26.祠へ
湊人は一直線に窓へと駆け寄った。
勢いよくカーテンを開けると、目に映ったのは校庭に居る沢山の白い老人達。
何十人もいる死者の濁った白い目が、その全てをこちらに向けている。
「嘘だろ……くっそ」
湊人は焦りを滲ませながら俺と透花を見た。
一瞬の空白で、湊人の目に固い決意が灯った。
窓を勢いよく開けた湊人は、飛び越えるように窓枠を超えて校庭に出た。
「こっちだ!」
白い老人達に向かって叫ぶ湊人。
その声に反応するように、白い老人達は奇声を上げながら湊人目掛けて一斉に駆け出した。
「俺が引き寄せるから、透花を連れて祠に向かえ! 大和! 捕まるなよ!」
湊人はそう言って、ポケットの中から『お守り』と取り出し俺に投げた。
そして校舎に沿って全速力で走り出す。
集まった白い老人達は湊人に狙いを定めたように奇声を発しながら彼について行った。
イヤホンが湊人の持つスマホから離れたせいだろう。
小さな電子音と共に、美玖と繋がっていたイヤホンの片割れが沈黙した。
「透花!俺についてきて!」
俺は受け取ったお守りを急いで首から下げる。
湊人と同じように窓を乗り越えて、老人達がいなくなった校庭を全力で走った。
その後ろからは、慌てるように透花がついて来る。
「待ちなさいよ!!!!」
透花に成り代わっていた時とは全く違う『律』の声が、俺の背中に突き刺さる。
命懸けの鬼ごっこ。
いくら小さな村とはいえ、デグチの祠は優也の家のすぐ側だ。
足の遅い透花は今にも転びそうになってる。
何度も「頑張って走れ!」と声をかけ、まっすぐに優也の家に向かう。
商店の方角にも、もう一本道がある。
でもそこは白い老人達が沢山いると幹介が言っていた。
となれば優也の家の裏から祠に行くしかない。
透花には何の反応も示さない白い老人達も、前を走る俺には反応する。
俺が前を通り過ぎるたびに、大きな奇声が上がった。
その度に、背後に律が迫っている気がした。
「透花、後少しだから! 頑張れ!」
「うんっ……」
優也の家に続く長い階段。
息が切れてとても苦しい。
今にも座り込んでしまいそうな透花に手を差し出しそうになって急いで引っ込めた。
「ここを上がって、林を抜けたら……すぐだから」
励ましながら階段を登り切ると、神主の衣装をきた白い老人が一人、佇んでいた。
優也の家に飾られた遺影で何度も見た彼の顔。
俺を見た瞬間、彼は笑顔のまま口を大きく開けた。
突然発せられた奇声。
その声に驚いて、透花が階段を踏み外した。
透花の体は、引っ張られるように階段の下へと傾いていく。
「透花!!!!!!」
投げ出された透花の体を引き止めるように、俺は彼女の手を取った。
「大和君! 手がっ!!」
透花がハッと声を上げる。
迷う暇も、戸惑う時間もなかった。
「いいから! 走れ!!」
俺は透花の手を強く握ったまま、蔵の裏、母屋の裏に回って長い坂道を駆け降りた。
頭の中は、焦りと恐怖しかない。
何よりも、強く握った透花の手。
生きた人間の温もりを全く感じさせないほど、異様に冷たい。
今になって気づいたが、後ろを走る透花の足音も聞こえてこない。まるで一人きりで走ってるみたいだ。
それが余計に――俺の恐怖を駆り立てた。
「つい……た」
デグチの祠はセピア色のこの世界から浮き出るように、そこに存在していた。入ってきた時の神社と同じだ。
ひやりとした冷気を放つ祠。
透花の手を引きながら、ゆっくりと祠に近づき格子の木の扉をそっと開けた。
祠の中には、少し枯れた花と木札。
そして、透花の白いキーホルダーが乗った皿があった。
俺は首から下げていた紐を外し、お守りを手に握って透花を見る。
だが透花は怯えきった様子で、皿の上のキーホルダーでも、俺でもなく、この静寂に包まれた周囲を必死に見回していた。
「これだ。透花、俺が置いたらすぐにキーホルダーを……」
ジャリ。
音のない空間に響いた足音。
振り返ると――律がいた。
「大和……私の宝物……返して」
そこにいた律の顔には、恨みも怒りも何もない。
ただ純粋な怯えだけがあった。
まるで世界の終焉がこれからやってくるみたいに、俺の手に握られたお守りを見ながら必死に首を振っている。
「お前が、透花を騙したんだろ」
律を睨みながら事実を突きつけると、律は初めて目を潤ませて人間のように泣き始めた。
「だって、だって」
そして縋るようにじりじりと俺に近づきながら、あの白い老人達と同じように、その小さな手を伸ばした。
「もう嫌なの。私、あの世界はもう耐えられない。お願い。もう、私を許して? お願いします。お願いします。お願いしますお願いしますお願いしますお願いします」
目を見開いたまま、涙を流す律。
その口元は、狂ったような笑みを浮かべていた。
「いい加減にしろよ!! お前が! 永遠にイリグチにいろ!!」
狂ったように近づく律を怒鳴りつけ、俺は持っているお守りを、乱暴に白い皿の上に置いた。
――その瞬間、視界が点滅した。
身体が祠に引っ張られる感覚がする。
あっちに戻れる。
それは確証のような直感。
ただ、まだ透花がキーホルダーを取ってない。
「透花!!」
強く叫んで透花を見ると、彼女は全く別の方角を向いていた。その視線は、目の前の律にも、皿の上のキーホルダーにも向いていない。
透花は、まるで透明な何かに四方を取り囲まれたみたいに、戸惑いを浮かべながら周囲に視線を走らせていた。
「早く!キーホルダーを取るんだ!透花!」
その声に、律が透花を阻止しようと駆け出した。
俺は残った力の全てを込めて、透花の手を皿の上へと強引に持っていく。
視界はどんどん黒く塗りつぶされ、ほとんど周りは見えない。
すぐに俺の意識は切れる。
「大和君! みんなが……!! 村の人が見える!」
「いいから! 取って! 透花!」
強く繋いでいたはずの手は、まるで力が全部溶けてしまったみたいに自然と離れていく。
「大和君――!!!!!!」
断ち切られた意識の中で、透花の声が頭の中で反響する。
その声を、俺は暗闇の中でただ聞いていた。
その声に被さるように、意識の端で別の誰かの声がする――。
「ソウ」と何度も叫ぶ、女の子の声だった。




