人は見た目が十割 :約2000文字 :社会
その年の選挙戦は、かつてないほどの異様な熱気に包まれていた。いや、その熱は一過性の流行などではない。その火は消える気配を見せず、この国をゆっくりと焼き続けている。おそらく今後もずっと――。
『私を、皆さんのお姉さんにしてくださあああい!』
「おさやあああ!」「さやねええええ!」「さややーっ!」
『おれらイケメン軍団がこの国を仕切る。怖いか?』
「きゃああああ!」「こわーい!」「私を見てえええ!」
街頭演説は、もはや政策を語る場ではなかった。黄色い声が飛び交い、団扇とペンライトが振られ、歓声が幾重にも折り重なり、波のようにうねる。スマートフォンは第三の目となり、焦がすような視線を壇上へ向け続けていた。
政治家たちはついに気づいたのだ。国民が何を基準に票を投じるのかに。それは政策でも理念でもない。ただの見た目だということに。
各党は一斉に動いた。選挙戦の戦略を根底から書き換え、『見た目』を第一条件に候補者を擁立したのである。
別段、突飛な発想というわけではなかった。これまでも、見た目が俳優並みのイケメン議員には理由もなく票が集まっていた。もっとも、彼の頭の中が空っぽなのは、おぼろげにどころか周知の事実であったにもかかわらずだ。
有権者は『そのうち成長するだろう』『年を取れば賢くなるはずだ』という根拠のない希望を勝手に抱き、進んで票を投じた。だが実際には、年を重ねるだけで知性が育つわけではないのだが。
同じ現象は女性議員にも見られた。美人議員の数は年々増え続けていた。この背景には未婚男性の増加があると分析された。彼らは無意識のうちに、若く美しい女性を求めていたのである。政党はそれを敏感に察知し、“推せる候補”を採用条件に組み込んでいった。
そして、ある年の地方議員選挙。
政策ゼロ、実績ゼロ、討論会では沈黙または欠席を貫いた新人候補が、ただ『顔がいい』という一点のみで圧勝したのである。この一件が決定打となった。
こうして今年の選挙戦は『全員が美男美女』という、かつてない美の聖戦の火ぶたが切って落とされたのである。
各政党の候補者は例外なく美容整形を受け、街頭演説には専属のメイクアップアーティストが帯同し、照明の当たり方まで計算された。老議員までもシミを消し、皮膚を引き上げて皺を伸ばし、植毛によって数十歳若返った。往年の名優を思わせる渋いスーツに身を包み、マイクを握った。
街中に貼られた選挙ポスターは、もはや政治広報物ではなかった。政党の予算差がそのまま画素数に反映され、雑誌の表紙さながらの完成度を誇っていた。
あまりの出来栄えにポスターの盗難が相次ぎ、テレビ討論では政策内容よりも、輪郭の美しさや目鼻立ちのバランスが評価された。SNSでは『支持政党より推し顔』を合言葉に、ビジュアル選挙ランキングが日々更新された。
人は見た目が九割――そんな言葉では、もはや生温い。今や、人は見た目が十割なのだ。
結果、美男美女だけで構成された議会は、まるでファッション誌の撮影現場のような様相を呈していた。
眉間に皺が寄ると好感度が下がるため、議員たちは常に微笑を浮かべるか、計算されたキメ顔で議論を交わす。セクハラ発言や失言、不謹慎な冗談よりも、“不適切顔”のほうが重く受け止められ、辞職に追い込まれる例まで出た。
そして――。
「全会一致で、美人税を廃止することが決まりました」
美人税。
ある年に制定された、一定以上の美貌を持つ者に課せられていた税である。美しい者は幸福を享受する機会が多く、不公平であるという理屈だった。
「そして、新たに醜人税を制定することを決定いたしました」
醜人税。
読んで字のごとく、不細工な男女に課せられる税金である。
醜い者は己を磨く努力を怠っており、視界に入るだけで周囲の生産性を削いでいるという理由だった。
当然、この法案が可決されたのは、議員が全員美形だったからに他ならない。
人は見た目が十割。
有権者の大半は、その輝く容姿に魅了され、疑問を抱くことなく票を投じた。
ただ、彼らは新たな税を課せられたにもかかわらず、不平も不満も口にしなかった。
自分たちが選んだ責任を感じたからではない。
そもそも、彼らは最初から政治家の話など聞いていなかったのである。




