20撃目 僕たちと犬の征く道
僕はコトハを見ながら歩いていたけれど、ちゃんと道路も見ていた。
そして、さっきまで道路に犬はいなかった。
よって、左手側の森から出てきたのだろうと推測。
ちなみに右手側はとっても開けていて、草原のようになっている。
たぶんもう少し進むと、コトハの言っていた畑やなんかがあるのだろう。
犬は大きくて、狼のようにも見える。
でもたぶん犬だ。
こういう犬を見たことがある。
白と黒の毛色で、顔とお腹と足が白い。
あと、クルッとカールした尻尾の外側も白。
目はアーモンドみたいな形。
瞳の色は茶色で、僕とコトハをジッと見詰めている。
鼻は黒い。
犬の鼻はだいたい黒かったっけ?
コトハはきつく唇を結んで、緊張したように固まっている。
もちろん銃は構えたまま。
犬と僕たちとの距離はおよそ3メートル。
コトハは射撃が苦手だと言っていたけれど、さすがに的が大きいしこの距離で外すとは思えない。
「大丈夫そうだよ」
僕はゆっくりとした動作で、コトハの銃に右手を置く。
それから、ゆっくりと下げさせた。
「大丈夫じゃなかったら責任取ってよね」
「ああ。最初に食べられることにするよ」
僕は身を屈めながらゆっくりと犬に近づく。
犬は怯えた様子もなく、ただ僕を見ていた。
犬が逃げなかったので、僕は右手で犬の頭を撫でた。
そうすると、犬は嬉しそうに自分からすり寄ってきた。
「ほら平気だった」
僕はニヤリと笑ってコトハを見た。
「ロゼさっき犬が好きって言った?」
「普通って言ったけど、実家で似たようなの飼ってる」
「聞いてないわ、それ」
「言ってないからね」
僕が肩を竦めると、コトハは小さく深呼吸をした。
「とにかく、私には近づけないで」
「平気だってば。毛で見えにくいけど首輪してる」
あまり目立たないシンプルな首輪で、色も毛と同じ黒。
「……この先の町で飼われてたのかしら?」
「だろうね。逃げる時に連れて行けなくて逃がしたってとこじゃない?」
「そう。分かったわ。その子は安全なのね?」
「人に慣れてる。問題ないさ」
僕がそう言うと、コトハはやっとで銃を仕舞った。
「じゃあ行きましょう」
コトハは犬を避けるような進路で歩き始めた。
そんなコトハの様子が可笑しくて、僕は小さく笑う。
本当に犬が嫌いなんだなぁ、と思った。
昔襲われたのだろうか。
コトハは酷いところに住んでいたようだし、野犬も多かったのだろう。
そしてまた僕たちは歩き続ける。
やがて右手側に畑が見えてきて、それを横目に通り過ぎると新しい畑がまた現れる。
何を育てているのかはよく分からない。
それに、しばらく手入れをしていないように見える。
まぁ、この辺の人たちは避難しているのだから当然か。
「ねぇ」コトハが言う。「息づかいが聞こえる」
「そうだね」
「変態みたいな感じ」
「それは犬に失礼だ」
犬は僕たちにずっと付いてきていた。
「私たちは飼い主じゃないのに、どうして付いてくるの?」
「さぁ。人間が好きなんだろう」
「戦車に乗っていたら、少しも怖くないのに……」
「まぁそうだね」
戦車に乗っていたなら、生物の大半は矮小な存在にしか見えない。
いや、そもそも見ようともしない。
子犬ぐらいならキャタピラで潰したとしても気付かないかも。
コトハが少し早足になったので、僕はコトハの後方を歩くことに。
「少し疲れたわね」
しばらく進んでから、コトハは振り返ることなく言った。
「そうだね。休憩する?」
「もう少し進みましょう。それよりロゼ、どうして隣を歩かないの?」
「今はコトハが隊長」
「バカじゃないの?」
コトハが立ち止まって振り返った。
そして僕の隣の犬を見て表情を歪めた。
「だって、グラディウスが死んでから、ずっと隊長みたいに振る舞ってるじゃないか」
「私が?」
「そう」
「自覚はなかったけれど、気に食わないならロゼが先頭にどうぞ」
コトハが右手で僕を促す。
上品なウエイトレスみたいだった。
