笑みを浮かべるのだった。
次回はカティアの幼馴染登場です。
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・誤字修正しました。
・会話と魔法の発声を別ける為に、魔法の固有名詞を【 】で強調するようにしました。
2012/09/19 誤字修正:「弧」⇒「狐」,「中世的」⇒「中性的」
2012/09/20 誤字修正:「存在すること事態」⇒「存在すること自体」