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シオンの棺 ~魔導戦車に敵国の美少女を監禁した~  作者: 葉月双


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12撃目 希薄な世界を絡める鎖


 葉っぱを吸ったコトハが激しく咳き込んで、涙目で「だによごれ」と言った。

 何よこれ、と言いたかったのだろう。

 僕はコトハの背中を撫でて、「もっとゆっくり吸うんだ」と言った。


「信じられない……こんなもの吸うなんて……」


 コトハは涙目のままで僕を睨んだ。

 それがとっても可愛くて、僕の心臓がドキドキと音を立てる。

 初めて戦車に乗った日みたいに。


「一気に吸ったからだよ。いい? 見てて」


 僕は自分の葉っぱを咥え、少しずつ、ゆっくりと煙を吸う。

 その煙を肺に入れて、短く息を止めてから吐き出す。

 こうしていくつかの脳細胞を破壊して、肺を汚し、寿命を縮めるのだ。

 いくらかの心地よさと引き替えに。

 コトハが僕の真似をしてゆっくりと煙を吸った。


「クラクラする……」

「そう。それがいいんだよコトハ。現実が遠ざかっていくような気がして、夢に落ちるみたいで気持ちいい」

「夢に落ちる?」

「キャタピラで潰されて死んでしまったあとみたいな感じ」

「ロゼは死んだことあるの?」

「いや、ないけど、そんな感じかなって」

「そう」


 コトハが再び煙を吸う。

 僕も吸った。

 思考と現実が遠ざかっていく。

 時間が消失して、ただぼんやりと落ちていくのだ。


 そこは酷く穏やかで、酷く優しくて、酷く薄暗い。

 僕は根元まで葉っぱを吸って、それからビールの缶の中に押し込んだ。

 コトハも同じことをした。


「なんだか、現実が薄い気がするわ」

「ああ。本当にね」

「戦車の話をしましょう。この希薄な世界が終わってしまう前に」

「うん。コトハはいつ戦車を好きになったの?」

「子供の頃に、パレードを見て。カッコイイって思っちゃったのよね」

「それが運の尽き」


「いいえ。運の始まりよ。私はクソみたいな町で、今日食べる物にも困っていたし、何度も売春に手を染めそうになったわ」

「売春……」

「そう。10歳を超えたらみんなやってたわ。手っ取り早く稼げるもの。でも私はダメだった。無理だった。それをするなら死んだ方がマシだった。本当よ?」

「酷い場所で育ったんだね」


 軍事独裁政権の代償。

 一部の権力者たち以外、幸せになる権利すら奪われる。

 いや、最初からその権利は与えられていないのだ。


「だから、軍に入れて本当に良かったと思ってるの。食べ物もあるし、身体を売らなくてもいいし、戦車に乗れるから」

「時々、君を抱こうとする男の玉を蹴り上げることもできた」

「そうね。あれ最高よ? 這いつくばって悶え苦しむの。その姿を見ていると、なんだかゾクゾクしちゃう。蹴ってあげましょうか?」

「僕は遠慮しておくよ」


 コトハは歪んでいる。

 でも、その歪みがコトハを美しく見せているようにも思った。

 美しく歪んでいるのではなくて、歪んでいるから美しい。


「ロゼはどうだったの?」

「子供時代?」

「そう。私の子供時代は凍えていた。虐げられていた。でも良かったこともある」

「というと?」

「悪いことばかりしていたから、良心の呵責が消えたこと。それどころか、私は積極的に他の誰かを不幸にしてやりたいと思っているわ」


 コトハはどこか悲しそうに、だけど真っ直ぐ僕を見て言った。


「それって良かったことなのか?」

「たぶんね。生きるために必要だと思うわ」

「他の誰かを不幸にすることが?」

「そう。できるなら全ての人間から全ての物を奪ってやりたい。命も含めてね」

「可哀想に」

「それ私のこと?」


 コトハは怒ったように目を細めた。

 僕は首を横に振った。


「全ての人間のこと」

「そう。そうかもね」


 コトハが肩を竦めた。

 やっぱりコトハは悲しそうに見えた。

 だから、というわけでもないけれど、僕はコトハを抱き寄せた。

 コトハは抵抗しなかった。

 コトハの匂いとコトハの体温が僕の心を激しく乱す。

