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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ノーア帝国物語

婚約者は真実をとっくに知っている

『王太子は真実をまだ知らない』の別の視点です。


「お父様、お帰りなさいませ。戦勝のことお慶び申し上げます。」

「ただいまユリア!ちょっと居らぬ間にまた大きくなって!」


そういうと、大将軍ユリウスは娘に甘いただの父親の顔になって、娘を軽々と抱き上げた。

ユリウスは体がノーア人騎士より頭一つ分も大きく、屈強な体躯を誇り、その上柔らかな薄茶の髪と瞳の美丈夫である。その美麗な顔を綻ばせてユリアの頬にキスをする。


ユリアも父親に久しぶりに会う嬉しさから、満面の笑みでそのキスを受けていた。


「旦那様、お帰りなさいませ。まあまあ、何を置いても先ずはユリアですのね。妬いてしまいますわ。」

言葉とは裏腹に、嬉しさを目一杯滲ませた貴婦人がユリウスの横に侍る。


銀髪の髪、紫の瞳、雲のように白い肌。

ノーア国には珍しいその色合いは、ノーア国建国のエトルス人の色を濃く引いているからだろう。

ユリウスが遠征した半島の先に隠れ住んでいた、旧ノーア王家の血を引く一族の生き残りがユリアの母アルジェだった。


帰宅の挨拶も終わり、ゆっくりとした家族の寛ぎの時間が訪れた。

藤のカウチに座るユリウスの横にはユリアがベッタリと寄り添っていた。


半島の南側を全て掌握したノーア王国は征服の印、旧王家の娘を娶った。

偽りの王家にではなく、真の王家へと血の継承を許可して。

臣下に下りさえすれば、その生活を保護するという契約。

エトルス王家の最後の王女、アルジェは自身と引き換えに臣下の安寧を願ったのだ。


アンキウス家にエトルス王家の血が継承された証の子それがユリアであった。


このユリアを偽りの王家ではあるが、サエニウス王家へ嫁がせることで、対外的にもエトルス王家の血がノーア王国に流れ続けることになる。

これは現ノーア王国がエトルス王家より脈々と繋がる王国だという正統性の証明のために極めて重要な事柄であった。


サエニウス王家はもちろん、執行官の家門であり王妃の生家であるミヌキウス家であっても、ユリアとププリウスの婚姻がこれからのノーア王国には必要不可欠だと心底考えていたのである。


ただ一人、当事者のププリウスを除いて。


「お父様、実はわたくしどうしてもお願いしたいことがありますの。」

ユリアが先ほどまでの朗らかな笑みを消して、沈痛な面持ちで告げた。


「なんだ、どうした。困りごとか?」

ユリウスが娘の顔を下から覗き込んで聞いた。


「わたくし、どうしてもどうしても、どうしてもどうしても、・・・ププリウス様と一緒にいることが辛いんですの。一緒に居なくてはダメですか?」

ユリアは真っ直ぐに父の目を見て力を込めて言い放った。


「なぜだ、どうして嫌なのだ?」


「だって、ププリウス様って本当に本当に浅慮なんですもの。あんなに物を考えなくて生きていけるのですか?ノーアの平民の方が余程物を知っていますわ。それに、すぐに気に入らないと癇癪を起こして、泣き喚き暴れて、まるで躾のできていない野犬のようですわ。」


「ほおー、それはまた酷いようだな。その事は父以外に誰かに言ったか?」

ユリウスが楽しそうに質問した。


「もちろんですわ。先ずは本人にそのなさり用はいけませんと嗜めました。ですが、野蛮な軍の娘が高貴な血の自分に意見するなど手打ちにされても文句は言えないぞと、護衛のマルクスと一緒に脅してきましたわ。後ろの護衛が殺気を放ったので実害は無かったのですが。


本人に言ってもダメだと思い、従兄弟で側近のルシウス様にも同じことを申し上げましたが、だからといって諌めるでもなく。


いよいよしょうがないので、王妃様に伝えましたが、ププリウス様を呼んで、『ユリアと仲良くしなければだめよ~』と言っただけ。


もう埒が空かないのです。一緒の空気を吸うのも吐き気がしますわ。毎週毎週王宮へ上がる日は朝から気分が沈んでもう本当に嫌なんです。我が儘だとは重々承知しておりますが、ププリウス様との婚約を解消して頂けないでしょうか。


