蓮
ー新選組屯所 八木邸ー
・・・あ。
京の町が燃えてる・・・。
焦げ臭い匂いが、風に混ざって僕に届けてるんだ。
なのに、・・・僕には何にも出来やしないんだなぁ。
今日は、特に身体の調子が良くない・・・。
身体がだるくて、思ったように動かないんだよ・・・。
力も入らなくて、刀すらも握れない。
これじゃあ、なんのために京にのぼってきたのか。
江戸は、楽しかったな。
たくさんの内弟子と朝餉を食べて、稽古をして。
道場主だった近藤さんは、僕にとって父さんのような存在。
いつだって良くしてくれた。
江戸には、みつ姉さんも居たし、毎日が平和で馬鹿馬鹿しくて、退屈なんてしなかったよ。
けど、今はこんな床の上で一日を過ごしてるから、退屈でしかたない。
今頃、土方さん達は、京の町に引き返してるのかな?
いつもみたいに鬼のような形相してさ。
・・・・ここに来て、何もかもが変わっちゃったな。
みんな、変わっちゃったよ。
優しくて、よく笑ってた土方さんは何処にいっちゃったんだろう。
近藤さんは、今でも僕に良くしてくれるけど、・・・違うんだ。
父さんじゃない・・・。あくまで、新選組局長として。
新八さんだって、前は冗談ばっかり言って一人で笑ってたくせに、
今はただの酒好きなおじさんじゃないか。
左之さんも、気が短すぎるのが治ったのは良いけれど、何処か腑抜けたかんじ。
あんなに元気で子どもみたいにはしゃぎ回ってた平助も、
ひとを斬ることに負い目を感じて、辛そうだ。
あの頃の明るさなんて、これっぽっちも感じない。
・・・僕は・・・退屈になっちゃった。
今も、僕はおいてけぼりなんだ。
それは、平助もそうだけど、なんだか僕の存在を必要ないって拒否されたみたいで。
何もかもが変わって、今僕は・・・・・・悲しい?
・・・そう。悲しいんだ。
みんな変わっちゃったよ。
そんな僕たちでも、君は受け入れてくれるのかな。
・・・ねぇ、君は変わったりなんかしてないよね。
いつかまた出会って、変わらない笑顔で、僕の名前を呼ぶんでしょ?
ー総司!ー って。
それで、また僕に試合を申し込んだりしてさ。
・・・変わらずに僕の隣りに来てくれるよね。
ね、春花。
君だけなんだよ。
僕の気持ちを全部理解して、それでも笑って傍にいてくれるのは・・・。
はやく、君の声が聞きたいな。
今頃、何処に居るんだろう。
君に限って、京の火事に巻き込まれるなんてないよね。
玄瑞君について行ったりなんて・・・さ。
・・・ありえないよね。
あぁ・・・外に少し出てみようかな。
・・・・・・この庭の風景も飽きたな。
もう随分ここに居るわけだし。
ただ、飽きないのは、この蓮の花ぐらいか。
静かにぼんやり水に浮いて、裏表のない、純粋な白い花を咲かせる。
僕は、この花が嫌いだ。
朝にはひらくくせに、夜になったら都合良くとじる。
僕たちと同じだ。
朝になったら起きて、夜になったら寝る。
けど、この蓮は、血を浴びない。
真っ白で、汚れがない。
羨ましいと思う反面、僕は憎くて仕方ないんだよ。
どうして、新選組の屯所に居るのに血を浴びないですんでるの?
この花はずるい。
そうは思うけれど、ここにこの花がなかったら、それはそれで、寂しいと思うんだ。
だって、この真っ白な色は、春花を思わせるから。
真っ白で、裏表のない春花の笑顔が近くにあるみたいで、寂しさが和らぐ。
君本人が居てくれたら、こんな嫌いな花を見ずに済むんだけれど・・・。
僕が水で、君が花だ。
この蓮の花には、水がいつも隣にある。
そんなことが、叶うと良いんだけど・・・。
「 動かねば 闇にへだつや 花と水 」
あ・・・。 ははっ・・・自然に句が口から出るなんて・・・。
ははっ・・・似合わないなぁ。
僕が句を詠むなんて。
土方さんみたいだ。
まぁ、土方さんよりかは、上手いよ。
なんで、こんな句を詠んじゃうのかな。
春花は長州に居るはずなのに、なんだか、もやもやする。
今、春花に会わないと、もう一生会えない気がする。
これは、僕がもう死んじゃうってことだよね。
春花が死ぬなんてありえないからさ。
僕と君が、闇にのまれて一生会えないだなんて・・・絶対に・・・ありえないから。
絶対に・・。