 なんでこんなにコトハに惹かれるのか分からない。


 いや、あるいはそれは必然なのかもしれない。

 だって、コトハは初めて出会った僕の同類だから。

 悠久の海を彷徨う魚が、自分は一人ぼっちなのだと信じていた魚が、世界に唯一の仲間を見つけたようなもの。

 惹かれないはずがない。


「ロゼの話が聞きたいわ」


 コトハは僕の耳元で囁いた。


「僕の話?」

「そう。どんな子供だったの?」

「うーん。それはきっと退屈な話になると思う」

「いいのよ。退屈な話が聞きたい気分だもの」

「分かった。僕は平凡な農家に生まれたんだ」

「知ってる」

「どうして?」

「ニア共和国の人はだいたい農家でしょう? 広大な肥えた土地があるんでしょ?」

「誰に聞いたの?」

「誰だったかしら? 忘れたわ。間違ってる?」

「いや。正解。だいたいみんな農家だよ」


 僕は小さな溜息を吐いた。

 もし僕がマトモな人間だったなら、兵役が終わったらすぐ実家に戻って農業を継ぐだろう。

 でも、残念なことに僕は戦場が大好きなんだ。

 戦車砲の音が聞きたいし、榴弾の炸裂だって見たい。


 徹甲弾で敵の装甲をぶち抜くのは最高だ。

 何より心が躍る。

 通常戦車の砲弾を魔導防壁で粉砕した時なんて顔がニヤけた。

 敵の魔導戦車の魔導防壁を、防壁貫通弾で突き破った時は正直勃起した。


「僕には姉が一人と弟が一人いる。姉は兵役に行く時泣いてた。今は補給部隊にいると思う」

「比較的安全な部隊に?」

「そう。安全な部隊。生きて家に帰る確率を少しでも上げるためにね」


 補給部隊は倍率が高いのだが、姉は上手くやったようだ。


「退屈そう」


 コトハがクスッと笑って目を瞑った。

 甘える子猫みたいで可愛い。


「弟は訓練学校で、やっぱり補給部隊志望。二人とも僕と違って感性が普通だから」

「それで、ロゼはどんな子供だったの?」

「普通だよ。比較的ね」

「比較的?」

「うん。部屋には戦車のプラモデルがズラッと並んでる。当時の僕には宝物だった。世界初の戦車からクレーストまで」

「クレースト……」


 コトハが溜息のように呟いた。

 クレーストはコトハが乗っていた戦車で、僕が破壊した。

 そのことに悔いはない。

 僕は敵を討つのが趣味みたいなものだから。

 それに。


 おかげでコトハに会えて、コトハを胸の中に抱いていられる。

 世界で一番美しい少女を、僕は抱いているのだ。

 そう考えると、僕はとっても幸運なのだと思う。


 まぁ、そう考えなくてもやっぱり幸運なのだろう。

 まず第一に、戦車が存在する時代に生まれた幸運。

 第二に、有利な魔導戦車に乗る才能があったこと。


「話、続ける?」

「ええ。続けて」


 コトハは目を瞑ったままで言った。


「義務教育の学校に通いながら、家の手伝いをして、プラモデルを買って貰うのが楽しみだった。字が読めるようになると、雑誌を買って貰った。戦車が載ってる雑誌全部と、『戦争大好き♪』」


「うらやましいわ」

「でも退屈だろう?」

「そうね。でもそれがいいの。そういう普通の家庭の普通の話、もう少し聞かせて」


「父さんとよく戦争や軍事について話をした。父さんは戦争にも兵役にも反対の立場だったから、僕とは意見が合わなかったな。でも、仲は良かった。母さんは物静かな働き者で、いつも一番に起きていた」


「幸せそう」

「幸せだったと思うよ」


 僕は本当に、幸せな家庭に生まれ、幸せに育った。

 だけどいつも、何かが欠けていると感じていたのも事実。


「絵に描いたみたいね」

「実際に描いたことはないけど、そうかもしれない。でも、今の方が僕は幸せだ」

「戦車で戦って、倒した敵パイロットの女の子を自分の戦車に監禁するような今?」


 コトハが目を開け、上目遣いで僕を見ながら意地悪な口調で言った。

 僕の心臓が一度、大きく跳ねた。

 コトハが綺麗すぎて、その動作が可愛すぎて、僕の心臓は近いうちに壊れてしまうんじゃないかと思った。

 それも悪くない。

 戦車という棺の中で、コトハという鎖に巻かれて死ぬのだ。


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