敵か味方か
新選組屯所 早朝
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吉田は、自分の体温で暖まった布団の中で目を覚ました。
起きあがろうとしたとたんに立ちくらみと激痛が襲う。
・・・っつ。
こりゃ、ひでぇ。
まさか生きているとはな。
・・・こんな治療まで・・・。
おいしょっと。
ははっ・・・こんなちっぽけな痛み、かゆくもない。
吉田が辛うじて立ち上がると、障子のむこうでも何者かが立ち上がって障子を開けようとした。
吉田は、自分の足に布で巻き付けてあった懐刀を静かだが素早く抜いて構えた。
そして、障子が開く寸前に相手の影の心臓部分に向かって投げつける。
懐刀は上手く風をきっていったものの、相手の首筋をかすっただけであった。
「土方と原田に会わせろ。」
「無理な話だ。 大人しく寝ているんだな。」
そりゃそうじゃろうな。
上司を危険にはさらせねぇってか。
吉田がハナでわらっていると、他の足音が二つきこえた。
「いや・・・。斉藤、いい。 会わせろ。」
あぁ・・・。懐かしい。
偉くなっちまって。 あの百姓が。
「吉田喜兵衛か。」
「あぁ。そうじゃ。」
俺の前には、真顔で仁王立ちする土方がいて、
一歩後ろにあの原田と、さっきの斉藤といわれる男が立っている。
指先がビリビリと痛む位の殺気を俺に向ける土方。
そこに、昔の土方はいなかった。
「全て吐け。さもなくば、斬る。」
「斬る・・・か。
甘い。・・・まぁ良いじゃろう。」
土方は挑戦するような目で笑う。
「随分と軽いんだな。
長州の指揮官は。」
「軽いかのぅ?
もっとも、長州の情報は吐いたりはせぬ。
仲間を売るなど、そんな愚かなことはせんと決めているのでな。」
土方は腕を組んで殺気を強くした。
怖くなどないわ。 土方ごときがこの俺に敵うわけなかろう。
・・・しかも、目の下に隈ができておる。
重い荷をたった一人で背負ってきたんじゃなかろうか。
「あんたも、苦労しとるんじゃろう。
・・・ふっ・・・一人で背負わなくても良いものを。」
「早く吐け。 長州は何を考えてやがる?」
・・・まぁ良いわ。
そろそろ土方の気ももたぬころじゃろう。
「日本の行く末じゃ。
時が流れておるのは日本だけじゃなかろう。
アメリカも、エゲレスも、全世界の時が流れておる。
時の流れと共に、世界も変わる。
俺達は、その流れに身を任せておるだけじゃて。
これからも異国はもっと強くなる。日本も強くならねば対応できぬ。
そして、今強くなろうとしている日本に邪魔をしているのは徳川幕府よ。
我らは、未来の日本を守るために徳川幕府を犠牲にする。
それだけのこと。これこそ、自然の摂理じゃて。」
もっとも、土方はこのようなことを聞いているわけではなかろうが。
「お前、長州の一軍を率いていたそうだな。」
「あぁ。
お前らも見たじゃろうに。
天王山のてっぺんで切腹し、果てやがった野郎共を。」
本当に・・・馬鹿な奴等だった。
俺だって、果てた野郎の人数くらい数えたさ。
そうしたら、全員そろってらぁ。
「あいつらか。
まったく、潔いやつらだった。」
「誉めてやるな。
あいつらは、全てほっぽり出して逝きやがったんじゃからの。」
全て・・・。
それどころか、俺も置いていっちまった。
「全て?」
土方の眉間の皺が深まる。
「あぁ。
そもそも、この戦いは無駄じゃて。
命をかけるまでもない、くだらない戦いじゃった。
どんなに、馬鹿でも阿呆でも大切な者はおる。
・・・じゃて、このような馬鹿げた戦いで、大切な者を手放し悲しませるのは、
それこそ馬鹿げておる。」
せっかくこの俺が、お前達が家に帰れるようしむけてやったというのに、
それを無視し、切腹に身をおとすなど・・・・この大馬鹿共が。
「じゃから、俺はあいつらが愛する者のもとへ再び帰れるように、逃がしてやったのじゃが。
何を血迷ったのか、死によったわ。・・・あいつら。」
・・・いつの間にか、愚痴になってしもうたな。
一応は、尋問という形なのじゃが・・・。
土方も、原田も、後ろのも、文句言わずに聞いていてくれる。
それが、俺のこの口を走らせる。
「どんな形であれ、俺はあいつらの確かにここにあった命を奪った。
そして、お前らの仲間の命も奪った。憎まれないはずがなかろう?
