大罪
俺は、慣れぬ手つきで松陰先生と共に玄瑞と晋作の手当をし終えた後、
言ったとおり、自分自身の過去について話し始めた。
「私は、京で生まれ、2歳まで一応両親に育てられたはずです。
しかし、3歳になったころ、私は両親によって遊郭に売られたんです。
そこで春花として過ごし、7歳を迎えたときのこと。
私は、店に来ていた客をある事情で斬り殺してしまいました。」
みな、息を呑んでおったの。
松陰先生にすらも話したことがなかったため、その場にいた松陰先生も驚いておったな。
「ある事情って?」
これまた晋作が空気を読まずに深入りしてくる。
「晋作っ」
小五郎が晋作の頭をたたいておったな。
そんな小五郎の行動も嬉しかったのだが、別に隠すこともあるまいと話してやったわ。
「いいでしょう。話します。」
「夜、その店には客がたくさん訪れて居ました。
私は禿として仕事を果たすため動き回っていたのですが、
廊下を歩いているとき、急にある部屋に引きずり込まれてしまいました。
そこにいたのは、20歳くらいの男でしたでしょうか。
その男に抑え付けられ、着物ははぎとられ、そのまま私は・・・
辱めを受けました・・・。
・・・・それが、ある事情・・・。」
「・・・そんな・・・。」
玄瑞が目を細めて、震えるほど強く手を握りしめていた。
「そんな事情もあって、私は店からすぐに逃げ出したけど、
店から出る前に、客の槍を奪ってそれで戦ってにげてきました。
こんな剣の腕でも、背が小さかったから有利でした。
でも、この右目だけは斬られてから見えなくなって。」
この俺の右目はもう闇しか見なかった。
若いから消えると言われていた傷も結局は消えずに残っている。
俺はずっと、真っ暗な視界の中、右耳と肌を頼りに迫ってくる危険から身を守ってきた。
「花街を出た後、私が訪れたのは両親が営んでいた呉服店。
別の所へ移っていてくれれば良かったのに、まだ、そこで楽しく着物を売っていて、
どうしようもなく、憎くなりました。
私には両親に育てて貰った記憶がないから、ただ、お金ほしさに私を売ったのだとしか
思えなくて、私はまたそこでも、人を二人殺してしまいました・・・。」
あの二人は、何か、言おうとしていたな・・・。
じゃが、その前に俺は憎しみという気持ちで聞こうともせんかった。
今となっては、もうなんにもわからぬ。
「それからというもの、考えるヒマもなく、方角すらもわからないまま走って逃げ続けました。
そして、私はこの松下村塾の目の前で倒れ、先生に保護して貰ったというわけです。」
俺は、もう数えられぬ程の人を斬ってきたな。
戦で人を斬っても何にも言われぬが、昔の俺のやったことは
普通なら罰を受けるほどの大罪であったろうのう。
なんせ、3人も手にかけたのじゃから。
「そうか。・・・それで春花はあんな姿で倒れていたんだね。」
そうじゃ。
先生は、誰かもわからぬ俺を保護し、更には目の傷を見て、
医者まで呼んでくれたのじゃ。
「・・・はい。」
「・・・これで、わかったでしょう?
私は・・人殺しなんですっ。
自分を生んでくれた親をもこの手で・・・殺してしまったっ!」
あぁ・・・また、泣いたんじゃったっけか。
このとき、確実に皆が離れていってしまうと思っておった。
俺の手は、7歳にして血に染まってしまったのじゃ。
じゃが、そんな汚れた手を玄瑞は、暖かい綺麗な手で握ってくれたのじゃ。
しかも、玄瑞はしっかりと俺の目を見てくれる。
拒否なんかされてなどおらぬと、そこで初めて知った。
「後から気付いたのでしょう。
どんなに憎くとも、罪を犯した者でも、親に変わりはないと。」
全く、そのとおりであった。
玄瑞は、俺の心を見透かしているようであったのう。
「辛かったでしょう。
大きな痛みを、こんな小さな身体に背負って・・・。
しかし、もう大丈夫ですよ。
共に背負うことは出来ませぬが、私たちが、貴方を支える土台となります。」
玄瑞は昔から、甘いことは言わないやつじゃった。
本当に現実的に、的確にものを言った。
このときも、一緒に背負うことは出来ないとハッキリ言ってのう。
ちと、厳しいが、その言葉の中には、強くなれという意味が込められておった。
「ありがとうございます。玄瑞。」
「いえ。」
久しぶりに笑みが漏れおってのう。
これも、玄瑞が人なつっこい笑顔を見せた故に、つられてしまったのよ。
「あぁ、そういえば自己紹介が済んでおりませんでした。
改めまして、久坂玄瑞と申します。 この塾では私にとって貴方様は目上の方にあたります故、
以後お見知りおき下さい。 ちなみに現在13歳でありますので。」
しんみりした空気の中、急に自己紹介を始めた玄瑞であったが、
その自己紹介も、上下関係も、酷く真面目であったな。
しかし、名前などもう知って居るし、無用であったのう。
それを小五郎も感じてか、
「・・・玄瑞?・・・紹介なら、前俺がしておいたけど・・・。」
「・・・・・・・・・ん?・・・・・・そうでしたか・・・。」
何故か少しばかりへこんでおったようじゃが、気にすることもあるまいと放っておいたわ。
じゃが、次は晋作じゃ。
「おい!試合をするぞ!!」
「馬鹿かっお前は!先ほど負けたばかりであろうが!!」
小五郎の怒号が飛ぶ。
それもそうであろうな。
晋作は怪我でボロボロになっておったのじゃからな。
「頼む!!小五郎!!」
「やめときなさいっ!」
このときは、松陰先生と玄瑞と俺揃って笑ってしもうたのう。
このふたりが、親子のようで・・・。
晋作でも、この小五郎には頭が上がらぬようじゃのう。
「頼むって!!!」
「やめときなさい!!この馬鹿者がっ!!!!」




