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眠れる気がしなかった。
天井を見つめる。無機質な白が広がっている。病院の空気は静かすぎて、物音ひとつない。機械の音だけが淡々と響いている。
「雷翔」
自分の名前らしい。けれど、それが自分のものだとどうしても思えない。違和感が絡みつく。
保護者。山田和夫。
男はそう名乗った。父ではない。血のつながりはない。なのに、自分の過去を知っているらしい。だが、その過去を語ることを急がなかった。
記憶喪失、のようなものがどれくらい続くのか見当もつかない。何かを思い出そうとしても、思い出せない。
考え続けても答えは出ない。目を閉じる。眠れるわけがないのに、ただ無理やり思考を止めようとする。
目を開けると、窓の外はもう明るかった。
寝たのか寝ていないのか分からないまま、ぼんやりとベッドに座り込んでいると、ノックの音がした。
「起きてるか?」
山田の声だった。
「朝飯だ。」
湯気の立たない味噌汁。焼き魚。白飯。
「もうすぐ退院だな」
男はそう言った。退院。つまり、家に帰るということだ。
「……俺の家なのか?」
気づけば聞いていた。
少し考えてから答えた。
「お前が住んでいた家だ」
その言い方が妙に引っかかった。言葉に含みがある気がした。けれど、それを深く追及する気にはなれなかった。
午後。病院を出た。
山田の車は黒いセダンだった。助手席に座る。窓の外には知らない街が広がっている。
車は静かに進む。エンジンの音だけが響く。山田はほとんど言葉を発しなかった。俺も話す気が起きなかった。
「……お前は転校が決まっていた」
唐突に男が言った。
「高校三年、お前は17歳だ。転校することになっていた」
転校? 高校三年? 17歳?
何ひとつピンとこない。けれど、事実として語られるそれらの情報は、俺のものなのだろう。
「何か……思い出せるか?」
静かな問いかけ。
「……何も」
答えは変わらなかった。