18撃目 プロローグの続き
「なぜ逃げなかったの?」
意識が戻ってすぐ、僕は酔狂なコトハに言った。
コトハは逃げもせず、僕に手当をし、更に膝枕までしてくれている。
これを酔狂と言わずして、一体何を酔狂と言えばいいのだろう。
◇
「傭兵団『雪月花』で?」
「そう。人類最高の魔法使いが率いる、戦闘好きの集まり、正気の外側の集団と言われている雪月花で」
立ち上がると、少し目眩がした。
思っている以上に、僕は血を流したのかもしれない。
自分の戦闘服を見ると右の裾がなく、腕には包帯がグルグルと巻かれていた。
「勝手に応急セット使ったわよ」
「いいさ。今使わなきゃ使い道がないし」
こういう時のため、戦車には応急セットが搭載されている。
まぁ、ニア共和国では標準的な装備だが、他の国ではどうなのだろう。
僕は頭にも包帯が巻かれていて、触れると少し痛む。
右腕も痛むけれど、動かないわけじゃない。
軽傷ってわけじゃないけど、命に別状はなさそう。
なんで生きてる?
防壁貫通弾を何発もまともに喰らって、生きている方が不自然だ。
僕はコトハをジッと見た。
「右腕はあまり動かさない方がいいかもしれないわ」
「どうして?」
僕は右手をグーパーと動かした。
「破片が刺さってたの」
「破片が?」
僕は右腕をジッと見詰めたけれど、包帯の下がどうなっているのか分からない。
「もう抜いたわ」
「ありがとう。コトハは怪我をしなかった?」
僕が見た限り、コトハは爆発の影響で薄汚れているだけで、特に負傷した様子はない。
「平気よ。耳鳴りがしていたぐらいね」
「運がいいね」
「ロゼもね。私たちはきっと、ここで死ぬべきじゃないのよ」
「哲学的な発言だ」
「深い意味はないわ。そう思ったから言っただけ」コトハが肩を竦める。「とりあえず、スクラップ置き場を目指しましょう」
「その前に聞きたいんだけど、最後、防壁貫通弾が直撃する瞬間、魔法を使った?」
「あら? 覚えていたのね」
コトハは意外そうな表情で立ち上がる。
「確か防御系の魔法使いだったよね?」
「そうよ」
「だとしても、かなりの魔法だよね? あれだけ撃たれて生きているんだから」
「少し練習したのよ、魔法」
「そうなの?」
実に珍しい。
「第三次世界大戦以降、魔法は廃れたわ」コトハが言う。「三次大戦を魔導大戦と呼ぶ者もいるぐらいだしね」
僕はコクンと頷いた。
コトハが続ける。
「実際、ほとんどの国は魔法使いに魔法で戦わせるより、魔導兵器に乗せた方が、効率がいいと知ったわね」
「魔法使いの終焉、だね」
「そう。以降、私たちのような魔法使いは、魔法はほとんど使えなくて、ただ魔導兵器の一部として活用されたわ」
「通常兵器よりも魔導兵器の方が強力だからね、基本的には」
僕はまた周囲を見回して、おびたたしい数の兵器の残骸が視界に入った。
「まぁそんなわけで」コトハが肩を竦める。「魔法使いとは名ばかりの、ほとんど魔法を使えない魔法使いだらけの世界になってしまった」
「でも君は練習した。なぜ?」
現代社会において、魔法を教えてくれる人もいない。
まぁ、普通の国には、ね。
「人類最強、嗤う魔王、傭兵の王様、ラッセル・ガイルに言われたからよ」
「だと思ったよ」
現代においても魔法を重用している唯一の集団。
傭兵団『雪月花』。
その中でも特務部隊の連中は常軌を逸した魔法を使う……らしい。
世界が、パワーバランスが、とことん崩壊するほどの魔法を。
彼らは彼らを統べるラッセルとともに、徹底的に魔法の訓練をするのだとか。
もちろん、それらは全て実戦で使うためだ。
「それでまぁ、いざって時の切り札になる程度には、練習したの」
「なるほどね。凄いよコトハ。僕なんて水を生成することしか、できないのに」
「十分よ。特にこの状況じゃ、水は貴重だわ」
「だろうね」
一応、あとで補給車両を調べよう。
僕が水を出せると言っても、無限には出せないし。
