閑話 おなご
総司。
・・・もう、会えんのじゃろうな。
この血の量じゃ、助かりゃあせん。
そうじゃ・・・。
なぁ、総司。 覚えて居るか?
お前が悪戯ばかりして、俺を怒らせたこと。
・・・・・・・・・・・・
「沖田さん。
試合を申し込みます。」
試衛館を訪れた翌日。
「嫌だよ。
実は、風邪をこじらせちゃってさ、今日は稽古を休んでるんだ。」
単なる嘘であった。
笑顔でそう話す沖田に腹が立った。
俺は、原田ほどではないが、気の短い方でな。
「へぇ。そうなのですか。
朝稽古でお姿を拝見したのですが、どうやら人違いだったようですね。」
「そうだね。・・・・」
知らぬふりをして話を流す。
それが総司のやり方。
それを限界まで追いつめる。
それが俺のやり方。
「風邪なのでしょう?
寝てなくて良いのですか。
お薬は飲んだのですか。 なんなら、玄瑞特製のお薬をご用意しますが。
なかなか効くんですよ。 玄瑞の父上は医者でして、玄瑞も実は勉強中なのだとか。
しかし、効くのは良いのですが、この世のものとは思えぬほど苦く、喉に苦痛が伴うとか。
トシさんの実家でも石田散薬というそれは素晴らしいお薬をお作りになっているそうで、
それを3袋ほど頂いてきたのですが、気分が優れぬのなら、差し上げましょう。
あぁ、そうそう、あと近藤先生が沖田さんと町へ出ようと探していたのですが、
風邪なら仕方ありません。
この私が代わりとなって、行ってさしあげますね。」
「・・・・ごめん。
本当に気分悪くなってきた・・・・。
もう勘弁して・・・・。」
あの沖田も、薬の山の前では無力なのじゃ。
沖田はフラフラとその場を立ち去った。
そのまた翌日の昼時であった。
なんだか外が騒がしいと自室から出た。
また総司が土方に悪戯でもしたのかと思うておったのじゃが・・・。
「へぇっ! 久坂さんも句が好きなんですねっ。」
悪戯に遭っていたのは、玄瑞であった。
「沖田さん!返して下さいっ!!」
「もう少し見せてよ。」
総司は縁側で玄瑞の手を軽々と避けて、玄瑞のそれはそれは大切な句集を読んでいた。
「何やってるのよ?・・・騒々しい・・・」
俺が声を掛けてやると、玄瑞は目を潤ませた困ったような顔をして、
総司は、顔を青くした。
「沖田さんが、私の句集を・・・」
弱り切った声で、助けを求めるもんじゃから、放っておけんくなってな。
「全く。・・・沖田さん、返しましょう。」
「嫌だよ。」
意地でも句集を離さない総司。
「わかってるの?
玄瑞の句集を見るっていうのは、玄瑞の裸体を見るのと同じなんだから!!」
・・・ありゃ・・・。
こんなこと言ったっけか・・・。
ははは・・・・・・はぁ。
「え?・・・」
総司はポカン。
玄瑞は茹で蛸状態。
「私だって、まだ見たことないんだから!!」
「・・・っ春花さん?」
俺も、見たくて仕方なかったんじゃな。
単なる、嫉妬じゃて。
我ながら、可愛いところもあったものじゃのう。
「・・・・っぷ・・・あはははははっ・・!!」
総司は嫉妬して怒る俺を笑いおった。
「あはは・・・・・・わかったよ。返すよ。」
総司は、玄瑞にではなく、俺に句集を手渡した。
見たいのだと言った俺を気遣ってのことか・・・。
「見ても・・・良い?」
「・・・えっと・・・はい。」
「っぷ・・あはははは!」
総司はまた笑い出した。
全く、笑いの浅い男じゃのう。
「見せちゃうんだっ。 君の裸体っ!・・・っあはははっ!」
俺と玄瑞はまたたくまに顔を赤くした。
これも、元々は俺の発言が原因なのじゃが・・・。
「・・・っっ沖田総司の変態っ!!」
俺はいつも持ち歩いている竹刀で総司の顔をぶん殴って逃げてしもうた。
・・・何をやっとるんだかなぁ・・・。
まぁ、・・・俺も、純粋なおなごじゃったということじゃな。
夕餉時になって、広間に集まると、勿論そこには総司も玄瑞もいるわけで・・・。
「おい、総司。どうしたらそんな頬が腫れやがるんだ?」
土方は率直に疑問を投げかける。
そっとしておいてやれば良いものを・・・。
「はは・・・歩いてたら、急に竹の棒が飛んできたんだよ。・・・」
「・・・そうか・・・。」
土方は、そう言いながらもチラリと俺を見た。
お見通しであったのじゃろうな。
犯人が俺であることなど。
この件で、総司も学んだじゃろう。
色々とな。
・・・・・・・・・・・・・・・
あぁ・・・江戸は、楽しかったのう。
皆、敵味方なく、楽しく過ごして居った。
そして、江戸での生活は、玄瑞を慕っておるのじゃと改めて実感した場であった。
結局、玄瑞とは結ばれんかったのじゃが・・・。
また、あの日々に戻れたら、どんなに幸せなのじゃろうか・・・・。