2撃目 残酷な僕と逃げたい君
「そりゃ、これだけボロボロにやられたら、逃げたくもなるでしょ」
ちょっとバカにしたような口調でイレアナが言った。
イレアナはいい子なのだけど、時々、他人を見下したような物言いをすることがある。
「おいおい、あいつらは殲滅されるまで負けじゃない、って本気で思ってるボケだぜ?」
「パウルの言う通りだ。とにかく僕が追う」
「おいロゼ、てめぇ、パウルさんだろうが。呼び捨てにしてんじゃねぇぞ」
ロゼ・ライン。
それが僕の名前。
「いや、そんなことはいい。追うな」モニカが言う。「放っておけ。我々はもう勝った。あとは歩兵連中が基地に籠城している敵兵を捕えるだけだ」
「じゃあ、戦車部隊は自由にしていいね、モニカ小隊長」
僕は戦列を離脱し、逃げた敵戦車の方にキャタピラを向けた。
「おい!」モニカが怒鳴る。「勝手な真似をするな!」
僕は通信をオフにしてから、「うるさいバーカ」と呟いた。
僕は戦車が大好きだけど、他人の命令を聞くのがどうも苦手だ。
速度を上げて、逃げ出した敵戦車を追う。
味方の戦車に、僕の邪魔をするような動きはない。
ディスプレイの映像をズームして、敵戦車を映す。
特に変わった様子はない。
魔導戦車のクレーストだ。
「珍しいな」
敵国である軍事独裁国家ラクークの主力戦車は、ルイシという名前の通常戦車だ。
僕たちのラーミナⅡと同じ第5世代、つまり一人乗りの戦車だが、ラーミナⅡに比べると少し古い。
ルイシは元々、超大国であるレスカ帝国の戦車で、レスカ帝国がルイシ改の配備を進めた時にラクークに売り払ったものだ。
その時に一緒に買ったのがクレースト。
こちらも第5世代に分類される。
「んー」と僕は唸った。
単純に魔法使いは貴重だから、逃げてもいいのかも?
逃げているクレーストは、魔導戦車であること以外は、まぁ普通。
カラーリングも濃い緑色と茶色の迷彩だし、特殊な装備を積んでいる様子もない。
「本当にただ、逃げただけ?」
あまり面白くはないが、そういうことなのだろう。
クレーストよりもグラディウスの方が速いので、少しずつ距離が詰まる。
周囲での戦闘はほとんど終わっているので、砲弾が飛んでくるということもない。
ピクニックみたいなものだ。
まぁ、壊れた敵の車両を避ける必要はあるけれど、他に障害物はない。
この場所は開けていて、ラクークの軍事基地があるだけだ。
しかし、西に少し進むと森林がある。
敵クレーストはその森林を目指しているようだった。
「森を目指しているってことは……」
罠でなければ本当にただ逃げているだけ、ということ。
戦車は森での戦闘には向いていない。
基本的には、って話。
森で戦う方法もあるし、僕は戦える。
話をクレーストに戻そう。
相手の罠である可能性は低い。
だって、食い付いたのが僕だけなのだから。
「森に入られる前に、動けなくした方がいいかな」
コントロールパネルを操作して、敵クレーストをオートロック。
それから手動で照準を調整して、キャタピラに狙いを定める。
敵クレーストとの距離はおよそ2000メートル。
停車して撃てば、手動で撃ってもまず外れない距離。
向こうが動かなければ、だけど。
弾丸の選択で、一般的な多目的対戦車榴弾ではなく徹甲弾の上位互換である防壁貫通徹甲弾を選んだ。
滑空砲から発射される徹甲弾と防壁貫通徹甲弾には、弾道を安定されるために矢羽が付いている。
僕はその矢羽が好きなのだが、それが選択の理由ではない。
榴弾だと、パイロットを殺してしまう可能性があるから徹甲弾にしたというだけ。
きちんとキャタピラに当たれば、弾体がコクピットで跳ねるということもない。
と、敵クレーストの砲身がグルリと回転して、僕の方を向いた。
「やばっ」
クレーストの砲身が火を噴くと同時に、僕は戦車を旋回させた。
敵の弾丸は僕の戦車から少し離れた場所に着弾し、爆発した。
爆発したということは、榴弾だ。
しかし、命中率が悪すぎる。
狙わずに撃ったような感じだった。
