11撃目 ゲスどものゲーム
「レスカ帝国、ね」
コトハが肩を竦めた。
孤立気味のラクークを、レスカ帝国だけは見捨てなかった。
ずっとラクークを支援していた。
「仲良しだろう?」
その理由はラクークの天然資源だろう。
まぁ、そのうちこの戦争も支援し始める可能性はある。
そうなる前に、僕たちは攻められるだけ攻めなくてはいけない。
「どうかしらね。古くなった兵器を売ってくれるけど、ラクークのために戦うとは思えないわ。同盟を結んでいるわけでもないし」
「そう願うよ。でも個人的には、世界最強の戦車乗りって言われてるイラリオン・ゼレンキンと戦ってみたいってのもある」
イラリオンはレスカ帝国の軍人なので、戦争が始まったら間違いなく出てくる。
本人も戦闘が好きみたいだしね。
「どっちが最強か決めたいとか?」
「違うよ。ただ肌で感じたいんだ。最強ってやつを」僕が言う。「40歳を目前にした大佐が、生涯戦車に乗り続けるって誓ってんだよ? イカレてるでしょ?」
「そうね。イカレてるわね。ロゼとどっちがイカレてるかしらね」
「どっちだろうね」僕が言う。「傭兵団『雪月花』の雑誌『戦争大好き♪』で彼の特集を見て以来、僕は彼のファンなんだ」
「その雑誌、うちの兵舎にも転がってたわ」
「軍人はみんな見るだろう? ちなみに偶数月に出版されてる。僕の部屋にバックナンバー揃ってるよ。ああクソ、持ってくれば良かった」
「大丈夫よ、私も割と読んでいたから」
コトハが肩を竦めた。
このまま『戦争大好き♪』の話をしたい衝動に駆られたけど、ぐっと我慢。
聞かなきゃいけないことがある。
「だろうね。それより、コトハは葉っぱ吸う?」
「葉っぱって? 煙草のこと?」
コトハが首を傾げた。
「違う。マリファナの隠語」
「吸ったことないわ」
「吸ってみたい?」
「持ってるの?」
「今はない。でも調達できる。どう?」
「どうかしらね。中毒になったりしないの?」
「葉っぱはそれほど酷い麻薬じゃない。ちょっと強い煙草だと思えばいい」
「煙草は中毒になるわね。まぁ、死ぬまでに一度ぐらいは吸ってもいいけれど」
「分かった。じゃあ調達してくる。少し時間がかかるけど、大人しく待っていてくれる?」
「あんまり遅いと、この子で」コトハがハンドルを叩く。「一人で雪月花に行くわ」
「僕を置いて行かないで」
僕は冗談っぽく言ったが、本心だ。
コトハと離れたくない。
「ええ。私もできればそうしたい。ロゼのことは戦車の次に気に入ってるから」
「ありがとう。気に入ってもらえて嬉しいよ。じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
僕は上部ハッチを開けて外に出る。
「ねぇロゼ」コトハの声が微かに聞こえた。「私のこと好きでしょ?」
からかうような口調だった。
僕は上部ハッチから頭だけ突っ込んで言う。
「かもしれない。戻ったら葉っぱを吸いながら戦車について語ろう」
「いいわ。魔法の話も少ししましょう。早く戻ってね」
コトハは少し笑った。
その笑顔が僕の心を撃ち抜く。
まるで徹甲弾のように。
◇
「強いじゃないか戦車エース」
ダン小隊長が苦笑いしながらカードを投げた。
僕とダン小隊長以外はみんな降りていたので、一騎打ちだった。
「どうも」
僕は小さく肩を竦め、場に出ているチップを自分の方に集めた。
「こいつマジ、顔色変わんねぇっしょ?」
パウルがヘラヘラ笑いながら言った。
現時点で、パウルは負けている。
にもかかわらず笑っていられるのは、僕が勝っているから。
カードをやっているのは全部で5人。
僕とパウル、ダン小隊長、それから第114小隊のカスと初めて見る奴。
「そういえば、伝統偵察で襲撃されたんだよな?」
ダン小隊長がカードを集めながら言った。
「はい」
「イレアナだっけ? あの子はどうしてる?」
「知りません」
「震えているなら、オレが慰めてやろうかと思ってな」
「ご自由に」
僕が首を傾げ、ダン小隊長がカードを配る。
「イレアナは、顔は可愛いっすねー」パウルが言う。「けど、性格はクソみたいな感じですわー」
「それはどうかな?」
僕は逆側に首を傾げた。
イレアナのことを特別可愛いとは思わないけど、性格がクソだとも思わなかった。
時々、人を見下すような物言いをするが、基本的にはいい子だ。
コトハのことを黙認してくれているし。
「付き合ってるのか?」とダン小隊長が僕を見た。
「違います」と僕もダン小隊長を見た。
「本当に?」
「僕の心を乱そうとしても無駄ですよ」
