家族
「いくわよっ!!」
俺は、土方よりも先に床を蹴ったが、打ち込もうとは思ってなどいなかった。
まずは様子見。
ちょうど土方もすぐ後に来た故に、やりやすかったものじゃ。
ここは天然理心流の道場じゃて、最初はやはり、得意の突きじゃと思って居ったが、
予想は見事にはずれ、奴は左を打ってきた。
なかなか良い太刀筋ではあったが・・・
「甘いっ!・・胴!」
ちょうど、木刀は奴の肋を打っておったな。
そりゃあ、激痛であったろうが、手加減はせぬと決めておったのでな。
「まだまだ・・・だ!!」
土方は痛みに耐え、俺に打ち込もうとしてくる。
じゃが、鬼と言われているあの土方もまだまだ未熟であった。
「小手っ!」
土方は、その時とうとう木刀を落とした。
本当ならば、最初の一撃で倒れてもおかしくはなかったのじゃが、よく耐えたものよ。
俺は、固まっている土方の首筋に木刀を押しつけ、快勝した。
「クソっ!・・・なんて力してやがるっ!」
「ガキだからってなめないで。
・・・それぐらい私は・・・・・・」
思い出してしまっておった。
あの初めてひとを斬った感触と、自分が自分でなくなってしまうような気持ちの悪い感覚。
そこらのガキと一緒にするでない。
そう言えるぐらい、俺は修羅場をくぐり抜け、苦しい思いをしてきたのじゃ。
本当は、その場で言ってしまいたかった。
じゃが、誰だって苦しい思いはしておるじゃろう。
自分だけが苦しいわけではない。
じゃから、言えなかった・・・。
「・・・っそれぐらい・・・私は・・・っ」
「春花さんっ・・・」
気付くと、玄瑞が俺の腕を力強くつかんでいて・・・。
「・・・もう、いいです。いいんですよ。・・・春花さん。」
ここにいる人のなかで、玄瑞だけが、俺の心の内を知っておったのじゃろう。
玄瑞は、いつも俺を救ってくれる。
俺は、感謝しっぱなしじゃ。
「あ・・・っありがとう。もう、大丈夫。」
俺がそう言うと、玄瑞はやんわりと微笑む。
その微笑みは、昔っから、いつも俺を安心させる。
俺が落ち着いた頃、辺りは、静まりかえっていた。
俺が少々取り乱したのもあるが、一番の理由は土方の不機嫌からじゃ。
そして、その沈黙を破ったのは、無邪気な笑い声であった。
「あっはははははっ・・・はははっっ!!
土方さんがっ・・・こんっな簡単に負けちゃうとはねぇ!
いやぁ、驚いたなぁ・・。君、名は?」
こいつは、俺よりも2つ年上の少年であった。
無邪気で、明るいが、どこか気を付けねばならぬような雰囲気をもっておった。
「春花です。あなたは?」
「僕は、沖田総司だよ。」
沖田総司。
こいつは、試衛館いちの剣客であった。
そして、こやつもまた新選組で剣を振るっておる。
どうやら、そこでも一番腕の良い剣客として働いておるのだとか。
「それにしてもさ、君のその剣の型は見たことがないんだけど、流派は?」
好奇心旺盛で、なにかと質問の多い男じゃった。
「これは、我流です。道場で教わったことはありませんし。」
土方はそれを聞いて、もっと不機嫌になってしもうたが、
それに対し、沖田は、目を輝かせておった。
「へぇっ!・・・すごいなぁ。」
「おい、お前。」
土方はやっと口を開いた。
「そこの総司が一番強いぞ。
その歳で塾頭をつとめてやがる。」
このへらっとした細い小僧がか? と思うた。
まぁ、確かに何にでも気づけるような鋭さはあるがな。
そこまで強そうには見えんかったのよ。
「そう・・・なんですか?」
「まぁね。」
沖田は当然のように軽く返す。
「じゃあ、今すぐに・・」
「嫌だよ。・・・今日はね。
稽古で疲れちゃった。もうすぐで夕餉だしさ、明日とか明後日とかにしてくれない?
