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6撃目 私に仲間なんていないわ


「分かった。じゃあまた黙ってて」


 現状、野営地から5キロほど離れている。

 コトハを下ろしても問題ない。

 問題はイレアナだ。


「イレアナ」


 僕は通信チャンネルを開いて呼びかけた。


「何?」


 相変わらずムスッとした表情のイレアナが通信を受けた。


「ちょっとトイレ行きたくなったから、僕から離れてくれない?」

「なんで出発前に済ましてこなかったわけ?」

「急に催したんだよ。あるだろ、そういうことって」

「はいはい。じゃあ、あたしここで停まってるから、戦車盾にしてさっさと済ませて」

「ありがと。助かるよ」

「どういたしまして」


 通信が切れる。

 ディスプレイで外の様子を確認すると、イレアナのラーミナⅡが速度を落とした。

 僕たちが進んでいる街道の周囲には何もない。

 だから、戦車を盾にしないとイレアナに見られてしまう。


 イレアナから200メートルほど離れた場所で、僕は戦車の側面をイレアナ側に向けた。

 上のハッチからコトハを出してしまうと、イレアナのカメラで見られてしまう。

 しかし戦車には複数のハッチがある。

 ラーミナⅡとグラディウスの場合は、床のエスケープハッチと、側面乗降口。


 僕は側面の乗降口を開けた。

 もちろん、イレアナから見えない側に乗降口が来るようにしてある。

 それから、銃を抜いてコトハに向ける。


「早くしてよ」


 コトハは銃口を向けられても平然としていた。

 僕は撃たないと思っているのだろう。

 そしてたぶん、僕は撃たない。


「逃げないでね」


 言いながら、僕はコトハの手錠を外した。


「逃げたら私を撃つの?」

「うん」

「撃てないくせに」


 クスッとコトハが笑った。


「どうしてそう思うの?」

「私と戦車の話、もっとしたいでしょ?」

「まぁね」


 会話しながら、コトハと僕は外に出た。


「ちょっと、ロゼは中に戻っててよ」

「ダメだ。逃げられたくない」

「何? してるとこ見たいの? 変態なの?」

「そうじゃない。逃げられたくないってだけ」

「私のこと好きなの?」


「そんなんじゃない」

「ふぅん。まぁいいわ。グラディウスを操縦させてくれるなら、逃げないと約束するわ」

「それはさすがに……」

「じゃあ逃げるわ。さようなら。撃ちたければどうぞ。どちらにしても、ロゼは私を失うわね」


 コトハは勝ち誇ったような顔で言った。


「あぁ、もう……」


 僕は銃を持っていない方の手で髪を掻きむしった。

 そして決断を下す。


「ファイヤーコントロールは切っておくから。操縦だけ。それでいい?」


 さすがに戦車砲や機銃を使わせるわけにはいかない。


「もちろんよ」


 コトハは嬉しそうに笑った。

 どうやら、本当にグラディウスを操縦したいだけのようだ。


「じゃあ、早く済ませてね」


 僕は銃を仕舞って、コクピットに戻った。

 コトハは逃げない。

 だって、僕なら敵国の戦車を操縦する機会を逃がしたりしない。

 必ず戻る。

 コトハも同じだ。


 さっきの笑顔で確信した。

 コトハは僕と同じ人種だ。

 とにかく戦車が好き。

 それ以外のことは、割とどうでもいい。

 そういうタイプの人間だ。


 僕はそれに加えて戦闘が好きなのだが、コトハはどうだろう?

 コトハは最初に戦車で逃走を試みたので、戦闘はそれほど好きじゃないのかもしれない。

 まぁどっちでもいい。


 僕はコントロールパネルを操作して、ファイヤーコントロールをオフにした。

 そして溜息を一つ吐いてから、コトハを待った。

 しばらく待っていると、上機嫌のコトハが戻ってきて、ハッチを閉めた。


「それじゃあまた、しばらく後部にいてね」

「ええ。ところで、もう拘束はしないの?」

「して欲しいの? そういう趣味?」

「どうかしら。そうかもね」


 コトハはクスクスと笑いながら言った。


「まぁ、拘束する理由がもうないから」

「あら? 私がロゼの頭部を何かで殴打して、グラディウスを盗むかもしれないじゃない」

「でも、コトハはもっと僕と話したいだろ? 戦車の話」

「ロゼが私と話したいだけでしょ」


 コトハはまた笑った。

 本当に機嫌がいい。

 トイレも済ませたし、グラディウスも操縦できるのだから当然か。


「どっちでも」僕は肩を竦めた。「とりあえず、しばらく黙ってて」


「はぁい」


 コトハの返事を聞いてから、僕はイレアナに通信を入れた。


「ちょっと遅いんじゃないの? 男のくせに。もしかして大きい方だったわけ?」


 ププッと笑いながらイレアナが言った。


「違う。軽くストレッチしてたんだ」

「ふぅん。じゃあ、そういうことに、しといてあげる!」


 イレアナはニヤニヤしている。

 何がそんなに楽しいんだ?


