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体育祭から数日が経った頃——。
佐藤が帰り道でヤンキーに絡まれたらしい。
「いや、ちょっとからかわれたってだけだよ。」
翌日、佐藤は苦笑しながら話していたが、九条は眉をひそめる。
「……それで終わるならいいけどな。」
しかし——次の日、学校の周りにヤンキーが数人、佐藤を待ち伏せしていた。
「来ると思った。」
九条がぼそっと呟く。
俺はなんとなく視線を向ける。
「……行こう。」
九条はニヤリと笑い、佐藤の肩を軽く叩く。
「まあ、お前一人じゃ厄介だろうしな。」
そうして、俺と九条、佐藤の三人で正門へ向かう。
そして——ヤンキーと遭遇する。
彼らはこちらに気づいた瞬間、視線を合わせる。
その刹那——。
全員が、焦ったように逃げ出した。
「……え?」
佐藤が目を丸くする。
「おいおい、なんで逃げるんだよ?」
九条が首を傾げる。
俺は特に何も言わず、ただヤンキーたちが遠くに消えていくのを見送った。
俺たちは、何かをしたわけじゃない。
ただ歩いてきただけなのに。
「……何だったんだ、今の?」
佐藤はポカンとした表情でつぶやく。
九条は肩をすくめた。
「さあな。でも、まあ、結果オーライってやつか。」
俺は黙っていたが——遠ざかるヤンキーたちの背中を見て、ふと胸の奥で違和感が残った。
それは一体何だったのか。
体育祭とはまた違う、俺に向けられた“視線”だった——。
テスト期間に入り、俺たちはフードコートで勉強することになった。
集まったのは、同じクラスの斎藤、佐藤、九条、竹中六助——同じクラスのメンバーだ。
「中間試験とか面倒だな。」
斎藤が寝不足らしくダルそうに言う。
「試験は学業の理解度を測るためにあるものだ。」
竹中六助——委員長らしく、しっかりした口調。
俺は黙ってノートを開き、数式を確認する。
数学、物理、化学は問題なかった。
「赤瀬、お前はほんと理系強いよな。」
佐藤が苦笑する。
「……なぜか得意だ。」
俺は曖昧に答える。
——そのとき、騒がしい声が聞こえた。
フードコートの端、隣のクラスの石井と源が、昨日見たヤンキーたちに絡まれていた。
「またかよ……。」
九条が舌打ちする。
俺たちはゆっくり視線を向ける。
その瞬間ヤンキーたちの動きが止まる。
そして——俺たちの顔を見た途端、焦ったように逃げ出した。
「……は?」
斎藤が目を丸くする。
「おいおい、なんで逃げんの?」
佐藤がぽかんと口を開ける。
竹中は腕を組みながら静かに分析する。
「昨日も似たようなことが起こった。何か理由があるのでは?」
俺はヤンキーたちの逃げていく背中を見送る。
そこには、理由も説明もなかった。
ただ——俺たちを見て、見てはいけないものをみたように消えていった。
「……何だったんだ?」
「じゃあ、俺は帰るわ。」
九条が軽く手を振りながら立ち上がる。
「かわいい彼女待たせてるからな。」
俺と佐藤は目を合わせる。
「……リア充はいいな。」
佐藤が冗談めかしく言うが、九条は肩をすくめて笑いながら店を出ていった。
しばらくすると、斎藤と竹中も帰宅する。
「よし、俺もそろそろ行くわ。」
「勉強は計画的にやるべきだからな。」
そして——俺と佐藤だけが残った。
「なあ……本当は、お前何者なんだ?」
ふいに、佐藤がそう問いかけた。
俺は少し眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
「だってさ、剣道でもバスケでもサッカーでも、ありえないレベルの動きを見せたろ?」
佐藤は真剣な目で俺を見つめる。
「それに、お前……記憶喪失なんだろ?何か、悩んだりしないのか?」
俺はしばらく黙る。
「……思い出そうとはしてる。でも——何も出てこない。」 言葉にしながら、胸の奥にぽっかりと空いた空洞を感じる。
何か大事なものを忘れている気がする。
しかし、それが何なのか分からない。
「記憶がなくても、こうして普通に生活できる。それなのに……」
俺は目を伏せる。
「俺は、本当に俺なのか?」
佐藤は静かに息を吐いた。
「……お前さ、悩むなっていうのは無理かもしれないけど——お前はお前だろ?自信もっていいんじゃないか。」
俺は何も言わず、ただコーヒーの残りを見つめる。
帰り道、空はすっかり夜になっていた。
その時——遠くで雷が鳴った。
「……雷?」
轟く音。閃光。
その瞬間——俺の記憶が、かすかに揺れる。
雷の光が何かを刺激する。
何かを思い出しそうになった——だが、それはすぐに霧のように消えていく。
俺は立ち止まり、夜空を見上げた。
思い出せそうで、思い出せない。
何かがあるはずなのに、手が届かない。
結局、俺は何も分からないまま、静かに帰宅するのだった。