第五話:初のお泊まり
内容は少し短かったかもしれません…
「俊…どうして電話に出てくれないんだろ…」
雨が降りしきる中、ゆきは俊の自宅前に傘を差しながら立っていた。
俊の携帯にメールをし、いつもならすぐ返事が返ってくるはずなのに今日は返ってこなかった。
それを不審に思ったゆきは、俊の携帯に直接電話を掛けた。
それでも俊は電話に出なかったので、ゆきは直接会いに行くことにしたのであった。
「まさか、ね……」
右手で傘を差しながら、左手に持った携帯を強く握り締める。
もしも、何かに巻き込まれていたら、と考えるゆきの手には自然と力がこもっていた。
そして、ゆきは俊の家のインターホンを押した、押してしまった。
中に命が居ることを知らずに……。
押してからしばらくして扉が開き、中から俊が顔を覗かせる。
「あっ、俊…!」
「あれ? ゆき…!? どうしたのゆき『まで』?」
「どうしたって、俊の携帯にメールしても返信こなくて、それで、電話したんだけど出なくて…だから!」
ゆきが泣きそうになりながら続けようとすると、俊がゆきの頭を優しく撫でた。
「へ…?」
「ゆき、心配してくれてありがとう、でも僕はこの通り元気だよ。電話に出られなかったのは……急に命さんが家に来てさ、それで……」
玄関にゆきを招き入れて俊が続けようとすると、奥の部屋から命がひょこっと顔を出した。
「え…? どうして月神さんが俊の家に居るの…?」
「…えーっとね…。とりあえず上がってよ、それから説明するから…」
俊はゆきの様子に少し寒気を覚えながらも、自宅リビングにゆきを招き入れた。
リビングには、俊、命が隣同士で座り、俊の前にゆきが座っているという状態だった。
「……じゃあ、説明するよ?」
「……」
ゆきは無言のまま頷いた。
「今日ね、買い物に行こうとしたら、家の前にずぶ濡れの命さんが立ってて、それで風邪引いたら大変だから家に上げたんだ」
「…うん、わかった。風邪引いちゃったら、学校来れなくなるもんね…」
ゆきがゆっくりと命に視線を向けながら言う。何故だろうか、その表情に俊は少し恐怖に似た感覚を覚えた。
「そうだねー! 風邪引いたら学校行けないもんねー」
そんなことには気づいていない命は、学校のテンションでゆきに返す。
「じゃ、じゃあさ、これからどうしよっか?」
「……俊がやりたいこと、何でも良いよ?」
「ああいや、そうじゃなくて…せっかく三人いるんだし何かして遊ぼっか? って意味だよ」
「おー! 答えになっていないみたいー」
「………あたしはもう帰るよ、お母さんが心配してそうだし」
ゆきが立ち上がり、すたすたとリビングを出ようとする。
それを追うように俊も立ち上がり、二人はリビングから出ていった。
「……やっぱりちょっと不味かったかな……?」
一人リビングに残った命はジュースの入ったグラスを眺めながらそう呟いた。
「待ってよゆき……! どうして帰っちゃうのさ?」
「さっき言った通りだよ? お母さんが心配するから……」
振り向かずに答えたゆきだったが、その声は俊が今まで一度も聞いたことのないほど、冷たいものだった。
「じゃあ、あたし帰るから…バイバイ、俊…」
「う、うん…また明日、学校でね」
「………」
俊が言うも、ゆきは返事を返さず、玄関を出ていった。
そして、ゆきの後ろ姿を見送った俊は複雑な心境のまま命の待つ部屋へと戻った。
すると……。
「…あれ? 命さん……?」
「…すー…すー…」
リビングに戻った俊が目にしたのは、机に突っ伏して寝息をたてている命の姿だった。
「どうしよ…もうす母さんと父さん帰ってくるし」
命を見ながらしばらく考えた俊は両親が帰ってくるまで待ち、今日命を泊めれないか交渉することにした。
そして二時間ほどして両親が帰宅し、俊は今日起きた出来事を話した。
その交渉を両親は快く快諾し、命は俊の家に泊まることになったのであった。
しかし年頃の男女が一晩を共にするのは多少ばかり抵抗があったようで、俊の部屋で命が寝、リビングのソファーで俊が寝るように決まった。
そしてその日の夜……。
「じゃあ、お休み、命さん」
「うんー、お休みー! ごめんねー、泊めてもらっちゃって……」
俊は「気にしなくていいよ」と返し、一階のリビングへと消えていった。
「…ありがとう、今日は幸せな一日になったよ…お休み、俊……」
俊がいつも寝ているベッドに入り、布団で顔を半分隠しながら嬉しそうに命は呟いた。
翌朝、その日は学校で、命と俊は初めて一緒に登校した。
いつもなら来るはずのゆきの迎えが来なかったのには、俊の両親も心配していたのだが。
俊も少し心配だったためか、歩く速度が自然と速まっていた。
そして二人は高校に到着し、俊は急いで教室へ向かう。
扉を開けると、そこには……。
「ゆき!?」
教室の視線が一斉に声の主、俊に向けられる。
しかし、俊はそんなことは気にせずにゆきの机へと目をやった。
だが、そこにゆきの姿はなく、そこだけが、ぽっかり空いていたのであった……。