噺『虹』
え〜大江戸神田明神下を下ってしばらく行くと、
「何処なんでい。」
え〜それが何処だか判らないもんでして、何しろ東京が、お江戸と申した頃でして、
文献を調べても載って居ないと云う。
貴重と云うか、馬鹿馬鹿しいジャンルの噺でございます。
其処に、権平長家と云う何処にでも有りそうな長家が有りました。
不思議な事に、此処にもやっぱり、熊さん、八つぁんが居た。
世にも不思議な、え〜物語りでがして。
「おいおい、熊。」
「何だい、薮から棒に。」
「昨日、明神下の何とか云う、あれ。」
「占師か。」
「どうして知っているんだよ。」
「いつもの話だろ。」
「最近景気が悪くて、商売上がったりんで、
何か目出てい話は無いかってんで、相談したって訳よ。」
「馬鹿だね。今どき占師の話を、真に受けて、大成した奴は居ないよ。」
「…良いよ。もう。」
「…何、どんな話なんだよ。教えてみなよ。」
「いや、もう云わん。」
「お前さんねえ。今だから云うけど、先日お前が借金で苦しんで居る時に…」
「ああ、判った判った。話すよ。」
「そう、こなくっちゃ。
こちとら、閑して居るんだ。」
「何だ手前の閑潰しの相手かよう。」
「まあ、良いじゃないか。」
すると突然がらりと戸が開いて
「おや、お二人さん、何の相談かね。」
「あ、ご隠居さん。いえね、こいつがね、」
「おい、勝手に話すなよ。」
「未だ聞いて無えんで。」
「どう、したんだい。」
「いえね、ここんところ何かと景気が悪いもんで、何か旨い話が無えかってんで、神田明神下の、え〜何とか云ったっけ。そう大福堂とか云う占師に…」
「うんうん、其れなら私も聞いた。」
「え〜そんな。大マイ払ったんだよ。」
「まあ、法螺話かも知れんが、夢を買ったと諦めなさい。」
「そんな…」
「おいおい、二人で納得してお終いかい。
俺にも話してくれよ。」
「ん。聞きたい。」
「ご隠居も人が悪い。」
「話し手も良いけれど、一回五文戴くよ。」
「え、それは無いでしょ。」
「はは、冗談だよ。」
「八つぁん矢張りあの話かい。」
「あれって、虹の話ですよね。」
「ああ、やっぱり。」
「やっぱりって、虹がどうしたんだい。」
「今年の運気によると、寅歳生まれの男が…」
「八つぁん寅歳かい。」
「おう、寅歳よ。」
「俺は熊歳。」
「それは聞いちゃいないよ。」
「ちえっ。」
「おちょくって居ないで」
「すまんすまん。」
「早い話が今年寅歳の男は、夏の夕立ちの後、虹が出たら、小高い丘の上に登ると良い。と云う事。」
「ただ、其れだけ。」
「いやいや。その虹が出た時。
その虹の橋の袂をしっかり見なさい。と云う事。」
「へえ。それで…」
「橋の袂を粋な芸者が通るとか…」
「しまいにゃ、怒るよ。」
「ご隠居、帰りましょ。」
「ご免ったら、ご免よ。」
「…橋の袂を、虹が消える前に掘るとだ。」
「な、何か始るんですかい。」
「あれが…」
「出るそうな。」
「あれって」
「お化けじゃ無いよ。」
「うるせいっ。」
「お宝がざっくざっくと出るらしい。」
「ふ〜ん。」
「そ〜。」
「う〜ん。」
「そうなんだよ。」
「で、ご隠居は行くんですかい。」
「あっしはこの歳で足には自信が無いからねぇ。」
ってんでそんな夢の様な話が
「此処だけの話だよ。」とか
「誰にも云っちゃ嫌だよ。」
と云ったって、止められ様が有りません。
あっと云う間に、
数時間後に、髪結い床でも、
井戸端でも、魚屋、
南町奉行所のお役人の溜りでも、
広がったものですから大変です。
そんな浮き世地味た話が
下町から、武家屋敷、
果ては千代田城の公方様の
大奥まで広がったから大変。
と云う訳で丁度時間と成りました。
え〜お後が宜しい様で。
え、お後が宜しく無い…
失礼しました。では本題に戻ります。
虹を見るったって、いつでも見れる訳では無いのは子供でも判っています。
段々気候が穏やかに成って、
愈々夏も盛りに成りました。
落語の話は何でも早い、
すぐ、お爺ちゃんにも成れる。
そんな話はどうでも良い?
え〜五月頃から、良い歳した男共が、
仕事もしないで、
「虹、虹が出ないかな〜」
てんで夏に成ると、江戸の高台を、
ぶ〜らりぶ〜らり。
駿河台、護国寺、飛鳥山、
日暮里あたり、愛宕山
虹が見えそうな高台に沢山の閑人が
集まりました。
小人閑居して不善をなす
とか申します。
凄いもので、そんな高台に夕立ちを求めて、
人が集まるとですね、
軈てあっちへ、おでん屋。
こっちへ甘酒屋、
「え〜おせんにキャラメル。落花生は如何。」
ご商売ですね。
するとその屋台の一角に
何やら見た事の有る顔が一人。
「え〜占いは如何。
貴方の運勢は如何か…」
「おい、八つぁん。あれを見なよ。」
「あっ。占師。」
「こんな処に居た。」
「占いの先生。」
「おっ、元気で。」
「元気じゃ無いよ。どうしたんで。」
「儂か。いや儂は商売じゃ。」
「ご熱心で。」
「稼がないとな。」
「だってこの話は先生の診たてじゃ。」
「はっはっは。残念じゃが、儂は鼠歳でな。
鼠じゃ仕様が無い。寅には勝てない。」
「それで商売商売か。」
軈て騒ぎに奉行所のお役人が来る、
がしかし、取り締まる程の事でも無い。
ひょっと空を見上げると、
愈々夕立ちが始りました。
「来た。来た来た〜。」
さあ、降る前に虹は未だかと大騒ぎ。
到頭、車軸のような太い雨雫が
ざーざーと降り始めました。
「いよ〜雨だお宝だ。」
大変な騒ぎ。
すると通り雨の様にあっと云う間に
雲の切れ間から、
お天道様がさーっと現れ。
ずんずん青空が広がるや、
あっちでも
こっちでも。
「虹だ、お宝だ。」
「お宝はどっちだ。」
鵜の目鷹の目で
虹の橋の袂に向かって
高台からどどーっと駆け降りる。
もうこりゃ。
青梅マラソン、
東京マラソンの非じゃございません。
みな金の亡者の大レース。
「あっちだ。」
いや、
「こっちだ。」
「遅れるな。」
到頭一等始めに橋の袂に辿り着いた八つぁん
あちこち見回すと。
「あっ。虹が、消える消える。」
「そうれっ。掘れやっ。」
「此処は俺の所場だ。」
「消える…」
あんなに綺麗で見事だった虹も、
事と次第では地獄の沙汰。
敢え無く八つぁんの
真夏の夢は終わりと成りました。
「その辺りが今の宝町の駅だったかどうか知る人ぞ知る。」
お後が宜しいようで。




