14撃目 軍規よさらば
それはあまりにも素敵な言葉だった。
コトハ名言集を将来編集するなら、絶対に最初に持ってきたい。
まぁ、そんな名言集を作る予定はないのだけど。
「だったら一緒に進軍しましょう」
「どこに?」
「どこって、地獄に決まってるじゃない。他にどこに行けるっていうの?」
「まぁ、少なくとも天国には行けないだろうね」
僕は肩を竦めて、小さく首を振った。
僕たちみたいな人種は、生きていても死んでいても、堕ちる場所は地獄と決まっている。
天国に行けるような人間、あるいは世界が天国だと思っているような人間は、キャタピラで綺麗な花を踏み潰したりしないものだ。
それに、世界で一番頭のおかしい傭兵団に亡命しようと考えない。
と、モニカから通信が入った。
僕はコトハに下がるよう言って、コトハが「いいわ」と返事をしてから通信を受けた。
ディスプレイにモニカ、パウル、イレアナの顔が映し出される。
モニカはいつ見ても普通の顔立ちで、とても無難な女性だ。
パウルは口と鼻と耳にピアスがあって、いつ見てもチンピラそのもの。
イレアナはブロンドのツインテールで、いい子だけどパッとしない。
「おいロゼ、なんでそんな微妙な表情してんだ?」
パウルが少しだけ首を傾げた。
さすがの僕も、お前たちの見た目が微妙だからだ、とは言えない。
僕はシリアルキラーではないから、他人への気遣いや共感がちゃんとある。
「そんなことより、何?」
「1200時だ。全隊小休止だ。しっかり前を見て順番に停車しろ」
「ああ、忘れてた」
「そうだと思ったから連絡した。以上だ」
モニカの無難な顔と栗毛がディスプレイから消える。
「ロゼよぉ、飯だぜ飯」
何が楽しいのか、パウルは笑っていた。
「分かってる。もう切るよ?」
「お前って本当、冷たい奴だな」
「ずっとそうだったよ。じゃあね」
僕は通信をオフにした。
パウルはまだ何か言いたそうにしていたが、どうせくだらないことなので問題ない。
「あの子の食料はどうするの?」とイレアナ。
「あら? 心配してくれるのね」
コトハが少し楽しそうに言った。
「別に……。気になっただけ」
イレアナは少し怒った風に言った。
実際、怒ってるのかもしれない。
まぁどっちでもいい。
「食糧なら心配いらない。交換できる物を持ってる」
「それって葉っぱでしょ?」イレアナが微妙な表情で言う。「我が軍の軍規はどこに消えたのって話よねぇ」
「みんな葉っぱ吸うし、捕虜を虐待するし」僕が言う。「戦車に捕虜を監禁して報告もしないし、それを見逃したりもするし、ね?」
イレアナが僕を睨む。
「絶対に、借りは返して貰うからね? 2つよ?」
「分かってるよ。僕に何を頼むか考えた?」
そう聞くと、イレアナは頬を染めて通信を切った。
え?
なんで切ったの?
