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イリグチ様 ─逃げなかった子供だけが背負う呪い─  作者: 白波さめち


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9.透花の変化



 一夜明けても、村の空気は重い鉛のように張り詰めていた。


 学校は通常通り開いたが、案の定、透花は休んでいた。担任からは「明日には登校する予定だ」と聞かされたが、俺たちの胸には安堵よりも深い不安が残る。


 次の日の朝、家を出る前に親から『二度と透花に関わるな』と厳しく釘を刺された。

 理由はもちろん言われない。

 

 靄のかかったような気持ちを抱えながら登校すると、昇降口で透花の母親にすれ違った。

 

 彼女は俺の顔を見るなり、血走った目と歪んだ表情で近寄り「娘にもう関わらないで!」とヒステリックな絶叫を上げた。

 先生たちが職員室から飛び出してきて、慌てて間に入り、その場は騒然となった。


 自分がしでかしたことの重大さが、理由も分からないのに突き刺さる。


 たった六つの机しかない教室に入ると、透花が一人、ランドセルの中身を引き出しに片付けているところだった。


「透花、おはよう」


「あ、おはよう!」


 透花は失踪事件の直後とは思えないほどの笑顔を俺に向けた。その笑顔にまた少し心が痛くなって髪をくしゃりと掻き上げる。


「なあ……あのあと大丈夫だったのか? どこにいたんだよ」


「んー?? わかんない。気がついたらあそこにいたんだ。でも、もう大丈夫だよ」


「大丈夫ってお前なぁ……」


 ふと違和感に気づいた。

 

 美玖からもらった、あの白い不細工な犬のキーホルダーが透花のスカートにない。


 意識はしてはいなかった。


 でも、俺はいつしか透花を見るたびに、彼女の腰にキーホルダーがあるか確認する癖がついていたらしい。


 透花は美玖から受け取ったその日から、あの不細工なキーホルダーをまるで宝物のように、毎日毎日スカートにつけて学校に来ていた。


「なぁ透花。お前……キーホルダーは?」


「ん? あー……あれね。アハっ。なくしちゃったぁ。森の中で落としたみたい」


 ()()()()()()()()()、手を口に当てながら笑う透花。


 そんな風に笑った所なんて、これまで見たことない。


 俺の背筋は、まるで氷でも落とされたみたいにぞくりとした。

 それと同時に、教室の扉が開いて幹介が教室に入ってくる。


「あ。幹介、おはよう!」


「学校もうこれるの? あれから大丈夫だった?」


「アハっ、大和も幹介も心配しすぎだよー」


 透花がまた笑う。

 すると功太が少し遅れて入ってきた。

 透花は功太にも「おはよう功太」と声をかける。

 

 透花が楽しそうに笑っているのを見た功太は、じとりと彼女を睨んで唇を尖らせた。

 

「本当怖かったんだから! 急に走り出すなんてやめてよね透花ちゃん!」


「ごめんごめん。びっくりさせちゃったよね」


 透花は二人に明るい笑顔を向けながら「もう大丈夫だよ」と首をくいっと傾げた。


 その後に入ってきた美玖にも同じように挨拶し「心配かけてごめんね」と謝る。


 その時の透花は――

 俺達の腰にぶら下がるキーホルダーを一度も確認しなかった。



 俺は放課後まで、ずっと透花を観察した。



 彼女の視線、笑い方だけじゃない。

 普段の行動一つ一つを思い出しながら、今の透花と当てはめていく。

 

 帰りの会が終わり、先生が教室を出たと同時に透花は動き出した。


「美玖ちゃん、今日一緒に遊ぼ」


「ごめん透花、ちょっと美玖に用事があるんだ」


 透花の誘いに美玖が返事をする前に、俺は美玖の手を取る。


 「え? 大和?!」


 慌てる美玖の手を強引に引っ張って、幹介と功太に「行くぞ」と声をかけ教室を飛び出した。


 背中には、まるで沢山の人に見られているみたいに気持ちの悪い感覚が走っている。


 その感覚から逃げるように、俺は小走りで三人を学校から連れ出した。


 連れてきたのは去年亡くなったチヨ婆の家だ。

 