「さて、スクラップ置き場を目指す前に」僕が言う。「色々と漁ってみよう。あと、イレアナとモニカの生死も確認したいし」
「嫌いだったんじゃないの?」
コトハはとっても驚いた時みたいに目を丸くした。
「好きではなかった。それに、ただ確認するだけだよ。死んでいても問題ない」
イレアナに借りは返したし。
でもまぁ、なんだろう。
願えるなら、生きていて欲しいなって。
なんとなく、そう思っただけ。
「そう。ご自由に。私は使えそうな武器でも探すわ」
「またここに集合で」
僕が言うと、コトハはヒラヒラと手を振った。
僕は自分のグラディウスから一番近いラーミナⅡまで歩いて行った。
ラーミナⅡは全部同じ形で同じ色をしている。
だから誰が乗っているのか外からは分からない。
目視じゃ識別コードは見えない。
イレアナもモニカも真面目だから、ペイントなんかもないし。
「これは酷いな」
完全に大破している。
パイロットの死体を識別するのは難しそうだ。
僕は側面のエスケープハッチを開けて、中を覗いてみた。
そうすると、逆側の景色が見えた。
なるほど。
向こう側から見るとこのラーミナⅡは大破どころではない。
なんとか原型を留めているのは僕側の装甲とキャタピラだけか。
操縦席は焼け落ちていて、パイロットの死体も見つからなかった。
まぁ、しっかり探せば骨ぐらいは残っているのだろうけど、そこまでするつもりはない。
僕はハッチから離れ、周囲を見回した。
どの車両も酷い有様だ。モニカとイレアナを探すのはちょっと難しい。
まぁ、たぶん二人とも死んだってことにしておこう。
その可能性の方が高いから。
僕がやられる前、モニカはディスプレイに映っていなかった。
よって、僕より先に被弾したと考える方が自然だ。
イレアナに関しては、僕が被弾した時まだ生きていた。
でもイレアナの腕前じゃ、連中から無事に逃げられるとは思えない。
うーん。
仕方ない。
これが戦争だ。
順番に死んでいくのだ。
本来なら、コトハを監禁していなければ、僕もここで死んでいたわけだしね。
僕はゆっくりと歩いて、自分のグラディウスに戻った。
こいつはもう動かないだろう。
修理すれば、どうか分からないけれど、新しいのを買った方がきっと安い。
しかし部品取りには使えるかも?
たぶんいくつかの弾丸がまだそのまま使えるはずだ。
新しい戦車を手に入れたら回収に戻ろう。
僕は僕のグラディウスを破壊した奴を必ず撃破する。
「今までありがとう」
グラディウスの装甲に触れて、そう言った。
こいつは僕の相棒だった。
短い期間ではあったけれど、僕はこいつを自分の棺として認めていた。
だから仇は討つ。
「私は自分のクレーストにありがとうを言うヒマもなかったわ」
いつの間にか僕の背後に立っていたコトハが言った。
「僕のせい?」
僕は振り返らず言った。
「違うとでも?」
「違わないさ」
コトハのクレーストは僕が壊した。
そしてコトハに投降を促して、すぐにグラディウスの中に押し込んだのだから。
お別れの挨拶ぐらいさせてあげればよかった。
まぁ、今更だけど。
「使えそうなものはこの銃だけね」
コトハは腰のホルスタを叩いた。
そこに入っている銃は、死体からコトハが盗った物だ。
だってコトハの銃はクレーストを降りた時に僕が捨てさせたから。
「銃があって良かったね。それで僕を撃ったりしない?」
僕が言うと、コトハはニヤッと笑った。
「どうかしら? クレーストの仇討ちとしゃれ込むのも、まぁ悪くないわね」
コトハは銃に触れようともしなかった。
「射撃の腕前は?」
「いいとは言えないわね。ロゼは?」
「僕もいいとは言えない」
普段ほとんど使わないから。
もちろん、訓練時代に使ったことはある。
「戦車がないとダメね。私たち」
コトハが溜息を吐きながら肩を竦めた。
僕たちは本当に、戦車がなければただの人。
まぁ、みんなそうかもしれないけれど。
よし、スクラップ置き場を目指そう。




