6.イリグチ様のお祭り
普段はひっそりとしている神社までの道のりも、この日は村中から集まってきた人々のざわめきと熱気で満ちていた。
アスファルトの上には、すでに簡易テントや屋台が設営され、醤油の焦げる香ばしい匂いと、油の匂いが漂っている。
イリグチ様のお祭りは、村の西側にある神社。その前の小さな広場で行われる。
お祭りの間、神社の中は大人しか入れない。
しかも夜になると大人すら入ってはいけないらしい。
そのため小さな屋台や出店は神社の前に集められた。お菓子を配ったり、クイズ大会も全て神社の前でやる。
「ねえ、神社って何があるの?」
簡易的なベンチに座った透花は、りんご飴を齧りながら、目の前の神社の鳥居に視線を向けた。
「特に何もないよ。小さな祠と、でっかい石があるだけ」
答えると、幹介が「ちゃんと説明しろよ」と俺を肘で小突きながら説明を付け加えた。
「神社の奥の祠にイリグチ様を祀ってるんだって。今は大人たちが神社の中で祭事をしてるんだけど、日が落ちたら誰も入っちゃだめなんだ。ほらこれ、YouTubeの解説みた方が早いかも」
幹介はポケットからスマホを取り出して透花に見せる。
不気味な音楽と共に『心霊スポット突撃!朽木村編』と文字が現れ、リアクションだけはでかいYouTuberが深夜の神社の前で解説し始めた。
「イリグチ様は死者の世界と生者の世界を繋いでいる。この村だけに伝わる神様です。ただ、イリグチ様は怖い話もあって……気に入った子供を死者の世界に連れて行ってしまうらしいんですよ」
自分の村が出ているとあって、俺もこの動画を見たことがあった。
ただ大人達は朽木村に関するこの手の動画を酷く嫌っている。幹介は周囲を見渡して、少しだけ音量を落とした。
「この小さな村では、過去に何人もの子供たちが行方不明になっているそうです。他にも、夜にこのイリグチ様の神社に来ると精神が壊れてしまう……なんて言われてます。あーほら、やっぱり何か感じますね。すごく禍々しい感じ。これはあまり奥まで行かない方がいいかなぁ……」
透花は「これって本当?」と顔を青くしながら動画を見た。動画の中で神社が映り込むと、透花の視線も目の前にある神社に向かう。
「そんなわけないじゃん」
動画を途中で閉じた幹介は、真っ青な透花を揶揄うように笑った。
「ほら、こっち来てみろって」
俺はまだりんご飴が残っている透花の手を引いて、神社の前まで引っ張る。
俺と透花を見た大人たちが「入るなよー」と声をかけた。
それに適当な返事をして鳥居の中には入らないよう、その手前で止まる。
鳥居の奥には、苔むした下へと続く階段がある。
森の中をくり抜くように作られているからか、鳥居の奥はすでに薄暗い。
下に続く階段の奥は、生い茂った高い木々のせいで太陽の光がほとんど入らないからだ。
そのせいだろう。使われなくなったトンネルの奥を覗いているみたいで気味が悪かった。
「ほらここ。薄暗いからさ、めちゃくちゃ気味が悪いだろ? だからこうやって変な風に言われてるらしいぜ」
「でも、精神が壊れるって……」
「んーここ年寄りばかりだしな。頭がおかしくなったのか、認知症かなんてわかんないだろ」
透花が嫌な気持ちになるかもしれないから、俺は里奈が大人たちからそう言われていることはそっと伏せた。
「それにさ、さっきの動画ニ年前のやつだぜ? あのYouTuber、最近も動画上げてたからあんなのデマだよ」
「そっか……」
俺が笑うと、透花もつられた様に笑った。
祭りは大人達が考えた子供騙しなイベントも多いが、一定の時間ごとにお菓子や小さな玩具をもらえるので村の子供たちは全員ここに集まっている。
「大和っ! なんだなんだ噂の転校生とイチャついてるのか?」
突然頭に降ってきた手。
わしわしと乱暴に頭を撫でられる。
振り返ると、兄の湊人がニヤニヤと笑いながら俺を見下ろしていた。
中学校が終わってそのまま来たらしい。
湊人の後ろには学ラン姿の兄の友人達。
「湊人より進んでるなぁ。さすが大和」
湊人の隣で手を頭の後ろに組んで笑っているのは、神社の神主の息子である優也。
不良みたいに前髪の一部を金髪にしている優也は、湊人の友人の中でも少し特殊に見える。
