29撃目 何もないと何もないの間
「俺はよぉ、やると思ったんだよなぁ。絶対やると思ったんだ」
ディスプレイに映し出された銀髪の青年が言った。
「2人乗りの戦車を見た時にさ」青年が言う。「俺は言ったんだ。これ、ほとんどラブホテルじゃん、って」
何を言っているんだこの青年は。
ちなみに、僕はこの青年を見たことあるような気がする。
青年の年齢は25歳前後。
「うちの連中ってみんな戦争で興奮するだろう? じゃあ、やっちまうよな? 戦闘中でも、やっちまうよな?」
いや、さすがの僕でも戦闘中にはやらない。
てゆーか、この青年、あまりにもイケメン過ぎる。
この世の存在とは思えないレベル。
というのは言い過ぎだけど、普通にちょっとイラッとするぐらい顔がいい。
100人いたら100人がこの青年を美形だと言うだろう。
笑顔だし、明るい感じだし、きっとモテる。
でも。
僕は青年に底知れぬ悍ましさを感じた。
「よし、シオンは男女のペアで乗るようにしよう、って俺は副団長に提案したんだ。あ、もちろん同性同士でやりたい連中は同性で乗せてやれ、ってね」
青年は楽しそうに喋っているし、こっちを見ているけど、これは録画だ。
「……嘘でしょ、この人……」コトハが微かに震えながら言う。「ラッセル・ガイルだわ……」
「へ?」
僕は素っ頓狂な声を上げた。
ラッセル・ガイル?
なるほど!
見たことあるはずだ!
そして。
悍ましく思うはずだ。
人類きってのイカレヤロー、凶悪にして最悪の傭兵。
全人類の敵、と呼ぶ者もいる。
「私の知ってる彼より若いけどね……」
「はん、俺のこのイケメン姿を見たら、更に興奮したんじゃねぇのか?」ラッセルが言う。「構わないから続けろ。今が戦闘中でも問題ない。戦場で死ぬなら本望だろう? おっと、戦場でヤりながら死ぬなら、それはとっても気持ちいいだろうぜ。俺もやりてぇなぁ」
ラッセルは本当に楽しそうに笑った。
その笑顔は、ゾッとするほど暗かった。
正直、僕はもう萎えた。
だからソッと服に手を伸ばす。
コトハも同じだったようで、そそくさと服を着始めた。
ラッセルはまだ何か喋っているけれど、僕らはもう聞いていなかった。
「スペシャルっちゃスペシャルだわね」
コトハがボソッと言った。
「雪月花の連中はこれで更に興奮するのかな?」
「でしょうね。あの連中は団長が大好きだもの」
「イカレてる」僕が言う。「雪月花でやっていけるか少し不安になったよ」
ちなみに、録画のラッセルはもう喋っていない。
ただジッとこっちを見ていて、時々、ニコッと笑う。
「私もよ」コトハが首を振る。「私もロゼも、割とイカレてる方だと思っていたけれど、たぶん雪月花に行ったら大人しい方なんじゃないかしら」
「そうかも。てゆーか、イカレてる? 僕らが?」
「マトモだと思ったの?」
「いや、思ってないけど、ハッキリ言われると少し複雑だなって」
僕らは間違いなくイカレている。
僕らじゃなきゃ、この状況にはなってない。
捕虜にしたのがコトハでなければ、僕は普通に軍に差し出していた。
僕らは戦車が好きで、戦車での戦闘が好きで、その中でエッチしようとして、それで、そのまま死んでもいいとさえ思った。
僕らがイカレてなきゃ、世界中のほとんどがイカレてないってことになる。
まぁそれでもいいけど。
「なんだか疲れたわ」
コトハが言って、僕は自分のシートに戻った。
しばらく無言の時間が流れる。
ディスプレイのラッセル、あれ消えないのかな?
