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京舞う桜と  作者: Haruka
16/18

薄紅の思い出



 喜兵衛は傷の痛みに耐えながらも、部屋を出た。

暗くなった外は、空気が冷えて昼間よりも、戦場よりもずっと空気が澄んでいた。





「監察方か?」



部屋の見張りについていたのは昼間の斉藤ではない。





「・・・(すすむ)?」



そっと現れた小柄で冷静とした涼しい目をした若い男を喜兵衛は覚えていた。

幼い頃に、大阪で。

この男は、山崎丞といって大阪出身の新選組監察方だ。






「・・・やっぱり、春花さん・・・ですか。」


「うん。」



山崎は寝間着のままだった春花の肩に優しく羽織を掛ける。

今の春花の心にはその優しさが痛いほどに沁みた。






 


 喜兵衛、もとい春花は庭へ出て細い木の根本に座った。







「玄瑞のこと聞いた?・・・ははっ・・信じらんないよね。

あのひとが死ぬ・・・なんてさ。句もまだ詠み足りないってぐらいだったのに。

・・・ねぇ、・・・この木って、桜だよね?」



あおく茂った葉が風であおられ、偶然にも何枚かヒラヒラと春花の目の前に舞う。

それを切なく見送る春花の姿は、男などではなくただの女だった。

切なく、儚く、まるで桜のような美しさ。

山崎は目を奪われた。


山崎はそんな春花の隣りに座り、同じ風を感じた。







「昔から、桜の花がお好きですよね。春花さんは。」



春花は、手のひらを上に向け、舞い落ちてくる葉を静かに待つ。




「うん。大切な思い出がたっくさんあるからね。・・・でもきっと、もう見られない。」


舞い落ちてくる葉は、手の横を通り過ぎて落ち、再び風が吹いて去った。




「何故です?」


「・・・だって、桜の花が咲くのは、また来年になるでしょう?

