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京舞う桜と  作者: Haruka
18/18

散った桜




 斉藤は、そろそろ吉田の見張りにうんざりしてきたところだった。


(このようなことで時間を無駄にするとはな。)






「斉藤、ご苦労さん。」


「原田か。なんだ?副長と同じように、また様子でも聞きにきたのか。」



「まぁ・・・な。」



斉藤は、困ったように頭をグシャグシャとかき回す原田に呆れかえっていた。





「あんたがこいつに色々と入れ込むのは、こいつが女だからか。

それとも、こいつが昔の知り合いだからか。」



斉藤は、その眼光の鋭い目で原田を真っ直ぐと見る。

原田は目を逸らして小さくため息を吐くだけで何も言わなかった。




「・・・どちらであろうとも、この場に私情は持ち込むな。 邪魔になるだけだ。」


「そんなこたぁ、わかってんだよっ。」



(わかってる。土方副長だって、充分わかってるはずだ。

・・・だがな、斉藤。・・・俺らはそんなに簡単にできちゃいねぇ。)





原田は、愛しそうに春花の寝顔を見つめてから、迷いを振り払うかのように足早に去った。







(・・・こんな女のせいで新選組が乱れると?・・・そのようなことは許さん。)



斉藤は、刀の小口をきったが、ためらうように、また納めた。

汚れがなく、純粋な愛しさと悲しさ、寂しさを含んだその寝顔に刃を向けることは、

斉藤でさえも出来なかった。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 吉田は自然と目を覚ます。

辺りは真っ暗だが、いつもよりも大きく明るい月がぼんやりと閑散とした部屋を照らしてくれる。


相変わらず、傷は焼けるように痛む。しかし、吉田はどうしてもその月の光を直に浴びたかった。

障子をあけると、眠っている見張りが居た。

藤堂平助だ。19歳で寝顔はなんとも可愛らしい。

この男も試衛館のころからの一人だ。

若い身でありながら、この新選組で組長を務めるほどの剣の持ち主。




(油断しきっている・・・。・・・まぁ、よい。

お前が叱られぬよう、なるべく早く戻ってくるから。)








吉田は、この寝顔に懐かしさをおぼえながら、足音を消して中庭へ出た。




夜中で誰もいない。

だが、中庭から見えるある一室はまだ灯りがともっている。




 吉田は、昼間に来た桜の木に寄っかかって座る。

吉田には、その木の幹が暖かく感じた。

それほどまでに、吉田は寒さを感じていた。

いつも隣りにあったはずの熱がない。 それだけでこんなに寒いとは、吉田自身思っては居なかった。







 ・・・玄瑞。

何故、貴方はッ死んでしまったの?

貴方はこの国の未来に必要なのに。

・・・いつも夢を語って、やりたいことも、果たせてはいないのでしょう?


あの残酷な戦場で、”今様”を作って詠い、皆の士気を上げていたでしょう。

そんな貴方が、死んだとなれば、せっかく上がった士気も下がってしまうと、貴方ならわかるでしょう。


・・・あの”今様”、私は好きだった。 玄瑞らしくて。






「 ー 世は刈薦(かりこも)と乱れつつ 茜さす日もいと暗く

蝉の小河に霧立ちて 隔ての雲となりにけり


あらいたましや (たま)きはる 内裏に朝暮 殿居せし

実美朝臣 季知卿 壬生 沢 四条 東久世 其の外 錦小路殿


今浮草の定めなく 旅にしあれば駒さえも

進かねては(いば)えつつ 降りしく雨の絶え間なく


涙に袖の濡れ果てて これより海山あさぢが原 露霜わきてあしが散る 


難波の浦にたく塩の 辛き浮世はものかはと 行かむとすれば東山


峰の秋風身に染みて 朝な夕なに聞き慣れし 妙法院の鐘の音も 

何と今宵は哀れなる


いつしか暗き雲霧を 払い尽くして百敷ももしき

都の月をし愛で給ふらむ ー」




 春花の知らないうちに、頬を涙が伝った。

風で散った桜の葉が、春花には薄紅の花弁に見えた。




「・・・そうか。玄瑞。おまえは、好きな桜の花と共に散ったのか・・・。」




だが、おまえはそれでよかったのか?

小五郎も晋作も、私まで泣かせて。



 昔から、こうなるのではないかと不安でしかたなかった。

玄瑞の句は、美しくも悲しく切なかった。

儚すぎて、あっという間に消えてしまいそうだった。

私は、おまえの心の支えにはなれなかったか?

思い返してみれば、おまえが、私に頼ったことなどなかった。

いくら、私が好いていても、こればかりは仕方ない。

私では器が小さすぎた。



 今更だけれど、もう一度玄瑞の顔が見たい。

ぬくもりを近くで感じたい。

玄瑞が、死んでいないと信じたい。

あの家に帰れば玄瑞がいつものようにおかえりと言ってくれる気すらする。


あの家に帰りたい。

あの家なら、小五郎も晋作もいる。

それに、玄瑞のぬくもりも残っているかもしれない。

玄瑞の最期を知りたい。

どこで、どんなふうにこの世を去ったのか。

それじゃないと、自分の中でどうにも踏ん切りがつかない。



帰りたい。

あの人たちのところに。





「ねぇ、帰りたいよ。晋作、小五郎、・・・玄瑞。」








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 ・・・およびがかかったか。


  




 春花が泣きながら呟く近くには、ひっそりとため息をつく男がいた。

新選組屯所の塀に寄りかかり、儚いと思えるぼどに明るい月を見ている。


その月は蛍とよく似ている。


蛍は、命が短い。

そして、その短い人生のなか、

子孫を残そうとあの小さい身体で必死に光を放つのだ。

蛍が光を放たなくなったとき。 それは人生を終えたときだ。


月は、朝を迎えれば消え去ったかのように見えなくなる。

そして、夜になれば、自然と顔を出す。


しかし、時に思うのだ。

月も一度消え、そしてまた顔を出すとき、

同じ月は、もうそこにはないのではないかと。

同じもののように見せておいて、実は全くの別物なのではないかと。





・・・・・・わからんねぇ、この世も。

時代が変われば、今の時代なんて

とっくになかったことになるかもしれない。 

それはそれでなんだか寂しいが、そろそろ変わらないとね。 

この世も、俺たちも。


そのためには、あんたがいなくちゃ。 なぁ、春花。

あんたがいなけりゃ、俺も小五郎も駄目だ。

喧嘩ばっかりさ。



もう少し待っててくれよ。

あの桜の花弁でもながめてさ。








 













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