それまでここに居ればいいよ。
良いですよね、近藤先生。」
沖田は、いつの間にか来ていた近藤に問いかけ、微笑む。
「あぁ。勿論だ。
剣を使えるのならば、住み込んでも良いのだが・・・」
今思うと、このときの沖田の提案は意図的であったな。
俺を少しでも長く引き留めておきたかったのじゃろう。
「・・・では、本当に・・・?」
「近藤さんが良いって言ってんだ。
だったら、良いんだろうよ。」
少しだけ垣間見えた分かりやすい土方の優しさ。
「ならば、少しの間お世話になります。」
「あぁ。こちらこそよろしく頼む。」
近藤は太陽の如く笑った。
どうやったら、あんな風に笑えるのやら・・・。
「はいはい!! 俺は藤堂平助!よろしくな!」
こいつも明るいやつじゃった。
こいつの笑顔には、何やら不思議なちからがある。
見て居ると、俺も自然と笑ってしまうのじゃ。
活発な奴で、元気の塊のようなやつじゃった。
この藤堂も新選組よ。
二つ名は、『魁先生』じゃと。
なんでも、戦いの場において、若いながら、誰よりも一足早く先駆けて飛び込んで行くそうな。
命知らずじゃが、こいつらしい。
「次は俺だ! 俺は永倉新八!!強い奴は大歓迎だぜ!!」
こいつは、うるさいぐらいに明るい奴じゃ。
イライラとしておるときに来られて、ぶん殴った記憶があるのう・・・。
まぁ、こやつも新選組よ。
どうしておるのやら・・・。
「うるせぇぞ、新八。ったく。
俺は、原田左之助。槍術をやってんだ。」
「槍術ですか。
実は私も主に槍を使って居るんです。
お暇な時にでも稽古付き合って下さい。」
原田の腕ははっきりいって、ものすごく良い。
速く重い一撃。惚れ惚れするわ。
こんな奴が新選組にいるとなると、厄介じゃな。
「あぁ。勿論いいぜ。
そういやぁ、お前はどっから来たんだ? 出身は?」
そういった原田の問いに、皆もそう言えばと頷いた。
出身など、今でもわからぬわ。
気付けば、遊郭であったのじゃからな。
「・・・京・・・でしょうか。
育ちは京ですね。」
「なんだぁ?はっきりしねぇなぁ・・・。」
原田はため息を吐いて背を向け去った。
「ごめんね。左之さんったら、気が短くて真っ直ぐだからさ。」
沖田は、苦笑いで謝った。
沖田が謝ったのは、きっと、俺の闇に気付いてしまった故にじゃろう。
それにしても、不思議な奴等じゃった。
正体の知れない俺らを、何も聞かずに、こんなにもたくさんの笑顔で迎え入れてくれる。
しかも、ほんの数日のつきあいじゃというのに、いちいちよろしくなどと言う。
おかしくはないかのう?
じゃが、俺は嬉しかった。
嘘のないたくさんの笑顔と嘘のない言葉に囲まれて、こんなに幸せなことはないとも思えた。
「ありがとう。トシさん。」
土方には、そのきっかけを貰ったのじゃ。
一応は、感謝しておる。
「土方歳三だ。」
トシさんと呼ぶなとでもいっておるようじゃった。
じゃが、少々悪戯心を抑えきれんくてな。
「はい。トシさん。よろしくお願いしますね。」
そう言ってやると、土方は俺に背を向け黙り込んでしもうた。
まったく。 子どもだと油断するからこうなるのではないか。
「ところでさ、さっきから気になってたんだけど、君の後ろの人は誰なの?」
沖田が気になっていたというのは、玄瑞の存在のことじゃ。
実をいうと、俺も玄瑞の存在を少々忘れかけて居った。
決して、忘れておったのではないのじゃが・・・。
玄瑞は晋作らの中でも最も影が薄うてな。
けっこう困って居るのよ。
なんといっても、気配が読めぬ。
戦場でも、姿が見えなければ、探すのにも一苦労じゃて。
「あ、私でしょうか。」
「・・・君以外に誰かいたかな?」
いつもにこにことしておる流石の沖田もこのときは苦笑いしておった。
まぁ、影が濃かったら、玄瑞ではないがのう。
「申し訳ありません・・・。
私は、久坂玄瑞と申します。短い間ですが、春花さん共々、お世話になります。」
そしてふわりと微笑む。
玄瑞だけが、その道場では異色であった。
試衛館は、玄武館、練兵館、士学館とは違い、小汚い連中が入り浸っておる宿のようじゃったな。
それに対し、玄瑞は仕草も言葉も綺麗であったのじゃから、浮くのも当たり前というものじゃ。
「あぁ・・・うん。よろしくね。」
沖田も、どう接すれば良いかと思ったのであろう。
あれでいて考え深く、また人の心情をよく察する聡い男なのじゃ。
この沖田とは、なかなか関わりも多かったやもしれぬ。
幼いながら、強い苦しみを味わった者同士じゃ。
気も合ったのじゃろう。
また、会えたら、どんなに良いじゃろうかと考えて居る。
沖田は、2歳ほど上だが、俺の弟のようであった。
あいつも、立派になっておるのじゃろうな。
仲間を守ってやれるほど大きく、強く。
そんなお前を、見てみたかった。
総司、お前は、生きろ。
お前に、血など似合わぬ。
お前に似合うのは、せいぜい子守りくらいじゃて・・・。
総司。
お前は家族じゃ。
数少ない、俺の家族じゃ。