花嫁 2
私があの日、彼と出会った後のこと。
目が覚めたら、知らない場所だった。
高い天井。
天蓋つきのふかふかベッド。
「このベッド高そう・・・」
確かピアノの稽古の帰り道に、夜道で・・・。
そこから記憶がない。
ゆっくりと起き上がって、ひとまず周りを見渡してみるけれど、アンティーク調の家具に囲まれた部屋は、絶対に自分の部屋じゃないし、全く見覚えもない。
「ここ・・・どこ?」
首を傾げた瞬間、コンコンとノックの音がした。返事もできずに、呆然と扉を見つめていると、その扉は返事を待たずに開いた。
「お目覚めでございますか?」
砂糖菓子だ。
そこにいたのは、砂糖菓子のような甘い雰囲気の女の子。
フワフワしたウェーブのかかった金髪の長い髪に緋色の瞳。まるでモデルのようだ。
ほっそりとした手足と、小さな頭に見合った細い肩幅が、全体的に華奢な印象を生む。本当に羨ましいくらいの細い腰だ。なのに、出るところは出てるなんて、どうすればそんな体型になれるのか、是非教えを請いたい。
ん?でも緋色?普通の人間にはありえない色だと思うけど、今はむしろ常識的な意味ではなく意識にひっかかった。
「どちらさまですか?」
その目に釘付けになりながら尋ねると、彼女はニッコリと微笑む。
「お世話をさせていただきますミリアと申しますわ。よろしくお願いします」
そうして、優雅に腰を折って礼をとってくれる。
「差し支えなければ、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
なにやら訳がわからないまでも、敵意は感じないので素直に答えておくことにした。大体自分の名前も名乗らず、相手の名前を尋ねたのは失礼だったと反省しながら。
「中里静香です。よろしくお願いします」
そして反射的に頭を下げてから、改めて彼女を見て質問する。
「お世話をさせていただくってどういうことですか?」
「はい。なに不自由させることなくとのお達しですので、ご遠慮なさらず何でもおっしゃってくださいましね」
「お達しって誰からですか?」
「御主人様ですわ」
なにやら嬉しそうに微笑まれて答えられたけれど、だから御主人様って誰なの。
「えーと?」
「もしかして何も覚えていらっしゃらないのですか?」
戸惑う私に気づいたように、彼女・・・ミリアさんもまた戸惑うように問いかけてくる。
「昨日のことなら、なんだか頭に靄がかかったように曖昧で・・・」
「まぁ。そうでしたの。・・・では、まずはお着替えいたしましょうか。こちらにご用意させて頂きましたので」
え?なぜそうなるの?
なんだか話を曖昧にされたような気がするけど、砂糖菓子・・・じゃないミリアさんは、眩しい笑顔で微笑むばかりだ。
「さぁさ、お着替えいたしましょう!」
強引にベッドから降りさせられ、いつの間に着せられていたのか、光沢のある生地でできたネグリジェタイプのパジャマを脱がされそうになる。
「いや!ちょっと!」
慌てて拒否すると、ミリアさんはキョトンとした顔をした。
「自分でできますから!」
「でも・・・」
「自分でできますから!」
ここは絶対に譲れない!とばかりに、私は自分の体を守るように抱きしめる。
「・・・そうですか?では、わたくしお部屋を退出した方がよろしいでしょうか?」
「よろしいです・・・」
ミリアさんは渋々といった態で、部屋をでていった。
「一体なんなの・・・」
起きぬけに疲れた・・・。
ベッドにポスンと腰を落としながら、大きく溜息をつく。
一体何がどうなってるの。ここって一体どこなの。
額に手をやりながら、気持ちを落ち着かせるように、再度部屋の中を今度はじっくりと見回してみる。
何畳あるのか。とりあえず私の六畳の部屋よりは確実に大きいことは確かだ。二、三十畳はありそう。
部屋の正面に深い焦げ茶色の重厚な木の扉。扉から入って正面に外にでられるのだろう細かい模様の入った大きなガラスのドアがあって、左側には今腰掛けている大きなベッドが設置されている。