・・・私は、来年にはこの世にいないから。」


山崎には、慰めとしてー大丈夫だーとは言えなかった。

長州の指揮官として新選組に捕まった以上、切腹以上の刑が下る。





「だったら、またこの俺が季節はずれでも咲かせましょう。

あの時のように、いつだって俺は貴方のために桜を咲かせてみせます。」



真面目にそう言うと、春花は嬉しそうに顔を綻ばせた。



「・・・懐かしいなぁ。あれは、11年ぐらい前だったかな?」




春花の笑顔に安心して、山崎もつられて笑顔になる。



「えぇ。そうでしたね。・・・楽しかったものです。」


「うん。幸せだった。・・・そういえば、晋作と玄瑞も居たんだっけ?」









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー









 11年前。春花が9歳、晋作と玄瑞が14歳だった夏の日。

春花は、晋作と玄瑞を連れて大阪へと足を運んでいた。



「おい、春花ぁ。なんで小五郎がいねぇのさ?」


晋作は面倒くさそうに言う。

小五郎だけ来ていないのがずるいと言いたいようだ。



「だって、しょうがないでしょう?小五郎はもう19歳で大人なんだし、忙しいの。

それで私が小五郎の代わりに貴方の面倒を見てあげてるんじゃない。

・・・そうやって小五郎に頼まれたんだもの。」



晋作は大きくため息を吐いて、小五郎を恨んだ。


「まぁ、当たり前でしょうね。晋作は、何処で何をしでかすかわかったものではありませんから。」



そう言う玄瑞の顔を見て、晋作は押し黙った。

笑顔だ。だが、笑っていない。





・・・



 大阪でのある日。

春花達は、大阪の街を歩いていた。

すると、子供が浪士4人に絡まれているのを目撃し、その子供を救ってやろうと無理矢理入り込んだ。

浪士達は、子供だろうが容赦なく刀を向けてきたため、春花達も刀、槍を持って応戦していた。

そんなとき、玄瑞が不意を突かれ、刀傷を負った。

14歳の子供相手に何とも思わず刀傷を負わせたことに春花は腹を立て、刀を振った。

殺すつもりであった。だが、直前で玄瑞の声を聞いた。

ー春花さん!!ー

それだけで春花は思い出した。 まともに知らぬ両親を自らの手で殺してしまったことを。

憎かろうが、辛かろうが、人を斬った所でその感情は消えない。よりいっそう強くなる。

春花はとっさに峰打ちに換える。


「去れっ・・・」



浪士達は、尋常ではない子供の剣術を恐れて逃げ出した。

玄瑞は、左肩から肘にかけて傷を負い、大量の血を流していた。


 いつの間にか人だかりが出来ていたが、誰も手を貸してくれる様子はなかった。

しかし、春花と晋作が玄瑞を抱えて行こうとしたとき、春花と同じほどの少年が、人だかりをわって入り、

玄瑞の傷にそっと触れた。 

玄瑞は微かにうめき声を上げたが、少年はいたって冷静であった。


「心配ない。じきに血も止まるよ。治療したいから、俺の部屋で休んでいって。」




妙に落ち着いた様子で、春花にかわって玄瑞に肩をかして歩き出す。


この、声を掛け玄瑞を助けてくれたのが山崎だった。

山崎は、薬屋の息子ではあるが、時々近所の医者の所へ行って、手伝いをしていたらしい。




・・・



 山崎の家に着き、怪我をしている玄瑞に気付いた山崎の父は慌てて部屋に入れた。

山崎は父の持ってきた道具を使い、小さな手で器用に治療を施してゆく。

山崎がいったように、深い傷の割に早く血は止まった。


「太い血管は斬られていないし、神経も全く傷ついてないから、

傷が塞がれば、すぐに刀も持てる。」


幼いながら、立派な医者であった。


「ありがと。」


「いえ。あと、ここに暫く泊まっていって。

父も良いと言っていたから。」



 そういうことで、春花達は、遠慮無くお世話になることになった。

そしてまた、意外なことに春花と山崎はいつの間にか仲良くなった。

山崎にとって、春花は姉のような存在になっていた。


・・・



山崎家に来た翌朝のことだった。


「丞、この木って桜の木?」


「ううん。橘の木だよ。おいしい実がなるの。」



春花は淋しそうに木を見上げていた。


「そっか。・・・桜、見たかったなぁ。」


山崎が首を傾げると、春花は優しく笑った。

その顔を、山崎は今になっても覚えている。



「桜には、いっぱい思い出があるの。 大切な思い出なんだ。

久しぶりに思い出したから、急に桜が見たくなったんだけど、今は季節はずれだから見られないね。」





 春花は、遊郭での日々を思い出していた。

春花は、ある太夫の禿だった。

いつも太夫にくっついていた。春花はその太夫が好きだった。

笑顔が優しく、いつも春花にだけは正直だった。


 その太夫にくっついていたため、やってくる客もよく目にする。

そこで偶然目に入った客がある若い男だった。

名は篠田周太郎といって、太夫も気に入っていた客だ。

太夫からは、よくその人の話を良く聞いた。


 そして、春花が店の外で造花を見ていたときだった。


「どうしたんだ?・・・あぁ。花が好きなのかい?」



春花は、首を横に振った。


「・・・そうやおへんけど、ここに居ると季節の変わりも、

ようわからんやさけ、時々外の世界が恋しくなりますのんや。」



篠田は、少し顎をさすったあと、すっきりしたようににっこりと春花に微笑みかけた。


「わかった。

流石に、今は外へは連れて行けないけれど、外の様子が分かるようにするよ。」




この時の笑顔で、春花は、太夫が気に入る理由が分かった気がした。

篠田は表裏がなく、真っ直ぐであった。

そして、優しい上に着物にも乱れは見えず上品だ。

しかし、一番の理由はこの輝いて見える優しい笑顔だった。

厳しく芸をたたき込まれ、本当の優しさに滅多に触れることの出来ない芸者の間では、

このような男がもてる。


翌日、篠田はふらりと店にやってきて、春花にあるものを渡した。

それは、拾ったと思われる栗だった。

勿論春花は喜び、笑顔を見せた。

それが嬉しかったのか、篠田はいつも何かしら持ってきて春花に渡していた。

そのなかには、葉やら果物やら、またいつかの日は雪ウサギを作って持ってきてくれた。

そのように、季節に合ったものをみていると、春花は容易に外の様子を見ることができた。


持ってきてくれた中でも、春花が一番喜んだのが桜だった。

それを察してか、篠田は春になると桜を必ず持ってきてくれるようになった。

しかし、ある日のこと。

その贈り物はぴたりと止んだ。

それ以前に、篠田が来なくなってしまったのだ。


太夫にきくと、篠田は斬られて死んでしまったのだと言っていた。

泣いていたところ、太夫は春花を叱った。



「泣くのやない。・・・人前で泣いたらいけん。

芸者はなぁ、芸を売って笑顔を売って、お客はんを楽しませる仕事なんや。

あんたはんも、いづれは天神や太夫になるんやさけ。覚えとき。」



太夫は、決して人前では泣かなかった。

いつものように変わりなく芸を売り、笑顔を売った。

しかし、太夫も強いわけではなかった。

一人になる時間があれば、声を押し殺して泣いているのを春花は知っていた。

そんな太夫に春花はある日、あるものを差し出した。


「これは・・・?」


「桜の花です。よく、ある方がくれはって、綺麗で嬉しかったもんやから。」



春花が差し出したのは、造花の桜だった。




「造りもんやけど、これしかあらへんのやって。」


すると、太夫はほんのりと笑った。


「・・・ありがとう。あんたはんは、ほんに優しき子ぉや。」


その笑顔は美しかった。

優しく、何処にでもいるような普通の女子の笑顔だった。

客の前では、このような笑顔は全くと言っていいほど見せなかった。

しかし、篠田だけは別で、篠田といるときだけは、よくこんなふうに笑った。

だから、春花は篠田の隣で笑う太夫が好きだった。


二人は、密かに愛し合っていた。

篠田に金があったのなら、太夫は篠田によって落籍し、二人で幸せになっていたことだろう。


愛する人を失った太夫は、あの笑顔を見せなくなった。

しかし、春花の持ってきた桜を見て、もう一度あの笑顔を見せた。

だから、桜は誰よりも、何よりも思い深く、時々思い出しては桜を見たくなる。





 風の噂で、太夫はどこかの金持ちに落籍され、行って程なく、病で亡くなったとか。

春花は、それを思い出し、ただただ、心で泣いていた。














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