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イリグチ様 ─逃げなかった子供だけが背負う呪い─  作者: 白波さめち


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2.新しい友達

─美玖視点─


「ただいまー!!」


 靴を脱いでリビングの戸を開けると、涼しい空気が熱を持った身体を冷やしてくれる。


 もう夏だと言ってもおかしくないほど外の日差しは熱い。

 そんな中、村を案内しながら遠回りしたんだ。

 

 帽子を取ると、汗で濡れた髪の毛が顔に張り付いていた。それを手で払いながら、ランドセルをソファーの上に下ろす。

 シャツも汗で湿っていて、気持ちが悪い。


「美玖。ほら、ランドセルと帽子はここに置かないの。部屋に持って行きなさい」


「暑くて倒れそうだから無理。先にアイス食べていい?」


 お母さんが「いいよ」という前に、キッチンに駆け寄り冷凍庫からアイスを取り出した。包装を破いてアイスを口に含めば、熱を持った身体が内側から冷やされていく。


「もう、先に片付けてから食べなさいよ」


 お母さんはキッチンから私を睨むが、私はお構いなしにアイスを咥えながらダイニングの椅子に腰掛けた。


「美玖、転校生の霧島(きりしま)さん、今日からだっけ?」


 母の声かけに顔が思わず笑顔になる。

 私はすぐにアイスの棒を持って、口に咥えたアイスを離した。


「そうなの! 透花ちゃん! とってもいい子だった!」


 少し内気な可愛い女の子。

 ずっと視線が斜め下だったのが気になったけど、笑顔が可愛くて「一緒に帰ろうよ」と声をかけると喜んでくれた。


「珍しい病気の子なんでしょう? 少人数の学校の方が過ごしやすいから移住を決めたって」


 お母さんは、すでに透花の家の事情を知っていた。

 

 村の移住パンフレットを作ったり、広報活動を手伝っている関係で先に情報を手に入れたのだろう。


 母が作った移住のパンフレット。それを見て、移住に関する問い合わせがあったと喜んでいた記憶もまだ新しい。


「ねえ、お母さん。人の顔が分からないって、どんな感じなの? 透花ちゃん、顔を見ても誰の顔か分からないんだって」


「そうねぇ。ご両親の説明を聞いたんだけど、お母さんもよく分からなかったの」


「お母さんにも分からないの?」


「ええ。でもお洋服や声で誰か分かるそうよ。表情を読み取ったりするのも苦手だって言ってたかしら……」


 お母さんにも分からないと言われたら、他に誰が分かるんだろ。お医者さん?

 お母さんは、透花の母から受けた説明を思い出そうとしてるのか、手を動かしたまま視線を少し上に向けた。


「だから前の学校では他の子と揉めて大変だったんだって。でも、話しかける前に名前をちゃんと言ってあげれば大丈夫よ」


「それってイジメとか?」


「そうかもね……都会は子供も多いから。透花ちゃんがお顔を見て話せなくても、美玖は嫌な気持ちにならないであげてね」


「そんなの当たり前じゃん!! 折角同い年の女の子が来てくれたんだもん! 私、仲良くなりたいの」


 私の言葉を聞いたお母さんは「なら心配しなくても良さそうね」と笑った。


 私はアイスの続きを食べながら、透花の見ている世界について考えてみる。


 誰の顔か分からない。

 

 それって、人の顔がのっぺらぼうみたいに見えるという事だろうか。あ、目や鼻や口は分かるんだっけ。

 でも笑ったり、怒ったりしている表情も分からないって、どういう感じなのだろう。


 先生とお母さんの説明では、透花がどんな風に見えているか想像する事すらできなかった。


 でも、人の顔がみんな同じに見えると想像したら、それは凄く怖い景色に思える。

 そりゃ……俯きたくもなるよね。


「お母さん、毎回名前を言ってから話すのって不便じゃない?」


「まあ……そうね。普段はそんな事しないもの。まさか! もうめんどくさくなったんじゃないでしょうね?」


 お母さんは呆れるように眉を下げてため息を吐いた。

 さっき仲良くしたいと宣言したばかりなのに心外だ。

 普段から飽きっぽいと思われているせいで、どうにも信用がない。

 

 でも飽きっぽく見えるのも仕方がないと思う。

 新しい玩具を買ってもらっても、私には一緒に遊ぶ相手が殆どいないんだから。


 村には一応、里奈(りな)という一つ下の女の子がいる。でも暗くて性格が全く合わない上に、もう何年も前から学校に来ていない。


 他の子供たちはまだ幼くて、一緒に遊ぶというよりも面倒を見ている感覚の方が近かった。大和(やまと)幹介(かんすけ)も好きだし友達だけど、どうしても男の子っぽい遊びばかりになってしまう。


 私はずっと歳の近い女の子の友達が欲しかったんだ。


「ねえ、透花ちゃんって色は分かるのかな」


「分かるんじゃないかしら? お洋服の色や形、声で見分けてるって言ってたもの」


「でも洋服は毎日変わっちゃうじゃん。声だけが頼りってことでしょ?」


「そうねぇ……」


 お母さんの返事がどんどんいい加減になってきて、少しムッとする。透花の話を最初に始めたのはお母さんなのに。


 仲良くしたいと言ってるんだから、もう少し一緒に考えてよ。


 あと二つ三つ質問をしたら「もういいから、先にランドセルを片付けて、宿題してきなさい」と怒りはじめるのは目に見えていた。


 できる質問はあと一つ。


 色は分かる。

 服装は毎日変わっちゃう。


 なら、変わらない目印があればいいんじゃない?


「お母さん!! ねえ! 十色あって、服につけられそうな物って何かない??」


「えー? 十色ぅ???」


 お母さんは眉を寄せた。面倒だと話を変えられるかと思ったが「何かあったかしら」と手を拭きながら考えるように上を見る。


 リビングから出て、物置となっている戸棚の中を漁るお母さん。その後ろで静かに待つ。


 しばらくして、お母さんは顔を輝かせながら「これなんてどうかしら?」と一つの袋を差し出した。


 中は可愛い犬が描かれたキーホルダーが入っていた。

 ゴムでできたそれは、同じデザインで沢山の色に溢れている。


「え! 可愛い!! これ貰っていいの?」


「ええ、丁度十色あると思うわ。昔、村のイメージキャラクターを作ろうとした時の試作品なんだけど、可愛くないってボツになっちゃったのよ」


 苦笑いをするお母さんから袋を受け取る。

 キーホルダーにつけられた金具がジャラリと音を鳴らした。これなら、スカートやズボンにも引っ掛けたりできるだろう。


「ありがとうお母さん!」


 私はお母さんに抱きついて笑顔を向けた。

 明日の学校が楽しみだ。透花は喜んでくれるだろうか。

 

 

 

 

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