15撃目 愛の告白と絶望の雨
「何?」
僕がジッとコトハを見ていたので、コトハが少し不思議そうな顔をした。
僕は小さく首を振った。
なんでもない。
僕たちの関係は酷く危うい。
まるで砂上の楼閣。
早めに『雪月花』に亡命しなくては。
次の戦闘のどさくさ、というのも有りか。
でも戦車を盗むのが難しい。
コトハのために戦車を盗むなら、みんなが休んでいる時がいい。
誰も乗っていない時の方が簡単に盗れる。
そして最大の問題。
僕とコトハの2両で無事に逃げられるか、ってこと。
いくら僕らの腕が良くても、今この戦列に加わっている連中を相手に立ち回れるだろうか?
「ねぇ、質問してもいい?」と僕。
「どうぞ」
「仮にだけど、一緒に逃げたとして」
「曖昧な言い方ね? やっぱり故郷を離れるのは嫌?」
「仮定の話だから曖昧に言ってるだけ。僕は君と一緒にいたいよ」
僕が言うと、コトハはニヤッと笑った。
ああ、クソ、僕はコトハの掌の上でコロコロ転がるボールみたいだ。
「仮定の話を続けて」とコトハ。
「それでまぁ、上手に誰かのラーミナⅡを奪えたとしよう。だけど、たったの2両で逃げ切れると思う?」
「どうかしらね」
「え?」
やっぱ勝算があるわけじゃない、か。
「え? じゃないわよ」コトハが肩を竦める。「私たちは強いでしょうけど、数の暴力ってのは怖いものよ」
「まぁそうだね」
「ただ、それでも私は行くわ。最悪、ロゼが来なくても、ね?」
「僕は行くよ」
「ロゼは愚かね」
「ずっとそうだったよ。今までも、きっと死ぬまで」
コトハと離れたくないという感情が、秒刻みで大きくなっていくのだ。
この感情は僕を一種のトリップ状態に陥れる。
だから、とっても恐ろしいと思う。
いつか制御できなくなる。
戦車への気持ちが抑えられないように。
戦闘への渇望が広がるみたいに。
もし、コトハを諦めるなら今しかない。
これ以上、二人の時間が重なれば、僕は引き返せない。
今ならまだ、微かに僕の理性が働いている。
でも。
僕はコトハ諦めないだろう。
まぁ、逃亡する前にイレアナに借りを返したいから、早く願いを決めて欲しい。
急かしてみようかな。
僕がそんなことを考えていると、
「全軍に緊急通達――」
緊急回線を通じて音声のみの通信が入った。
緊急回線はこちらが受けなくても強制的に内容が聞こえてくる特別な回線のことで、使用できるのは指揮車両のみとなっている。
更に言うと、この師団を率いている師団長の命令でしか使えないのだ。
「我々は進軍を一時停止する。別命あるまでその場で待機せよ。繰り返す――」
「何かあったみたいだ」
僕は少しだけ不安になった。
不測の事態への不安ではなく、戦闘がなくなってしまうのではないか、という不安。
「作戦遂行が困難な状況に陥った、ということかしら?」
「そうかもしれない。制空権が取れそうにないのか……」
「あるいは航空機部隊が敗退した」
コトハはとっても真面目に言ったが、その説は微妙なところだ。
ニア共和国の空軍がラクークの空軍に負けるなんてあまり想像できない。
「納得できない、って表情してるわ」
「そりゃね……」
「確かにラクークはニアに劣っている。全ての面で劣ってると思うわ。でも、些細なことがキッカケで逆転することだって有り得るでしょう?」
「例えば?」
「……それはちょっと分からないけれど」
コトハは困ったように顔を歪めた。
「まぁ、いくら予測しても、答え合わせをするには次の通達を待つしかない。それってあまり有意義とは言えないな」
「そうね。それじゃあもっと有意義な時間を過ごしましょう」
「どうする?」
「寝なさい」
コトハは肩を竦めた。
確かに、少し休んだ方がいいかもしれない。
ただ、眠いけどあまり寝たくないんだよね。
とはいえ、とりあえず僕は操縦席に座って目を瞑った。
そしてその瞬間。
まるで神の啓示のように、僕は思い知った。
そのことを、コトハに伝えなくてはいけない。
「ねぇコトハ」
「何?」
「ラーミナⅡを奪う件だけどさ」
「ええ」
「やっぱりグラディウスにしよう! 少しでも戦力を上げておきたい! 僕らが生きて雪月花に行けるように!」
僕はとっても興奮していた。
「私は大歓迎よ」
「だよね。決行はいつにしよう?」