「とりあえず、偵察を続けるよ」

「了解、ロゼ隊長閣下」


 イレアナがディスプレイの中で敬礼した。

 僕はやれやれと息を吐いて、通信を切った。

 それから、すぐに操縦席から離れ、コトハの首輪、魔力を抑制するための首輪型のデバイスを外した。

 もう付けることはないだろう。


「どうぞ」


 僕は掌を上にして、コトハを操縦席に誘った。


「どうもありがとう」


 コトハは僕に微笑みを見せた。

 その瞬間、僕の心臓がドキドキと脈打った。

 なんだこれ?


「動かし方分かる?」

「バカにしないで。戦車なんてどれも似たり寄ったりでしょ」


 フフン、とコトハが自信満々に言った。

 それからすぐにグラディウスが向きを変え、前進を始める。

 ディスプレイを確認すると、イレアナのラーミナⅡが僕たちのすぐ後ろまで追いついていた。


「とりあえず、偵察ルートに沿って移動してくれ。それと、妙な動きはしないこと」


 イレアナから通信が入ると面倒だから。


「妙な動きって?」


 コトハが言った。


「んー」


 自分で言っておいてなんだが、妙な動きって何だ?


「ま、普通に操縦するから大丈夫よ」


 コトハの声が弾む。

 やっぱり戦車好きはいい。

 コトハといる方が、やる気のないアホどもと一緒にいるよりずっといい。

 そのまましばらく、僕たちは平穏に進んだ。

 そして。


「集落?」


 ディスプレイの映像を見て、僕が呟いた。

 偵察ルートの中で、拠点から一番遠い場所。

 そこに小さな集落があった。


「どうせ誰もいないわよ。ここ前線だもの」


 コトハが気楽な感じで言った。


「だろうね」

「残ってる奴は自殺志願者か今日の戦闘で逃げた兵士ってとこね」

「前者はいいけど、後者がいたら面倒だな」

「ゲリラ化した兵って本当に面倒よね。戦ったことないから、聞いた話だけれど」

「念のため、操縦代わってもらおうかな」


「えぇ!? やっと楽しくなってきたのに!?」

「いや、最初から楽しそうだったけど?」

「更に楽しくなったのよ。どうせ誰もいないわよ。グルッと回って帰るだけ。ほら、問題ないでしょ?」


「うーん」と僕は唸った。


「大丈夫だってば。最悪、ゲリラがいたら私が殲滅してあげるから」

「おいおい。自国の仲間だろ?」

「私に仲間なんていないわ。唯一の相棒はロゼが破壊したしね」

「クレーストのこと?」

「他にないでしょ?」


 それもそうか。

 僕もコトハと同じだ。

 心から信頼できる仲間はこのグラディウスだけ。

 モニカもイレアナもパウルも、同じ小隊というだけで信頼はしていない。


 そうこうしているうちに、僕たちは集落の中に入った。

 オートサーチシステムに異常はない。

 敵の車両は近くにいないということ。


 問題は人間だな。

 戦車のオートサーチシステムは普通、人間を捉えられない。

 人間は目視で発見しなくてはいけないのだ。

 とはいえ、熱探知モードや暗視モードもあるし、難しくはない。


「念のため、熱探知を行おう」

「平気だと思うけれど、まぁいいわ」


 僕と違って、コトハは気楽なままだった。


「切り替え分かる?」


 僕が聞いたその瞬間、アラートが鳴り響いた。


「対戦車ミサイル!?」


 コトハが驚いたように言った。

 ディスプレイの中で、イレアナのラーミナⅡの上部装甲が爆発した。

 いや違う。

 正確には、対戦車ミサイルをダイブモードで打ち込まれたのだ。

 ラーミナⅡの装甲は堅いけれど、何度も対戦車ミサイルを喰らうのはマズイ。


 コトハは即座に速度を上げて、左へと進路を変えた。

 それと同時に、僕たちの右斜め後方で対戦車ミサイルが爆発した。

 コトハはかなり上手に躱した。

 やっぱ上手いなコトハ。

 操縦だけなら僕より上かもしれない。


「ファイヤーコントロールちょうだい!」

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