じゃから、俺はその憎しみと悲しみを全てこの身に取り込んで自ら命を絶ち、
向こうに持っていこうとした。
それを、突然現れた原田に邪魔されたわけじゃが・・・。」
原田は、目をそらして逃れようとする。
「何故、俺を止めた?・・・原田。」
「今そんな事ぁどうだって良い。」
一瞬口を開こうとした原田を遮るように土方は口をはさんだ。
「・・・そうじゃ・・・
久坂玄瑞は・・・どうなったか知っておらぬか?」
「知らねぇ。」
いや。
知って居る。
土方は確実に掴んで居る。
まったく、分かりやすい男じゃのう。
微かに瞳が揺れおったわ。
「そうか。
俺が、桂小五郎と高杉晋作の情報を渡してやろうと言っても、そう言うか?」
「なに?」
かかったか。
鬼ともあろう男がこんなにも甘いもんじゃとは・・・。
俺とはまったくと言ってもいいほど比にならぬ。
「桂と高杉の情報をくれてやると言っておる。
ただし、久坂の情報を吐けばの話じゃが・・・。」
「わかった。
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久坂は、・・・・・・死んだ。」
「・・・死んだ?
・・・・・・っは・・・あいつが?」
「あぁ。確かな情報だ。」
・・・・・・玄瑞?
・・・何故?・・・おまえが死ぬなど・・・あり得ぬ・・・。
お前に死・・・など、似合わなさすぎじゃて。
句を声たかだかに詠み、皆を励まし続けたお前が死ぬ?
・・・あり得ぬ。
「さぁ、吐け。」
「・・・・・・」
・・・あいつが・・・死・・・?
あの家へ帰れば、また笑って迎えてくれるのではなかろうかと思う。
「おい!」
「・・・っあぁ、すまぬ。
そうじゃなぁ・・・。
桂は、確かにこの戦いに参戦し、俺と共に前線で戦っておった。
じゃが、早々に俺が逃がしてやった。
あとは知らぬ。まぁ、逃げの小五郎じゃて。
そのうち、ふらりと現れようのう。
そして、高杉はもともと参戦しておらぬ。
あいつも、この戦いには反対であったし、そもそも、あいつは今動けぬ。」
「動けない?」
「あぁ。
あいつは、今監禁中なのでな。
全く、馬鹿なやつよ。」
今回で二回目じゃったろうか。
あいつの脱藩未遂事件は。
あいつの頭じゃったら、見つからずに逃げる方法もあったろうに、
まさか、正面から出ようとしたとは。
まぁ、それもあいつらしいのじゃが・・・。
「そう簡単にはいかねぇか。」
まだ、気づかんのか。
俺が女であることも、知り合いであることも。
ここまでとなると笑えてくる。
上司が、部下からの報告をまだ受けていないと言うこと。
原田からも、この怪我の治療をしたやつからも。
・・・情けないのう。
「簡単にいくとでも思っておったか?
この俺に、適うはずなかろうが。 あんたを知り尽くしておるのじゃから。」
土方は、疑いの目を強くし、
原田は苦い顔をして俯いた。
斎藤は、殺気を飛ばして刀の柄に手を伸ばす。
「未だに気づかんか。
まさか、忘れておるのか?
・・・お前が、この右目を忘れたと?
・・・っふざけるな。」
土方、お前だけにはすぐわかってほしかった。
・・・剣を交え、女として恥としていたこの右目をお前は認めてくれた。
それは、その場の気まぐれだったのか。
「俺にとって、お前たちとの出会いは
人生を変えるほどの大きな出来事であったが・・・。」
「まさか、春花か?」
土方のかすれた声が俺の過去の名を呼んで、
何故か、俺は悲しいという感情を抱いた。
「そう。昔は。」
今は、男として剣を振っておる。
「トシ。変わったな。」
「なに?」
変わった・・・。
確かに変わっちまった。
「辛いか。
仲間でさえも冷酷に処刑しなければならないのは。
それとも怖いか?
人を自分の手で痛めつけ、殺すのが。
お前は、優しくて意外と弱いから、心配になる。
しかも責任感が強い。
だか、ひとりで背負って死ぬんじゃねぇよ。
勇さんは、そんなあんたをいっつも哀しい目で見てんだ。
ひとさまに、心配かけんじゃねぇ。
心配かけるくらいなら、おもいっきり甘えてやれ。
今まで、甘えてこれなかったぶん、頼れ。
今のトシは、無理して壊れそうだ。」
トシは、なにも言わない。
「ここで大人しくしとけ。」
土方は、ひとみを揺らしながら立ち上がり、
これだけ言い放って立ち去った。
土方の心のうちにあったのは、おそらく、迷いのみだ。