運命ーさだめー
「慶太は大丈夫なんでしょうか!?」
このとき、不意にも笑ってしもうた。
親が子を心配する・・・。
そんな光景が、なんとも微笑ましく。
「大丈夫です。傷は多いですが、どれも浅いようですし、
今は疲れて眠っているだけですよ。」
近藤は、安心しきっておって、すぐに笑顔を見せた。
この笑顔がまた、皆を包み込む陽だまりのようで、松陰先生の笑顔の次に俺が弱いものよ。
「そうですか。申し訳ない・・・。うちの慶太が。」
なんと良い父親であろうかと思うておったが、
後から聞いたことによると、父親ではなく、師であるらしい。
近藤は、俺の背から慶太を自分の腕の中へと移そうとしたのじゃが、
ずっと背負っておったせいなのか、この子どもが少し、可愛くなってしまってな。
「あぁっ、良いですよ。
起こしてしまってはかわいそうです。
このまま、中へ運びますから、案内を。」
それにしても、近藤は驚いておったな。
まぁ、当たり前であろう。
何度も言われてきたことじゃ。
幼いながらも、酷く大人びておって、かわいげがないとな。
「本当に、申し訳ない・・・。」
かわいげがないなど、こちらは知らぬ。
俺には必要なき、ものであったからな。
なにせ、俺は、大人に守って貰う必要はなかった故。
そんなことをいっても、こんなに心配されて、愛される慶太が正直、羨ましかった。
俺も、良い親に恵まれておったなら、愛され、守られ、さぞや、かわいげもあったろうに。
だが、今はこれで良かったと思うておる。
あのような道を辿らなければ、あの3人にも、松陰先生にも出会えなかったであろうからな。
俺は慶太を布団に寝かせたあと、近藤に薬箱を頼み、玄瑞と共に慶太を見守って居った。
その時であったか。
「お前ら、慶太を助けてくれたらしいな。・・・世話になった。」
この男、何故か、長い間俺らを睨みつけて居ったが、
俺は、なんと綺麗な顔立ちをしておるのじゃろうと思ったものよ。
まさに、役者のような男であった。
この男、名を土方歳三といってな。
今は、近藤と同じ新選組に属し、鬼の土方と言われるほど有名じゃて。
「ほっといたら、死んでましたよ。
子どもって、本当に容赦ないんだから。」
俺が、こう言ったとき、土方は変な視線を俺に向けておったな。
まるで、お前も子どもだろうという目じゃ。
俺も、なめられておったものじゃの。
「あぁ。だろうな。・・・」
「あなたは、ひとを睨まないということは出来ないのですか?」
あまりにも、笑わず、こちらを睨んで居った故・・・少々頭にきていたのよ。
「はっ・・・できねぇな。生まれつきだ。」
「そうなのですか。お気の毒に・・・。」
俺も、子どもながら、良く言ったものじゃ。
最初は、印象が悪く、土方を敵のような目で見て居ったな。
そんな俺を見て、玄瑞の額からは冷や汗が滝のごとく・・・。
「おぉ!トシっ!ここにおったのか!!」
近藤が薬箱を抱えて、笑顔で登場し、薬箱を受け取った俺は、慶太の手当を始めた。
「・・・ほう。手慣れておるのだなぁ・・・。」
「えぇ。いつも、仲間達に深手を負わせてしまいます故。慣れてしまったのです。」
玄瑞は、わかりやすく咳払いをし、顔を真っ青にしておった。
何故かなど、俺の知ったことではない。
だが、土方は、その理由を悟ったのか、苦笑いを漏らした。
近藤だけは、首をひねらしておったが・・・。
「それより、ひとつ頼み事があるんです。」
「ほう。何でも言ってくれて良いぞ。」
近藤は、人なつっこい笑顔で承諾。
これで、勝負も申し込みやすいというものじゃて。
「どうか、この道場の一番強い門弟さんとお手合わせ願えないでしょうか。」
「馬鹿かっ・・・」
土方は、言葉を飲み込むことなく口にだした。
それが、もう腹立たしくてのう。
「なんなら、トシさん?でしたっけ?
貴方でも、良いのですが。」
「はっ・・・このガキっ・・・。
・・・しょうがねぇ。受けてたってやらぁ。」
俺のことを、ガキだといいながらも、土方自身もまだ子どもであった。
そんな土方も、今はもう、大人になっておるじゃろう。
ちょうど今の土方は、もっとも男盛りの年頃じゃて、立派に武士やっとるじゃろうのう。
その証拠に、鬼などという似合わぬ名まで付いてしもうておる。
本当の土方は、鬼などというものとは、全く正反対の男じゃ。
「春花さん!?・・・本気ですか?こんな所で・・・。」
「玄瑞。甘く見てると、簡単にやられるわよ?」
俺の耳は確かじゃ。
先から聞こえてくる打ち合いの音。
これは、あの千葉道場らとは比べものにならぬ・・・そう悟っておった。
その音は、鋭く風を斬り、宙を舞うように滑らかな、気持ちの良い音であった。
それに、槍の名手もおる。
こいつは、結構な怪力じゃてなぁ。心が弾んだものよ。
俺は、近藤の承諾を受けないまま、土方と稽古場へ向かった。
まぁ、何でも良いと言ったのは、近藤じゃて、止めることも出来ぬ。
俺たちは、立ち尽くす近藤を残し、すぐに稽古場へと向かった。
中へ入ると、そこにはいかにも不良と思われる、少し人相の悪い男達。
「場所空けろ。これから試合をする。」
土方がそう言うだけで、あっという間に場所が空く。
門弟らは、土方におびえておったのか、あるいは尊敬しておったのか・・・。
まぁ、今となってはそれは明白じゃろう。
俺が土方の後ろから現れると、辺りはざわつきおった。
「おいおい・・・。 女じゃねぇか。 しかもガキだぞ・・・。」
槍を持った大男がそう漏らした。
この男は、試衛館でたったひとりの槍使い。
名を、原田左之助といった。
今でも、原田は近藤らと共に居るのだとか。
原田の第一印象はわるいものであったのう。
口が悪く、しかも相当の短気であって、俺と出会った頃には
もうそいつの腹に傷が一本入っておった。
昔、短気を起こして勢いだけで切腹したんだとか・・・。 そんな傷も、奴の自慢よ。
酒を飲めば、真っ先に奴の切腹話がとんでくるのじゃ。
ふっ・・・全く・・・つき合いきれぬ。
「・・・本当にやるのか?」
土方は念のために・・・と言う感じできいてきおった。
じゃが、そんなことで決心が揺らぐことなどありえぬ。
何故なら・・・ー
「当たり前よ。私、貴方に負けない自信あるもの。」
「はぁ?・・・ったく。 そんな自信、いったいどっから来るってんだ?」
どうやら、土方も俺が本気であると感じ取ったようで、半ば呆れ気味に木刀をとった。
自然と笑みが漏れた。
この男も、強いのであろう・・・と。
そう思った根拠はない。 ただの勘じゃ。
「自信持ったっていいでしょう?・・・事実なんだから。」
「・・・ちっ・・・生意気なガキだ・・・。」
俺たちは、木刀をそれぞれ構え、
「行くわよっ!!」
俺が先に床を蹴った。