それが叶えば、辺境の地で平民に落とされようと、修道院に入れられようと、決して文句は言いません。」


紫の瞳に強い決意を込めて、ユリアは父に言いきった。


「そうかそうか、平民になったり、修道女になる方がププリウスの妻になるよりましか!?」

ユリウスが弾んだ声で聞く。


「ええ、勿論ですわ。」

ユリアは父が理解を示してくれたかと、喜色をあらわにする。


「しかし、それは出来ない相談だ。ユリアとププリウスの婚約はユリアが生まれた時、ププリウスが二歳の時からの契約だ。違えることは決して出来ない。それが三門の盟約であり、ノーア王国のために必要なことだからだ。このことが理解できぬのなら、ユリアもまたププリウスと同様だ。」


優しく、ユリアを目に入れても痛くないほど愛していると信じている父親が、あの愚か者の謗りを免れないププリウスと自分を同一視したことに、ユリアは愕然として絶望した。


それから、どうやって父の御前から退席したかもわからぬほど動揺しながら、自分の部屋のベッドに潜り込むとひっそりと枕を口にあて声を殺して泣いた。

ユリア七歳と半年のことだった。


ユリアはその時の絶望を糧に、ユリウスの話を理解しようとよく学んだ。

そして成長をしていく過程でその真意を理解したのだった。


その頃には王宮へ上がる回数も目に見えて減っていき、初潮を迎えると特別な祝賀以外でププリウスと会うことも無くなったのである。


ある日、アンキウスの邸で家門の年若い令嬢が集まって母のアルジェから刺繍を習っていた。

エトルス王国は、製鉄技術や彫金細工、陶芸、絵画、音楽と様々な高度文明を有していた。

その血を引く最後の王女であるアルジェからノーア人は少しでも文化を引き継ぐことが必要だとユリウスは考え、家門の若い令嬢に色々と習わせていたのだった。


朝から気心の知れた者たちと針を刺しながらのおしゃべりにみなが興じていた。

そろそろ一度休憩しようかと中庭のガゼボに移り、メイドがお茶を各令嬢に注いでいる時、突風が庭木の枝を揺らし、みなが髪を気にしているその時、ユリアの首に冷たい金属の感触があった。