「うるさいな。あっちいけよ」
「おー怖い。陽が落ちる前に帰ってこいよな」
「兄貴もな。村以外の奴もちゃんと帰さないと後で怒られるぞ」
「わかってるって」
湊人は笑いながら後ろ手に手を振って、優也と一緒に友達のところへと戻っていった。
この村で湊人と同じ学年は優也しかいない。
他の友人達は、彼らの中学の同級生達だ。
「お兄さん?」
「そう」
「お兄さんいいな。一人っ子だから羨ましい」
透花は、さっき湊人が揶揄ったことなんてなかったみたいに笑った。
確かに意地悪な事を言われることもあるが、兄貴とは仲が良い。狭い村では、遊ぶ相手も場所も限られているのだ。
娯楽が少ない田舎だからこそ、こんな子供騙しのお祭りにさえ、中学生になる兄やその友達までが出店を目的に集まってきている。小さな子供から中学生まで、誰もがこの数少ない娯楽の機会を大切にしていた。
「里奈ちゃん……来ないね」
ポツリと呟いた透花の言葉。
美玖はまた少しむっとしながら、そっけなく返す。
「里奈のお母さんがさっきお菓子だけもらいに来てた。里奈は来ないんじゃない?」
学校に来ない里奈に対して、俺は今まで何の感情も持っていなかった。けれど、透花の心を乱したあの一件以来、俺の中にも嫌なモヤモヤが溜まっている。
不登校で友達がいない里奈が、透花を独り占めしたいのはわかる。
だが、人の顔が分からない透花に『俺たちがお化けだ』なんて嘘を吹き込み、仲を裂こうとするやり方は、あまりに卑怯だ。
本当は──
ここで会って一言文句を言ってやりたいくらいだった。あいつが祭りに来ないのは、その嘘がバレた手前、俺たちと顔を合わせたくないからだろう。
夕方になり日が落ち始めた頃、お菓子や景品の入った袋を持った俺たちは家に帰るよう促された。
親は祭りに残らなくちゃいけない。親が帰ってくるまで、子供たちは留守番することになっている。
俺も毎年、湊人とと二人きりで過ごしていた。
「みんな帰るよー」
留守番できない小さな子供を持つ親が、俺達を集める。
『送り役』の彼らが会場にいる子供たち全員を連れて、村をぐるりと回りながら家まで送っていくんだ。
夕焼けに染まった空の下、俺たちは列を作って『送り役』についていく。
去年とほとんど変わらない景色の中、ふと思いついて後ろを振り返った。
「なぁ……家に着いたらさ、入るふりしてもう一回集まろ。それで大人が何してるか見にいかねぇ?」
先頭を歩く『送り役』に聞こえないように、俺はみんなにそっと声をかける。
透花は「え?」と顔を青くするが、美玖と幹介は「いいねぇ」とニヤリと笑った。
「でもイリグチ様は子供を攫って行っちゃうでしょ?」
「大丈夫。あんなの迷信だって。だって兄貴も去年抜け出してるもん」
去年、家に帰った湊人も「大人が何をしているか見にいってくる」と言って、優也と一緒に夜の祭りを見に行った。
俺は足手まといだからと置いていかれた夜の冒険。
帰ってきた兄貴が「ありゃ動画になるわ。気味がわりぃ」と言っていたのをふと思い出したんだ。
見てみたい気持ちが半分、透花がまた明日から里奈のことばかり話すようになるのが嫌だった気持ちが半分。
そんな――軽い気持ちで声をかけた。
「大人たちが帰ってくるまでに家に帰ればバレないよな。功太もくる?」
「え! 行きたい!」
「行こう行こう! ずっと気になってたんだよね」
乗り気な幹介、功太、美玖はどうやってバレずに集まろうかと待ち合わせ場所に話を移した。
湊人はきっと友人達を見送って、日の入りギリギリに帰ってくる。それまでに家から出てしまえば問題ない。
「透花も行くだろ? 大丈夫だって。透花の家は神社から近いし何かあってもすぐ帰れるじゃん」
俺は戸惑う透花の肩に手を置いて「な?」と声をかける。
透花の体が、ほんの少しだけ強張ったのがわかった。
「大丈夫だって。すぐ帰ってくるからさ」
俺の熱意に押され、透花は返す言葉を見つけられないようだった。
唇をきゅっと結んだまま俯く透花の返事を、全員でじっと待つ。
「うん……」
逃げ場がないと諦めたように、小さく、蚊の鳴くような声で透花は頷いた。




