21撃目 初めての日
「何がいいかなぁ?」
僕は犬を撫でながら言った。
僕は納屋の床に座っている。
幸いなことに、床は腐っていない。
まぁ埃っぽいし、綺麗ではないけれど。
「ジャーキー」
藁に寝転がっているコトハが言った。
「食べる気!?」と僕。
「非常食としてなら、連れて行くのも悪くないわね」
「いやダメだ。こいつは食わない」
「なぜ? ニア共和国の軍隊ではサバイバル習わないの?」
「習ったし、動物は全部、貴重なタンパク質だと教わったけど、こいつは飼い犬だよ?」
「飼い主はもういないでしょ? それに、そんなの関係ないわ。私が生き残ることの方が大事だもの」
コトハの言葉はまったくの正論だ。
自分の命と犬の命なら、自分を優先するべきだ。
僕は犬を撫でながらそんなことを考えた。
犬は気持ちよさそうな顔をしている。
食べられる瀬戸際だなんて、犬には分からないのだ。
「ジャーキーが嫌ならミートは?」とコトハ。
「肉じゃないか!」
「そうよ。それは肉よ」
「畑の野菜を確保しよう。お腹空いてるんだよね?」
「ええ、そう。とってもお腹が空いてるの」
コトハは犬を見ながら言った。
隙があれば本当に肉にしそうな雰囲気。
「野菜、取ってくるよ」
僕が立ち上がると、犬も立ち上がった。
「その前に水を大量に作ってくれない」
コトハが起き上がりながら言った。
「どうして?」
「水浴びがしたいの。そこにバケツもあるし、ちょうどいいでしょ?」
コトハが指さした先には、大きなバケツが3つ転がっていた。
「納屋だし水道があるんじゃない? たぶん外に」
「そうかもね。でも、あなたの水がいいの」
コトハが言って、僕は魔法で水を生成した。
僕の水がいいんだってさ。
なぜかすごく嬉しかった。
僕がバケツ3つにたっぷりと水を生成すると、コトハはニコニコと笑って服を脱ぎ始めた。
「待ってコトハ、納屋の中で水浴びする気? 寝床にするんだろう?」
「ダメなの?」
コトハが不思議そうに首を傾げた。
マジでコトハってどんな場所で生活してたんだよ。
「床が濡れると寝れない」
「ふむ……。まぁ濡れていない方がいいわね」コトハが頷く。「分かったわ。じゃあバケツを外に運んで」
僕は黙ってバケツを外に出した。
僕が2つ運んで、コトハが1つ運んだ。
外では空の色が変わり始めていた。
あの世界の終わりみたいな瞬間から、割と時間が経過したんだなぁって実感があった。
「じゃあ私は水浴びするから、ロゼはそうね……20分は戻らないでね」
「分かったよ」
僕は肩を竦めてから、犬を連れて納屋を離れた。
畑は草がボウボウに茂っているけれど、野菜自体はちゃんとなっていた。
案外、世話をしなくても野菜って育つんだなぁ。
まぁ、避難するギリギリまで面倒を見ていたから、なのかも。
僕は農家の生まれだけど、農業に全く興味がないので詳しく分からない。
家の手伝いも小遣いが欲しい時に少ししただけだ。
僕が回収したのはナスビとキュウリ、それからトマト。
トマトはすごく美味しそう。
だからトマトを多めに収穫。
てゆーか、ナスビって生で食べて良かったっけ?