「キャー!」

周りの令嬢が悲鳴をあげるその瞬間、


「静かにしろ。差もないと、この娘の命はないぞ。」

黒髪に黒目の細身の男が、黒い装束を身に纏ってユリアの背後を取っていた。


ユリアは一瞬のことに全く動くことが出来なかった。

喉が詰まって今は声も上げることも出来ない。


「ユリアを狙うということは、あなた命が無いとわかっててやっているのよね。」

母が抑揚の無い声で話しかけた。


「勿論だ。話を聞いてくれ。そして助けて欲しい。真の王家たるアンキウス家に!」

その声は悲壮感に溢れ、身体中から血を流して助けを乞うているようだった、実際はユリアの首筋に剣を構えている側なのに。


「わかりました、剣を下ろしなさい。無為にすることはありません、アンキウス家の名誉にかけて。」

その時の母の佇まいは、やはり王家の者という風格で、儚げないつもの雰囲気とは別の、冬の冷気のようなキンとした冷たく、でも気高いようであった。


剣を下ろして、ユリアを解放したその黒装束の男は地面へかしずいた。

いや、かしずいたように見えたが、実際は倒れ気を失っていたのであった。


このことは秘密と令嬢たちに固く約束させ、解散とし、侍従に命じて倒れた男を客間へ運んだ。


「奥さま、失礼ながら」

「ええ、言いたいことはわかっておりますが、今回はわたくしに免じて目を瞑って。」

「いいえ、そうではございません。この者、ひどく怪我をしています。この血糊のまま寝かせる訳にはいきますまいと、お伝えしとうございました。」

侍従は伏し目がちに母に意見すると、血濡れた手の平を見せた。


「ま、それは!だから倒れたの!失血多量で危ないわ!介抱するから手伝って。」

「お、お母様、医師を手配してはいけませんの?」

ユリアがやっと口を開くことが出来るようになった。


「ああ、そうね。医師を呼んでちょうだい!」


黒装束を脱がされたその男は、ユリアと同じ年ほどのまだ幼さの残る年若い青年だった。

背中に大きな切り傷がザックリと入っていた。


「この怪我で、この出血量でよく普通に歩いていたものだ。」

と医師も驚くほど。

歩くどころか、どこからか飛んで来たような現れ方をしていたはず、とユリアはその情景を思い出していた。

傷が深く、熱を出した男の世話をユリアは率先して行った。

一週間ほどするとやっと熱も下がり、男の意識が戻った。

「あ、大丈夫?動くとまだ痛いでしょ?」

ユリアが男の顔を覗いて声をかけた。

男は目を見開くと、一転して困惑の色を浮かべ、

「うう、まさか看病して貰ったとは。令嬢の首に剣をあてた俺なんかを。申し訳ない。」

と、痛みがに顔を歪めながら、謝罪を口にした。


「さて、意識も戻ったようだし、話を聞こうじゃないか。些末なことであれば、我が娘を危険に晒した者をこの場で切り捨てるから、心しろ!」


そこへユリウスがやって来て、大剣を鞘のままベッドにドンと突き立てると、恐ろしい形相で言った。


「もちろん、わかっている、いや、います。俺はノーア王国の北西の森に住むベール族の族長の息子ルフスと申す。」


ベール族はユリウス以前のアンキウス家の当主に従うことを誓っており、ノーア王国に籍を置く王国民として数代。年に一度納税として決められた材木、木の実や薬草などを執務官に納めることで自治が認められていた。


そこへ、先頃、ノーア軍の旗を掲げた一行がやってきた。

どうしたことかと、族長が出迎えて歓迎の意を示していたが、無抵抗な族長や側近たちを一言の断りもなく剣で切り捨てた。


森で作業をしていたルフスたち若者に伝令が届き、急いで戻ってみると、年寄り子供は打ち捨てられ、村は焼かれ、年若い女が何人も連れ去られたようだった。


ルフスたちが急いで消火をし、まだ息のある者を手当てして、後を追ったが時既に遅しであった。


その連れ去られて女の中に、自身の妹リウアが含まれていることを知り、奪還を決意しルフスは一人森を出た。

すると、その周辺の少数民族で同じようなことが頻発していることを耳にした。

その狼藉を働いた者は誰かと尋ねて回ると、驚くことに、サエニウス王家の者だというのだ。


「なぜ、サエニウス王家の者と思ったのだ。」

それまで黙って聞いていたユリウスがルフスに問うた。


「それは、女を追いかけ回し、髪を引っ張りながら泣き叫ぶ者に、『王子の寵愛を受けられるのだから喜べ』と言いながら凌辱しているのを意識を失う寸前聞いた者が何人もいたからです。」


「な、なんて非道な!」

うら若き乙女たるユリアにはその悪し様な話に怒りに震えた。


「でもそれでは女を拐ったのでは無いのでは?」

アルジェが努めて冷静に質問する。


「周囲の少数民族の村は、女を拐った後、すぐに犯して放置していたらしいのですが、ベール族の森では主に蛮行騒ぎをすることが目的だったようで、護衛騎士が率先して剣の試し切りと叫んで、切り捨てていたようで。女は拐って王都まで連れ去ったと目撃証言を得ました。護衛騎士をマルクスと呼んでいたと。」


そこまで話すとルフスは深いため息をついた。


「その狼藉者、自称王家とマルクスの二人だったの?」

ユリアが眉間にシワを寄せて質問した。


「あと、少し離れたところで見張りをしている者もいて、毎回その三人組です。」

ルフスが苛立ちを含んだ声で答えた。


「で、我に何を願う。」

ユリウスが真っ直ぐルフスの目を見据えて問う。


「拐われたベール族の女の奪還と、復讐を。」

ルフスは力強く答えた。


「なるほど、わかった。ではこの件はユリア、そちに一任しよう。精々働け。」

ユリウスがユリアにアンキウス家の当主として命じた。


「お心のままに。」

ユリアが正式な淑女の礼で受託した。



ルフスの体調が戻ると、表面上はアンキウス家の侍従として仕え、暗部としての教育を施した。

それと同時に、女の行方を探らせた。


驚いたことに、ベール族の女は公的な娼館に閉じ込められ、娼婦として扱われていた。


「何を考えているのかしら、ププリウス様は!?」

ユリアにはププリウスの意図することが何もわからない。


自分が凌辱するつもりで拐った女を抱くために、娼館にお金を払っているのだ。

バカなのか、バカだろうな!いや大馬鹿者だろう!