ダン小隊長はイレアナのことなんてどうだっていい。
僕の動揺を誘うために話題に出したのだ。
「つーかさぁ」パウルが口を挟む。「ああいう生意気なのは、一回分からせてやろうかって思うぜ」
「分からせるって?」
「優しく言えば、抱いてやる、って意味だろーが。なんで分かんねぇんだよテメェは」
「抱く? パウルがイレアナを?」
「そう言ってんだよ、俺は」
「無理でしょ」
僕は笑った。
イレアナがパウルに抱かれるとは思えない。
想像もできない。
イレアナはパウルのことを嫌っていたのだから。
「バッカ、お前、そんなのぶん殴ってふん縛って、やっちまえばいいだろーが。それを分からせるってんだよ」
ケタケタとパウルが笑う。
それが冗談なのか本気なのか僕にはよく分からなかった。
パウルなら本当にやりそうだったから。
「本当、ゲスだよなー」
114小隊のカスもケラケラと笑った。
知らない奴もダン小隊長も笑っていたから、きっと冗談なのだろう。
でも僕は笑わなかった。
何も面白くない。
けれど、僕は想像してしまった。
対象はイレアナではなくコトハだったけれど。
僕がコトハを殴って、縛って、服を脱がす場面。
コトハは唇から血を流しながら、冷めた目で僕を見ている――そんな妄想。
無理やりコトハの身体を手に入れても、その心は遠い場所にある。
コトハは媚びない。
コトハは折れない。
だけど、僕が銃を出したらどうだろう?
コトハは死ぬことを恐れているから、あるいは媚びて、折れるのかもしれない。
少なくとも、表面上は。
ああ、でも、コトハは僕が撃てないって知ってる。
と、そこで別の思考が流れ出た。
地獄に戦車があるのなら、別に死んだって構わないなぁ、という思考。
たぶんコトハも同意してくれる。
けど、地獄に戦車があるという保証はどこにもない。
まだ僕は戦車に乗り足りない。
蹂躙し足りない。
そんなことを考えていると、いつの間にかカードが配り終わっていた。
結局そのゲームも僕が勝った。
トータルして、僕の一人勝ちだ。
とはいえ、そこは兵隊の安月給。
たいした金額ではない。
それでも、紙に巻かれた葉っぱを5本か6本は買える。十分だ。
◇
「まいどあり」
122小隊の調達屋が言った。
こいつはニコニコとよく笑い、愛想が良くて他人に好かれるタイプだと思う。
兵役が終わったら、何かを売る仕事が向いているだろう。
もちろん、無事に兵役を終えることができるかは分からない。
今日知ったことだが、戦車砲は何も敵側からしか飛んでこないわけじゃないのだ。
事実、イレアナは僕に戦車砲を向けた。
僕とコトハも、最悪イレアナを殺すことも考えていた。
「おう、また頼むぜ」
商品を受け取ったパウルが片手を上げた。
調達屋と親しいのは僕ではなくパウルの方。
僕はまだ一人で葉っぱを売ってもらえるほど親しくない。
パウルが歩き始めたので、僕は隣に並んだ。
「全部で6本。仲介手数料で2本もらうぞ」
パウルがチャチな紙ケースに入った葉っぱを2本抜き取ってから僕に渡した。
「オッケー。じゃあまた」
「おい、ちょっと待て」
グラディウスに戻ろうとした僕を、パウルが引き留めた。
「何?」
「これから葉っぱキメながら捕虜とやるんだが、お前もどうだ?」
「パウル、またやるのか?」
僕の記憶が確かなら、パウルは戦闘が終わったすぐあとにも捕虜を抱いていたはずだ。
その時、イレアナが怒っていたのを覚えている。
クズばっかりじゃないの、と本気で怒っていた。
でも仕方ないさ。
ニア共和国の軍隊ってのはそういうものだ。
マトモな奴も周りに流されてすぐ堕落する。
正義や良識を貫くのは難しい。
それこそ、国際連邦にでも加盟しない限り、ニア共和国は変われないと思う。
「パウルさんだっつーの。まったくテメェはよぉ。生意気なんだよ」
「そりゃ悪かったね。で? また女とやるの?」
「そうだ、っつってんじゃん? で、お前もやるかって聞いてんの」
「やらない」
「かー!」パウルが大げさに自分の顔を押さえた。「マジでインポなんじゃねーのかお前」
「ってゆーか、なんで毎回僕を誘うわけ?」
「気にしてやってんだよ、戦車マニアの童貞ヤロウをな!」
「別に気にしなくていいさ。僕はまだ何回か偵察に出る予定だし、葉っぱ吸って仮眠するよ。じゃあまた」
僕はパウルが何か言う前に踵を返した。
「あ、おい……」
背中からパウルの声が聞こえたが、完全に無視した。
僕は早くコトハに会いたいのだ。
邪魔するなクズ。
僕は振り返ることもなく、ヒラヒラと手を振って別れの挨拶とした。