分からないけど、火を使うのは避けたい。
この辺には誰もいないけれど、ラクーク軍やレスカ軍の哨戒とかで見つかりたくない。
僕はニア共和国の人間だから、見つかったら酷い目に遭う。
そんなことを思いながら空を見上げると、綺麗なオレンジに染まっていた。
燃えているのではなく、普通の夕焼け。
もうすぐ世界は薄暗くなる。
視線を犬に向けると、少し疲れた様子だった。
僕は収穫した野菜を地面に置く。
それから両手に水を生成して、ソッと犬の口元に近づけた。
犬は嬉しそうに水を飲んだ。
犬が水を飲み終わってから、僕はペットボトルの水を飲んだ。
ヌルいな。
僕は地面に置いた野菜を再び抱き上げて、納屋へと帰還。
コトハは濡れていた。
身体を拭くタオルがなかったのだろう、濡れたまま戦闘服だけ着ている状態だった。
それはさすがにエロい。
僕だって男なので正直、興奮する。
そんな僕のことをチラリと見て「お帰り」と言ったあと、コトハは自分の髪を絞った。
髪が長いと大変だなぁ。
まぁ僕も短くはないけど、それでも耳が隠れる程度の長さだ。
「トマトちょうだい」とコトハ。
僕は野菜を地面に置いて、トマトだけをコトハに投げた。
もちろん優しく、ふんわりと投げた。
コトハがトマトをキャッチして、そのままかぶり付いた。
ムシャムシャとトマトを食べるコトハは、かなりワイルドに見えた。
僕もトマトを一個食べることにした。
特別野菜が好きってわけじゃないけど、腹が減っていたのですごく美味しく感じる。
「タンパク質が欲しいわね」
コトハが犬を見ながら言った。
「明日、町についたら何か探そう」
「そうね。ジャーキーミートは食べないものね」
「それ名前決定なの?」
「嫌なら何か考えたら?」
「そうする」
僕は肩を竦めてから、トマトを食べ切る。
「グラディウスにしようかな」
「長いし呼びにくいわ。戦車っぽいし」
「クレーストにする?」
「それも戦車の名前だわ。混乱するから戦車から離れましょう」
混乱するかなぁ?
大丈夫だと思うけど、あまり身近じゃない名前の方がいいかも。
「ラッセル・ガイルとか」
「殺されるわよ?」
コトハが苦笑いしながら言った。
「そんなに器小さくないでしょ? 雪月花の団長は」
「どうかしら? 気に入らないって理由で殺したりするみたいよ?」
「そりゃ怖い。犬の名前に使うのは止めておこう」
僕はラッセルに会ったことないし、雑誌『戦争大好き♪』の記事で見たぐらいの知識しかない。
あとはまぁ、風の噂とか。
そういえば、『戦争大好き♪』でラッセルの写真を見たっけなぁ。
死ぬほど綺麗な見た目をしていた。
あの写真は20代前半に見えたけど、今のラッセルはもっとずっと年を取っている。
でも今も見た目は若々しい……らしい。
直接見たわけじゃないので、どのぐらい若々しいのかは不明。
「何を考えているの?」コトハが言う。「犬の名前じゃないでしょ?」
僕は自分が考えていたことを、素直に話した。
「私と会った時は30歳前ぐらいの見た目だったわ。めちゃくちゃイケメンで、正直、私でもドキッとしたわ」
コトハとラッセルが裸で抱き合っている場面を想像して、僕はまた興奮してしまった。
同時に酷く腹立たしいとも思った。
これ以上はまずいな、と思ったのでその妄想を振り払った。
「それで?」とコトハ。
「それで、とは?」
「犬の名前よ」コトハが呆れた風に言う。「考えるの止めたの?」
「もうジャーキーミートでいいよ」僕は考えるのが面倒になった。「略してジャミね」
「いいわね。非常食っぽくて」
コトハが僕に寄ってくる。
コトハは濡れているし、なんかエロいし、僕はドキドキした。
コトハが右手で僕の頬に触れる。
なんで触れたの?
僕はドキドキが増して、動くことができない。
「まぁ、約束だし」
コトハは僕を強引に抱き寄せて、そのままキスをした。
コトハの唇は柔らかくて、そしてトマトの味がした。
舌が絡んで、温かくて気持ちよかった。
僕は我慢できなくなって、その場でコトハを押し倒した。
もちろん、乱暴にならないよう、コトハがケガをしないよう、優しく倒した。
「あーあ、水浴びしたのに地面に押し倒されちゃったわ」
コトハは悪戯っぽく笑った。
全然、嫌そうじゃなかったので、僕は服を脱いだ。
僕が脱いでいる間に、コトハは自分の戦闘服を脱いだ。
「初めてだから優しくね?」とコトハ。
「僕も初めてだから……」
「そうだったわね」
コトハが僕を引き寄せて、もう一度キスをした。
多くを失った日の夕方、敵国の領地内で、僕は初めて女の子とエッチをした。
しかも野外で、納屋の隣。
ロケーションは最悪。
でも気分は最高。
僕はコトハに会って、初めて人間を好きだと思えた。
だから、初めて好きになった相手とこうなれて、すごく嬉しいと思った。
ああそうだ、ロケーションと言えば。
犬が楽しそうに僕たちの周囲を駆け回って吠えていた。




