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家に帰った。
玄関をくぐっても、何ひとつ懐かしさを感じなかった。ただ、ただ、そこにあるもののように思えた。
夕食の席。山田は俺の向かいに座った。食卓は質素だった。
「食え」
促され、箸を取る。食べる。けれど、味がしない。
「お前は転校する予定だった。今は休学扱いだが……通いたいか?」
転校? 休学?
「高2の春休み、お前は転校先がどんなところか楽しみだって言ってたぞ。」
その言葉が妙に引っかかった。何かが引っ張られる感覚があった。
俺は……転校を楽しみにしていた?
「……行きたい」
その言葉は、なぜか迷いなく出た。何ひとつ思い出せないのに、それだけははっきりしていた。
沈黙が落ちる。食卓には、静寂だけが広がる。
「俺は……どんな奴だった?その他にもなにかあるか」
思わず聞いていた。自分の過去。その一言に、すべてが詰まっている気がした。
山田は少し考えてから、ゆっくりと言った。
「いろいろある……今度話そう」
「いろいろ」とは何なのか。気になった。だが、それ以上問うことはできなかった。
目を開けると、窓の外はもう明るかった。
食卓につく。昨日と同じく、質素な朝食。
「俺は……どうして記憶を失った?」
食卓の静寂を破るように問いかける。山田は箸を止め、少し考えてから答えた。
「今年高2と高3の間の春休みのことだ。」
「お前は、家の近くで事故に遭った。階段から落ちたんだ」
「どこで?」
「家の前だ。雨の日だった。滑ったんだ」
「救急車で運ばれて、しばらく入院した。脳に異常はなかったが……」
「記憶が消えた」
呟くと、山田は小さく頷いた。
雷翔は静かに考える。事故は突発的なもので、理屈に合う。記憶が戻らないのも説明がつく。
「……納得したか?」
山田が言う。
「……ああ」
確かめるように答える。記憶喪失は突発的な事故だった。それならば、仕方がない。
記憶が戻る事をただ願うだけだ。