ユリアはその大馬鹿者が自分の婚約者だという現実を前に怒りで震えるのを堪えることが出来なかった。



「いらっしゃい、お客さん、初めてよね。」

胸のはだけた薄い布を纏った女が声をかけてきた。

「俺だ、リウア。」

すると、その女は目を見開きルフスを見つめた。

「に、兄さん!」

「遅くなってすまん。助けが遅れてすまなかった。」


兄妹が感動の再会をしているその時。ユリアはこの娼館を管理している者と対峙していた、もちろん一人ではなく、ユリウス同伴であるが。

流石にうら若き娘だけで行かせられるような場所じゃないといって、ついてきた。


管理人は、アンキウス家の当主がやって来たことに恐れ戦き、頭を地面に擦り付けて謝罪した。


「その謝罪はなんのため?」

ユリアが男の後頭部を見下して、聞いた。


「は、はい。女が拐われたことを届け出なかったことの謝罪です。」

管理人の男は蚊の鳴くような小さな声で答えた。


「そう、ノーア王国の法は知っているのね。お祖父様の代に出来た法ですものね。拐われた乙女は保護し、安全に帰さなければならない。その罪をおった者、奴隷と処す。あなた、今から奴隷に落とすわ。」

ユリアが決して許さないという意思を感じさせる声で命令した。


「な、お、お助けください。王太子とその護衛騎士が連れてきたのです。私に拒否権はありませんでした。」

男は見るからに震えながら、言い訳をした。


「アンキウス家の当主が決めた法よりサエニウス家の嫡男とその分家の三男の方を優先するのでしょう?見る目が無かったわね。あの愚か者たちと一緒にお行きなさい。」

ユリアは一切の情状酌量を認めず、男を連れの護衛に捕まえるよう指示し、奴隷商へと連れていかせた。


「さて、ここは閉館としなくては。」

ユリアがそう溢すと、ユリウスが

「それで良いのか?それが最上の手段か」

と、問うた。


そこにルフスに連れられたリウアがやって来た。

「リウア、もう大丈夫よ。ここにいるベール族の女方はすぐに森に帰しますからね。」

そういうユリアに、

「どうぞ、発言をお許しください。」

かしずいて臣下の礼をとり、リウアが声をあげた。


「ええ、良いわ。」

「どうぞ、私にあの者たちに復讐する機会をお与えください。」

そう言ってきた。


「親を殺され、辱めを受けた報いを彼奴らに与えない訳にはいられません。」

そういうと、リウアは身請けをププリウスにねだりながら、ユリアとの婚約破棄を宣言させて、大恥をかかせることを提案してきた。


その話を聞くと、ユリウスは深く頷き

「その提案を受け入れよう。」

といった。

それは、三門の盟約の破棄をユリウスが受け入れたことに他なら無かった。

ユリアは、あの愚か者、大馬鹿者から解放される日が来ることに心を弾ませたが、それにはこれからもリウアがププリウスに辱めを受け続けることだと気づき、己の浅慮を恥じた。


「その話は了承できないわ。」

ユリアが拒否して、リウアにこれ以上の心理的な負担をかけたくないと伝えると、


「そのことならお任せください。ベール族秘伝のお薬と催眠術によって、指一本も触れなくても、目眩くスペクタクルを感じられるはずですわ。」

そういうと不敵に笑った。


娼館の管理人をルフスにすること、その他の拐われた女方は森へと帰すこと、ププリウスとマルクス以外の客はルフスが断ることを約束して、ユリアはリウアの申し入れを受け入れたのだった。