「当然、犬も一緒にね。私は犬とは並びたくないもの」
「別に気に食わないなんて言ってないよ。コトハが隊長でいい」
「そ。じゃあ隊長命令。隣を歩きなさい」
「了解」
僕はコトハの隣まで進む。
そうすると、それに合わせてコトハも歩き始めた。
犬は僕の逆隣に並んだ。
二人仲良く並んで散歩しているような気分に陥る。
犬を連れた夫婦の散歩ってこと。
晴れているし、それなりに気持ちのいい日だ。
まぁ、心情的には最悪の日に近いけれど。
なんせ、僕のグラディウスがおシャカになったのだから。
「何か話をしましょう」とコトハ。
「いいけど……、それで隣に来いって言ったのか」
「何か文句でも?」
「いや。気が紛れていいと思う」
僕たちはただ、歩いているだけだ。
ひたすら淡々と歩いているだけ。
それって割と苦痛だったりする。
でも、そこに楽しい会話が加われば、ちょっとは苦痛が和らぐかもしれない。
「何か話題を振って」
「僕が?」
「そう。ロゼが」
「分かった。ちょっと考える」
何を話せばいいのだろう。
戦車の話題しか思い付かない。
まぁ、戦車の話でいいのかも?
でも、こう、なんていうか、もっと最適な話題を提供したいと思うのだ。
自分の相棒だと思っていた戦車がオシャカにされて、遠くまで歩かざるを得ない、よく晴れた日にうってつけの話題を。
更に言うと、僕にとっては敵国領で、コトハにとっては自国内という状況。
たぶんこの周囲に住んでいた人間たちは避難しているから、半径数十キロかあるいは百キロ以上に渡って僕とコトハしか存在していないようなこの瞬間の話題。
ダメだ思い付かない。
「遅い」
コトハはちょっと怒ったように言った。
「ゴメン。でも、何を話そう?」
「もういいわ」コトハが溜息混じりに言う。「そろそろ休みましょう」
コトハが視線で納屋を示した。
納屋は少し進んだ右手側。
左手側は相変わらずの森。
もう少し開拓してもいいのではないだろうか。
この国にそんな余裕があるとは思えないけれど。
ちなみに、遠くの森では未だに煙が見える。
大規模な火災になっているようだが、ナパームを撃ち込んだのだから当然か。
雨でも降らなければ消えないかもしれない。
まぁ、僕には関係ない話だ。
自然保護団体とか、そういう人たちが怒りそうだけど、怒ったところで意味はない。
コトハが納屋の前で立ち止まったので、僕も立ち止まった。
納屋は木造で、かなり古そう。
崩れるんじゃないだろうかと少し心配。
コトハは気にせず戸を引いて中に入った。
僕と犬もそれに続く。
納屋の中には農作業の道具が仕舞われていて、奥には藁が積まれている。
それほど広い空間ではないが、二人ぐらいなら休める。
正確には二人と一匹。
納屋の壁はところどころ外の光を通している。
板がちゃんと噛み合っていないのだ。
経年劣化というやつなのか、元々いい加減な作りなのか、どっちだろう。
「かなりいい場所ね」コトハが頷く。「一晩泊りましょう」
「え?」
「町までまだ距離もあるし、明日の朝一で出ればいいでしょう? そうすれば夕方には町に入れるわ」
「ここで寝る……って、本気?」
「ええ。藁もあるし、いいじゃない」
「いい? ここが?」
「ええ。もっと酷い場所に寝泊まりしたこともあるのよ、私」
「僕はない」
「そう。ならここが最低の寝床ってことかしら?」
「そうなるね」
「お金持ちのボンボンみたい。あ、犬は追い出してね」
「追い出さない。抱いて寝る」
「正気なの?」
「もちろん。温かいんだ」
「あらそう。ご自由に。私の方には近づけないで。うっかり撃ってしまいそうだから」
「分かった」
僕は肩を竦めてから、その場に腰を下ろして犬の頭や首を撫でた。
コトハは迷わず藁の上に座る。
「お前、僕らとくるなら名前がいるよな?」
僕は犬に頬を寄せながら言った。
「飼わないわよ」
まるで妻みたいにコトハが言った。
僕たちは結婚してたっけ?




