本質=未来
・・・・・。
ん?なんだか、懐かしい風景が見えるのう。
あれは、・・・そうじゃ。
松下村塾の庭であるな。
くくっ。
懐かしいのう。本当に懐かしい。
あぁ。昔の俺がおる。
この頃は、まだ女子として生きておったな。
この様子だと、俺が8歳のときではないかとおもうのじゃが。
質素で、とても華やかとは言えなかったが、愛らしい着物をきておったの。
じゃが、右目を前髪で隠して・・・。
この頃は、馬鹿みたいに学問を好んで、
松陰先生に借りた書物を前が見えなくなるくらい抱えていたっけ。
そうやって、歩いていたとき、あいつらと出会ったのじゃった。
良く覚えておる。
「おい!そこの女子!!」
突然、でかくてうるさい声が前方から。
俺は、急に止まった拍子で書物を全て落としてしまってのう。
そのために、うるさい声をなかったことにして書物を拾い始めた。
「おい!お前、剣術をするのか!?」
こういう奴は一番嫌いで、当たり前のように無視してやったわ。
まぁ、当たり前であろうな。
「聞いてんだろ!!・・・・ちっ、かわいげのねぇ。」
うるさくて、口の悪い奴じゃった。
こいつは13歳であるのに、8歳の俺よりもこどもであったな。
「こら!晋作!!お前は礼儀という言葉を知らんのか!?」
これが小五郎。この頃はもう、とっくに晋作の母君をやっとった。
まぁ、母君のような世話焼きじゃ。
小五郎は、晋作よりも5歳年上の18歳であったからか、良く面倒を見ておった。
俺も、時に小五郎に甘えたくなるときがあるのだが、小五郎は快く受け入れてくれるのじゃ。
それが、暖かくてな。
母親の暖かみというのは、俺自身知らないのだが、世間一般はこのようなものであると思ったものよ。
「これは失礼した。こいつは礼儀の知らぬ小僧でしてな。」
この晋作と小五郎、二人は5歳しか違わぬ歳であるというのに、話を聞いてみれば
どう聞いたって親子にしか思えぬのじゃからふしぎであるな。
「この小僧は高杉晋作。俺は桂小五郎だ。あとは・・
あそこで腕を組んで何かを考えているのが久坂玄瑞。よろしく。」
玄瑞は、縁側で難しい顔をしておった。
「・・・何を考えているのでしょうか・・・。」
俺は、他人の考えには興味があって、よく、このように疑問を持ったものじゃ。
「あぁ・・。きっと玄瑞のことだから、句でも練っているのかと。
それ以外、あんな玄瑞の難しい顔を見たことはない。」
小五郎は呆れた様に笑った。
このときは、俺も予想外の真実に呆れかえったものじゃ。
あんな難しい顔をされては、もっと重要な事かと思うのじゃが。
それが、句だと言われれば、ため息もでるであろう。
俺もあまり、その頃は句に興味を持てなかったからな。
句だけであんなに考え込むというのは理解出来ぬ。
「晋作も玄瑞も変わった奴だが、これから共に学ぶことになるから、よろしくな。」
「えぇ。とりあえず、よろしくお願いします。
関わることも無いと思われますが・・・・。」
このときは、小五郎もぽかんと呆けておったな。
さすがに、あそこまでかわいげのない幼子は初めてであったろうからの。
俺は未だ、普通の子どもの様な遊びなど、なんにも知らぬ。
というか、一度でも、したいなどと思ったことがあったであろうか・・・。
・・・・ないのう。
昔っから、大人びておったのよ。
花街は、甘えることも許されぬところであった故。
おかげで、今でも笛だけは達者で、宴があれば、その度かり出されるわ。
それも、楽しいかと問われれば、確かに楽しいのじゃが。
まぁ、花街の話は、またあの世への道中にて仲間と話すことにするかのう。
あいつら、俺が女子だと知れば驚くであろうが、もうじきすれば笑い話となろう。
伝説ともなりうるじゃろうな。
なんせ、女で指揮官となり、戦へ出向き、切腹までしてしもうたのじゃから。
そういやぁ、小五郎より紹介を受けたあと、俺は松陰先生の所へかけこんだんじゃったか。
「先生!」
「おや。どうしたんだい?声を荒げて。女子はもう少しおしとやかにしていなければ。」
そう言いつつも、やんわりと微笑み、俺と目線を同じ高さにしようと
長身で細身な身体をゆっくりと低めて話してくれる、
そんな優しい先生が俺は大好きじゃった。
「あの高杉という者、気に入りません!」
「んー・・・」
先生は困った顔をしておったな。
そうであろう。
教え子の仲が悪くては、皆居心地が悪いじゃろう。
「それは、どうしてだい?」
「だって、あの者、礼儀がなっておりません!」
何故あそこまで礼儀にこだわってきたか?
・・・そうじゃなぁ・・。
どこの花街だって、客に粗相をしでかせば命に関わる。
つまり、芸者にとって礼儀というのは、己の身を守る一つの術であったのじゃ。
だから、俺は、晋作のことを自分の身すら守れず、他人に守って貰うずるい奴だと思ったわけで。
実際のところ、現在晋作は巧みに言葉と剣を操って命を取り留めておるわけじゃが。
「・・・礼儀かぁ。確かに、晋作はちょっとねぇ・・・。
けれどね。聞いてくれるかい?」
俺は、先生のこういった優しい笑顔に弱い。
目尻が目一杯下がって、口が微かに上向きの弧を描いている、そんな笑顔であった。
この笑顔には、何でも納得させられてしまうのじゃ。
唯一の弱点・・・とも言えるかもしれない。
「確かに、晋作は礼儀を知らないね。
しかし、はたして礼儀がひとを決める全てかな?
それに、この世に礼儀の良いしっかりした者ばかりが溢れてしまったら、
この世はつまらないものになってしまうだろう。
人生というものは、この世に優しい者、怒りっぽい者、気の長い者、短い者、
色々な性格の人がいて、時の流れが予測不可能だからこそ面白いんだよ。」
先生は、いつでも、この世を広い目で見ておった。
人間というもの、何かしら一つのものに真剣になると周りが見えなくなって、
偽りも真実に見えるものじゃが、
先生はいつも物事の外側に立って全体を見渡すことを忘れぬ尊敬に値するひとじゃった。
「晋作を嫌う前に、まずは、彼の本質を知ってごらん。
きっと、良い未来が見えるさ。わかったね。」
先生は俺の頭を大きな手で包み込むように撫でた。




