13撃目 素敵な言葉の羅列
「どうなの?」コトハが言う。「そういうイカレた今が好きなの?」
「そうだよ。そういう今が好きなんだ。監禁した女の子は戦車好きだったしね」
「でもロゼ、ずっとここにはいられないのよ、私」
知ってる。
コトハは敵国の兵士で、僕が勝手に戦車の中に閉じ込めているだけだ。
こんなのそう長くは続かない。
いつか誰かに見つかる前に、僕たちは逃げなくていけない。
見つかってしまったら、コトハは何人の男に犯されるか想像もつかない。
これだけ美しいのだ、みんなコトハを抱きたがるに違いない。
でも、僕はそれを絶対に許さない。
コトハを抱くと言った奴は全部戦車砲で吹き飛ばしてやる。
本当に、心の底から、僕はそうするという確信があった。
もちろん、そうしたいわけじゃない。
それをやったら僕は全てを失う。
僕自身の命でさえ。
戦車とも永遠に決別だ。
そんな事態は避けたい。
「一緒に逃げるんでしょう?」
コトハは僕の胸からスルリと抜け出して、小さく首を傾げた。
「そのつもりだよ。近いうちに、ね」
「その時にグラディウスを一両、盗みたいのだけど、手引きしてくれるわよね?」
「え?」
「私だって魔導戦車乗りなのよ?」
「そうだけど、グラディウスは数が少ないから……」
まぁ逃げる時に一両より二両の方がいい。
僕とコトハならきっと上手く連携できるし。
たぶんコトハも同じことを考えたのだ。
「最悪、ラーミナⅡでもいいわ」
「そっちなら割と簡単だと思う」
「そう。じゃあひとまず、ラーミナⅡにしましょう」
「分かった」
「期待してるわ。少し眠ってもいい?」
「操縦席で眠るといい。2時間後に起こすよ。伝統偵察に出るから」
「ありがとうロゼ」
「いいんだコトハ」
コトハが操縦席に座ってから、僕は二本目の葉っぱに火を点けた。
コトハは僕の妄想が生んだ幻なんじゃないかって、そんなことを考えながら煙を吸った。
ああ、現実が薄い。
◇
「大好きな進軍なのによぉ、ずいぶんと眠そうじゃねーかロゼ」
ディスプレイに映ったパウルが、ケタケタと笑った。
僕たちの師団は朝一番に進軍命令を受け、今は街道を北上している。
こんな車列、航空機や誘導兵器のいいカモなんだけどね、本来は。
一体、何キロの車列なんだ?
相手がラクークじゃなかったら、僕ら死んでるんじゃないかな。
「あれから3回伝統偵察に出たから、あまり寝てないんだよね」
僕はグラディウスを操縦しながら言った。
イレアナが少し複雑な表情を浮かべた。
ちなみに、イレアナのラーミナⅡの上部機銃は新品に取り替え済みだった。
「それにしても」モニカが言う。「どんどん仲間が減っていくな」
「そりゃそうだろ隊長」パウルが言う。「戦争だぜ戦争! 減るに決まってんじゃん! ゾンビじゃねぇんだからよぉ!」
「ふん。そんなことは分かっている。わたしの評価に関わるから貴様らは死ぬな、と言いたかっただけだ」
「どうせ辞めるのに、評価が気になるの?」
僕は少し笑った。
モニカは生きていても兵役が終われば消える。
残って中隊長になるわけでもない。
よっぽどのヘマをしない限り、普通に退役できるはずだ。
「将来に関わるだろう?」
「実家は農家じゃないの?」
「わたしは農業などやりたくもない。だから専門学校にでも行って、手に職を付ける。軍での評価は学校の入学にも、卒業後の就職先にも関わるだろう?」
「なるほどね」
「隊長、手に職って、美容師でもやんのか?」
パウルはまたケタケタと笑う。
何が面白いのか僕にはよく理解できない。
「まだ決めてはいない。だが軍と農家だけはゴメンだ。そういうお前は? ん? チンピラにでもなるのか?」
「はっはー! チンピラってのも悪くねぇな!」
パウルは真面目に考えていないようだ。
まぁ、パウルの退役はまだずっと先のことだから、そんなものだろう。
「ロゼは?」
モニカが僕に話を振った。
「僕は軍に残る」
「だろうな」
分かってるなら聞くなよ。
