24.消失
「大和!しっかり走れ!!」
「分かってる!!」
イヤホンからは雑音と共に美玖の心配する声が聞こえてきたが、それどころじゃなかった。
少し進むと、道の至る所に真っ白の老人達がいる。
全員がおぼつかない足取りでふらつき、先ほどの神主と同じように笑顔でぶつぶつと何か呟いていた。
「キョウハチョウナイカイ キョウハチョウナイカイ」
「オオイ オチャー オオイ オチャー」
「カボチャノニモノデキタヨォ カボチャノニモノデキタヨォ」
まるでバグったゲームみたいだ。
彼らは呟きながら笑顔を顔に貼り付けて、村中を歩いている。
道の真ん中で行ったり来たりを繰り返したり、田んぼの真ん中でうろうろしている奴もいる。
そいつらは俺と湊人を見つけると、同じように叫び声を上げ、引き寄せられるみたいに手を伸ばしてこちらへと寄ってきた。
動きがゆっくりだから避けられない訳じゃない。
でもそこらじゅうにいるせいで、ずっと走っていないと捕まりそうだ。
何本もの白い手がこちらに向かって伸ばされる様子は、追い出そうとしているようにも、救いを求めているようにも見えた。
「本当……なんなんだよこれ!」
「わかんねぇよ! 透花ー!!!」
透花の名前を叫びながら、彼女の家に走る。
透花の家は昨日見た時のまま、同じ場所に同じ姿であった。
玄関に植えられた花も、植木鉢までも同じだ。
郵便受けには回覧板が挟まっている。
セピア色に染まった景色でなければ、チャイムを押したら透花の母親が出てきそうだ。
それほど俺の知る、彼女の家そのままだった。
「透花!!いるか??」
透花の部屋の前で大声を上げるが、部屋のカーテンは動かない。
すぐに湊人が俺の肩に手を置いて「逃げるぞ」と声をかけた。
透花の家のそばにある、寂れた公園。
体を揺らしながら公園の四隅を歩いていた老人が、真っ白な目でこちらを凝視している。
透花の隣の家から、髪がボサボサの痩けた老婆が「アツイワネェ アツイワネェ」と呟きながら閉じた扉をすり抜けて出てきた。
「くそ!」
「一旦河原に行こう。あいつらが少ないかも!!」
前を走る湊人について、道路の脇道へと入り河原に向かう。
確かにこちらの方が真っ白な老人がいない。
あいつらは家がたくさん集まる場所にいるみたいだ。
河原にかけられた橋の下。
湊人と二人、息を整えた。
細い小川には、いつものように水が流れている。しかし、川のせせらぎは聞こえてこない。
川の側とは思えないほど、橋の下はしんと静まり返っている。そのせいで、自分の荒い呼吸の音やどくどくと脈打つ心臓の音が、周囲に大きく響いている気がした。
耳の奥に、ずっとあの叫び声がこびりついてる。
まだすぐ近くで、真っ白な彼らが叫んでいるような気がした。
「湊……、大和……。大……丈夫?」
「大丈夫。今から学校に行く」
「律……が……いなく……なっ……たって大人が……騒い……で……気をつ……て」
途切れ途切れの音声を繋ぎ合わせると、チヨ婆の家まで探しにきた大人のスマホに『透花が家から消えた』と連絡があったらしい。
美玖は咄嗟に隠れて見つからなかったみたいだ。
「大和、湊人、聞こえる!?!?」
考え込んでいると、幹介の張り詰めた声が聞こえてきた。
湊人が急いで「聞こえる!」と返事をすると、幹介のカチカチという歯の音と「どうしよう」という怯えた声が耳に届く。
「優也君が、あいつらに……触られて……消えちゃった」
「え??」
二人で顔を見合わせ、幹介の言葉を一言も漏らさないように、イヤホンをしている耳に強く手を押し当てた。
幹介は荒い息を何度も吐き出しながら、「商店の前に大勢いたんだ」と、泣き出しそうなほど震える声で俺たちに告げた。
「たくさん居て……僕達……囲まれて……捕まりそうになったところを、優也君が僕を庇って……触れられて……消えちゃった」
最後の声は、幹介のカチカチという歯を打ち鳴らす音でほとんど聞こえなかった。
「優也君は……どこに行ったの?」
「わかんねぇ!! 幹介、今どこだ?こっち来れるか?」
「無理……こ……怖くて……今チヨ婆の家で……」
そう言った幹介の荒い息づかいが、一瞬止まった。
「待って……チヨ婆?」
戸惑い、やっと絞り出したような幹介の声。
直後、畳の上を何かが這うような不規則な摩擦音が響いた。棚か何かが倒れ、物が床に散乱する激しい音が鼓膜を叩く。
「幹介!何があった?!」
「幹介!!」
イヤホン越しに聞こえる騒乱の音。
俺と湊人、そして美玖は何度も名前を呼んだ。
「チヨ婆……待って!! 嫌だ! お菓子なんていらない! やめて!! 嫌だぁぁぁぁぁぁあ!」
「幹介?!?! 幹介!!!」
切迫した幹介の叫び声が頂点に達した、その瞬間。
通話は、まるで命綱を断ち切られたように、「プツリ」と無慈悲な音を立てて途切れた。
慌てて湊人がスマホをポケットから出し画面を表示させると、四人居たグループ通話のアイコンが、湊人と美玖だけになっている。
「大和。だめだ。帰ろう」
湊人は瞬きすら忘れたように、真っ青な顔を俺に向けてそう言った。
イヤホンの向こう側から「そ……う。帰っ……て」と美玖が必死に説得する声も聞こえる。
俺はそれにブンブンと首を振った。
もう学校は目の前だ。
「駄目。ここで帰ったら来た意味がなくなっちゃう!! せめて学校だけ、学校だけ確かめさせて!!」
透花は家にいなかった。
こちらに来て日が浅い透花がいそうな場所といえば、あとは商店と学校しかない。
湊人は「本気かよ」と言いながら河川敷を駆け上がり、そっと頭を出す。
そばに奴らはいなかったようだ。河川敷の上から、手招きで俺を呼んだ。
「学校だけだからな」
緊張が頂点に達し張り詰めた表情を浮かべる湊人。
学校までの道にいた数人の白い老人達を躱しながら、校門に辿り着いた。
先ほどとは違い、校庭には誰もいない。
「もしかすると、生きてた頃に生活していた場所に現れるのかもな」
「なら、学校にあいつらはいないってこと? それなら……本当にこの中に透花がいるかも」
校庭を通って、がらんとした昇降口に入った。
下駄箱の前には、まるでさっきまでそこにいたかのように、俺たちが脱ぎ捨てた上履きが転がっている。
「本当……どうなってんだよここは」
来る途中、里奈の家の前も通り過ぎた。
そこにいたのは、もう何年も前に亡くなったはずの里奈の父親。
「タダイマ」という言葉だけを繰り返しながら、里奈の家の母屋に入っていく所だった。
ここには――
死んだ人間しかいない。
ただ、この村で死んだ全員がいる訳ではないみたいだ。
何百年も続いたこの村の呪い。
死んだ人間が全てこの世界に囚われてしまうとしたら、死者で村は溢れかえっていただろう。
でも、そうじゃない。
今生きている人間の記憶に残っている人しか、ここに居ないんじゃないか?
靴のまま廊下に入り教室を目指した。
セピア色に染まった誰もいない廊下。
俺と湊人の靴の音だけが大きく響く。
息を整え、六年生、五年生と書かれた教室の扉を開けた。
そこには――。
自分の席で静かに涙を流している、透花がいた。