「ねぇ、どうしたの急に?」
「君を諦めるなら今しかない。でも、きっと諦められない。僕は目を瞑った瞬間に、その一瞬に、ある結論に達したんだよ」
「よく分からないわ」
「だから、僕はもう君のことが好きなんだよ。忘れることも手放すことも、できないぐらいに」
「それって愛の告白?」
「そう。そうだと思う」
生まれて初めて、僕は誰かに愛情を伝えた。
心から、って意味。
上辺だけなら、家族に伝えたことが何度かある。
「私と付き合いたいって意味に受け取ってもいいの?」
「たぶん」
僕は誰とも付き合ったことがないから、実はよく分からない。
ずっと戦車にしか興味がなかったから、自分がコトハとどうなりたいのか分からないのだ。
けれど、今は一緒にいたいと思う。
違う。
これからも、ずっと、一緒にいたいと思うのだ。
だから、それが付き合うという意味なら、付き合いたい。
「返事は保留しておくわ」
「いいよ、それで」
僕は長く深い息を吐いた。
コトハは僕を拒めない。
今の状況なら絶対に。
でも、無事に逃げ延びたらどうだろう。
コトハは僕を用済みと見なすかもしれない。
でも、それでもいい。
その時はその時で、なんとか側にいる方法を考えるさ。
また監禁してもいいし、ね?
それはそれとして。
もし付き合うことになったら、デートとかするのだろうか、と妄想した。
たとえば、戦車二両でちょっと景色のいい場所までブラッとするような。
それから、その綺麗な景色を戦車砲で破壊したり……とか。
楽しそうだな、と思った。
そんな妄想に溺れながら、だんだんと意識が遠のいていく。
ああ、僕は眠りに堕ちるのだ。
そう理解した瞬間だった。
「全軍に通達!」
また緊急回線で音声が入った。
ビックリして死ぬかと思った。
「我々は先の拠点まで後退する。繰り返す、我々は先の拠点まで後退する。各自、車両を反転させ、即座に出発せよ」
「なんだよ、本当に航空機部隊がやられたのか?」
僕はキャタピラの片側を止めて、逆側だけを動かしてその場で一八〇度進路を変える。
戦車はみんなそうしたけど、歩兵運搬のトラックや補給車はそうはいかない。
ディスプレイの中で、東側から弧を描くように旋回していた。
西はすぐ隣が森なので、旋回できない。
東はなだらかな丘になっているので、多少車両が傾くだけで済む。
さっきまで後尾だった連中から元来た道を戻り始め、僕も戦車を動かした。
次の瞬間。
「敵航空機部隊接近!」
緊急回線で悲鳴のような声。
戦車のオートサーチシステムに航空機は映っていない。
対空用のレーダ自体が3000メートルぐらいしか正確に測れないので、航空機がいるなら3000メートルより遠いということ。
この対空レーダ、ぶっちゃけ申し訳程度の装備品だ。
戦車でガチの対空戦闘をするなんて、誰も思ってないって話。
「各自迎撃せよ!」
緊急通信のあと、すぐにモニカ、パウル、イレアナからコールがあった。
拒む理由はないので受ける。
「対空戦闘の用意だ!」モニカが言う。「忘れず対空防護システムをオンラインにしておけ!」
言われた通り、僕は対空防護システムをオンラインにした。
飛来するミサイルを、自動的に機銃で撃ち落としたり、ジャミングをかけてくれるシステムだ。
秒速で機銃の弾丸が溶けるから、僕はあまり使わない。
「航空機はねぇよ航空機はよぉ。最悪じゃねぇか。うちのは何してんだよクソ」
パウルの表情は酷く狼狽しているようだった。
「どっちから来るの? 戦闘機って戦車砲で撃ち落とせるかな?」
レーダに映ってないし、目視でも確認できない。
飛来するミサイルは対空防護システムで、ある程度は何とかなる。
機銃弾が切れたら、結局回避するんだけどね。
「知らん! 生き残ることだけ考えろ! 航空機そのものは防空大隊がなんとかする! クソ、ロゼは魔導防壁があるから、わたしらより余裕だろうな!」
モニカがいい加減なことを言う。
僕は舌打ちしながら、戦車砲を北に向け、角度を上げて備えた。
一発ぐらい当ててみたいよね。
一応、グラディウスは対空砲撃もできる仕様なわけだし。
実例がほとんどないってだけで。
そして。
レーダで敵の航空機を捉えた。
もうすぐミサイルという名の絶望の雨が降る。




