桜、息吹きかえす時
鷹司邸
・・・・足音がきこえる。
多くて8人ぐらいじゃろうか。
・・・まったく。 もうすぐで死ねそうだってのに。
頼むから、そっとしといてくれんか。
・・・・・・そっとしといては・・・くれんのか。
あやつら、誰かを捜してる。おそらく、生存者。
捕まってしもうたら、都合の良い捕虜じゃ。
拷問も、受けるのじゃろうなぁ。
・・・それも面白そうであるが、こちらには生きる資格も失っとるのでな。
・・・さて・・と。
意外と死ねぬものじゃな。
こうなれば、無理矢理にでも・・・。
ー 吉田喜兵衛は、腹に痛々しく食い込んでいる小刀を力任せに抜いた。
吉田は感覚さえも麻痺し始めていたために、痛みも、小刀を抜く感覚さえも感じてなどいなかった。
そんな自分に、吉田は薄く笑みを浮かべる。
自分は、こんなにも軟弱であったか、まさに滑稽である・・・と。 ー
・・・そうじゃな・・・。
首にひと突きでもすれば、この俺とて流石に死ぬるじゃろ。
ー 吉田は、首元に血でまみれた小刀を血でまみれた手で持っていく。
吉田はふと、障子の向こうにある桜を見た。
7月の桜。それはなんと美しく儚いのであろうか。
そして、それはどことなく武士の散り際を予感させる。
この桜が、吉田の単なる幻か、それとも天の歓迎かは不明だ。
しかし、何を思ったのか、吉田は後ろに倒れ込み仰向けになる。
小刀も落としてしまった。 ー
・・・なんなのじゃっ・・・。
何故・・・今更お前達を思い出す?
・・・・・・そうか・・・。
お前達が桜だからか。
・・・今こそ、敵同士であるが、お前達は俺の知らない所でも桜なのであろうな。
潔くて、儚くて、真っ直ぐな・・・。
そんなお前達を見てやりたいが、俺は、俺のために戦ってくれた仲間を見捨てることなどできない。
天から見てやる。お前達の生き様を。
華々しく散ってみせよ。それが、お前達に見合う死に様じゃて。
ー 吉田は、震える手で小刀を握りしめた。
そして、仰向けのまま首に突き立てる。
心は、今までにないほど穏やかであった。
吉田は、このまま死ぬる・・・と思った。
しかし・・・思ったよりも早く障子は開いた。 ー
「なっ・・・」
ー 障子を開けたのはがたいの良い20代半ばの男。
男は今まさに小刀を突き立てている吉田に目を丸くした。
そして、素早く吉田の手から小刀を奪い、部屋の隅に投げ飛ばした。 ー
「残念だが、おめぇには山ほど聞くことがある。」
・・・あぁ・・・やはりか。
「うるさいぞ。俺は多くの仲間を死なせてしもうたのじゃ。
それは、死をもって償うが道理というもの。
邪魔立ては許さんぞ。・・・原田よ。」
ー吉田は、感覚の麻痺した手でとっさに原田の刀を抜きとり、原田の首に添える。
すると、原田の後ろにいた隊士達は、一気に刀に手を掛ける。
それを、原田は制した。ー
「・・・お前・・・まさか・・・」
「はぁ。なんじゃ?
・・・あんた、誰かと勘違いしておるのか?
仕方ない。名乗ってやるわ。
俺は吉田喜兵衛じゃ。長州の一軍を指揮しておった。
敵を何人殺したかなど見当もつかぬ。
・・・殺せ。俺は敵じゃ。」
左之、お前に殺して貰えるなら、こちとら本望じゃ。
最期に見れた。 お前の顔が。
「黙れ。色々吐いてもらうからな。」
・・・何?
馬鹿者が。・・・甘いわ。
ー吉田は原田の首に刃を押しつけ、流れ出る血を見た。
しかし、原田はなんの反応も示さない。
それに負けて、吉田は刀を放した。 ー
「よし。帰るぞ、お前ら。」
ー 原田は、吉田を軽々と担ぎ上げた。
吉田にはもう、抵抗する力さえ残っていない。
途中でふと、吉田は目を閉じた。ー
・・・眠くなってきた。
このまま、目がさめないといいのじゃが・・・。
ー吉田は、深い闇に落ちる寸前、原田の声を聞いた気がした。ー
「・・・馬鹿野郎・・・。」
・・・馬鹿、左之。
馬鹿野郎は、・・・お前じゃろうが・・・。