とりあえず、車列の前の方から順番に停車していき、僕も流れに乗って停車した。
「アナちゃん、ロゼと付き合いたいとか、抱いて欲しいとか、そういうの考えてたんだと思うわ」
コトハが面白そうに言った。
「それはさすがに断るかな。まぁ、食事をもらってくるよ。昼は携帯食だから、パッとしないけどね」
「いってらっしゃい」
コトハが右手を上げたので、僕も右手を上げてからグラディウスを降りた。
そのまま一番近い補給車両まで小走りで行って、食料と水を受け取る。
僕は「もっと欲しい」と言ったが、補給部隊の奴に「それが一人分だ」と言われた。
予定通りに葉っぱを一本渡すと、三人分の食料をくれた。そういう交換なら、いつでも相談に乗るぜ、だそうだ。
僕は携帯食をポケットに詰め込んで自分のグラディウスまで戻る。
そうすると、パウルが僕のグラディウスの上部装甲に乗っていて、ハッチを叩いていた。
「パウル!!」
僕が叫ぶと、パウルはビックリしたように目を丸くした。
「なんだおい、もう行ってたのかよ。一緒に行こうと思ったのによぉ。つーか早すぎね? 停車して即行ったのか?」
「パウルの都合なんて知らないよ僕は。お腹空いてたから、駆け足したんだよ」
パウルのラーミナⅡの横を走り抜けたけど、まぁオフラインにしていたのなら、外の様子は分からない。
「まぁいいさ。俺もすぐ取ってくるからよぉ、一緒に食おうぜ」
「なんでだよ。僕は操縦席で一人で食べる」
「本当、お前って付き合い悪いよなぁ。そんなんじゃあ、友達とかいねぇだろ?」
「ああ。一人しかいない。でもパウルには関係ないはずだ」
その一人というのも、連れ回している捕虜だったりするから、僕の人付き合いの悪さがよく分かる。
というか、そもそも話の合う奴がいないんだよ。
戦車や戦闘が大好きっていう奴がさ。
「一人いることに驚きだぜ」
言いながら、パウルがグラディウスの装甲を滑って降りた。
「まぁ、食事は他の奴と楽しんでくれるとありがたい。僕は一人でいい」
「分かったよ。ったく……」
パウルはやれやれと肩を竦めがら僕とすれ違う。
やれやれはこっちだよ。
ハッチを勝手に開けられなくて良かった。
冷や汗が出た。
ハッチに認証コードでも付けるべきだと思うね。
割と真剣に。
「夜のカードはやるだろ?」
僕がグラディウスに昇ろうとした時、パウルが振り返って言った。
「気が向いたらね」
「とか言って、皆勤じゃねぇか」
ケタケタとパウルが笑い、僕は苦笑い。
なんせ、カードは僕の収入源だから、基本的には参加する。
カードで勝ったおかげで葉っぱが手に入ったし、葉っぱが手に入ったおかげで、食料を三人分も貰えたのだから。
◇
僕とコトハは簡素な食事を楽しんだあと、どうでもいいような世間話に花を咲かせた。
話に一区切りが付いた時、僕は大きな欠伸をした。
正直、少し眠い。
「休んだら?」
コトハは淡々とそう言った。
「休憩は1300までだから、もう15分もないよ」
「その短い時間でも、目を瞑っていれば少しは休まるわよ?」
「君が膝枕をしてくれるなら、それもありだと思う」
「私が?」
コトハが目を細め、小さく首を傾げた。
なぜそんなことをしなくてはいけないのか、と思っているのだろう。
そりゃそうだ。
そんな義理も義務もないのだから。
僕自身、なぜそんなことを言ったのかよく理解できない。
僕は僕のことがよく分からない。
それはいつものことだけど、コトハと出会ってから、その傾向が酷くなったように思う。
以前の僕なら、少なくとも誰かに膝枕をして欲しい、なんて思わなかったはずだ。
「いいの?」コトハが言う。「そんなにハッキリと弱みを見せて」
「弱み?」
「ええ。そうでしょう? ロゼは私のことが好きなのよ。それは弱みでしかない」
「コトハは何度か、私のこと好きなの? って聞いたよね?」
「聞いたわ」
「それって、僕から弱みを引き出すため?」
「半分はそうね」
「半分?」
「そう。私はあなたをコントロールできると考えていたの。優位に立ちたかったのよ。もちろん今もそう思ってるわ」
「でも半分?」
「その通り。今は、あなたと話すのが楽しい。楽しいと感じてしまう自分がいるの。初めて、共感できる人間に出会えたから」
「僕も同じさ」
もしコトハを失ってしまったら、もう次はないかもしれない。
同じ感覚を持った人間に出会うこと。
それはとっても難しいことだ。
とはいえ、コトハだって完璧じゃない。
でも、完璧な人間なんていない。
僕にとって完璧な人間というなら、それは僕がもう一人いないとダメなのだ。
きっと僕となら、僕も話が合うだろう。
たぶんコトハ以上に。
でも、その時はきっと、
こういう焦がれは感じないと思う。
自分じゃないから、これほどまでに焦がれてしまう。
それに何より、
コトハは美しい。
僕の人生において、断トツで。
見た目も、思想も。




