第二話:すべての始まり
メインヒロイン、時雨怜梨がついに登場します!
夏休み最終日の朝。
「あー……」
先日琴音と見事に激突してしまった為か、翔輝は自分の部屋のベッドの上でうなだれていた。
一方の琴音はと言うと……。
「…………すぅ、すぅ」
ぐっすり眠っていた。
幸い(?)琴音には怪我がなく、あの後少し気を失っただけで済んだのであった。
翔輝の方は、上から琴音が降ってきたのだが少し頭を打ったレベルで済んだらしい。
「まだちょっと痛いな……ゆっくり寝たいが…宿題を片づけないと…」
夏休みの最終日に宿題に追われるお約束である。
しかし、翔輝の場合はもう残り一つまで終わらせており、あとは読書感想文を書くだけであった。
「…なにを読んで書けばいいんだ……?」
全く読書をしない翔輝の部屋には題材に出来そうな本は無く、近くの書店に買いに行くことにした。
「琴音は……ぐっすり夢の中か…すぐ帰ってくるんだし、このままで良いか」
そーっと琴音の部屋を覗き込み、琴音がぐっすりなのを確認してから玄関に向かう。
「財布だけでいいか…いってきまーす」
琴音を起こさないようにそーっとドアを開け、翔輝は家から出ていった。
「まさに天国と地獄だな……」
書店の中はクーラーがとても心地よく、まさに天国であった。
「なんか、適当な本で良いかな……ん?」
ふと目に止まる。
本棚の高い場所にある本を必死に取ろうとしている少女の姿が。
「……もう…すこ、し……っ!」
とても綺麗な朱色のロングヘアーをした少女は目一杯背伸びをし、本棚の上に手を延ばしていた。
届きそうで、届かない。
そんな様子を見ていた翔輝はやれやれと言った様子でため息を吐くと、少女に近づいてこう言った。
「…えーっと、取ってやるよ」
「え……っ?」
その瞬間、二人の目が交わった。
「え、じゃなくて…取れないんだろ?取ってやるよ」
「いや、でも…………、やっぱり、お願いします……」
自分では絶対届かないと認識したのだろう。
少女は翔輝に深々と頭を下げた。
「気にするなー……ほれ…」
「あ……!ありがとうございます……っ!」
余程その本が欲しかったのだろう、少女はまだレジを通っていない参考書のような本を両手でしっかりと抱きながら、再び翔輝に頭を下げてきた。
「…困ったときはお互い様だろ……じゃ」
翔輝はもうお目当ての(適当に選んだ『恐竜たちの物語』)本を既に手にしており、あとはレジを通すだけだった。
「あ、あの!」
少女が店内に響きわたるほど大きな声で翔輝を呼び止めた。
「んー?なんだー?まだ取って欲しい本でもあったか?」
「いえ…本は、もう大丈夫です……その、あなたのお名前を……」
後半になるに連れてもごもごと隠っていったが、翔輝はあー、なるほど。と頷いた。
「…三上翔輝…これでいいかー?」
「三上…さん。わ、私は、時雨、怜梨と申します……っ!」
言って少女はまた頭を下げてきた。
「時雨さんか…またどっかで会ったらよろしく」
「は、はいっ!よろしくお願いします……!」
少女、怜梨は翔輝にそう言って、レジのほうに消えていった。
「(初対面でいきなり名前訊くか普通…)…と、琴音のやつもう起きてる頃だな……あー…駄目だ、嫌な予感しかしない…」
心中で呟きつつ怜梨を見送り、携帯の時間を見てそんなことを呟いたのであった。
翔輝の予想通り、三上家では……。
「おにーちゃん……?翔にーちゃん……!?」
琴音が翔輝のことを探し回っていた。
「いない…翔にーちゃ……!どこいっちゃったの……っ!?」
自然と、家の中を探し回る琴音の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「おにーちゃぁん……ッ!翔にーちゃあーん……ッ!!」
叫ぶほど、涙は頬を伝っていく。
何度拭っても、また溢れ出してくる。
そして琴音はもうおにーちゃんはこの家に居ないことを確信すると、玄関にへたり込み、パジャマ姿のまま大泣きを始めてしまった。
「なんで……ッ!翔にーちゃんまで私のことをすてぢゃうの……ッ!私なにもわるいことしてないよ……ッ!……だがら…かえっできでよぉ……ッ!」
そのときだった、玄関の扉が勢いよく開かれ、息を荒くした翔輝が家に帰ってきた。
「……翔、にーぢゃん……?」
「はぁ…はぁ…っ。そうだぞ、いつもの兄ちゃんだっ」
翔輝は今朝の自分を殴ってやりたかった。
琴音は小さい頃から泣き虫だったのだ。
家に一人になるとそれだけで大泣きしてしまうし、両親が全く家に戻らないのも手伝ってか、中学生になった今でも琴音はあの時のままだったのだ。
「おにーぢゃぁぁぁんッ!」
琴音は翔輝の言葉を聞いてさらに大泣きしてしまった。
「ごめんな…兄ちゃんちょっと本屋に行ってたんだ」
琴音の頭を優しく撫でながら言うと、あれほど大泣きしていた琴音はすっかり大人しくなり、泣き疲れたのか翔輝の腕の中でまた眠ってしまった。
「…ごめんな…本当にごめんな琴音…」
琴音を起こさないようにリビングのソファに寝かせ、テーブルに腰を降ろして読書感想文を仕上げていった。
「三上…翔輝。恩返ししないといけないね」
時雨怜梨は自宅の一室で先ほど出会ったばかりの翔輝のことを考えていた。
「会ったばかりなのに……私、三上さんのことが好きになっちゃった……」
黒い、黒い笑みを浮かべながら怜梨は眠りについた。