 チヨ婆が亡くなった後、この家にはもう誰も住んでいない。

 

 でも、比較的綺麗に保たれているのは「住んでいる人がいないと、家はすぐ傷んでしまうから」と俺の母親や美玖の母親がたまに掃除しているからだ。


 なら人の出入りも増やしたらいいんじゃないか。

 そう思った俺の発案で、ここは密かに村の子供達の溜まり場になっていた。


 家は古くて所々軋んでいるが、俺達を可愛がってくれたチヨ婆との思い出の場所である。

 

 まだ越して来たばかりの透花は……知らない場所だ。


 家に入り玄関の扉を閉めると、肩で息を切らした幹介が俺を睨みつけた。


「大和! 一体なんだよ?」


「そうだよ。せっかく透花が里奈じゃなくて私を誘ってくれたのに!」


 2人は怒ったようにそう言った。

 誰も気づいていないんだ。


 功太も呼吸を整えるように息を深く吸いながら、訳が分からないと俺を見る。


「なあ。透花なんだけど……あれ、透花じゃないかもしれない」


 俺は少し声を落として三人にそう告げた。

 美玖と幹介は「いやいやいや」と首をぶんぶんと振り、俺を睨む。


「どう見ても透花でしょ?」


「じゃあ……透花は今日、誰かのキーホルダーを確認したか?」


 美玖にそう告げると、彼女は指を顎に当てて一日を思い返すように上を向いた。


 なかなか答えの出ない美玖の代わりに、小さく呟いたのは功太だった――。


「見てなかった。僕……今日キーホルダーを忘れたんだ」


 功太は、手をぎゅっと握りしめ青い顔を隠すように俯いている。


「今日……お兄ちゃんとズボン一緒のやつでしょ? 服も黒のTシャツ。だから朝、透花ちゃんが来てたのを見て、しまったなって思ったんだ。それなのに……透花ちゃん普通に僕の名前を呼んでた……おかしいなって思ったんだ」


 確かに今日の幹介と功太の服は似ている。五年生の功太の方が少し背は小さいが、二人は髪型も似ていた。


 幹介と功太。背格好だけなら、たまに俺たちですら間違えることがある。顔が似ているわけじゃないから、近くで見れば一発でわかるけど。

 

 でも透花にその方法を取ることはできない――

 そのはずだった。

 

 その話を聞いた幹介も、思い当たることがあったみたいだ。


 透花は今日『顔』で俺たちが誰か分かっていた。


「……あれは、透花だけど……おそらく透花じゃない」

 

 チヨ婆の家の居間は、しんと静まり返った。

 まるで時間が止まってしまったかのように、空気が重く満ちている。

 部屋に響くのは、外でけたたましく鳴く蝉の声だけ。

 

「じゃあどうするの……?」


 沈黙を破ったのは美玖の震えた声。


「本当に透花じゃないの? じゃあ、アレは何? 本当の透花はどこにいるの?」


 美玖は両腕を交差させて「なんでなんで?本当に?」と呟きながら小さく震え続ける。


 先程、美玖を誘った透花の笑顔を思い出したのかもしれない。顔は透花なのに、あの笑顔にはとても違和感があった。


 笑い方そのものが違うんだ。

 

「本物の透花がどこにいるか調べなきゃ」


 俺はここにいる全員を見ながらそう言った。

 俺があの日、「大人が何をしているか見に行こう」ってみんなを誘ったんだ。


 透花が嫌がっていたのを分かっていた。

 彼女が嫌なことを嫌と言えない性格だと分かっていて、俺は無理やり連れ出した。


「どこを探すんだよ」

 

 幹介は難しい顔をして俺を見る。

 そんなの決まってる。

 透花が姿を消す前に名前を呼んだ、あの子のところだ。


「里奈に……話を聞きに行こう」


 


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