これなら旋回しなくても当たらなかった。
僕の方はオートロックしたままなので、戦車がどっちを向いていようが、砲身はクレーストのキャタピラを捉えたままだ。
と、敵クレーストから通信が入った。
しかも秘匿回線で。
僕は迷わずその通信に応答する。
「どうして追ってくるのよ!?」
若い女の声。
音声のみで、映像はなかった。
「君が逃げるから、かな?」
僕はちょっと迷いながら言った。
他にも、退屈な戦闘だったから刺激が欲しいとか、色々と理由はある。
「今のは警告よ! 次は当てるから! 私はただ逃げてるだけ! 追ってもメリットなんてないわ!」
「警告? 違うね。今のは僕にロックされたから焦って撃っただけだ」
ロックされれば、ロックオンアラートが鳴る。
正直、弾丸を選んでからロックするのが普通なのだが、僕はロックしたあとで相手を殺さないという選択をした。
よって、そこにタイムラグが生まれ、先に撃たれた。
でも後悔はしていない。
敵パイロットに聞きたいことがあったから。
それを今、聞くことにした。
「ねぇ、君はどうして逃げるの?」
そして、
とっても残酷なことだけど、
僕は相手を逃がす気がない。
たとえどんな答えを聞いても。
「あなたには関係ないことよ」
敵パイロットが言った。
面白くない解答だ。
「そうかな? 僕は君をロックオンしてる。この距離なら外さない。命が惜しくないわけ?」
僕も敵も、会話しながらも移動を続けている。
「惜しいから逃げてるのよ。それとも、敗残兵の私と一戦交える?」
「君次第だよ。もしロックオンアラートが鳴ったら、その瞬間に僕は撃つ。魔導防壁を張っても無駄だよ? 防壁貫通弾を装填してる」
まぁ、狙っているのはキャタピラだけどね。
そこまでは相手に分からない。
「ロックオンはしていないわ。でも、あなたがどうしても私と戦うというなら、やるわよ。私だって防壁貫通弾を積んでるもの。黙ってやられる気はないから」
僕と敵との距離が徐々に縮まる。
僕らの距離は1500メートルといったところ。
敵が手動で撃っても、次は当てられる可能性が高い。
僕が躱さなければ、ってことだけどね。
「ねぇ、もう一回聞くけど、なんで逃げた? はぐらかしたら撃つ。装甲はこっちの方が勝ってるから、君が反撃しても、僕は助かって君が死ぬだけだ」
グラディウスの装甲がクレーストより厚いというのは事実だ。
でも、撃ち合ったら実際はどうなるか分からない。
当たり所というのもあるし、距離が近いというのもある。
「捕虜になりたくないから。戦車を壊されたくないから。満足?」
敵パイロットが言った。
声の感じから、嘘ではないと判断。
「前者はよく分かる。捕虜に性的な虐待を加える奴が多いからね。でも後者は?」
捕虜への虐待は、ある程度黙認されている。
僕らの国は準先進国で、戦争に関する国際条約のようなものには加盟していない。
よって、捕虜の扱いは僕らの自由だ。
まぁ、ラクークもそうだけど。
「信じないかもしれないけれど、私は戦車が好きだから」
「信じるさ。僕もそうだから」
森の入り口が近い。
そろそろ撃たなくてはいけない。
僕は敵を逃がす気がない。
必ず撃破する。
「なら、このまま行かせて」
「どこに?」
「傭兵団『雪月花』よ」
「なんだって?」
世界で一番イカレた傭兵団。
三度の世界大戦に喜び勇んで参加した凶気の軍団。
団員は総じて戦闘好き。
「雪月花よ。もう話は付けてあるの。私が自力で彼らの領土に辿り着ければ、仲間に迎えてくれるわ」
なるほど。
自力で辿り着く実力がなければ、不要ということか。
ちなみに、雪月花は小さいが確かに領土を持っている。
2回目の大戦の時に、報酬として受け取ったらしい。
まぁどうであれ。
「断る」
僕はコントロールパネルを操作し、弾丸を通常の徹甲弾に変更。
なぜだか、敵は魔導防壁を張らない気がしたのだ。
防壁貫通弾はコストが高く、多く積んでいないので、節約したいしね。
僕は戦車砲を連続して発射した。
18時に3話を公開します。