ずっといるから、すごく嫌なんだけど。
と、コトハがジャミの頭を撫でた。
ジャミが嬉しそうにコトハに寄っていった。
「苦手じゃなかったっけ?」と僕。
「苦手なんじゃなくて嫌いなの」
「でも今、撫でた」
「前より嫌いじゃなくなったのよ」
「なるほど。僕のことは?」
僕が聞くと、コトハが溜息を吐いた。
「嫌いな相手とキスすると思うの? 殺すわよ?」
「わぁい」
「喜ぶな変態」
「殺すなら戦車砲でお願い」
「原型残らないわね」
「残りたくないからさ」
この世界に、何かを残したいと思ったことはない。
これからも、たぶんない。
「そうね。何もないから始まった人生、何もないで終わりたいわね」
コトハがなんとはなしに言った。
「僕も、てゆーかみんな、生まれた時は何もない」
「そうでしょうね。何か持って生まれてきたらビックリだわ。朝のニュースで流れるわね」
「そりゃいい。笑える」
そしてまた沈黙の時間。
僕たちはウトウトしていた。
なんだかんだ僕も疲れているようだ。
「なぜ人は」コトハが言う。「何かを得ようとするのかしら?」
それはとっても、小さな声だった。
寝言かと思うほど、曖昧な声。
「さぁ」僕が言う。「何もないと何もないの間を、『何かある』で埋めたいのかも」
「何の意味があるのかしらね? どうせ何もないに戻るのに」
「そうだね。死んだら何もない。愛すべき戦車も」
「私と戦車とどっちが好き?」
「戦車」
「でしょうね。死ね」
◇
途中で雨が降り出して、そのまま夜になっても降り続いた。
かなり酷く降っていて、外に出たら秒でびしょ濡れになる。
ディスプレイで外の様子を見ているけれど、視界はかなり悪い。
そんな中、コトハはシオンを進めていた。
「土砂降りってやつね」とコトハ。
「隠密には最高」と僕。
敵に発見される確率が減った。
というか、そもそも敵は僕らを探しに来ていない。
「操縦する方は少しだけ気を遣うのよ? 知ってた?」
「そりゃね。僕だって雨の日に操縦したことあるし」
「ニア共和国はずっと晴れてるのかと思ったわ」コトハが言う。「ニアの人たちの頭の中みたいに」
「それ笑える。話変えていい?」
「ご自由にどうぞ」
「なんで誰も僕らを探しに来なかったんだろう?」
「リソースが足りないだけでしょ。今のラクークはボロボロだもの」
「ドローンすら飛ばせないってこと?」
「なんなら衛星だって古いのが一機あるだけで、間違いなく私たちの捜索には使ってないわ」
「なるほど。戦争が終わってから本腰入れるって感じかな?」
「どうかしら? 明日の朝は一応、ドローンかヘリが飛ぶかも」
「そりゃいい。また撃ち落としたいな」
「あるいは」コトハが言う。「国境付近で撃破する気かも。私らが逃走すると考えたなら、だけど。上層部が何を考えているかは分からないけど、国境付近ならレスカもいるでしょうし、ね」
結局のところ、偉い人らの考え次第ってことだ。
あのスクラップ工場を守っていた連中は、何か罰を受けたのだろうか?
まぁラクークだし、銃殺とかも有り得る。
とはいえ、僕は何度同じ場面に出くわしても必ず戦車を盗る。
考えても仕方ないな、と思った。
どれほど親しくしても、たとえ親友や家族であっても、僕は最後には戦車を選ぶ。
そういう人間なんだ、僕は。
「操縦したい?」とコトハ。
「もちろん!」
突然だったけど、僕は即座に反応した。
「いいわ」
コトハがシオンを停車し、シートを降りて僕と入れ替わる。
それから何度か交代しつつ、僕らは焼けた森まで辿り着いた。
「酷いわね」
「まったくだね」
焼けた森を見た感想。
雨が降って良かったのかも。
たぶん降ってなかったら、まだ燃えてたんじゃないかな。
しばらく進むと、消火活動をした跡があった。
ふむ、消防隊はまだ健在なんだなぁ。
どの程度の効果があったのかは分からないけれど。
もちろん、今この場に消防隊はいない。
更に進むと、ニアの車両がいくつも転がっていた。
焼けてるなぁ、と思いつつシオンを停車させる。
「とりあえずパワーユニットの予備を積めるだけ。あとはまぁ、私らの拳銃とかその弾丸とかね」
コトハが言った。
「うん。魔力消費が激しいから、最悪、単独機動システムを使う可能性あるしね」
パワーユニットの用途はそれだけだ。
もしくは、魔力を流さずに初期起動させるとか。
どちらかと言うと、僕らの武器の方が大事かも。
また生身でギャングに襲われる可能性もあるし。
僕らはシオンに積んであった戦闘服・雨衣2型を着て外に出た。
雨が痛いなぁ。




