31.呪いの継承
大和視点
錆びたブランコを揺らす度に、ギィギィと嫌な音があたりに響いた。
透花の家のチャイムを鳴らした幹介は、暗い顔をしたまま道路を渡り、俺のいる寂れた公園に入ってくる。
「大和、やっぱり透花の家……誰もいなかった」
「そっか」
「大和は大丈夫か?」
「うん」
夏休みはもうすぐ終わろうとしていた。
誰もいなくなった透花の家。
それを寂れた公園から何日も眺め続ける俺の気持ちを察したかのように、幹介は「また学校でな」と俺の肩を叩いて家へと帰っていった。
あの日、目が覚めるとデグチの祠で大人達に囲まれていた。
優也のお父さんである神主から肩を掴まれ、成り代わりかどうか、しつこく聞かれた。
何度も否定し、幼い時の思い出を話したことで、ようやく信じてもらえたみたいだった。
チヨ婆の家に残った美玖は、全員と連絡が途絶えた後、慌てて大人を呼びに行ったらしい。
四人もの子供たちが、イリグチから死者の世界に入った事を知った大人達は阿鼻叫喚の大騒ぎだったそうだ。
優也の父である神主は、動ける大人を全員集めて夜の神社、そして東の祠へと向かったらしい。
幹介と優也と湊人は、イリグチで見つかった。
どうやら、あの白い老人達は本当に異物を排除するためだけに俺たちに襲いかかっていたようだった。
彼らとは違い、デグチを通って出てきた俺の事を、親もしばらくは本物かどうか疑っていた。
けれど、最近ようやく疑いが晴れてきたみたいだ。
あの疑うような目で見られる事はなくなった。
そして――
透花の家族は二度にわたる娘の失踪を理由に、逃げるように村から引っ越した。
俺たちは彼女が引っ越す前に何度も家を訪れたが、彼女には一度も会わせてもらえなかった。
ただ……俺は知ってる。
透花の両親が連れて行ったのは『透花』じゃない。
『律』だ。
律はこの呪いに勝ったんだ。
あいつは、透花の『人生』を手に入れた。
なぜ分かるかって?
それは、透花が今、俺の目の前にいるから。
公園の入り口を塞ぐようにして、彼女はあの日の格好のまま真っ直ぐに俺を見ている。
そして透花だけじゃない。
公園から家に帰ろうとした幹介の肩を、ぶつぶつ呟く白い老人の手が通り抜けた。
透花の隣の家には、扉をすり抜けて何度も家と外を行き来する白いボサボサの老婆がいて、今いる公園の中には何かを呟きながら四隅をぐるぐると徘徊する白い老人もいる。
そう、俺の世界は混ざってしまった。
これは里奈が見ているのと同じ世界だ。
透花をデグチの祠に連れて行った時、彼女はすでにイリグチ様になっていた。
死者の世界に魂だけがあった状態から、生者の世界と死者の世界の境界線に立つ神様になっていたんだ。
デクチの祠の前で、怯えるように透花が周囲を見回していたのは、子供を探しにきた生きた大人達が見えるようになっていたからだった。
そして俺も今は、境界線にいる透花と同じ景色を見ている。
ただ生きている幹介達に認識されているから、きっととても中途半端な状態なのだろう。
生者の世界に魂を置きながら、死者の世界も見ることができる『混ざった』存在になる。
――これがイリグチ様に死者の世界で触れられた代償だった。
俺の視界には生きている村人たちの中に紛れるように、あの白い老人達が至る所を歩いている。
家の中にも、部屋にも、彼らはぶつぶつと呟きながら笑顔で入ってくるんだ。
里奈の家族が何故離れを立てたのか、この時分かった。
あの白い老人達は、思い入れのある場所を彷徨いている。
つまり村中を徘徊しているんだ。
古くなり家を建て替えても、その中に平気で入ってくる。
誰にも見えないものが見え続ける狂気から逃れる為には、『誰も通らない』場所に家を建て直し、移る必要があったんだ。
白い老人達も、透花も、誰にも見えない。
見えるのは『混ざってしまった人間』
――里奈や俺のように、既に呪いに片足を突っ込んでいる者だけ。
「ねぇ、大和君、私を助けて?みんなが無視するの。助けてくれるって……言ったよね?」
イリグチ様として完全な境界線に立たされた透花は、俺に毎日そう言って、縋るように笑いかけてくる。
「だから、大和君の宝物を……持ってきて?」
俺の選択肢は二つだけだ。
里奈のように混ざった世界で狂っていくか――。
イリグチ様である透花と『成り代わる』か――。
逃れようのない呪いに、俺は壊れたように小さく笑った。
了
これにて物語は完結です。
自分の幸せを求める限り呪いは続く。
でも、その不幸に責任はない。
呪いはこうして親から子へ、先祖から子孫へと引き継がれていきます。
面白かったよ!闇落ちしたよ!
そう思っていただければ⭐︎評価⭐︎をポチりと押してくださると励みになります。
番外編として透花の母親目線で描いた短編『お母さん、わたしがだれかあててみて』を本日投稿予定です。
そちらもお読み頂ければ幸いです。




