19撃目 世界の終わりにサヨウナラ
「それで? スクラップ置き場は遠いのかな?」
「遠いわね。まずこのまま街道を北上して、途中の分かれ道を北西に向かうの。北東にはロゼたちの目的地だった第三都市があるわ」
「第三都市にはもう用がない」
「でしょうね。分かれ道を北西に向かうと田畑があるから、納屋か何かで休めるわ。日が暮れるまでには着くでしょう。とりあえず今日の目的地はそこ」
「分かった。出発前に補給車両を漁ってみよう。まだ生きてる食料や水があるかもしれない」
言ってすぐ、僕は原型の残っている補給車両を目指した。
コトハも黙って僕に続いた。
補給車両は戦車よりずっと装甲が薄いので、ほとんどの車両が原型を留めていない。
そういう車両は調べるだけ無駄だ。
食料は灰になって、水も消滅しているだろうから。
原型の残っている補給車両は、被弾したのが車のフロント部分だったので、荷台の方は半分ぐらい無事である。
でも幌が焼け落ちてしまっている。
近寄ると、搭載していた食料も水も、ほとんどダメになっているのが分かった。
でも、一番後ろに積んであった箱だけ無事だったので、僕はその箱を下ろして地面に置いた。
それから箱を開けて中を確認すると、ペットボトルの水が入っていた。
「運がいいのか悪いのか」
コトハが言った。
「まぁ食糧の方が嬉しいけど、水もありがたいよ」
水は3本だけしか入っていない。
箱を下ろす時に軽いとは思ったけど、たったの3本しかないとは。
「何もないよりマシってことね。それに容器があれば、ロゼの作った水を移しておけるしね」
言って、コトハは当然のようにペットボトルを2本取ってポケットに突っ込んだ。
僕は息を吐きながら残った1本を取って、やはりポケットにねじ込んだ。
「行きましょう」
コトハが街道を進み始める。
コトハの武器は死体から奪った銃が一丁と2本のペットボトル。
それから防御系の魔法。
たぶんシールドを張れるのだろう。
僕の武器は支給された銃が一丁にナイフが一振り。
それから1本のペットボトル。
あと、魔法で水を生成できる。
そして2人とも、移動は自分の足のみである。
絶望的というほど酷くはないけれど、楽観できるほど潤沢な装備でもない。
僕はコトハの右隣に並んだ。
煙の匂いと火薬の匂いと、それから肉が焼ける匂いが満ちている。
僕らは無言で歩みを進め、世界の終わりみたいな風景から遠ざかった。
やがて匂いも薄れた頃、コトハが言う。
「結局、グラディウスの仇討ちをしてから雪月花に向かう、でいいの?」
「そうだよ。あの新型は絶対に撃破する」
「いいわ。それで勝算はあるの?」
「勝算?」
「そう。第4世代の二人乗り戦車で、第6世代のステルス戦車に勝てるのかしら?」
「普通に戦えば、たぶん勝てない。一対一で戦ってはみたいけど、ね」
いくら僕の腕が良くても、戦車の性能に差がありすぎる。
2世代の違いは大きい。
同じ世代でも前期と後期で割と差があるのだから。
「敵は中隊規模よ。どうするの?」
「僕が狙うのはあの色違いだけ。怪物の絵を描いてた奴」
「だとしても、周囲は黙ってないでしょう? 戦車は盆栽じゃないのだから」
「盆栽って?」
「知らないの?」
「知らない」
「ニア共和国では、植物を植木鉢に閉じ込めて観賞したりしないの?」
「観葉植物のこと?」
「そう。だいたいそれと同じよ。もう少し奥が深いけれど、説明は止めておくわ」
「ふぅん」
戦車は盆栽じゃない。
つまり、観葉植物じゃない。
眺めるために存在しているのではない、という意味か。
あと、観葉植物と違って動くし攻撃してくる。
「比喩を理解してくれたところで、話を戻すけれど、勝算は?」
「あるさ。防壁貫通弾による超長距離射撃を行う」
「超長距離射撃ですって?」
コトハは歩きながら、目を細めた。
「そう。どうせあいつらにオートロックは効かない。だから手動で撃たなきゃいけない。なら、レーダ圏外から一撃で潰す。あ、砲弾はもちろん数発撃つけどね。潰したらそのまま逃走する。どう?」