まぁ、逆に分かってなかったらビックリするけどね。
「ロゼは農家を継ぐんだろう?」なんて言われたら、こいつマジで部下に興味ないなぁ、とか思うって話。
要するに、モニカは部下に対して最低限の興味があるってこと。
それが分かってよかった。
「それより隊長」僕は話を変えることにした。「部隊の再編ってあるの?」
「次の作戦が終われば、部隊の再編がある」
モニカは酷く憂鬱そうな表情で言った。
それは部隊の再編のせいじゃなく、次の作戦のせいだろう。
僕たちの次の目的地は、ラクークの第三都市で、任務内容はそこの制圧だ。
航空機部隊が制空権を奪取するために今も戦っているはずだ。
これでもし、到着した時に制空権が取れてなかったら僕たちは大損害を被る。
仮に制空権を奪っていたとしても、ラクーク側の抵抗は激しいだろう。
どっちにしても損害は大きいと思う。
「了解。そろそろ通信切ってもいい?」
「なぜだ?」
「なぜって、操縦を楽しみたいからだけど?」
いつものことじゃないか。
雑音に耳を傾けるより、モーターの音やキャタピラの音に耳を澄ませている方がずっと気分がいい。
まぁ、今回はコトハと話がしたいからだけど。
「はぁ……」とモニカが溜息を吐いた。
「おいロゼ。お前の前を走ってんのは俺だぞ?」
「だから何だよパウル」
「寝ぼけて突っ込むんじゃねーぞ。それと、パウルさんだろうが」
「はいはい。僕はそんなに下手じゃないよパウルさん。もう切っていい?」
「好きにしろ」モニカが言う。「だが、通信はすぐに受けろよ?」
「了解。ではまた」
僕はさっさと通信をオフにした。
そして大きく息を吐いた。
「やっと私と話ができて嬉しい?」
コトハが操縦席のシート右側に腕を乗せ、身体を預けた。
「そりゃね。あいつらと話をしても何もいいことないし」
「私と話すと、いいことがあるの?」
「有意義だよ」
「それは良かったわね。操縦代わってあげましょうか?」
「いや、さすがに今はまずいって」
「冗談よ。ところで、聞き忘れていたのだけど、魔法の属性は何なの?」
「水系だよ。遭難しても水分の補給は任せてくれていい。生成できるから」
「いいわね。便利だわ」
「そっちは?」
「防御系よ」
「それも便利だね。でも魔法の話より戦車の話がいいな」
「そうね。だったら絶望的な仮定の話。戦車が世界から必要とされなくなったら、どうする?」
それは本当に、どうしようもないぐらい絶望的な仮定だ。
酸素が惑星から消えてしまう、という仮定と同じぐらいとんでもない。
僕は小さく唸って考えた。
もしも、戦車が消えてしまったら。
誰からも必要とされなくなって、ひっそりと消えていく戦車を思うと、胸が締め付けられる。
とても苦しい。
たぶん、僕はその世界で生きていけない。
「自殺する、かな」
それ以外に、僕に生きる道はない。
おっと、死ぬから生きる道という表現はおかしいか。
だからそう、僕には自らの命を絶つという道しか有り得ない。
「地獄に戦車があると信じて?」
「どうかな。地獄が本当に存在していたとしても、戦車があるとは思えない。だから、できるなら死んだらそこで終わりにして欲しいものだね」
「その時は私が殺してあげましょうか?」
「それ最高。僕は楽でいい。でも、コトハはどうするの?」
戦車の消えてしまった世界で、一人ぼっちでどうするつもりなのだろう。
その世界は凍えるぐらい寒くて、そして明日の光は差し込まない。
深海でずっと暮らすようなものだ。
「最後の戦車に乗って、最後の戦いを挑み、最愛の戦車の中で死ぬわ」
「それずるくない? 戦車がもうないって仮定だろう?」
「違うわ。必要とされなくなったら、という仮定よ。戦車は段々と消えていくの。一気にパッと消えるわけじゃないわ。そんなパレードの花火じゃあるまいし」
クスクスとコトハが笑った。
「その仮定なら、僕だってそうするさ」
最後の戦車に乗って、
最後の戦いを挑み、
最愛の戦車の中で死ぬ。
素敵な言葉だ。