そしてユリウスがエトルスとの戦へと向かい戦勝をあげていた頃、ププリウスは薬の依存なのかリウアへと夢中になり、身請けをすることを約束したのだった。


娼館へと足繁く通うププリウスと、今回はマルクスが同伴してきた。

マルクスは元からいた昔馴染みの娼婦を指名すると、部屋へと消えていった。

その昔馴染みの娼婦からリウアが身請けされるという話を聞いたマルクスは、


「しかしそんな金があるのか!?身請けって向こう十年分の娼婦の稼ぎ分を払わねばならないんだろう!?」

「そんなお金なんて、ププリウス様が王様になったら関係ないでしょ?王様なんだもの。」

と、コロコロと鈴が転がるように可愛らしく笑う娼婦に

「いや、娼婦の身請けの金を国家予算からは出さんだろ。王妃の予算とは違うのだから。」

マルクスはそう答えた。


「まあ、しっかりなさっていること。なら、ププリウス様はリウアを王妃にすれば予算が使えるのね。」


「いや、あのアンキウス家のユリアと婚約を破棄するなど出来んだろう。」


「そうかしら?リウアにはププリウス様は真実の愛はお前だけだっていつも囁くらしいのよ。素敵じゃない真実の愛なんて。」


「そうなんだよな、ここのところ、ほぼ毎日リウアに会いに通っている。そんなに愛しているのだな。俺にはわからん。」


「そうね、マルクス様はご無沙汰ぶりですものね。」


「ああ、拗ねるな、拗ねるな。俺もお前だけだ通っているのは。」


そして、リウアにもらった薬を酒に混ぜて飲ませると、いい具合に焚いた秘密の香の効果もあり、マルクスもスペクタクルを味わうこととなったのだ。


そうこうしている内に、ププリウスが身請けの相談をマルクスにし、あのパーティでの婚約破棄を進言することになるのだった。



ププリウスが図らずしも三門の盟約を破棄し、サエニウス王家とミヌキウス家が断罪されたその時、手首をルフスに切り落とされ、無様に転がって泣き叫んでいるマルクスを冷たい目で見つめるメイドが居た。

そのメイドに救護室へ運ぶようにププリウスが命令し、リウアと共に部屋へ投げ捨てた瞬間、その目から熱い涙が溢れた。


「まだ、泣くには早いよ。」

リウアが肩を抱いて声をかけた。


「そうね、でももうすぐだ、復讐が終わるの。」

そのメイドはリウアと同じ店で娼婦をしていた、マルクスの昔馴染みのあの女の顔、そして、彼女はリウアより前に拐われて凌辱された別の少数民族の族長の娘だった。


「仲間の無念を晴らすまで。もう少し、泣くのは我慢しなくちゃね。」

「そうよ。彼奴らの最期を見届けた時一緒に泣きましょう。」


そう話しながら、二人は外に出て、ユリアの下へと急ぐのだった。



王都の中心地で磔にされる日の朝、牢の前にユリアが立っていた。


「なんだ、愚か者を笑いに来たのか。」

顔だけは美しかった男が、目は落ち窪み髪はボサボサで、見る影もない。


「なぜ、乙女狩りなどをしたの?」

ユリアが抑揚のない声で問う。


「はは、最期に教えてやろう。逃げ惑い泣き喚くのは、お前のハズだったんだよ。それがある時から人目が無い時は会うことも叶わぬ。お前と叶わぬのだ、別の誰かで代わりにするしかなかろう。」

ププリウスは嗜虐的な笑みを浮かべ、ギラギラした目をユリアに向けて答える。


「本当に、どうしようもない血だこと。あなたのお祖父さんも同じ理由でザビーナの悲劇を起こしたのよ。そのプルトゥスは伊達じゃないのね。サエニウス家に最高の最期を迎えさせてあげるわ。」


そういうと、ユリアは踵を返して出ていったのだった。


広場の中心で磔にされたププリウスとマルクスには、石を打ち投げることが許されていた。

その日を目指して、ノーア王国の端に住む少数民族が続々と集まった。

何度も何度も、無表情に石を投げつける。

親を殺された、ベール族の者、家を焼かれた者、許嫁を犯された者、その中にリウアとあの娼婦の女も居た。熱い涙を溢しながら口許に嫌みな笑みを浮かべて、いつまでもいつまでも石を投げ続けた。


そして、夕暮れの鐘が鳴ると、ギロチン台に連れていかれて、首をはねられた。

その転がった首にも石を投げる者もいたのだった。



「ユリア様、我らが主に仕えることをお許しください。」

リウアとルフスがそう願った、そのすぐ後、もう一人あの娼婦の女もまた、ユリアへの出仕を願ったのだった。


「まあ、クルーノまで。もう過去は忘れて、村に帰ったら?クルーノのご両親はまだ存命なんでしょ?」

ユリアがそう優しく諭す。


「ええ、ただもう暫くユリア様の下に置いて欲しいのです。」

そう美しい笑顔で答えたクルーノに、ユリアはしょうがないわねぇと小さく呟き、


「では、クルーノ。私の下で精々働きなさい。」


美しい気品に満ちた微笑みを湛えて、そう答えたのだった。


お読みくださいましてありがとうございました。

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