碧くんとエメラルド
娘は出産のため、8月になって里帰りをした。予定日通りの9月1日に元気な男の子が産まれた。娘が帰省中の家の中は、泣き声と笑い声が途切れない賑やかな生活になる。娘夫婦は、その子に『碧海』と名付けた。『あおい』と読ませるのだが、『碧』は流行りの命名漢字らしく、夏らしい名前を付けたかったらしい。
(今、流行りの漢字か。まあ、それも良いかな……一生懸命、考えたんだろう)
そんな事を思いながら、哲也はエーゲ海の色を想い出していた。そんな所に行った事はないのだが、映画やテレビで出てくる地中海のコバルトブルーと白い砂浜、空の青く美しい風景を空想していた。その子は、哲也たち夫婦の初孫だった。
ここからは、私の『あお』の連想ゲームが勝手に始まっていた。
(信号は、緑色なのに『あお』って言うもんな。そう言えば、蒙古斑も青色か。この子のお尻にある蒙古斑は、何となく緑色っぽいような気がするけどな……)
娘達と妻は、さっそく「あおく~ん」と呼んでいる。
(この子の将来は、お巡りさんか。生まれて、最初から『あお』だもんな)
なんて、ふざけたことを考えている。機嫌がいいのか『あおくん』は笑っている。気のせいか、――あ――お――と口を開いたような気がした。普通、口を開けやすいのは『あ』と『お』だから、これは気のせいで勝手な思い込みだなと思っていた。碧の字をもらった正当な『あおくん』を感じたいだけだった。
その子は、良く飲んで......良く泣いて......良く寝て......良くウンチをして、時が過ぎると生れた時に2,980gだった体重は、生後10日ほどで3,500gを超えていた。いつもの通り、『あおくん』が赤い顔をして手足を踏ん張っているので、娘がオムツを開けて見てみると不思議なものがあった。
沢山のウンチの中に混じって、緑色の石のようなものがある。摘まんで見てみると、青と言うより碧色のように感じる。
「間違えて何かの時に飲ませたのかな?」
「そんなこと無いよ。ミルクと母乳だけしかあげてないんだから。飲み込むはずない。それに、私こんなの持ってないし……後で、お母さんに聞いてみるよ」
娘は、碧色の石だけを取り上げて綺麗に拭き取ると、その話題は終わりになった。妻は買物に出掛けているので、夕食の時の話題になるのだろう。
その夜、夕食が落ち着くと娘が妻に尋ねた。
「お母さん、『あおくん』のウンチから、こんなものが出て来たんだけど何だろうね?」
妻は驚いて、碧色の石を手に取って真剣に見詰めている。
「これ、あんたが小さい頃に飲み込んだお母さんのエメラルドじゃない。ウンチの中にあったの? 『あおくん』が飲み込んでないのは本当だろうから、あなたがアコヤ貝みたいに今まで育てて『あおくん』の中に入ったのかしら……」
(何、言ってるんだ。そんな馬鹿な事が起こる訳ないだろう。どう考えても、医学的に有り得ないよ。人は貝の仲間じゃないんだからさ……)
心の中で思ったが、哲也が会話に割り込んで言える雰囲気ではなかった。石が混じっていたのは事実なので、娘か妻の宝石がオムツの交換の時にでも紛れ込んだのだろうと、哲也は考えていた、話も熱を帯びて来たので、余計な事は言わない事にした。
「どうせ、病院にそんな事を言っても信じて貰えないだろうし、明日は街の宝石屋にでも行って、鑑定してもらおうか?」
哲也は、控え目に会話に参加した。
「私、『あおくん』の面倒見てるから、お母さん行って来たら」
娘にそんな風に言われて、次の日に出掛ける事になった。
次の日、妻と一緒に街の宝石店に行ってみた。もっともらしく箱に入れて、店のスタッフに石の鑑定をお願いした。
......『これ、孫のウンチから出てきたんです』......
そんな事は勿論言わない。それで値を下げられても困るからだ。奥から店主が、プロの様な雰囲気を醸し出して前に来る。碧色の石の鑑定結果を話してくれた。
「これは、良いエメラルドですね。色が素晴らしい。独特の碧色で大きさも1.5カラット有りますからね。売れば20万は下らないですよ。一緒に付いていたネックレスの鎖やリングなどの装飾品は無いんですか? 立派な石ですね……」
「いつか、ネックレスにしてもらおうと思って、ずっと取っておいたんです」
妻が即座に反応して答えた。
(見事な返答。良くこんな機転が利いた言葉が出てくるな……)
哲也は、妻の反射能力に感心していた。
家に帰って、妻がお店で聞いた一部始終を話した。娘が嬉しそうに話した。
「すごいね。『あおくん』のお手柄だね~。良い子……良い子……。せっかくだからネックレスにしたら。私、お母さんにプレゼントするからね」
娘が、そんな風に妻に言った。
(ウンチから出てきた物をプレゼントするなんて言ってるし……)
哲也は心の中で苦笑していたが、そう言われて妻は嬉しそうだった。結局、真相は分からないが、そんな事はどうでも良くなった。妻は、娘が幼い頃に飲み込んだエメラルドが『あおくん』のウンチと一緒に出て来た......と信じて疑わない様だった。
数日後、あの宝石店に行ってエメラルドをネックレスにして貰うようにお願いした。連絡が来て取りに行くと、妻は出来あがったネックレスを娘に掛けてもらった。
「あおくんのエメラルド、お婆ちゃんにプレゼントしたからね。綺麗でちょ……」
「あおくん、ありがとうね......。お守りに、毎日付けてるからね」
完全に『あおくん』のお手柄になっている。妻と娘は、真相なんてどうでも良いらしい。そんな『あおくん』からのプレゼントは、哲也の毎日にも優しさや潤いが戻って来る様な気がした。
娘は、産後1ヶ月を過ぎると『あおくん』を連れて東京のマンションに帰って行った。妻は、娘達を見送りながら、『あおくん』から出てきたという碧色のエメラルドを掛けている。今更、真相を解明するつもりはない。二人とも碧色の石に記憶がないと言うのだから、この家のミステリーという事にしておこうと思っていた。
(でも、あの二人は何も不思議だとは思ってないからな……それも不思議だ……)
私の胸には、『あおくん』と過ごした楽しい日々と不思議な時間と夏の想い出だけが切なく残った。