側には花が飾られた小さなテーブルがあり、真っ赤な薔薇が生けられていた。花も勿論綺麗だけれど、透明な天板とそれを支える軸の細工が綺麗なテーブルだ。
うん、高そう。
視線を変えて右側には立派なドレッサーが、自身を主張するように置かれている。その上には、なにやら色とりどりの繊細なガラス瓶や、お化粧道具が沢山並べられ、中にはアクセサリー入れもあった。
うん、こちらも立派に高そう。
扉側の部屋の片隅にはティータイムがとれそうな白いテーブルとフカフカのソファー。そのテープルの上にも真紅の薔薇が飾られている。壁紙も細かな花模様な上に、部屋全体が淡いピンク調でコーディネイトされているおかげで、なんとも女の子らしい部屋である。
他の子なら目を輝かせそうだけど、私からみれば、どれも高価なものだって感想しかでてこない。
「お姫様の部屋に近いよね・・・お金かかってそう・・・」
そう呟きながら、なんとか落ち着くと、ミリアさんをあまり待たせるのも悪いので、気をとりなおして立ち上がった。
ドレッサーに近づいて、ふと何気なくその鏡に自分の姿を映してみる。
黒髪黒瞳。目は大きめかもしれないけど、それ以外はいたって平凡な顔。可愛くもなければ不細工でもない平均的な顔。
ただし小柄な体は、悲しいかな、メリハリといったものがない。
ここも平均的だったらまだマシだったのに。
唯一の自慢は、背中まで伸ばした黒髪。艶のある滑らかな髪は、自分でも気に入っている。
しかしながら、あの砂糖菓子のような美少女には到底敵わない。
いや、そんな事考えるのもおこがましいほど普通な自分の姿が映し出されている。
別に対抗しようだなんて更々思ってないんだけど、あれだけの美少女を見ると、目の保養だと思うのと同時に、ついつい我が身を省みてしまうものだ。
あー・・・髪ボサボサだ。
鏡に近づいて手櫛で直そうとした時、鏡にうつる首筋が目に入った。
等間隔に並んだ、なにかが刺さったような痕。
「なに・・・これ・・・」
―暗い夜道。―
―私の姿だけを、照らしだす街灯。―
―闇に溶け込むその中で、赤く燃える緋色の瞳。―
―それは、禍々しいのに、とても美しくて。―
―近づいてはいけないと、わかっているのに抗えない。―
頭の中に次々と映像が浮かんで、思わずギュッと強く目を閉じる。
今、何か思い出しそうだったんだけど。
なんだか、思い出してはいけないような気がするのはなぜだろう。
「もう入ってもよろしいでしょうか?」
扉ごしに、ミリアさんの声がする。
「まっ・・・もうちょっと待ってください!」
慌てて、着替えだと置いていかれた衣類を手にとってみると・・・。
「なにこれ!」
ドレスだった。
思いっきりドレスだった。
パーティードレスとか、そういうのではなくて、本格的なお姫様が着るようなドレス。
「ミリアさん!これなに!」
扉に向かって叫ぶと、カチャリと扉を開いて、ミリアさんが顔をだした。
「なにって・・・お着替えですけれど・・・。お気に召しませんでした?」
「いや、お気に召す召さないじゃなくて・・・普通の服!服はないんですか?!」
こんなの私が着たら、仮装大会も真っ青だよ!
「フツウのフク?」
キョトンして、同じ言葉を繰り返すミリアさんを見て、愕然とする。彼女は本当にわかっていないようだ。
「私が来ていたような服はないんですか?もしくは私が来ていた服はどこにやったんですか?」
「それでしたら、処分させていただきましたけど」
「処分?!」
人の所有物に何を勝手な事をしてくれているんだ!
「ええ。だってあんな布地の少ないみすぼらしいお召し物なんて・・・」
不満げに眉をよせる彼女も可愛い。だなんて考えてる場合ではなく!
「とにかく、失礼かとは存じますけれど、あのようなお召し物を着ていただくわけにはまいりませんわ」
あくまでも可愛く主張してくる彼女。
薄々わかっていたけど、ここは絶対日本じゃない。
いや、大体今の日本でメイド喫茶以外にメイドがいるわけないってわかってたけど!
今の今で確信した。してしまった。
頭がクラクラする。
だから、ここは一体どこなのよ?