第一話:幸せだった日々
この回から本格的な物語が始まります!
翔輝が『あの夢』を見るまでの日常を描きました。
夏休みももう終わりに差し掛かる頃、三上翔輝は自宅で朝ご飯を作っていた。
「…まだ眠いな…琴音ー!朝飯もうすぐ出来るぞー!」
まだ少しくる眠気を吹き飛ばすように大声で妹の名を呼ぶ。
すると、まるでその声が聞こえてくるのを待っていたかのようにリビングの扉が勢い良く開かれ、翔輝の妹、三上琴音が突撃してきた。
「待ちわびたぞ、おにーちゃん!今日の朝ご飯はなんだ!?」
まだ朝の8時30分だというのに、この元気さである。
「ん?、今日は昨日の味噌汁の残りと玉子焼き…それからシャケだ。まあ、朝の定番だな」
やや苦笑しながら琴音に朝のメニューを告げた。
それを聞いていた琴音はとても嬉しそうに頷き、テーブルの椅子に腰を降ろした。
「あー…シャケの身、ちょっと崩れちまった…フライパン買い換えないとなぁ…」
そんなことを呟きつつ手慣れた様子で朝ご飯を仕上げていった。
「よーし、出来たぞー」
「おお!はやく、はやく!」
「はいはい、ご飯大盛りでいいかー?」
翔輝が言うと、琴音は大仰に頷いた。
そして出来上がった朝ご飯を丁寧にテーブルに並べていき、いつもの三上家朝の風景になった。
「いただきまーす!」
「いただきます」
二人は行儀良く手を合わせ、それぞれの器に箸を伸ばし始めた。
「どうだ?旨いか?」
「うん!おにーちゃんの作る料理はみーんな、最高だよ!」
「ん。そっかそっか。兄ちゃんそう言われると嬉しいぞ、ありがとな、琴音」
翔輝が言うと琴音は少し頬を赤らめ、翔輝から視線を背けてしまった。
「? どうしたー?」
「っ!!……な、なんでもない」
不意に、もしも、もしもおにーちゃんが彼氏ならいいと、思ってしまった。
「ん、そかそか、ゆっくり食べろよ」
「……うん!」
嗚呼、それでも、叶わぬ願いだとしても……。
「(私は翔にーちゃんのことが……)好きなんだ」
想いは言葉となり、無意識に琴音の口からこぼれ出ていた。
「好き?なにが好きなんだ?」
「ふっ、ふぇ……ッ!?」
突然声を掛けられた為、あまりにも可愛すぎる声が出てしまった。
「んー……。おまえ熱でもあるのか……?」
ぴと……。翔輝が琴音の額におでこを付けた。
「んんー?……熱はないみたいだな」
「あ……っ!はわ……っ!」
翔輝の予想外の行動に、琴音は顔を真っ赤に染めリビングを飛び出していった。
「……俺、なんか変なこと言ったのか……?」
一人リビングに取り残された翔輝は自分の朝ご飯を食べ終えると、琴音が食べ残した料理にラップをかけ、冷蔵庫にしまっていく。
「…あんな琴音初めて見るかもなぁ…めっちゃ可愛い声出てたし…」
洗い物をしながら先ほどの琴音の様子を思い出して翔輝はクスクスと微笑するのであった。
「翔にーちゃんが……好き。おにーちゃんなのに……大好き」
琴音は自分の部屋のベッドでこの暑さの中布団を被り、翔輝への、おにーちゃんへの想いを言葉にしていた。
「翔にーちゃんは昔から、私が小さい頃から毎日毎日ご飯を作ってくれた……おかーさんとおとーさんは全然家に帰って来ない……私の誕生日にも二人は帰ってこなかった……翔にーちゃんは『そんなこと気にするな。そんなことよりプレゼントだ!』たまらなく嬉しかった……それからだ。毎年毎年、翔にーちゃんと二人きりで過ごす誕生日が始まったのは…………駄目だ、これ以上言葉にしたら……」
私は翔にーちゃんに迷惑をかけしまう……そんな予感がしたんだ……。
「暗くなってたら駄目だ。こんなままじゃ翔にーちゃんに嫌われちゃう。それだけは駄目だ、絶対……駄目なんだ……ッ!」
「やっぱり心配だな……様子見に行くか」
階段を上りながら琴音の部屋に足を運ぶ。
と、二階からばたん!と大きな音がし、ドタドタと琴音が階段を駆け降りてきた。
「おいおい、ちょっと待てー!」
翔輝の必死の制止も虚しく、二人は見事に衝突してしまったのであった。
ゴロゴロ!ばたん!中には悲鳴が少し混じっていた。
これが三上家の日常……。
そう、俺があの夢を見るまでは……。
メインヒロインの怜梨が次回から登場します!
次回:すべての始まり。
お楽しみに!