「いい考えだとは思うわ。でも、経験あるの? 超長距離射撃を手動で行った経験」
「ないけど、自信はあるよ。戦闘機に当てるよりは簡単だろう? 動いていないところを狙えば特に」
「休憩中とかを狙うわけね」
「できればね」
戦闘ってのは基本的に、こっち有利で相手は不利って状況が望ましい。
「まぁ、とりあえず私がドライバーでロゼがガンナーね」
「問題ない?」
「ないわ。操縦の方が好きだもの、私」
「良かった」
僕はホッと息を吐いた。
コトハがガンナーをやりたいと言い出したら、軽く揉めることになってしまうから。
コトハは確かに操縦なら僕より上手かもしれないけど、手動での狙い撃ちはそこまで上手じゃなかった。
もちろん、下手くそってわけじゃない。
ニア共和国の戦車部隊で考えるなら、上位ではある。
でも僕から見たら、
僕を中心に考えるなら、
やっぱり下手くそなのだ。
「それはそうと、話題が出たついでに言いたいことがあるんだけど」と僕。
「何の話題のついで?」とコトハ。
「僕が戦闘機さえ撃墜した天才的な戦車乗りって話題」
「そんな話題だったかしら?」
オリハがジトーッと僕を見た。
あ、可愛い。
「君、僕が戦闘機を墜としたらキスしてくれるって、そう言わなかった?」
「ええ。言ったかもね」コトハが言う。「何? 本気にしたの? キスしたいの?」
「したい」
僕が素直に言うと、コトハは照れたように顔を伏せた。
「今はダメよ、場所も悪いし、薄汚れているし……」
「身体を拭くためのシートは使っただろう?」
支給品である。
戦争中はゆっくり風呂に入る余裕もないので、身体を拭くためのシートが支給されるのだ。
僕はそれをコトハと分けて使った。
「ちょっと!? キスだけでしょ!? 身体は関係ないわ!」
コトハが怒った風に言った。
なんで怒ったんだ?
「薄汚れているから、キスするために近寄りたくない、って意味だろう?」
「はい?」とコトハ。
「匂うかもとか、女の子はそういうの気にするんでしょ? イレアナが言ってたよ」
「ああ……そう……。そうね……」
コトハはなんだか呆れた風に言った。
そこから僕たちは無言で歩みを進めた。
◇
僕たちはかなりの距離を歩き、やっと分かれ道に出くわした。
コトハが大きく息を吐いてから、戦闘服のジャケットを脱いで腰に巻いた。
気温は体感で二〇度を超えているが、特別暑いというわけでもない。
歩き続けたせいで身体が温もってはいるが。
それに汗もかいている。
僕はコトハの真似をして、ジャケットを脱いで腰に巻こうと思ったけど、裾がなかった。
仕方ないので脱いだジャケットをまた着た。
「こっちよ」
コトハが北西の道へと歩みを進めた。
僕は黙ってコトハに続く。
コトハは僕と同じように汗ばんでいて、戦闘服が貼り付いている。
その様子がとっても官能的で、僕は思わず唾を飲んだ。
「犬は好き?」
唐突に、コトハが言った。
質問の意図がよく分からないけれど、僕は正直に答える。
「普通かな。コトハは?」
「嫌いよ」
そう言ってコトハは銃を抜いた。
死んだニア共和国の兵士から盗んだオートマチック拳銃だ。
軍の支給品で、一般的な9ミリ。
「なぜ嫌いなの?」
「襲われるから」
コトハは銃を構えて立ち止まった。
合わせて僕も立ち止まる。
「どうかした?」
「ロゼって前を見て歩かないの?」
「コトハを見てた」
「熱い視線は感じてたわ」
「そんなに熱かったかな?」
「それに、いやらしい感じだったわ」
「そんなことない」
まぁ、実はちょっとそういう目で見ていた部分もある。
汗ばんだ胸元とかね。
でもそれは、コトハが戦闘服のボタンをちゃんと留めていないのが悪い。
「そう。どっちでもいいけれど、そろそろ前を見てちょうだい。野犬に襲われて死亡なんて笑えないわよ?」
言われて前を向くと、一匹の大きな犬が僕たちの前にいた。




