25.帰りたい
「誰……?!?!」
透花は驚いたように目を見開き、椅子を勢いよく後ろに倒し立ち上がった。
怯えた瞳は、俺と湊人の顔を戸惑うように見た後、俺のズボンについた赤色の犬のキーホルダーに移った。
赤いキーホルダーを捉えた瞬間、初めて俺のことが誰か分かったかのように「大和君??」と涙を浮かべながら俺の顔を見る。
――本物の透花だ。
「透花、そこから動かないでくれ」
今にもこちらに駆けて来そうな透花に鋭い制止の言葉を投げかけたのは湊人だった。
彼は手のひらを透花に向け、その場に静止させる。
湊人は透花が駆け寄ってきたら、すぐに教室の扉を閉められるよう一歩後ろに下がった。
それと同時に、俺が透花に駆け寄れないよう、腕を伸ばしその場に留める。
「透花、悪いけど俺達は君に触れられないんだ。だからそこで、何があったのか話してくれ」
祭りで会った時とは違う湊人の真剣な声に、透花はびくり肩を震わせその場に止まった。
そして、何が起きたのか全く理解できていないというように「わからないの」と何度も首を振る。
「里奈ちゃんが、お化けのいない世界に連れて行ってあげるって……私をここに連れて来たの」
透花はその場に立ったまま、嗚咽混じりに話し始めた。
「私……ここでなら顔が……人の顔がわかったの。だから、里奈ちゃんのいう通りなのかなって……。みんなはお化けなのかなって」
透花がいなくなった祭りの夜。
顔を引き攣らせ、怯えた顔で俺を見た透花。
あの時の彼女の目には、俺達こそが顔のない化け物に見えていたんだ。
俺は静かにズボンにぶら下げた赤いキーホルダーを強く握りしめた。
「里奈ちゃんに言われるまま、変な祠があるところに一緒に行って、キーホルダーを……そこにあったお皿の上に置いたの。そうしたら……里奈ちゃんが元々お皿の上にあった何かを取って……笑いながら消えちゃった」
グスグスと透花は泣き続ける。
信じてほしいと、透花は縋るように俺を見た。
「大和君の顔……なんでわかるの? ねぇここは……どこ?」
透花は耐えきれず、本格的に泣き出した。
取り残された透花は、同じことしか言わない白い老人達に怯えながら家に帰ったらしい。
しかしどれほど待っても家には誰も帰ってこない。
そこでようやく、この場所の異常さに気づいたそうだ。
白い老人達に何を聞いても、彼らは完全に透花を無視して歩き続けたそうだ。
神社に戻っても元の世界には戻れなかった。
途方に暮れて学校に逃げてきたらしい。
湊人は透花を宥めるように、ゆっくりと落ち着いた口調で全てを説明し始めた。
俺たちがイリグチ様について知っていること全て。
透花のいう『里奈』の正体。
今は透花がイリグチ様で、七日間の移行期間にいること。
透花は信じられないと、泣きながら首を振る。
しかし、どれほど怯えても怖がってもこれは事実だ。
透花は律というイリグチ様に騙され『成り代わられた』。
律に手を握られこの場所に来た時から、白い老人達は透花に何の反応も示さないらしい。
それは、透花が次のイリグチ様だからだろう。
七日間が過ぎたら……透花は完全にイリグチ様になる。
それがどういう変化を生むのか。
俺にも、湊人にもわからなかった。
「透花。律にイリグチ様を返そう。俺たち律の『宝物』を取ってきたんだ。これをデグチの祠に持って行って、透花のキーホルダーと交換する。そうすれば、透花は元の世界に帰れる」
「うん。私……お母さんとお父さんのところに帰りたい」
透花はそう言って、涙を浮かべ「ありがとう」と笑った。
――その時。束の間の安堵を打ち破るように廊下から足音がした。
驚いて横を見ると、セピア色に染まった廊下の真ん中に見たことがない女の子が立っている。
前髪をきっちり切り揃え、長い髪を左右で三つ編みにした女の子。深緑のボロボロのズボンに薄汚れた黄ばんだブラウスを着ている。
その子は、憎悪の宿った真っ黒な瞳で俺を睨みつけていた。
直感で――誰か分かった。
「律だ!!窓から出ろ!!」




